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第2話 マーズ・キッチン

 結局陽翔は日風翼から火曜以降に他の6人の人格と会う了解をとりつけた。無論月城瀬麗音には月曜日に話すつもりだ。

 3日後の月曜日、瀬麗音は何事もなかったようにビースト・ハントの大会に出て優勝した。さすが瀬麗音だと、陽翔は感服する。

 陽翔は金曜から日曜まで連続で大会に参加したのもあり、月曜日のイベントは元から欠席していた。

 大会の後2人だけで会った時に、陽翔は日風翼と会い、他の人格と会う手筈を取り付けたと切り出した。

「他の6つの人格と会う了解をとりつけたら、俺と結婚してくれるね」

「ごめんなさい。そんな簡単に決められない」

 瀬麗音は、悲しげにまつ毛を伏せた。そう彼女が話すのも無理はない。解離性同一症になった者にしかわからない苦悩があるのだろう。同じ肉体に7つも人格があるなんて、想像を絶する話である。




 翌日の火曜、陽翔は火星行きの定期便に乗りこんだ。月の地下都市にある転送ステーションから軌道上に浮かんだスターシップにマイクロ・ワープしたのである。宇宙船は予定時刻になるとワープして、月の上空から火星の軌道上に実体化した。

 客席に座った陽翔の眼前のホロモニターに、火星が映しだされている。テラフォーミングされた火星は、もはや赤い惑星ではない。地球のような青い球体だった。

 火星の自転周期は24.6597時間。つまりは地球とほぼ同じで、地球のように24の時間帯が設定されている。

月城瀬麗音こと日風舞は火曜日は、この惑星の日本時間とリンクした時間帯の地域で過ごすのだ。

 彼女はここでは火宝萌ひだから もえと名乗り、「マーズ・キッチン」というレストランで料理人をやっていた。

 瀬麗音は料理が苦手で1人の時は外食か、何か買って家で食べる。なので2人で過ごす時は、陽翔が食事を作るケースが多かった。

 ゆえに萌が料理人だと日風翼から聞いた時には心底驚いたのだ。

 同じ肉体を共有していて、片方は料理人で、もう一方は調理が苦手だなんて。




 やがて陽翔を含めた宇宙船の乗客はマイクロ・ワープで火星の転送ステーションに送られた。

 火星の重力は地球の3分の1だが、地球の6分の1の月の引力に慣れた身には、それでも体が重く感じた。

 転送ステーションを出ると、タクシーをつかまえる。

 タクシーは電気自動車で、人工知能が運転していた。

 マーズ・キッチンに行くようスピーカーに吹き込んだ。

「承知しました」と人工の音声で返答があり、やがて車は走りはじめる。窓外に火星の景色が見えた。地球の3分の1の重力なので生えている木々はひょろ長い。

 車輪に飛ばされて一旦舞い上がった土埃も、地球と違ってなかなか地面に落ちてこなかった。

 ホロモニターに表示された予定時間通りに車は、店の前に到着した。ちょうど午前11時だ。

 火星の時間も地球同様1日を24時間に分割している。

 が、火星の1日は24.6597時間なので、23時(午後11時)だけは1.6597時間あったのだ。

 タクシーを降りて店に入った。焼き餃子とハンバーグ、サラダを注文する。

 食事を運んできた若いウェイターに、陽翔は自分の名刺を見せた。

 ちなみにこの名刺は紙ではなく、紙なみに薄くやわらかい金属製である。名刺には、陽翔の顔のホログラムが浮かんでいた。

「九石さん! ぼく、あなたのファンなんです。金曜の試合は残念でしたけど、いつもあなたに賭けるクジを買ってます」

 ウェイターが、感激した表情で話した。

「ありがとうございます」

 ペコリと陽翔は、お辞儀をする。

「この店の料理人に火宝萌さんっていますよね。火宝さんのお父様の紹介で来たんです。仕事が終わった後でよいから、彼女に会わせてくれないかな。5分ぐらいで終わるんだけど。今日が無理なら、また後日出直すけど」

「承知しました」

 ウェイターは名刺を受け取った。

「今仕事中なんで、すぐにはお返事できないかもしれませんが」

「ぼくが帰る前に間にあわなければ、名刺の連絡先にホロホンのアドレスと番号が書いてあるんで、そこにください。急いでるわけじゃないんで」

 ウェイターが去った後、九石は料理を食べはじめる。食後に席を立とうとすると、さっきのウェイターが現れる。

「火宝ですが、ランチのお客様が帰られた午後2時頃ならお会いできるそうです」

「ありがとう。それでは、また2時に来ます」

 そう残して、一旦陽翔は店を出た。途中で土産物屋に寄って『火星せんべい』を買う。

 火星産の米で作った赤い丸いせんべいで、テラフォーミング前の赤い火星をイメージしていた。

 土産物屋を出ると、巨大なタコのような姿をした「火星人」の姿を見かける。

 まるでSF作家のH・G・ウェルズが書いた小説「宇宙戦争」に出てくる火星人のような姿だ。

 しかし、これは偶然ではない。火星に地球から植民が開始されると、一部の移民が他の移住者とは隔絶した閉鎖的なコミュニティーを作りあげた。

 このコミュニティーでは想像を絶する計画が開始されていたのである。

 このコロニーに住んだ10万人の人々は、肌の色や顔つきの違いから生まれる人種差別や戦争を防ぐため、火星の新しい人類は、旧来とは違う形態を全員が選択すべきと考えたのだ。

 その形態として、ウェルズの「宇宙戦争」に出てくる火星人のようなタコ型に決めたのである。

 その件がやがて発覚すると、太陽系中に報道されて大問題になったが、遺伝子操作を計画した第1世代の大人達はすでに死に、かれらの人道上の責任を追及できなかったのだ。

 火星政府は希望者がいれば人間そっくりの姿をしたパースノイドと呼ばれる人造人間の体に脳内の記憶だけ移植する事を提案する。 

 一部の者は応じたが、ほとんどの者がタコ型の形状を維持すると決定した。

 一般人からすればグロテスクに見えるその体型も、閉鎖的なコミュニティーで生まれ育った住民には当たり前のフォルムなのだ。

 今でもその都市国家は存在し、時折中の住民が、こうして外に出てくる。

 外見こそ『宇宙戦争』に登場する侵略者だがほとんどの場合かれらは生まれ育った場所に自分達だけで引きこもり、外部の者に危害を加えたりはしなかった。




 午後2時に、再び陽翔は「キッチン・マーズ」に戻った。先程のウェイターが待っており、個室席に案内された。

 そこに1人で待っていると、やがて料理人の白衣を着た女性が現れた。

 顔も背丈も体型も、よくよく観れば瀬麗音だったが、雰囲気はかなり違う。

 その目には赤いカラーコンタクトをつけており、好奇に満ちた目で、陽翔を観ていた。

「ビースト・ハンターのヒーローが何の用です?」

 赤く塗られた唇から、質問が放たれる。静かに話す瀬麗音と違い、声が大きい。情熱的な性格のようだ。

「九石陽翔です。火宝萌さんですか?」

「そうだけど。親父の紹介で来たんだろ? 何の用だい?」

「単刀直入に申します。僕はあなたの別人格の恋人で、その女性にプロポーズをしました。その時に、僕は彼女が多重人格と初めて知ったのです」

「それで?」

「彼女は他の人格に無断で結婚するのに躊躇があるんです。なので火宝さんを含めて他の6人の人格の、了解をとりつけたいのです」

「了解をとりつけたいって、双方の合意があるなら良いんじゃないかと思うけど」

「でも、僕の恋人が妊娠したら、火宝さんもそうなりますから」

「そりゃ、そうか。考えてみれば、そうだよね。とりあえず1本吸っていいかな?」

「ええ、どうぞ」

 火宝萌は指紋認証式のライターでタバコに火をつけた。子供がイタズラしないようにそうなっているのだ。

 大麻タバコ特有の甘ったるい匂いがする。今や大麻は太陽系のほとんどの地域で合法だった。

 が、瀬麗音は大麻もタバコも全くやらないので意外である。

「ちょっとすぐには返事できない。答えを保留させてください」

 萌が真剣な目で、陽翔を見つめた。

「もちろんです。こんな話急にされても困るでしょうし」

「それよりあんた、ホロテレビで観るよりもいい男じゃない」

 真っ赤に塗られた唇が、言葉を発した。その目はうっとりと、陽翔を観ている。

「話は以上です。ご協力ありがとうございます」

 ビースト・ハンターはそう残すと、席を立つ。

「明日の水曜は、別の人格に会いに行かなくちゃならないんです。返事はウェイターに渡した名刺の連絡先にお願いします。ホロホンの番号とアドレスが載ってますから。場合によってはまた来ます」

「他の曜日の6つの人格がどんな子で、どこにいるか知りたいけど、あんた教えちゃくれないだろうね」

「相手の許可を得てませんから。無論火宝さんの個人情報も教えません」




 陽翔が帰った後、火宝萌は、この問題を咀嚼した。2人のビースト・ハンターの結婚を認めると、萌自身も妊娠する可能性があるのだ。さっきは返事を保留すると話したが、到底受け入れられる話ではない。

 その時だった。突然彼女の意識が朦朧としてきた。以前はこんなふうになったりしなかったのに、最近はこういう時がたまにあった。そういえば養父の日風から、最近メイン人格の日風舞が新しい薬を服用するようになったと聞いた。

 もしかするとそのドラッグが効能を発揮して、萌の人格を潰しにかかってきたかもしれない。

 

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