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僕は他人に興味が持てない。
それが異常な自己愛からくるものかと言えば、決してそんなことはなく、むしろ僕は自分のことが嫌いな方だ。客観的に自分を見た時に、僕と親しい仲になりたい人なんていないよな、と冷静に考えるくらい、僕は自分が他人との交流を持てない人間であると自覚している。
いつも通りの時間に家を出て学校に着いてから、僕は自分の席からぼーっと教室を眺めていた。
休み時間になるたび、ほとんどの人は特定の人とまるで引きつけ合うようにして二人以上のグループを形成する。同じ教室内にいながらも、それぞれグループは別々の時間を過ごしている。
ひとりじゃない時間と空間。いつも僕はそれを傍から見る側だ。
ただ、それを不幸だと思ったことは一度もない。自分で選んだ道に文句を言うほど、僕は子供じゃない。
「今日はやけにぼーっとしてるね?」
椅子を引きながら長瀬さんが話しかけてきた。さっきまで居なかったのはトイレにでも行っていたからだろう。
「そうかな? いつも通りだと思うけど」
「佐伯君いつも休み時間は文庫本読んでるじゃん」
なにかあったの? と彼女は訊いてきた。
僕は思わず、引き出しの中にある文庫本に触れた。僕の普段の行動を気に留めている人がいて驚いた。
「別に、なにもないよ」
「ふーん?」
彼女はそう言った後も時折チラチラと視線を送ってきた。
「なに? なにか用?」
「ねぇ、佐伯君。今日一緒に帰らない?」
「は?」
急な誘いに間の抜けた声が出た。
「なんで?」
「なんでって、一緒に帰りたいと思ったからだよ。ダメ?」
「ダメっていうか……」
単純に意味が分からない。なぜ彼女が僕と一緒に帰る必要があるのか。
僕が言葉を続ける前に、彼女は「じゃあ放課後にまた声かけるから」と言って話を切り上げてしまった。運悪く次の授業の予鈴も鳴ってしまい、さらにその後の休み時間も彼女は友達のところへ行ってしまったため、僕は彼女に話しかけるタイミングを完全に逃した。
「佐伯君。行こっか」
放課後になり、彼女に声をかけられた。
うっかり忘れたフリをして帰ってしまうことも頭をよぎったけれど、無駄に罪悪感を覚えることは本意ではないし、なにより彼女とは同じ掃除当番だから逃げることはできなかった。
一緒に教室を出て、下駄箱まで向かう。
「すっぽかされなくて良かったよ。あまり乗り気じゃなさそうだったからさ」
「まあね……」
僕が曖昧な返事をすると、彼女は、あはは、と楽しそうに笑った。
「付き合ってくれてありがとう」
彼女はまっすぐに言った。感謝されるようなことをした覚えがないため、反応に困る。どことなく感じた気まずさを振り切るように早歩きをすると、彼女はぴったりと僕の横に張り付いてきた。
下駄箱に着いて、僕はスニーカーに履き替えて外に出た。歩きやすさを考慮してローファーではなくスニーカーを使っている。彼女はローファーを鳴らしながら早足で僕に並んだ。
「そう言えば、部活はいいの?」
グラウンドの横を抜けながら僕は訊いた。
「部活? わたしまだ部活には入ってないよ」
「でも昨日呼び出されてたよね?」
「あれは見学させてもらってただけ。いくつか見て回ってるけど、まだどこに入るかは決めてないんだ」
「そうなんだ」
「うん。昨日はバドミントン部の見学に行ってたの。実はわたし中学でバドミントン部だったんだよね。だからいろいろ見て回ったけど、結局入るとしたらバド部になるかなぁ」
まだ迷ってるけどね、と言って彼女は笑う。
やっぱり運動部なんだな。見たことないけれど、彼女がバドミントンをしている姿は簡単に想像できる。
「佐伯君は部活入ってないんだよね?」
「うん」
「なんで?」
「別に特別な理由はないよ。興味がないだけ」
校門にさしかかったところで僕は足を止めた。
「僕こっちだけど」
長瀬さんは? という問いを言外に込めながら、僕は自分の家の方向を指さした。ここで別れられれば気が楽だったけれど、彼女は「わたしも同じ方向だよ」と笑顔で答えた。
淡い期待があっさりとくだかれた僕は「あ、そう」と適当な相槌を打って、家の方向へと歩き出した。彼女は再びぴったりと僕の横に張り付いてきた。