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キズナ  作者: 羽藏ナキ
第一章
6/20

5-②

 すべての席の椅子を机に上げた後は一度すべての机を後ろに詰め、床をほうきで()いた。長瀬さんが来てくれたおかげで思ったよりもスムーズに進み、終わりが見えてくる。あとは机をもとの位置に戻して椅子を下ろすだけだ。五人揃っていればもっと早く終わったけれど、一人は休みでもう二人は僕の独断で帰してしまったので文句は言えない。掃き掃除を終えて机を戻していると、しばらく無言だった長瀬さんが口を開いた。


「高木君と矢島君の用事ってなんだったんだろうね?」


 机を引きずる音に負けないよう彼女は少し声を張る。


「さぁね。あと一応言っておくと、急ぎの用事があるって言ってたのは高木で、矢島はカラオケ行きたいって騒いでただけだよ。まぁ二人ともサボりたかったってことには変わりないだろうけど」

「矢島君はそうだろうけど、高木君は違うんじゃない? 本当になにか急ぎの用事があったのかも」

「そうかな?」


 机を移動させながら、僕は少し考えてみた。だけど頭の中に浮かんでくるのは高木と矢島と数人の男子が遊んでいる姿だけだった。


「遊びに行くっていうのが急ぎの用事かもしれないよ?」

「うーん……高木君はそういう嘘というか、誤魔化したような言い方はしないと思うんだよね」

「そうかな?」


 僕はさっきと同じ返しをしていた。彼女は「きっとそうだよ」とうなずく。まだ転校して日の浅い彼女は、すでに僕よりもクラスメイトと深い関係を築いているらしい。矢島が彼女を名前呼びしていたことからも、あの周辺のグループとの距離の近さがうかがえる。僕が知らない彼らの一面を彼女は知っているのだ。

 最後の列を元に戻し、今度は椅子を下ろす。ガタガタと鳴る音に負けないよう彼女はまた声を張った。


「上手く言えないんだけど、高木君は陽のオーラというか、明るいまっさらな光を放ってるの。逆に矢島君は濁りが見られるから、少し悪意をはらんでいるというか。だから、高木君は他人に意味のない嘘はつかないと思うんだよ!」

「…………」


 彼女の力説を前に僕は閉口(へいこう)した。予想を裏切る斜め上の根拠にどう言葉を返していいか分からず、僕は「そうなんだ」と適当な相槌を打った。それきり会話が途切れて、お互いに無言で手を動かした。二人で椅子を下ろす音が沈黙を埋めていく。やるべきタスクがあるおかげで無理に会話を続けなくてもよかった。その状況に安堵しながら、僕はひたすらに目の前の作業に集中した。


 最後の椅子を下ろし、掃除が完了した。僕は自分の机に向かい、引き出しに教科書やノートを鞄に詰める。委員会や部活がなければあとはもう帰るだけだ。長瀬さんも「終わった~」と息を吐きながら自分の席に移動し、同じ様に鞄に荷物を詰め始めた。彼女はなにか部活に入っているのだろうか。隣の席になっても彼女のことはよく分からないままだ。


「ねぇ、佐伯君……」


 肩に鞄をかけたところで声をかけられた。長瀬さんはうつむきながら言いにくそうにモジモジしている。


「もし……もし、よかったら……」

「涼子~! 掃除終わった~?」


 ガラッと教室の扉が開き、一人の女子生徒が入ってきた。たしか同じクラスだけれど、申し訳ないことに名前が分からない。


「もうすぐ部活始まるよ」

「やっば! そうだった!」


 長瀬さんは慌てて鞄を肩にかけ友人の方へと向かう。


「ごめん、佐伯君! また明日ね!」


 彼女はそう言い残して友人と一緒に教室を出て行った。廊下を駆ける音が今度は遠ざかっていく。僕はその場で立ち止まり、音が耳に届かなくなってから教室を出た。

 下駄箱で靴を履き替え外に出ると、運動部のかけ声が聞こえてきた。横に広がるグラウンドではサッカー部や野球部や陸上部が場所を譲り合いながら練習に汗を流している。遠目からパッと見た限り、長瀬さんの姿は見当たらない。なんとなく彼女は文化部よりも運動部の方を選ぶと思ったけれど、少なくとも運動場でやる部活ではないみたいだ。僕は顔を前に戻し、校門まで歩いた。


 校門を出てすぐ左に逸れる。この先の住宅街を抜けて大きな橋を渡った向こう側に僕の家がある。だいたい二十分くらいだろうか。徒歩での登下校は真夏や真冬には辛いけれど、自転車を使う予定はない。三年生になっても、僕は変わらず歩いて通い続けるだろう。


 住宅街はここ数年の間に開発が進んだところのため、きれいな一軒家やマンションが立ち並んでいる。スーパーやコンビニなどの商業施設も充実していて、少し足を延ばせば大きなショッピングモールもある。暮らすには便利な場所だ。


 そんな景色も橋を境にガラリと変わる。広い川に渡した橋を超えて見えるのは、田んぼや町工場に木造の古い民家だ。橋ひとつ挟んだだけで、華やかな街並みは時代の流れに取り残されたようなモノクロな景色に変わる。その中にある木造の平屋建てのひとつが僕の家だ。戸を開けると、いつも台所から足音が聞こえてくる。


「おかえり、(しん)

「ただいま……ばあちゃん」


7/19

ラストの方を少し修正しました。

話の流れは変わっていません。

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