5-①
帰りのホームルームが終わった後は掃除の時間がある。一ヶ月ごとに場所をローテーションしていき、その時にメンバーもランダムで変わっていく。今月の僕の当番は教室だ。
「あー掃除ってマジかったりーよなぁ」
矢島が頭を掻きながらぼやく。
「純也ぁ、サボってカラオケでも行かね?」
今日は思いっきり歌いたい気分なんだよぉ、と言って矢島は高木の肩に腕を乗せる。そんなちょっとした動きでも手首や腰についたアクセサリーが音を立てる。
「いや、俺今日は急ぎの用事あるんだよ」
「なに? バイトでも始めたん? 俺とも遊んでくれよ~」
「昨日も遊んだじゃねぇか」
自然とため息が漏れた。口ばかりではなく手を動かしてほしい。そう思ったけれど、やる気のない人間には正論をぶつけたところで響かないので、わざわざ口には出さない。僕はひとり黙々と窓際の列から椅子を逆さにして机の上に乗せる。
「涼子ちゃんも誘いてぇけど、どこ行ったん? まさかサボって帰っちまったんかな?」
「知らねーよ。ってか腕どかしてお前も掃除しろ」
高木が笑いながら腕をどかそうとするのを矢島は面白がって抵抗する。彼ら二人の近くは掃除の時間が始まる前と一切景色が変わらないままだ。
掃除当番は五人一組で構成されるが、僕は今月のメンバーを見た時にもため息を漏らしたことを覚えている。男子は僕の他、高木と矢島、女子は長瀬さんともう一人。そのもう一人の女子は体調不良で今日は学校を休んでいて、長瀬さんは帰りのホームルームが終わってから姿を見ていない。
窓際の列が終わり、自分の席の椅子を机に乗せる。またひとつため息が漏れ、少し開いた口からそのまま言葉が流れ出た。
「ねぇ、用事があるなら帰ってもいいよ。あとはやっておくから」
まさか話しかけられると思っていなかったのか、高木と矢島は少し遅れて僕の方に顔を向けた。
「え? マジで?」
矢島が目を輝かせる。高木の方は意外にも乗り気ではないようで、困ったように眉根を下げていた。
「佐伯……」
「大丈夫。最低限に済ませれば別に一人でもできなくないから」
「いや、でも……」
煮え切らない返事をする高木の肩を矢島が叩く。
「いいじゃん! こう言ってくれてるんだし、行こうぜ!」
用事あるんだろ? とたたみかける矢島の言葉でついに決心がついたのか、高木は「そうだな」と呟き、
「ごめん、佐伯! 今日は後頼む! この埋め合わせはいつかするから!」
と言ってバタバタと慌てて教室を出て行った。「ちょ、待てよー」と矢島が後に続き、その無駄に大きい声の余韻だけが教室に残った。僕は、ふー、と息を吐き、ひとつ前の席の椅子を持ち上げる。これで心置きなく作業に集中できる。あのままだらだらと談笑されるくらいならいっそのこと帰ってもらった方が僕としてもやりやすい。時間はかかるだろうができる限り早く済ませて帰ろうと思い、手を動かす速度を速めた。
一人無言で作業をすると教室内にはガタガタと椅子を動かす音だけが響く。そんな中、バタバタと廊下を駆ける音が混ざってきたことに気づき、手を止めた。足音は徐々に大きさを増していき、そのまま流れに乗るようにガラッと勢いよく教室の扉が開かれた。
「ごめん! 遅くなっちゃって!」
息を切らしながら長瀬さんが入ってきた。どうやらサボって帰ったわけではなかったらしい。僕の方を向いてからキョロキョロと視線を泳がせる。
「あれ? 佐伯君だけ? 高木君と矢島君は?」
「用事があるって言ってたから先に帰ってもらった」
「そうだったんだ……そんなに大事な用事だったのかな?」
「大事な用事だったんじゃない? 僕には分からないけど」
友達と遊びに行くことが規律を乱す免罪符になる理由は僕には分からない。
そっか、と長瀬さんは呟き、廊下側の列の椅子を机に乗せた。彼女はごく自然と掃除に参加してきた。まるで当たり前かのように。
「長瀬さんもなにか用事があったんじゃないの?」
「わたしは特に用事があったわけじゃないよ。ただトイレに行ってたら遅くなっちゃっただけ」
「そうだったんだ。てっきり帰っちゃったのかと思った」
「そんなことしないよ。掃除当番だもん」
遅れたぶんを取り戻さなきゃ、と彼女は張り切って手を動かす。僕は少し感心して彼女を見つめていた。