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翌日、六限目のLHRに先生が席替えをすると言い出した。「始業式から出席番号順のままだし、ちょうどいいタイミングでしょ?」と言って、先生はいらなくなったプリントを小さく切って数字を書き込み始める。LHRはたいてい全校集会とか外部から講師を招いての講習とか決まった予定が入っているけれど、今日はクラスごとに好きなように時間を使えるらしい。
急に決まった席替えだけれど、反対の人はいないようで自分の席がどこになるかとみんなソワソワしている様子だった。思えば去年もこのくらいの時期に席替えをしたような気がする。よく覚えていないけれど。
「じゃあ始めるよー」
先生は空き箱にさっきまで作っていたくじを入れて声をかける。
「くじを引く順番はじゃんけんにしよっか。出席番号の最初と最後の人でじゃんけんして勝った方から順に引いていこう」
じゃあ最初と最後の人立ってー、という指示で対角にいる二人が立ち上がる。「絶対勝てよー!」という声がいたるところから沸き、教室はまるで闘技場のような盛り上がりに包まれた。順番が後ろになるほど選択の余地がなくなるから、多くの人は自分の番号に近い方の勝利を望んでいる。勝手に期待を背負わされるのは人によっては苦痛だろうけれど、出席番号一番は矢島や高木と仲の良い男子で、出席番号最後は転校生だから二人とも気にしなさそうではある。実際、男子の方は「任せとけ!」とノリノリで腕を回していた。転校生の方もさぞかし楽しそうにしているのだろうと思い目をやると、転校生は手を前で組んで祈りのポーズをしていた。静かで、とても真剣な表情だった。
じゃんけんの結果は二回のあいこの末に転校生が勝った。よほどうれしかったのか、転校生は胸に手を当てながら大げさに一息ついていて、その姿が印象的だった。
先生に呼ばれてくじの入った箱が置いてある教卓の前に立った転校生はもう一度、なにかに祈ってから箱に手を入れてくじを引いた。くじの結果は、転校生の出席番号と同じ。くじの番号と席の位置は今の出席番号順の配列に対応しているから、転校生の席は今と変わらない一番後ろの窓際に決まった。一番人気の席が早々に取られて落胆の声が上がる中、転校生は満面の笑みを浮かべながらガッツポーズをしていた。そこには、どうしても今のポジションじゃないといけない、という強いこだわりあるように見えた。
転校生から出席番号を遡るようにして順々にくじを引き、徐々に席が埋まっていく。僕は「さ行」だから自分の番が回ってくるころには七割程度がすでに埋まっていたけれど、席の埋まり方は偏りが少なく比較的均等にばらけていた。教卓の前に行き、箱に手を入れる。かさかさと指に伝わる紙の感触が残り少ないことを知らせてくる。特にこだわりはないけれど、一番前と騒がしい奴の隣は避けたい。ただ、こればかりは運だから迷ってもしょうがないと思い、さっと引いて結果を先生に見せた。僕の席は転校生の隣だった。思わずその席に目をやると、なぜか転校生は小さくガッツポーズをしていた。
全員の席が決まり、それぞれが新しい席に移動する。窓際から二列目の一番後ろの席から見える景色は前の席とは全然違う。一番後ろは少し黒板が見えづらいけれど目立たなくて悪くない。ただ……。
「佐伯君」
呼ばれて僕は顔を横に向ける。転校生は頬杖をつきながら笑顔でこちらを見つめていた。
「隣同士、これから仲良くしてね」
僕は「ああ、うん」と曖昧な返事をして顔を前に戻した。転校生、長瀬涼子の隣が懸念していた騒がしい奴の隣に該当しそうな気がして、僕は小さくため息をついた。