2
今日一日、転校生の机の周りには人だかりができていた。転校生という物珍しさもさることながら、その整った容姿と溌剌とした雰囲気が自然と人を引き付けるのだろう。最初は出方をうかがうようによそよそしく話しかけた人たちも転校生がまともな受け答えをするのに安心したようで、すぐに人が集まり出した。放課後になった今もクラスで一番目立つ男女の集団が机を取り囲んで談笑している。
きっともうほとんどの人が自己紹介の時に飛び出した霊感少女という設定を忘れているし、覚えていたとしてもわざわざ突っつくことはない。それは朝の涙についても言えることだった。
あの時、周りから「大丈夫?」と声をかけられたことで我に返ったのか、転校生は制服の袖で涙を拭いながら、
「ちょっとまつ毛が目に入っちゃっただけで、大丈夫です! すみません!」
と、はにかみながらそそくさと席に着いた。
その場にいたほとんどが涙の理由は他にあると察していただろうけれど、それをわざわざ本人に追求することはしないし、ましてや目の前にいた僕に聞いてくることもない。小学生じゃあるまいし、よく知りもしない相手に興味本位でぽんぽん質問をぶつけるほど高校生は馬鹿じゃない。
「なぁなぁ! 長瀬さんってあいつと知り合いなの?」
……前言撤回。転校生の机、僕の机の左斜め後ろから無駄に大きな声が響いてきた。声の主は矢島だ。僕はため息をつきながら自分の席でペンを走らせる。今日は日直だから日誌を書いて提出しないといけない。
「あいつって?」
転校生の無邪気な声が聞こえてくる。
「あいつだよ、あいつ」
矢島含め斜め後ろの集団の視線が集まるのを肌に感じた。僕は構わずペンを走らせる。あともう少しで終わる。
「佐伯だろ?」
矢島の声じゃない男子の声、高木だ。この二人はよく一緒にいる。
「へぇー、初めて知った」
「いや、俺ら去年同じクラスだっただろ」
「そうだっけ? 全然覚えてねぇー」
笑い交じりの話し声を聞き流し、僕は席を立った。あとはこの日誌を職員室まで持っていけば帰れる。僕は教室の後ろの扉に向かった。
「佐伯君!」
扉に手をかけたところで名前を呼ばれた。転校生の声だった。振り返ると彼女は僕の目の前まで駆けてきた。
「佐伯君、朝はその、ごめんね。びっくりしたでしょ?」
転校生は頬をかきながらうかがうように訊ねてきた。そのしおらしい反応を見るに、やっぱり朝の出来事は彼女にとっても予期しない出来事だったのだろう。どっちにしたって興味のない話ではあるけれど、わざわざ謝りに来る律儀さに応えるために、僕は平淡に言った。
「大丈夫。多少びっくりはしたけど、気にしてないから」
「そっか、ならよかった」
えへへ、と転校生は笑い、それからじっと僕の方を見つめてきた。
「なにか用?」
「あ、えっと……」
転校生は大きな目をきょろきょろと迷わせる。そして、なにを考えついたのか僕に向かって唐突に言った。
「わたし、長瀬涼子!」
「……うん、知ってる。朝に自己紹介されてるし」
「あ、そうだよね……」
たはは、と彼女は笑う。やっぱり変な人だ。僕が「それじゃあ」と踵を返すと、彼女は「佐伯君!」と再び僕を呼び止めた。今度は顔だけ後ろに向ける。彼女は僕をまっすぐに見据えていた。
「これからよろしくね。佐伯君」
彼女は屈託のない笑顔で言った。僕は「こちらこそ」とだけ返して教室を出た。転校生、長瀬涼子はやっぱり変な人だと、改めて思った。