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僕らは一時間ほど滞在してから店を出た。
それからはまた彼女が見たいところを回った。スポーツ用品店やアクセサリーショップに本屋。それぞれ店の中に入って回ったけれど、彼女も僕もなにも買わなかった。
そろそろ帰ろうとなったところで、最後に彼女が和菓子屋に行きたいと言ったので立ち寄った。どうやら今日の夕飯への招待のお礼をしたいらしく、ショーウィンドウの前でなににしようかと頭を悩ませていた。僕は気にしなくていいと言ったけれど、彼女は頑として譲らなかった。根負けして、ばあちゃんの好物であるどら焼きを薦めると、彼女は勇んでどら焼きの詰め合わせを買った。
ショッピングモールの最寄り駅から電車に乗ると、窓から灰色の分厚い雲が見えた。ときおりゴロゴロと雷の音も聞こえ、今にも降り出しそうな天気だった。電車を降りてからは二人で僕の家に向かう。まだ雨は降っていないけれど、肌にまとわりつくような湿った空気が充満している。そんな中、彼女はウキウキとした様子で腕を大きく振りながら歩いていた。
「楽しみだなぁ」
彼女は笑顔を浮かべながら言った。真上に広がる曇り空とは対照的に晴れやかだった。
「あんまり期待しないでよ。豪華な料理とかは出せないから」
「全然大丈夫。特別な料理じゃなくても友達の家で食べるご飯ってだけで何倍も美味しく感じられるから」
「そうなんだ」
僕にはその感覚はよく分からない。
「そう言えば、ご両親にはなんて言ってきたの? いい顔はされなさそうな気がするけど」
同級生の男子と二人で買い物して、そのままその男子の家で夕飯を食べる。しかもその男子は両親とは暮らしていない複雑な家庭事情をもっている。年頃の娘を持つ親からすれば敬遠する要素しかない気がする。
「友達と遊んでそのままご飯も食べてくるって言っただけだよ。相手が男子っていうのはあえて言ってはいないけど、たぶん気にしないよ」
「信頼されてるんだね」
「うーん、どっちかって言うと親の教育の賜物ってやつかな」
「どういうこと?」
「お母さんから付き合う人について昔から厳しく言われてたんだよね。例えば、平気で約束を破る人には注意しろ、とか、お金を無心してくる人とは関わるな、とか」
「なんだか実感がこもってる感じがするね」
僕が言うと、彼女は「そうなんだよね」と笑う。
「わたしも同じこと思って昔聞いたことあるんだ。『それってお母さんの実体験なの?』って。でもはぐらかされて教えてくれなかった。今思うと、お母さんって昔のことはあまり話したがらないんだよね。お父さんとの馴れ初めとかも絶対教えてくれない」
単に恥ずかしいだけかもしれないけどね、と言って今度は薄く笑う。不服そうに見えたのは、たぶん気のせいじゃない。
「わたしはそうやって昔からお母さんの助言をもとに人付き合いしてきたから、お母さんも今さら細かく詮索しないんだよ。そういう意味では信頼されてるのかも。しかもわたしはお母さんの助言に加えて人のオーラも見えるからね。万が一にも人付き合いで失敗することはないよ」
彼女はそう言って胸を張る。僕はため息を漏らした。
「その設定まだ生きてたんだね」
「なに、設定って?」
「そのオーラが見えるってやつ。あと幽霊が見えるっていうのもあったっけ」
「設定じゃないよ。本当のことだよ」
彼女は唇をとがらせた。
「まぁ、信じられない気持ちも分かるけどね。お母さんとお父さんも未だに半信半疑って感じだし」
「ご両親も知ってるんだ」
「っていうか小さい頃は見えるのが普通って思ってたから何気なく話題にしてたんだよね。そしたら変な顔されちゃって、それで自分にしか見えてないんだなって気づいた」
「それなのによく自己紹介で話したね。からかわれるとかそういう心配はなかったの?」
「わたしの場合は前の学校でもあんまり嫌な思いはしなかったんだよね。むしろ興味もってくれる人が多くて、話をするいいきっかけになったんだ。だから今回もいけるかなって思ったんだけど、想定外に引かれちゃって焦ったよ」
「まぁ、高校生だからね」
「あ、でも矢島くんは『俺にはどんなオーラが見える? 守護霊とかいる?』って聞きに来たよ」
「矢島なら聞いてきそうだ」
「霊はよく見えなかったけどなんか悪そうなオーラは見えちゃってね。そのまま伝えるのは悪いかなって思ったから、キラキラ光ってるってテキトーなこと言っちゃった」
彼女はいたずらがバレた子供のように舌をチラッと覗かせた。彼女の矢島に対する返答がその仕草も相まって余計に可笑しく感じられた。
「矢島だったらもう忘れてるから大丈夫だよ」
僕が軽く吹き出すと、彼女はよほどうれしかったのか満面の笑みを浮かべていた。




