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顔も名前も知らない転校生が突然、僕の目の前で涙を流した。
高校二年生なって一ヶ月ほどが経ったある日、朝のホームルームで一人の転校生が紹介された。もっとも、転校生が来るらしいという話は誰かが嗅ぎつけたのかホームルームが始まる前からすでに広まっていて、さらにその転校生がどうやら女子生徒であるということに、主に僕以外の男子を中心にして大きな盛り上がりを見せていたから、女子の転校生が来たことに驚きはなかった。
担任の先生に呼ばれて転校生が入って来たときは、教室中に感嘆の声が上がった。スラッとした細身の転校生は、腰まで伸びた黒髪をふわりと揺らしながら教卓まで歩いてきた。「モデルみたい……」と、どこからか呟く声が聞こえてきた。
「じゃあ、簡単に自己紹介して」
担任の先生に促されて転校生はうなずいた。そして、満面の笑みを浮かべながら言った。
「初めまして、長瀬涼子です! 霊とかオーラとかが見える、いわゆる霊感少女です! よろしくお願いします!」
それまで歓びで満ちていた空気が一瞬鎮まり、今度は困惑が支配した。「え? 霊感少女?」「どういうこと?」と、さっきまでとは違う種類のざわめきが生まれ、その原因である人物はそんな空気の変化を露ほども感じていない様子で変わらず笑顔を浮かべていた。
「えーと……長瀬さん、これからよろしくね。みんなも仲良くね。長瀬さんの席は窓際の一番後ろだから」
先生は苦笑いしながら後ろの空席を指さした。転校生は「はい!」とハキハキとした返事をしてから机の間を縫うようにして教室の一番後ろを目指した。その時だった。転校生は僕の机の横を通り過ぎようとしたところで突然立ち止まった。なんだろうと思い、顔を上げると目が合った。転校生はひどく驚いたような顔で僕の顔を見つめていた。なにか用? と、口を開こうとして、言葉が喉に詰まった。
いつのまにか転校生は両目に涙を溜めていて、やがて片方から一筋の涙を零した。