ある日の居酒屋で
ーーーー不完全、欠陥、欠落。
自分の事を指す言葉だと、そう思っていた。
「へぇ、君はそんな風に思っているんだ」
酒が入っていたせいだろう。
仕事帰りに誘われた居酒屋で、個室に自分と先輩しかいない事もあって、自分の事をどう思っているのか、気づけば口にしていた。
「・・・・・・」
こういうと、自分を「特別」だと言っているなどと、笑われるか、バカにされるか、怒られるかのどれかだったから、口を閉ざしていたのに、酔いで頭が回らなくなって本音が漏れた。
バカだなと思う。
別に自分を特別視しているわけじゃなくて、ただ普通に生きられないから、そう思っているだけなのに。
俺だって、自分が普通より上手くやれるなら、そっちの方が断然良かったさ。
「まあ、君はそんな所があるよ。やることなすこと、自分の欠点を探して駄目出しをする。完璧主義なのか、なんて考えた事もあるけど、そうか不完全、と来たか」
コロコロと笑いながら酒をあおる先輩に何て返事をしていいのかわからなかった。
「君はあれだな、もう少し自分に対して、優しくしてあげてもいいんじゃないか?」
「優しく?」
「そうそう、世の中に存在するもののほとんどが、完璧どころか不完全だらけもいいところだ」
コップを置いて、滴った水滴に指をつけ、テーブルに円を描く。
「それでも世の中はまわってる。不完全でも、歪でも。みんな生きてる。ならそれでいいと思わないかい?」
「程度によるんじゃ?」
「ん、まあ何がどう足りてないのか、ってのはもちろんある。けど完璧なんて早々転がっているものでもないだろ? 足りてないから補って、間違っているから、それを正す。世の中のシステムや人ってのは、そういうモノで成り立って、常にそこから先を目指しているじゃないか」
「・・・・・・」
「理解できても、それを自分に当て嵌められないというのは、何とも可愛いことだけれど、眉間にシワがよったまま、というのはいただけないよ」
頬杖をついて、再びコップを手にし、こちらに向ける。
「自分が足りていないと思うのは結構。けれど、それを俯く要因にするのは人生損してる。楽しもうぜ、青年。足りていなくても生きていけるし、変えていく事だって人間は可能なんだ。なら俯いてないで、まずは笑って今日を生きよう」
ニヤリ、と先輩は笑った。
「足りてる足りてない、という話のまえに、だ。楽しむかそうでないか、だよ」
ぐーとコップの酒をあおり、一息つく。
「そのために、まずその心に積もった泥を、そげ落とせ」
君も呑め、と。先輩はコップに酒を注ぐ。
「そげ落とす行為――酒をあおる。思いを吐き出す。誰かと過ごす。それは一歩進む行為ではないかもしれないが、一歩踏み出す力をくれる。やがて大きな前進をしたときに、その一歩がどれだけ大きなものか、わかるかもしれない」
スッと、コップを持ち上げたので、習うようにコップを持ち上げる。
コン、と小さく音が鳴った。
「まあ、今は難しく考えずに、吐き出せ。それだけで十分に意味がある」
「・・・・・・」
「そのやり方もわからないなら、オネエサンであるこの私が手ほどきしてあげるからさ」
「・・・・・・」
「なっ?」
「・・・・・・はい」
首を傾げる先輩は子供っぽく思えた。
真っ直ぐな表情に、自然に頷いてしまう。
先輩の表情にあてられたのか、頭が空っぽになって、負の感情が取り払われていく。
「ーーーーふぅ」
ただ、酒をあおる。
なるほど、確かに悪くない。
「おう、じゃんじゃんいこうっ。私ものむっ」
先輩がぐいと酒をあおり、俺もまた酒を飲む。
酒は、飲み過ぎると毒になるというけれど、こういう日が、たまにあってもいいのかもしれないと思った。
酒を飲んで、自分の内面が何も変らなくても。
こういう日があるからこそ、前に進めて、人は成長していくモノなのかもしれないのだから――。
最後までおつきあい頂きまして、ありがとうございました。