エピローグ
私も彼女よりは先輩だけど、それでも精霊としては生まれたばかりだったから、山奥で何年かを過ごしてから二人で神様の元へ戻った。そこからは再び、人間社会の見学である。冬になるとエゾシカの彼女と共に、子供達へ食べ物を届ける仕事。子供というのは純粋なもので、そういう清らかな瞳には、彼女の背に乗った赤い着物の私が見えていたようだった。
「汗を掻いちゃったね。流しに行こう?」
「はぁい、女神様……」
私達はコタツから出て、浴室へと向かう。服は着てなかったから、そのまま二人で中へ入る。狭い浴室なのだが、それでも二人で、立ってシャワーを浴びるくらいは可能なのだ。
冷水シャワーが降り注ぐ。私達は向かい合って体を洗い合う。彼女は私を女神様などと呼ぶけれど、私から見れば彼女の方が余程、神々しい。私は彼女の前に跪いて、彼女の片足を上げさせる。その足を私の膝に載せて、靴磨きのように私は彼女の足を洗った。
夜は彼女が私に従順なので、起きてからは私が彼女に従ってあげたい。彼女は主従関係を絶対視するけれど、もう、そんな時代では無いのだと私は思う。彼女に取っては神様も、時代の変化もあまり関係は無いようで、ただ私を主人と決めて仕える事が全てであった。
そんな私が跪く行為は、どうやら彼女に取って、背徳的な喜びを感じさせるようで。彼女は足を動かしながら、「もっと、綺麗にして……」と、声を震わせて指示を出す。浴室の彼女は、ちょっとした暴君だ。私は彼女の従者となって、要求に応えて、引き締まった肉体の隅々まで綺麗に清めてあげた。
外国の事は良く知らないけど、日本のサンタクロースとしては、私は最古参となる。そして人間の会社などでも同様なのだろうが、冬の仕事で、私は海外に派遣される事が多くなっていた。国内の仕事は、より若手の、後輩の精霊達に任せている。
今年の私は、冬の戦地へ行く事を志願した。そこへ暖房器具を届けるのが仕事。家を壊され、電気も使えない場所に子供達が居る。そこに少しでも支援をしたかったので。
従者である彼女は、私の事を女神様などと呼ぶけれど、そんな大層な者ではない。贈り物は神様が用意したものだし、荷物も私達も粒子の状態となって移動するから、大した苦労も無い。
現地で危ない目に遭う可能性はあるけれど、例え死んでも転生は可能なのだ。私なんかより、向こうで瓦礫となった壁に絵を描いて、人々に希望を与えている覆面アーティストの方が、よっぽど偉大だと思う。
「じゃ、仕事に行ってくるね」
「うん。私もダンスのトレーニングがあるから、途中まで一緒に行こう?」
今日も一般事務職である、私の仕事が待っている。クリスマスの大仕事は、まだ少し先。世の中には公認サンタクロースという人々が居るそうで、その報酬はゼロだそうだ。その理由は、何となく分かる気がする。精霊である私達は、職業に就いて、社会に関わり続ける必要があるのではないか。
ただ神様からの贈り物を運ぶだけなら、それこそドローンでも可能なのだろう。何も知らない無垢な精霊でも、荷物を運ぶだけなら出来る。でも社会を知って、人々の苦悩や空腹、孤独を知ってこそ、私達は人々に寄り添う事ができるのだと思う。
『日本から折り鶴を送っても、何の役にも立たない』と、テレビで話題になった事があった。でも、それを言ったら、覆面アーティストの壁画も同じ事になる。大切なのは『想い』だ。日本で生まれたサンタクロースの私は、そう考えている。
「あ、大家さん。おはようございます」
「おはよう……ございます……大家さん」
「はい、おはよう。今日も、二人とも仲良しねー。これからも、よろしくね」
日本産のサンタクロースである私は、トンチンカンな存在なのかも知れない。日本のクリスマスは十二月だけど、今年に行く国のクリスマスは一月の行事だ。向こうの神様は同性カップルに不寛容とも聞く。それはそれとして、私は私の愛を押し付けに行く。
私を甘く見てもらっては困る。何しろ自分のエゴで初恋の相手を従者にした、究極のゆるふわ系にして女神様だ。結局、私は昔から変わっていないのだろう。外国の事は良く分からない。これまでも、これからも、私は私が信じる愛と共に行動していく。
「じゃあ、ここで。仕事帰りに、時間が合ったら一緒に買い物に行こうね」
「うん。ダンスのスケジュールが流動的だから、決まったら電話する」
私達は分かれて、それぞれの方向へ行く。何処に居ても、魂は繋がっている。必ず巡り合える永遠の輪廻。私達は悟りも開けず神にもなれず、ただ人間のように愛し合って幸せに過ごし続ける。