2 お酒と水は一対一で。そして、そのまま夢見心地(ゆめみごこち)
「何だか、お酒が多くない? そんなに私を酔わせたいの?」
「さ、さぁ? 別に、そんな事なんか考えてないし?」
私はお酒を多めに買っていて、それは要するに、彼女を酔わせたかったからだった。何で酔わせたいかというと、しどけなく横になった彼女の上に私が乗りたいからで。大人になると、恋人に対して、そういう事をしたくなるものなのだ。私だけじゃないよね?
私は彼女の前だと、どうして動揺が簡単に、顔に出てしまうのだろうか。私は大家さんや、職場の人達(ちなみに仕事は一般事務職)とは、自分で言うのも何だけど上手く無難に話せていると思う。転生を繰り返すと、そういう処世術には長けてくるものだった。
彼女は私と逆で、処世術が下手だった。私以外の人との会話が苦手で、今の職業がポールダンサーなのも、余計な会話を避けたいからなのかも知れない。その分、私に向かっては流暢に話しかけてくるのが、もう可愛くて仕方がない。自分にだけ懐く動物というのは最高に萌えるものである。
彼女は余計なものを見ずに、私に愛を向けてくる。周囲に気遣って生きる私とは対照的で、そういう彼女の眼差しが、私を落ち着かなくさせるのかも。酔わせて眼差しを和らげないと、とても私は彼女の前で平常心を保てない。それくらい彼女が私に向ける愛情は眩しくて、そして夜になると、アパートの部屋でお酒を飲む事で私は落ち着きを取り戻せた。
「鍋をコタツの上に置いて。豚肉と白菜を入れていくわよ」
「ん、オッケー。お酒の準備も、良し」
料理は私が作る事が多い。今日は白菜と豚肉だけのシンプルな鍋で、水と日本酒を一対一の割合で、コタツの上のガスコンロで温めている。材料を煮て、後は適当に醤油で味付けをして食べるだけ。私達はグラスにワインを注いで乾杯した。
「日本産のワインも、一昔前より美味しくなったよね……」
「和食に合うよね。世の中、色々と進歩してるわ……」
私がスーパーで買ったのは日本酒と、日本産のワイン。昔ながらのお酒の味を知っている私達は、ビールが好きではなかった。ビールはカロリーが日本酒より高いらしくて、ダンサーの彼女はまず飲まない。そこまで節制しなくていいのにと私は思う。
「温かいね……」
「うん……」
お酒を飲みながら、言葉を交わすでもなく過ごす。この時間帯が私は、たまらなく好きだ。恋人の目元は、すっかりアルコールで柔らかくなって、口元を綻ばせながら私に話しかけてきた。
「今年の冬は、やっぱり戦地に行くの?」
「うん、それが正しい行為だと信じてるから。貴女は反対する?」
「ううん。私は貴女の従者だもの、だから何処までも付いていく」
彼女がコタツの上で、私の手を握る。私達は人であると同時に精霊でもあるから、人よりも多少の無茶ができる。それに私も彼女も戦闘に参加する訳ではない。だから危険は、さほど無いだろう。精霊だと言ってもミサイルの直撃を受ければ死んでしまうが、それでも転生は可能なはずだ。
今の幸せな時間が愛おしくて、私も彼女の手を握る。コタツの良い所は、座った状態で利用する事だ。つまり、お酒に酔った彼女を簡単に押し倒す事ができる。クッションを枕にして、彼女の頭をそこに置く。
幸せそうなのは彼女も同様で、にっこり笑って仰向けで、私に手を伸ばしてくる。その笑顔が、花が咲いた瞬間のように感じられる。私にも良い感じにアルコールが回っていて、彼女の上に覆いかぶさろうとした瞬間、外からノックの音がした。
「今日、お鍋にするって言ってたでしょう? お野菜があるから、良かったら使ってー」
ドアを通して、大家さんが大きな声で呼びかけてくる。恋人はあからさまに不機嫌な顔になって、(早く、追い払って)と口だけ動かして私に告げる。私は笑いながら起き上がって、「はーい。今、ドアを開けまーす」と玄関へ向かった。
夢を見ていた。私と恋人が出会った頃の時代を、夢を通して再び体験する。
日本に宣教師であるフランシスコ・ザビエルが来た。その彼に寄って、日本で降誕祭が行われる。それが日本で初めて行われた、クリスマスであるそうだ。
そのタイミングで、私という精霊が生まれた。この頃の私は肉体を持ってなくて、神様の意思に寄ってか、全国を鳥のように飛び回っては人々の暮らしを眺めていた。皆は年貢というものを納めていて、冬になると腹を空かせる者が多かった。
特に、飢えた子供を見る度に、空腹を知らない私は気の毒に思った。それは神様も同様だったようで、神様は私を通して度々、冬になると食べ物を人々に与えた。私の仕事は、神様が用意した贈り物を人々に届ける事で、その仕事は何百年も経過した現代でも基本的に変わらない。
外国のクリスマスは、日本とは過ごし方が違うらしい。だから私の行為が、正式なサンタクロースのものと同じなのかは、実の所は良く知らない。でも日本には日本のクリスマス様式があって、それは明治時代以降の国民から受け入れられて、文化として根付いているように思う。
だから私は、自分の仕事に誇りを持っている。そして今の恋人である彼女と出会えた事にも感謝をしていた。彼女こそが、神様が私に与えてくださった最高のプレゼントだ。
私はある時期から、人の姿を取って日々を過ごし始めた。昔は戸籍の制度が曖昧で、精霊が人に化けるのも簡単だったのだ。とは言え怪しまれる事は避けたかったので、北の地方の山奥で、少女の姿を取って一人で過ごした。人が見れば、私を『雪女』などと呼んだ事だろう。
人の姿で、私は食事というものをやってみたかった。実態は精霊なのだから空腹を感じる事も無かったけれど、人の姿なら食べ物を歯で噛む事も、舌で味わう事もできる。将来的に、人間社会で私が過ごす事もあるだろう。そういう神様の考えもあってか、私の行動は自主性に任されていたようだった。
そんな訳で、山にある木の実などを食べて過ごし、そして雪の降る時期が来た。山で雪が積もる時期は人里より早くて、あっという間に木の実も採れなくなる。(よし、動物を食べよう)と私は考えた。そう考えたのは良かったが、どうやって動物を捕まえるのかが分からない。当時はインターネットも無かったから、ググって知識を得る事もできなかった。
精霊ならではの感知能力で、私は山の中に動けない獣が居ないかを探ってみる。これで見つからないなら諦めるつもりだったけど、幸運というべきか、そういう動物を私は見つけた。種類までは分からなかったが、今にも死にそうな大きな獣が近くに居る。たとえ、熊だろうが殺せない事は無いだろう。私は神様から貰った鉈を片手に、浮き浮きとした足取りで雪の上を歩いた。