プロローグ
私が日本で生まれたのが、四百と七十年前。精霊と人間の中間のような存在で、人の姿で生きていた時期の方が少ない。精霊で居た時期は肉体も無くて、だからなのか記憶も朧気だ。
やっぱり脳が無いと、記憶を留めるのも難しいのだろう。肉体があって日々、食事をして、季節の暑さや寒さを肌で感じる。そういう記憶の積み重ねが、きっと人という存在を形作っているのだと私は思う。今の私の性別は女性で、この姿が一番、しっくりときている。
「寒くなってきたよねー。いかにも鍋の季節って感じがする」
近所のスーパーに向かいながら、私は彼女に話しかけた。一緒に歩いている彼女も、私と同様に、精霊と人間の中間な存在。生まれた時期が同じだから、私達の関係は、ずいぶん長い事になっている。私も彼女も、何度か人の姿で生きていて、転生を繰り返しながら常に一緒に居た。
「あんまり、量は買わないでいいからね。あたし、お酒の方を飲みたいから」
そう言って私の隣を歩く彼女は、上が赤のニットを着ていて、下はズボン。長袖の赤シャツと言った方が分かりやすいかな。長く生きていると、ついつい、昔ながらの表現を好んで使うようになってしまう。今の姿では、まだ私も彼女も二十年ほどしか生きていないが。彼女は足が長くて、ダンサーの足って魅力的だなぁと思った。
「冷蔵庫が小さいから、そんなには買わないよ。ポールダンスの仕事って、節制が大事そうね。太ったらポールから落ちちゃうんだろうし」
「お金を貯めて、もっと大きな所に住まない? 今のアパートも悪くないけど、大きな冷蔵庫が置ける所なら、もっと貴女が美味しいものを沢山、食べられるから」
「まだ、越してきたばかりじゃない。気が早いよ……でも私の事を考えてくれて、ありがとう」
私達が人の形を取る方法は、二通りある。一つは精霊の状態から、年齢や性別を自由に選んで、人の姿に変化する方法。キツネやタヌキが人の姿に化けるのと同じで、昔はそういう能力を持った動物が多かったものだ。ちなみに隣を歩く彼女も、動物系の精霊である。
だけども今は、マイカードやら何やらを持たされる時代なので、人の振りをするのも難しい。なので二つ目の方法として、人間の子供として転生する方法を今の私達は取っている。前世からの記憶を引き継いで、私と彼女は必ず巡り合う。
テレパシーというのか、魂で結びついた状態。それが私達。これまでも、これからも、私達は互いに寄り添い合って生きていく。
「貴女も赤を着ればいいのに。赤は貴女のカラーでしょ?」
「赤のペアルックは目立ちすぎるよ。私は平穏に、目立たず生きていきたいの」
私は薄緑色のシャツとスカート姿だ。隣の彼女はズボン姿で、私をエスコートするように歩く。動物的な、引き締まった肉感。ああ、改めて、私は彼女を愛してるんだなぁと実感した。
「何? また私のお尻を見てる? 私に乗るのは帰ってからにして」
「み、見てないし」
なんで私は、こんなに動揺が顔に出やすいんだろうか。優しく笑われながら、今晩はお酒で彼女を早く酔わせてしまおうと、そう思いながら私はスーパーの店内に入った。