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八話 「今の俺に、斧を持つ資格は無い」

 扇子を弄びながら、エルザルートは思案顔で目の前のメイド、エルミリアを見ていた。

 ミンガラム男爵家に仕官するため、エルザルートの生家であるサウズバッハ家の使用人としての職を辞してきたという。


「あなた、何を考えていますの。どうしてここに」


「はっ。仕官させていただこうと思い、やってまいりました」


「そういうことではありませんわ! 大体サウズバッハ家から暇を貰うなど、よく許されましたわね!?」


 大声を出したところで、エルザルートはチラリとルシアの方に目を向けた。

 訳が分からない、という顔をしている。

 当然だろう。

 エルザルートも状況がよく呑み込めていないのだ。

 巨大モンスターの調査のために外に出て戻ってきたら、知った顔がいた。

 しかも、自分に仕えたいという。

 だが、それがエルザルートにはどうしても解せなかった。


「説明が必要そうな顔をしていますわね」


「へ?! あ、いえ、恐れ入ります」


「エルザルートと、エルミリア。名前が似ているでしょう? 当然ですわ。この娘は、わたくしが生まれたとき、身代わり兼護衛として孤児院から引き取られ、育てられましたのよ」


 突然飛び出してきた重い設定に、ルシアは面食らった。

 ゲームには、そんなキャラは登場していないはずである。

 だが、そういった人物がいたとしても、おかしくない。

 何しろ物騒な世の中である。

 貴族として生まれたからには、そういった腹心を生まれた時から親が用意する、というのも、おかしな話ではないだろう。


「名前が似ているのは、普段から同じように呼ばれ慣れることで、とっさの反応を隠すため」


「はぁ。なるほど」


「実力も、わたくしほどとまでは言いませんけれど、それなりに実戦にはえましてよ」


 エルザルートがそういうということは、かなりの実力者ということだろう。


「あの。そういったことには明るくないのですが。そういった方でしたら、むしろエルザルート様が公爵家を出るときに、一緒にお連れになってもよろしかったのでは?」


 ルシアの言葉に反応したのか、エルミリアが素早く振り向いてきた。

 あまりの勢いに体をビクつかせるルシアを、ものすごい眼力で睨んでくる。

 なんとなく、「もっと言え」という意思がこもっているように感じるが、いかんせん迫力がありすぎる。

 これではビビッて声が出せなくなるのではなかろうか。


「そういうわけにもいきませんわ。この娘を育てるには、手間もお金もかかっていましてよ。一般的な家事から、戦闘、魔法まで仕込まれているのですわ。そういった人材は貴重でしてよ。貴族家が手放すわけがありませんわ」


「御暇乞いをいたしましたところ、御当主様は快く送り出してくださいました」


「それが解せませんわ」


 いくら奴隷制度がない国とはいえ、そうホイホイ人材に退職を許したりしないだろう。

 ましてそれが優秀ともなれば、離れることなど許さないはずだ。

 だが、実際にエルミリアはそれが許されたらしい。

 ルシアはそっとエルザルートに近づき、「エルザルート様、お耳を拝借」と耳打ちの姿勢をとった。

 なぜかエルミリアの視線が突き刺さってくるが、ルシアは努めて気にしないようにする。


「まさかとは思いますが、御実家からのお目付け役ということでは?」


「すぐにそういう発想に行くのは流石ですわね。でも、サウズバッハ家はそういったことはしませんわ。わざわざそんな事せずとも、力で押しつぶせますもの」


 こそこそと密偵を使うよりも、力ですべてを押し流す。

 恐ろしいことに、エルザルートの生家は実際にそれをやってのけるし、そうして大きくなってきた。


「ねえ、エルミリア。あなた、サウズバッハ家から何か言い含められてきましたの? わたくしの様子を探れ、とか」


「いいえ。他家に仕えることになったなら、その家にのみ尽くせと」


 真正面から聞いて、馬鹿正直に答えるものだろうか。

 そう思うルシアだったが、どうもエルザルートもエルミリアも全くの本気らしい。

 この辺りの常識が、ルシアのそれとは違うようだ。


「ただ、一つ。御暇をいただいた後に、運び屋としての依頼を御受けいたしました」


「運び屋? なにかしら?」


「新しく興されたミンガラム男爵家に、祝いと友好の品を」


 そういうと、エルミリアは持ってきていた荷物を広げた。

 衣服や装飾品、それに日常遣いの道具に見えるもの。

 様々な品が並ぶが、どれも見た目通りだけのものではないだろうと、ルシアは判断した。

 何しろここは、魔法が存在する世界なのだ。

 品々を見たエルザルートが、苦い顔を浮かべている。


「マジックアイテムばかりですわね」


「使い出のあるものばかりかと」


「わたくしが使っていたものも多いようですわね」


「サウズバッハ家では持ち主のいなくなった品、遊ばせておくよりは、贈呈の品として使うほうがよい。との仰せでした」


 やはり、どれもこれも魔法の道具の類らしい。

 エルザルートが生家を出るとき、置いてきた品々のようだ。

 正直なところ、ルシアにはどれが何に使うものなのか想像もつかない。

 だが、サウズバッハ公爵家の持ち物だというのなら、相当に高価で強力な品なのだろう。


「たかが男爵家へ贈呈するにしては、あまりに高価すぎるのではありませんの?」


「一介の元使用人にはわかりかねますが、かの公爵家にとってはそれほどでもない。ということではないでしょうか。見込みあるものが家を興した時、先手を打って恩を売っておくのはよくあることかと」


 エルミリアの言葉に、エルザルートは険しい表情で唸った。

 確かに、そういうことはあるだろう。

 まだ力もない若い家なら、恩を売るのも簡単だ。

 ただ、ほかの家ならともかく、相手が生家となると。

 頭ではわかっても、感情面でどうにも納得しにくかった。

 自分は家を出たものであって、世話になるのは筋違いだ、という気持ちがエルザルートにはある。


「それと、こちらもお預かりしております」


 エルミリアが差し出したのは、封蝋の付いた手紙であった。

 エルザルートはそれを開けると、中身を手に取る。

 そして、盛大に眉をひそめた。


「ルシア、許します。読んでみなさい」


「拝見します」


 エルザルートから手渡された手紙は、一枚のみ。

 書かれた文字は、おそらく筆を使ったと思しき力強いものだった。


 恩はモンスター素材にて返すべし。


 額縁にでも入れたくなるような筆致である。


「モンスター素材って。武器にでも使うんですかね」


 ゲームの中でも、モンスターの素材は武器の材料などに使われた。

 よい武器を作るため何度もモンスターに挑んだのは、ルシアにとって良い思い出である。


「そうでしょうね。貴族が武器を求めるのは当然ですわ。そしてあなた、文字が読めましたのね?」


 この国の識字率は、けして高くない。

 ド辺境の農村などでは、村長の子供などでもない限り、読み書きなどできないのが普通だ。

 村八分を食らっていたルシアが、少なくとも文字を読めるというのは不自然なのである。


「生き延びる知恵ですよ。どんなことでもできたほうが便利ですから。文字が読めると、色々助かりますから。人間、必要に迫られると大体のことが出来るものです」


 元ブラック企業社畜の知恵として、文字が読めるというのが大きなアドバンテージになることはわかっていた。

 独学で文字を覚えるのには苦労したが、五日間寝ないで仕事をしていた時のことを思えば、どうということはない。

 眠れて、誰にも怒鳴られず、ある程度飯が食える。

 ルシアにしてみれば、それだけで素晴らしく恵まれた環境なのだ。


「国の中ほどに行けば行くほど、モンスターの素材は珍しいそうですからね。確かにそれを求めるのであれば、ミンガラム男爵領と誼を持ちたいというのはわかる気がしますが」


 手紙を返しながら、ルシアはしれっと話題を変えにかかった。

 辺境ならばいざ知らず、人間の生活圏にはさしてモンスターなどは出現しない。

 当然、その素材も手に入りにくかった。


「ですわね。まあ、緊急の状況であることもありますし。ここはありがたく受け取っておきましょう。お礼の手紙を出すのもままなりませんけれど」


 何せ、こんなド辺境である。

 郵便屋も手紙を取りに来てくれない。


「預かりました品と手紙、確かにお渡ししました」


「受け取りましたわ。となると、次はあなたのことですわね」


 エルザルートの視線を受け、エルミリアは静かに頭を下げた。

 決定に従う、という意思表示だろう。

 エルザルートは苦い顔のまま、扇子を弄る。


「この領地にいるのは、亜人ばかり。それに、人族がいくらか。領内を落ち着かせるために、かなり難しいかじ取りを求められていますわ。何しろ亜人を実際に領民として治めるというのは、わが国の貴族では誰もしたことがない仕事ですもの。それをうまく手助けしてくれているのが、このルシアですわ」


 突然名前を出されて、ルシアはぎょっと目を見開いた。


「武勇のほうは望むべくもありませんけれど、人心掌握、仕事の手配り、この地で生きるための知識に、状況を打開するための知恵。わたくしがこの地を治める上に於いて、なくてはならない男でしてよ」


 通常であれば、これだけ高く評価されれば嬉しく思うところだろう。

 だが、ブラック企業の社畜として生きてきたルシアは、全く褒められ慣れていなかった。

 それに、今の状況で頼られるというのは、危険な立場になるということに他ならない。

 できるなら避けたい立場なのだ。


「ですから、今このミンガラム男爵に仕えるということは、家臣筆頭であるルシアの下につく、ということですわ」


 いつの間に自分は家臣筆頭などという恐ろし気な立場になったというのか。

 できれば掃除係とかにしてほしいと思うルシアだが、そんなことが言える雰囲気ではなかった。


「それでも構わないなら、取り立てて差し上げましてよ」


「エルザルート様のお見立てであれば、是非もありません。不肖エルミリア、ルシア殿の指揮の下、きっとエルザルート様のお役に立ちましょう」


「よろしい。励みなさい! おーっほっほっほ!!」


 いつものようにポーズを決めて笑い始めるエルザルートを見て、ルシアはハッと重要なことを思い出した。

 この笑い方を見て冷静になるというのも随分アレだが。

 慣れというのは恐ろしいものである。


「エルザルート様。うやむやになってましたけども、件の巨大モンスター、グラトニーはどうでしたか」


「そうですわっ! わたくしとしたことが、本当にそちらのほうが問題でしてよ!」


 忘れていたらしく、エルザルートはかなり本気であわてた。

 その様子を見ただけで、かなり不味い状況にあるらしいとルシアは察する。


「見つけましたわ。確かにあんなものが来たら、村程度踏みつぶされましてよ」


「いたんですか!? ど、どこに!?」


「口では説明しづらいですわ! なにかこう、地図的なものが必要ですわね。アールトンにいって、地面にでも地図を書かせなさい! わたくし達よりも地理には詳しいはずですわ!」


「エルザルート様。地図でしたら、贈呈品の中に“白地図”が御座います」


「それですわ!! ルシア! わたくしはソレを探していますから、エルミリアに状況を説明なさい!」


「え!? あ、はい!」


 荷物をあさり始めるエルザルートに指示され、ルシアは慌ててエルミリアに頭を下げた。


「ええと、改めてのあいさつは後程ということで。少々切羽詰まっていますので、早速ですが説明させていただきます」


 エルザルートの突然のフリだったが、ルシアは特に困ることはなかった。

 ブラック企業の社畜時代、突然ほかに助けを求めるために状況を説明しなければならない状況、というのに陥ることが、よくあったからだ。

 常にどう話したら今の状況を素早く伝えられるか、考えながら過ごしていたのである。

 幸い、エルミリアはすぐに状況を理解してくれた。

 ルシアの説明が上手かったのもあるだろうが、エルミリアの理解が早かったのも大きい。

 話を聞き終えると、エルミリアは険しい表情で小さく息をついた。


「エルザルート様に下ったタイニーワーウルフ。その村を襲うオーク。理由は、巨大モンスターを避けるために、新たな居住地を求めて、と思われる」


「その、思われる、というのが取れそうですわ」


 言いながら、エルザルートが二人の前に木箱を置いた。

 長方形のかなり立派なつくりのもので、金属の留め具などもついている。

 中を開けると、そこには巻かれた紙が入っていた。

 かなり分厚いもので、何か複雑な記号らしきものが書き込まれている。


「これは、“白地図”という魔法道具ですわ。起動させると、周囲の地図を映し出しますの」


 ゲームでは描写されなかった品物だ。

 おそらく、主人公達も使っていたのだろう。

 これのおかげで、マッピングなどに困らなかったわけだ。


「早速、発動させますわ」


 エルザルートは“白地図”の上に手を置いた。

 その手から、赤い光る靄のようなものが漏れ出し、“白地図”へ広がっていく。

 同時に、“白地図”の表面が変化し、緑色に染まり始めた。

 正確に言えば、それは木々を上から見たような景色。

 地球のものでいえば、衛星写真のように精密な地図である。

 ルシアはその画風に見覚えがあった。

 ゲームの中に登場したマップと、同じ描き方だったのだ。

 驚いているルシアをよそに、エルザルートは小さくうめいた。


「かなり魔力を食いますわね。“白地図”でこんなに“重い”のは初めてですわ」


「その分、広範囲を映し出せるもののようです。場所が場所ですから、そのほうが助かります」


 エルミリアの言う通りだろう。

 しばらくすると、“白地図”一杯に地図が映し出された。

 ルシアの目から見ても、かなり広範囲のものとわかる。

 地図には絵だけでなく、印のようなものと、文字も書き込まれていた。

 どうやら、目立つものに矢印と呼称が付いているらしい。

 地図の中心から少しずれたところに、「村」と書かれた地点がある。

 木々が開けたその形から、ルシアはすぐにその場所を特定した。


「ここが、この村ですね」


「ですわね。そして、これ。このデカい岩みたいなのがあるでしょう」


 エルザルートが指さした場所には、確かに岩山のようなものがあった。

 村よりも規模は小さいが、地図には映っている。

 不自然なのは、そこから一直線に、木々がなぎ倒されているところだろう。

 そして、その線の先では、かなりの範囲で円形に木々が枯れているのがわかる。

 円形はつぶれた形をしており、形だけ見れば算盤玉が並んでいるようにも見えた。

 ルシアの顔と背中に、ぶわっと嫌な汗が流れる。


「これって、まさか。巨大モンスター、グラトニーですか?」


「間違いありませんわ。わたくしも実際に見たとき、度肝を抜かれましたもの」


 地図に映るほど巨大なモンスター。

 ルシアはもちろん、エルミリアも目を見開いて絶句している。


「よく見ると、完全に枯れているところ以外の木の葉も、変色していますわね」


「今後枯れる、ということなのでしょうか。大地の栄養が吸い上げられているとするなら、これは」


 枯れている範囲は相当に広い。

 この村いくつ分、というような生半可なものではない。

 地図を見ながら、ルシアはあることに気が付いた。


「この色が変わっている範囲、円と円の端がちょうど接しています。効率よく吸い上げるために、吸収できる範囲分だけ移動しているようですね」


 だとしたら、相当に厄介だ。

 栄養やエネルギーを吸い上げられた後の土地では、草木は当分育たないだろう。

 周りからの動物の流入もないとなれば、文字通り不毛の土地となる。


「これ、グラトニーの進路上に開けた場所がありますけど。これって、多分集落ですよね? 家みたいなの建ってるっぽいですし」


 今まで、オークが巨大モンスター対策のために、移住地を探しているのではないか、と考えてきた。

 それはあくまで予想であり、確証はないものだったのだが。

 しかし、こうして実際に確認したとなると、話は変わってくる。


「どうやって彼らがグラトニーのことを知ったのかわかりませんが、この村を襲っている理由はこれでしょうね」


「よしんば違ったとしても、交渉材料にはなりますわ。これだけ危険なものが近づいてきているから、協力しなさい、といった具合に」


 どちらに転んでも問題ない、ということだ。

 いや、状況的には問題しかないのだが。


「ですが、あまり時間がなさそうですよ。地図を見る限り、オークの集落がグラトニーの影響圏に入るまで、長くて六日、早くて五日ぐらいしかないみたいですし」


 等距離で動いてくれているから、進路や移動距離の予測はしやすい。

 目測ではあるが、グラトニーがオークの村に到達するまで、五日から六日程度だろう。


「時間がありませんわね。ならば、することは決まりましたわ」


 エルザルートは口元を扇子で隠しながら、目を細めた。

 笑っているに違いないだろう。

 いやな予感しかしない。

 できれば聞きたくないルシアだが、そういうわけにもいかないようだ。


「位置が分かったのなら、こちらから攻撃を仕掛けることも可能! オークの集落を襲撃! 連中を徴兵して巨大モンスターを討伐いたしますわ!!」


 やっぱりそうなるのか。

 予測はしていたものの、ルシアは意識が遠くなるのを感じた。




 亜人の多くは、同一種族で大きな集団を作っている。

 だが、そういった中からはみ出す、あるいは爪弾きにされるものがいた。

 理由は様々で、一概には言えない。

 悪事を働いたから、病気になったから、何かの競争に負けたから。

 本当にいろいろだ。

 そういった者たちのほとんどは、集落で暮らすことを許されない。

 外に追い出されてしまう。

 安全に暮らすことのできる場所が限られるこの土地だ。

 そうなったら、待っているのは死である。

 ノンドは、それに抗った男であった。


 訳あってオークの大集落を追われたノンドは、彼とともに追放された者達と共に、森の中を放浪していた。

 とはいえ、あてがあったわけでもない。

 いつ、どこで、どう死ぬことになるか。

 漫然とそんなことを考えていた時、思わぬことが起きた。

 ほかの集落から追放された者達と出会ったのだ。

 今にも死にそうなほど衰弱した、女子供である。

 おそらくは、口減らしだろう。

 その土地に住むことが出来る人数が決まっているこの場所では、よくあることだ。

 自分達も同じような立場である。

 放っておくしかない。

 だが。

 この時のノンドは、なぜか彼女達を見捨てることが出来なかった。

 食べ物を分け、介抱し、世話をしたのだ。

 すると、徐々に周りから人が集まってきた。

 そこらじゅうの集落から集まってくるから、人数はどんどん増えていく。

 だが、減る数も多かった。

 危険な土地だからである。

 いつの間にか大所帯になり、ノンドはある決心をした。

 モンスターが寄り付かない土地を探し、集落を構える。

 並大抵のことではない。

 集団での旅である。

 成功する確率など、微々たるもの。

 言ってしまえば、死出の旅に等しい。

 それでも。

 ノンドの決定に、全員が付き従った。

 誰の顔にも悲壮な色がなかったことを、ノンドはよく覚えている。

 誰もが希望をもって、旅に出たのだ。

 当然、旅は厳しいものとなった。

 少なくない犠牲も出ている。

 途中で仲間になった者もいた。

 森をさまよい始めてから、数カ月がたったころだ。

 今の集落となる場所を、見つけることが出来た。

 誰もが喜んだ。

 こんな森の中でモンスターの近づかない土地を見つけられるなど、掛け値なしの奇跡である。


 この土地を見つけ、集落を作り。

 必死に働き続け、数年。

 何とか暮らしも軌道に乗り、中には子供が生まれるものも出てきた。

 ようやく、安定した生活ができる。

 巨大モンスター、グラトニーの存在が分かったのは、そんな時だった。

 ずっと不思議ではあったのだ。

 この辺りにある集落といえば、タイニーワーウルフのものが一つあるだけ。

 確かに人間が住む地域に近いこともあるが、それにしてもあまりに人が少なすぎる。

 ノンドが暮らしていた集落では、この辺りには近づくなと言われてきていた。

 危険だから、というのだが、それは人間を警戒してのことだと思っていたのだが。

 回遊型の大型モンスター。

 それが、この地域に集落がない理由だったのだ。

 大きな集落を作っても、回遊してくる巨大モンスターに食い物にされてしまう。

 とてものこと、定住できる場所ではなかったのだ。

 しかも悪いことに、今回の回遊進路上には、ノンド達の集落があった。

 どこか、避難する場所を見つけるしかない。

 散々探し回って、ようやく一か所だけ、どうにかなりそうな場所を見つけることが出来た。

 だが。

 そこにはすでに、先住しているものがいた。

 タイニーワーウルフ達だ。

 どちらも数が多い。

 あの土地に共に暮らすことは不可能だろう。

 ノンド達「ギシウ氏族」が生き延びるには、タイニーワーウルフを排除するしかない。

 族長としての立場でいうのであれば、ためらう理由はなかった。

 攻めに攻めて、追い出せばいい。

 タイニーワーウルフ達は守るのに必死で、こちらの集落の位置も掴んでいないのだ。

 一方的に攻撃することも、その気になればできる。

 だが、集落のものは、ほとんどが積極的ではなかった。

 ノンド自身、同じである。

 タイニーワーウルフ達の立場が分かるからだ。

 こんな場所にいるのである。

 元居た集落を追い出されたか、競争に負けたのか。

 いずれにしても、向こうもこちらも立場は同じ。

 彼らの境遇に、共感できてしまうのだ。

 そのせいで、攻め手が甘くなってしまう。

 馬鹿な話ではあるが、それで割り切れるぐらいなら、あるいは自分達は元居た集落から追い出されなかった。

 しょせん、甘いのだ。

 ノンド自身も含めて。


「ノンド様。斥候が戻ってきました」


 思考に埋没していたノンドは、名前を呼ばれ目を開いた。

 大集落を追われた時から、ずっと自分を支えてくれているオーク女性が、険しい表情で立っている。


「やはり、あと五日から六日といったところだそうです」


 巨大モンスターを見張っていた斥候からの知らせである。

 五日から六日で、集落に到達するということだ。

 もはや、猶予はない。

 腹を括るしかないだろう。


「戦支度を」


 ノンドの言葉に、オーク女性の表情が険しくなる。

 今までのタイニーワーウルフとの戦いで、ノンドは一度も「戦」という言葉を使わなかった。

 相手を殺さない、ということを徹底した、追い出し工作だったからだ。

 それが今回は、はっきりと「戦」と言ったのである。


「わかりました。であるなら、ノンド様。せめて、斧をお持ちになりませんか」


 タイニーワーウルフとの戦いのさなか、ノンドはずっと剣を使ってきた。

 オークにとって斧は、特別な武器である。

 剛力を誇るオークが振るう斧は、一撃必殺の武器になりえた。

 木々を切り開き、敵を討ち倒し、獲物を仕留める。

 集落を守り、仲間を守るため、最良といってよい武器だ。

 いや、武器というより、それはオークとしての生き方そのものの象徴である。

 だからこそ。


「今の俺に、斧を持つ資格は無い」


 ほかのだれがどう考え、どう行動しようが、どうでもいい。

 ただ、これはノンド自身にとってのけじめであった。

 自分達と同じ身の上のものを、さらに苦境に追いやるものが、斧を持つべきではない。

 誰でもない、ノンドが自身に課したけじめである。


「剣で、あのタイニーワーウルフ達に勝てますか」


「アールトンには、通用せんだろうな。あるいは俺が死ねば、皆の気も楽になるかもしれん」


 族長が殺された復讐である。

 そうなれば、同じ境遇のタイニーワーウルフとの戦で気に病むものも、少なくなるかもしれない。

 ノンドの気持ちを察しているのだろう。

 何かを言いたげなオーク女性だったが、ぐっとそれをかみ殺している。

 それを見て、ノンドは苦笑を漏らす。


「万一の話だ。そう易々とはやられんさ。それより、支度を始めるように皆に」


「ノンド様!」


 ノンドの言葉は、突然の大声に遮られた。

 飛び込んできたオークは、息も絶え絶えである。

 どうやら、かなり焦って走ってきたらしい。

 尋常でないその様子に、ノンドとオーク女性の表情が険しくなる。


「何事だ」


「人間が、タイニーワーウルフの村にいたあの人間が!」


「エルザルートか。それがどうした」


「タイニーワーウルフを引き連れて、やってきました! ここに! この集落にです!」


「なっ!? 今どこにいるんですか!」


 オーク女性が、鋭く声を上げる。

 報告に来たオークは、何とか息を整えながら答えた。


「川側の方向! 集落のはずれで、ノンド様が来るのを待っています!」


 聞き終えるや、ノンドは素早く立ち上がると、そのままの勢いで駆けだした。

 一体何が目的なのか、何しに来たのか、まるで分らない。

 だが、やるべきことは決まっていた。

 命に替えて、集落の民を守る。

 今のノンドにとってはそれのみが、必要事の全てであった。

今年も最後の更新となりました

来年は一月一日からの更新となります


追記:

予約投稿をミスっていることに気が付きました

いつもと違う時間に落としてしまい、申し訳ないです

次回からはこういうことがないように気を付けます

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― 新着の感想 ―
[良い点] 今年も楽しく読ませていただきました。 ありがとうございます。 よいお年を!
[気になる点] 『それに、今の調理の状況で頼られるというのは、危険な立場になるということに他ならない。』 誤字の元が解りませんので、お知らせします。取り敢えず、料理はしてなかったですね(笑)
[気になる点]  色んな作品で『ゲームでそういう事だったから〜』っていう説明になってない理由で放置されてる事が多いけれど、この作品の超巨大モンスターの秘密や魔の森の安全地帯の解明とかってされるんでしょ…
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