七話 「敵対はしていますが、いわゆる敵ではありません」
ゲームである「ときめき戦略シミュレーション ファルニア学園キラ☆らぶ戦記」には、イベント的な戦闘がいくつか存在する。
その一つが、巨大モンスターとの戦闘であった。
いわゆるイベント戦闘と呼ばれるタイプのこれは、一定の条件をクリアしなければモンスターにダメージを与えることができない、といった種類のものである。
あるものは、破壊可能部位をすべて破壊。
またあるいは、敵を一定の位置に移動させなければならない、などなど。
もはや乙女ゲーであることを置き去りにしてきたような本格ファンタジーシミュレーション的な戦闘は、
「でかい敵を倒す感じがいい」「手順を踏んで倒す楽しさがある」「恋愛関係なくなっちゃってるよね」「開発スタッフそういうとこだぞ」
などなど賛否両論ありながらも、おおむね好評であった。
タイニーワーウルフの村がある辺り、ミンガラム男爵領にいると推測される巨大モンスターは、ゲームに於いて主人公達が初めて遭遇するものである。
言ってみれば、「イベント戦チュートリアルモンスター」であった。
ゲームとしてみれば、その強さは大したことがない。
のんびりと構えて戦うことができる。
だが、現実になった場合はどうか。
ゲーム内の演出では、このモンスターの攻撃により、多くの被害が出ていた。
当然、人的被害も。
もし本当に、そんな化け物がこの近くにいるのであれば。
やるべきこと、やっておかなければならないことは、山ほどある。
巨大モンスターが話題に上った、翌日の朝。
エルザルートは村にいる全員を集め、その前に立った。
仁王立ちで、恐ろしくバランスが悪そうな決めポーズをとっているのだが、もはや誰も疑問に思っていない様子だ。
後ろに控えているルシアは、何とも言えない表情をしている。
「今日、あなた達を集めたのは、ほかでもありませんわ! この領地に迫っていると思われる、危機についてのことでしてよ!」
エルザルートは、巨大モンスターがこの近くにいるかもしれないことを説明した。
元奴隷である人間達はピンと来ていない様子だったが、タイニーワーウルフ達は騒然となる。
アールトンが言っていたが、件の巨大モンスターは、この辺りではそれなりに有名な存在だったようだ。
ざわめくタイニーワーウルフ達を見て、人間側も危機感を覚えたらしい。
だんだんと表情がこわばっていく。
「ええっと、どんなモンスターなのか、ざっくりとですが説明したいと思います」
エルザルートの後ろから一歩前にでて、ルシアは説明を始めた。
「タイニーワーウルフの皆さんはすでにご存じと思いますが、認識の共有ということでお聞きください」
元々ルシアが持っていた情報は、ゲームのものだけであった。
だが、昨日のうちにアールトンをはじめとしたタイニーワーウルフ達から聞きまわり、巨大モンスターの特徴などを纏めている。
「巨大モンスターの名前は、グラトニー。全身を岩で構成された、首のない亀、といった形状で、大きさは軽めの要塞規模。アールトンさんの家だと、六戸、あるいはそれ以上だと考えられます」
今現在いる巨大モンスター、グラトニーがどれほどのものかはわからないが、最低でもそのぐらいは覚悟しておかなければならないということだ。
「このモンスターは巨大な分移動速度はそれほどでもなく、直接動物や人間を攻撃したりもしません。昼間は一日歩き続け、通り道に建物などがあれば踏みつぶしもしますが、逆に言えばその程度。一番の危険なのは、そこではありません」
ただ大きいだけのモンスターであれば、正直なところそれほどの脅威ではない。
クジラが地上で歩いているのと変わらないのだ。
「一番危険なのは、夜。体を地面に下ろし、一見休んでいるかのように見える状態の時です。この時、周囲一帯広範囲に、魔法によるドレイン攻撃を仕掛けます。動物だけでなく、生き物、土にまで影響がある魔法です」
これが、非常に厄介なのだ。
近づこうとするだけで多大なダメージを被ることになる。
だけでなく、もっと恐ろしいことがあった。
「グラトニーはドレインによって、土地のエネルギーを吸い上げてしまいます。つまり、植物が育たない土地になってしまう。当然、生き物にとっても大変住みにくい土地です」
植物がなければ、草食動物が住めない。
草食動物が居なければ、肉食動物も。
当然、人間や亜人にとっても、暮らしやすい土地ではなくなってしまう。
「五年、十年というスパンを置けば、周囲の植物の浸食などによって土地の力は回復するそうです。人間の住む領域であれば、それを待つこともできるでしょう。ですが、ここではそれを待つというのは、事実上不可能です」
亜人の領域であるここでは、住むことのできる場所は限られている。
理由はわからないが、モンスターが近づくことのない土地。
そこでなければ、安心して暮らすことなど不可能なのだ。
もしこのグラトニーが、村のある場所を通過したら。
周囲一帯植物も生えなくなった土地では、暮らすことなど不可能だ。
食事もまともにできなくなり、すぐに飢えることとなるだろう。
「そんな危険な巨大モンスターが、この周辺にはいるのです。そして、オーク達はそのことを知っている可能性がある。彼らが襲ってくるのは、彼らの村のある場所を、グラトニーが通過するため、新しい移住地を探しているから。かも、知れないわけです」
「その、グラなんとかはオーク達だけではなく、わたくし達にとっても危険な存在ですわ! オークのことも警戒しなければなりませんが、存在が分かった以上、そちらも警戒する必要がありますわ! まずはこの、えー、何といいましたかしら?」
「グラトニーです」
「グラトニーの発見を第一目標とし! 然る後次の対策を打ち出すことにいたしますわ! 様々な場合を想定した行動立案は、ルシアがすでにしていますわ! あなた方は安心して、与えられた自分の仕事に邁進なさい! 以上、解散!!」
「「「おー!!!」」」
エルザルートの声に、タイニーワーウルフ達が声を上げる。
どうやら、彼らにとっては定番の掛け声のようだ。
つられるように、人間達も声を上げた。
ルシアはとりあえず説明が上手くいったことに安堵し、大きくため息を吐いた。
共通の敵がいるというのは、団結を図るのに都合がいい状況である。
そういう意味で、グラトニーの存在はタイニーワーウルフ達と元奴隷達の間を取り持つのに、大いに役に立った。
まあ、その利点を補って余りあるほど、危険な存在ではあるのだが。
「それに、共通の敵ならオークだけでも良かったと思うんですけどね。ほんとに開発何考えてたんだろう。乙女ゲーで巨大モンスター討伐とか必要なのか」
ぶつぶつと独り言を言いながらも、ルシアは黙々と手を動かしていた。
今しているのは、壊れた、正確にはエルザルートが魔法で吹っ飛ばした馬車の残骸から、金属の部品をひっぺがす作業だ。
道の端に寄せて放置していたものを、回収してきたものである。
モンスターがうごめくこんな場所では、鉄は希少な資源だ。
武器として使い出がある。
加工するにはそれなりの火力が必要なのだが、幸いここでは燃料に事欠かない。
木を伐採しても、三日も放っておけば同じぐらいの木が生えてくる。
尋常ならざる成長力の木が、そこら中に繁生しているのだ。
地球なら考えられないことである。
「釘なんかも、落とさないようにしてくださいね。炉で固めてもらえますから」
タイニーワーウルフの村には、急造らしいものの金属用の炉があった。
それを使い、金属が再加工できるらしい。
ルシアの常識では、あんなに小さなものでは鉄の熔解などできなさそうな気がするのだが。
深くは考えないようにしている。
ここは剣と魔法と恋愛の乙女ゲー世界なのだ。
地球の常識ばかりにとらわれる必要はない。
一緒に作業をしている人達に指示を飛ばしながら、ルシアは額の汗を拭った。
周りを見渡してみると、みんな忙しそうに動き回っている。
現状がかなり厳しいというのもあるが、動いていないと不安だ、というのもあるのだろう。
実際、ルシアもかなり不安である。
今この村には、エルザルートとアールトンが居ない。
かなり戦力的に不安な状況だ。
あの二人は今、巨大モンスター「グラトニー」の探索に出ている。
位置を特定して、今後の進路を予測するためだ。
まずグラトニーを見つけるところからやらなければならないのだが、相手は単純にでかく、その点は心配ないだろう。
エルザルートとアールトンが居れば、滅多なことは起きないはずである。
不安なことがあるとすれば、村のことだ。
もし今オーク達が全力で攻めてくれば、かなり不味い。
罠による防備のおかげで、あっという間に負ける、ということはないだろうが、エルザルートとアールトン達が戻ってくるまで持ちこたえられるか、微妙なところだ。
それでも、グラトニーの確認は急務である。
戦闘力が高いエルザルートと、タイニーワーウルフとして優れた探知探査能力を持つアールトンがいかなければならないのは、自明の理だ。
「クッソ。せめて僕にも戦闘能力があればなぁ」
痩せても枯れても、ルシアは「ときめき戦略シミュレーション ファルニア学園キラ☆らぶ戦記」の攻略キャラである。
それなりの戦闘能力は有している、のが、普通だろう。
だが、残念ながら今のルシアにこれといった戦うための能力はなかったのである。
それというのも、ルシアが「魔法道具を作って使う系キャラ」だからであった。
奴隷として貴族家に囚われていたルシアというキャラクターは、救出されてファルニア学園に通うようになる。
そこで多くの魔法道具の知識に触れ、自分でも作ってみるようになった。
ルシアはその自作の魔法道具を使って、戦うキャラクターだったのである。
つまり、今のルシアには、「攻略キャラクター」としての戦闘能力は、皆無だったのだ。
「これが、ゴリマッチョ系筋肉キャラだったらなぁ」
そうすれば、戦闘技術はなくても、持ち前の腕力で多少なり身を守ることはできたはずだ。
尤も、筋肉を鍛えられるほど食べ物を得ることは難しかっただろうが。
「あの、ルシアさん。言われた通り、草の処理が終わりました」
「ありがとうございます。すぐそちらに行きますので。では、向こうに行っていますので! 引き続き作業よろしくお願いします!」
一緒に作業をしていた人達に声をかけると、ルシアは呼びに来た女性のほうへ小走りで向かった。
元奴隷の女性である。
ルシアは元奴隷達に、敬語で話をされていた。
エルザルートの名代という立場と目されているため、自然とそういう形になったのだ。
まあ、少し前まで虐げていた相手である。
距離感をつかみかねている、というのもあるのだろう。
今のルシアの立場なら、仕返しすることもたやすい。
それを恐れているわけなのだが、むろんルシアにそんなつもりはなかった。
ブラック企業の社畜として鍛え上げられたルシアの精神は、そもそも村人達の自分に対する行いを「非道なもの」としてとらえてすらいなかったのだ。
異質な存在であるルシアを虐げなければ、逆に自分がひどい目に遭う。
村社会というのは、そういう構造になっているのであり、誰だって「ひどい目に遭う」のは嫌なものである。
ここまで達観できるルシアは、かなり異質な精神力の持ち主といえるのだが。
ルシア本人は全くそのことに気が付いていなかった。
「言われた通りにしましたけど。あの、これ本当に食べられるんですか?」
元奴隷の人間達に任せていた仕事。
それは、山菜の下処理だった。
周辺の森から集めた様々な山菜を、多種多様な方法で加工している。
一番多いのは、湯がいたり煮たりしてから、乾燥させるというものだ。
ファンタジー特有のものはありつつも、この世界の植生は日本のそれに似通っている。
地球の田舎で生まれ育ったルシアは、山菜などにも比較的詳しかった。
さらに、村八分で常に飢えていたこともあり、この世界特有の山菜についても知識があったのである。
「食べられますよ。少々苦いので、口には合わない方がいるかもしれませんが。これなんかは、もう食べられますし」
ルシアは湯がいて水にさらされていた山菜をつまみ上げると、口に入れてみせた。
この世界特有の植物で、味付けはしていなかったが、なかなかに美味しい。
ちなみに、人間とタイニーワーウルフは、食べられるものは共通している。
オオカミだから、玉ねぎが食べられない、といったこともない様だ。
そういった点については、かなりありがたい。
「皆さんも、食べて確かめてみてください。味を覚えるのも、作業のうちですので」
「ほんとだ、食べられる」
「青臭いけど、案外おいしいね」
食べられると分かれば、扱いも変わってくる。
元奴隷たちの表情が、わずかに明るくなった。
この村でも、ルシアが元居た村でもそうなのだが、実はこの辺りは食べるものに困る、ということがあまりなかった。
気候が穏やかで安定しているおかげか、極端な不作という事態が起きにくいらしいのだ。
そのためか、食べられるものはなんでも食べる、というような文化が生まれなかったようなのである。
ルシアは幼少期から結構食べるものに困っていたが、それは境遇が特殊だったからなのだ。
タイニーワーウルフのほうも似たようなもので、土地をめぐる争いなどはあったものの、食べるものに極端に困る、という状況はなかったらしい。
狩りをすれば肉が手に入り、果実なども安定して採集することができる。
だからこそ、森の中でも群れを維持できるのだろう。
この辺りの食糧事情は、日本とはかなり異なる。
地球の常識で考えてはならない部分だと、ルシアは判断していた。
とはいえ、少なくともこの山菜に関してだけは、日本での知識が大いに役に立っている。
「これは保存も利きますから、今のうちに準備しておきましょうね」
この森の中では、あまりたくさんの食糧は保存できない、というのが常識だ。
匂いなどにつられたモンスターが、やってきてしまうからである。
しかし。
どうやら山菜などに対しては、モンスター達の食指が動かないらしいのだ。
ただの草と認識するらしく、それを狙って襲ってくるということがないのである。
つまり、できないはずの「大量の食料の備蓄」が可能になるのだ。
村を襲われた時も、逆に攻撃を仕掛ける時も、狩りや採集のことを気にしなくてもよくなる。
これは、非常に大きなアドバンテージだ。
「しかし、なんでこういった食べ物にはモンスターは反応しないのでしょう?」
「わざわざ危険を冒してまで襲う価値がないと判断するんだと思いますよ。彼らにとってもその辺に生えている草ですから」
肉や果物でない山菜だからこそ、モンスターが寄ってこないらしい。
しっかり検証はしていないが、とりあえず細かいことはどうでもよかった。
重要なのは「備蓄してもモンスターが襲ってこない」という事実である。
「ルシアさん! 糸の加工、成功しましたよ!」
人間の少年が、ルシアを呼びながら駆け込んでくる。
よほど慌てているのか、かなり息が上がっているようだ。
少年の言葉を聞いて、ルシアはニッと口の端を釣り上げた。
「わかりました、すぐに行きます! では、この調子である分の山菜すべてを加工してください。一つ一つやり方が違いますから、間違えないように気を付けて! じゃあ、行きましょう」
ルシアは口早に指示をしながら、呼びに来た少年の後を追いかけた。
モンスターには、様々な種類がいる。
そのほとんどが人間にとって危険な存在なのだが、中には危険さと同時に有益さを兼ね備えているものもいた。
例えば、蜘蛛型のモンスターだ。
糸を飛ばして武器にする種類のものが居るのだが、この糸は非常に優秀な素材として使うことができる。
ただ、素材として使うためには、いくつか工程を踏まねばならなかった。
タイニーワーウルフの職人は、その技術を持っていたのだが。
いかんせん、その蜘蛛型のモンスターはなかなか強敵で、糸を手に入れることができなかったのだという。
だが、エルザルートがこの村に来たことで、状況が変わった。
ルシアが聞き取った情報を元に、エルザルートは食料とは別に、様々なモンスター素材も収集してきていたのである。
その加工が、上手くいったのだ。
「それなりに量がないと加工もできないんだが。よくこれだけ集めてくれた」
タイニーワーウルフの職人が手にしているのは、蜘蛛型モンスターの糸を加工して作った、スパイダーシルクと呼ばれる種類の糸だ。
これは非常に優れた素材で、同じ太さの金属糸よりも耐刃性に優れるうえ、耐熱性も高い。
もちろん強度も高く、衣服の、あるいは武器の素材として大変に優秀であった。
「人間の子供達も、よく手伝ってくれた」
タイニーワーウルフは、手先が器用な種族だ。
とはいえ、モンスター素材を扱える職人の数は限られている。
ほかにも日常の仕事もあり、そちらにばかり手を割けなかった。
そこで、元奴隷の少年達から、手伝いを出したのだ。
どうやら、上手く働いてくれているらしい。
「ほかの素材のほうは、どうですか?」
「うまく加工できている。早晩、武器の数もそろえられるだろう」
「いよしっ!」
ルシアは思わずガッツポーズをとる。
スパイダーシルクのほかにも、魔獣の骨や外殻、牙といったモンスター素材を揃えていた。
これらはうまく加工すれば、そのまま天然の武器として使えるのだ。
どうしても形が不ぞろいなので、兵士に配るような規格ものには向かないものの、一点物としては最高級といっていい。
むろん、こういったものを集められたのも、エルザルートの圧倒的な攻撃力あったればこそだ。
「あの、でもルシアさん。こんなに武器用意してますけど、巨大モンスター? とかいうやつに、通用するんですか?」
こわごわとルシアに尋ねたのは、元奴隷の少年の一人だ。
ガキ大将だったはずなのだが、ルシアに対する態度はおっかなびっくりといった感じである。
本当なら馬鹿にしたり石を投げたりする側だろうが、そういった態度は全く見えない。
なまじ、生まれたころからルシアが村八分にされていたのがよかったのだろうか。
村の少年少女達にとって、物心つく前からルシアは「近づいてはいけない存在」だったのだ。
そうやって遠巻きにしてきたからこそ、嘲りや侮蔑の気持ちよりも、畏怖や恐怖といった感情のほうが強いらしい。
もっと馬鹿にされて、逆らわれると思っていたルシアだったが、これは思わぬ誤算だった。
まあ、今はそのほうが都合がいい。
少々寂しくはあるが、何しろ切羽詰まった状況である。
「相手は全身が岩石で覆われてますからね。人間が使ったんでは、歯が立たないと思いますよ。でも、タイニーワーウルフさん達が使えば、話は別です」
体格は小さいとはいえ、ワーウルフである。
少々訓練をした程度の兵士であれば、武器を持っていても一対一でタイニーワーウルフに勝つのは至難だろう。
その腕力があれば、グラトニーの体表にある岩石をひっぺがすことも可能だ。
「それに、オークの皆さんなら、岩を砕くことだって可能だと思いますよ」
「お、オークって。敵じゃないですか!」
「敵対はしていますが、いわゆる敵ではありません」
驚いたように言う少年を、ルシアは鋭く睨んだ。
全身から発せられる妙な迫力に、睨まれた少年だけでなく、周りにいたほかの少年達も息を飲む。
「エルザルート様がおっしゃった通り、彼らもミンガラム男爵領の住民です。確かに今は争っていますが、隣村同士が喧嘩をしているようなものです。ほかならぬ、エルザルート様がそうおっしゃっているのですから、そうなんです。いいですね?」
「は、はい」
ルシアに気圧された少年達は、こくこくと何度もうなずいた。
それを見て、ルシアは内心でほっと胸を撫でおろす。
正直、殴られたりしないかと、ひやひやものであった。
ブラック企業で学んだ、「まさかの時の圧迫面接マニュアル」が役に立った瞬間である。
確かに今はオークと敵対している。
だが、いつかは周囲一帯を併呑し、領民の一部となるのだ。
少なくとも、エルザルートはそう考えている。
ならば、「そうなったときのため」にも、今のうちからシコリや対立の種にならないよう、ここは徹底しておかなければならないのだ。
なにより。
「グラトニーがどうなるかにもよりますが。思ったよりも早く、オークの人達とは共闘しなくちゃいけなくなりそうなんですよ。そう、できる、じゃなくて、しなくちゃいけない、ってのが。何ともつらいところなんですけど」
ルシアが、そんな風に説いた時だった。
慌てた様子のタイニーワーウルフが、ルシアの方へ駆けてくる。
「ルシア! よかった、ここにいたのか!」
「はいはい、どうしました?」
次はなんの報告だろう。
軽く構えていたルシアだったが、続いた言葉にぎょっと目を見開く。
「人間だ! 人間が来た! 妙な人間が、ここにエルザルート様がいるはずだから、会わせろって言ってる!」
「人数は!?」
「一人だ。周りに人間の匂いは無い」
真っ先にルシアの頭に浮かんだのは、ゲームの登場キャラクター達だ。
だが、「エルザルートが追放されたシナリオ」で、「エルザルートに接触するようなキャラクター」は、まだいないはずである。
ということは、別の人物ということだろうか。
いや、ここは「ゲームと同じような世界」ではあるが、「まったく同じ」ではない。
その証拠が、ルシア自身の存在だ。
エルザルートとルシアが、こんなところでこんな風に出会う「シナリオ」は、存在していないはずなのである。
では、いったい誰が来たのか。
そこまで考えて、ルシアは頭を振って考えを切り替えた。
こんなところで考えていても、答えは出ない。
直接会いに行ってみるしかないだろう。
本来なら、自分が直接行かず、誰かに代わりに行ってもらいたいところではある。
そのほうがルシア自身の身が安全だからだ。
しかし、残念ながら今はそんな人材はいない。
危険はある程度承知の上で、自分で行くしかない。
「案内してください!」
ルシアは呼びに来たタイニーワーウルフに声をかけると、その後ろを追いかけた。
やべぇヤツが来ちゃったかもしんない。
等間隔で並ぶタイニーワーウルフ達に取り囲まれた人物を見たルシアは、背中に冷たいものを感じた。
別にルシアは、相手を見ただけで実力のほどをうかがい知る、といったような、達人っぽい眼力を身に付けているわけではない。
だが、ゲーム的に「映える」かどうかで、相手の力量を推測するという、メタ的な知識はあった。
タイニーワーウルフ達に取り囲まれた人物は、左右の手に大きなカバンを持っている。
背中にも、大きなバッグを背負っていた。
カバンにしてもバッグにしても、一つだけでルシアよりも重そうな代物である。
それを持っているのは、ほっそりとした体つきの女性だった。
魔法なんてものがある世界である。
目方で腕力が決まるはずもない。
見た目がいくら軽そうでも、驚くほどの怪力、というのは割とよくある話だ。
だが、そこにいる女性は、それだけではなかった。
「め、メイドさん、だと」
タイニーワーウルフに取り囲まれ、大量の荷物を抱えたその女性は、メイドさんだった。
そう。
メイドさんだったのである。
エプロンドレスにヘッドドレスまで装備した、絵にかいたようなメイドさんだったのだ。
こんな森のど真ん中に、その格好で来たのである。
地球でならともかく、この世界でそんな恰好でこんな危険地帯にやってこれる人物というのは、間違いなく強い。
実際、ゲームの中に登場するキャラには、「メイド」というのもいた。
敵として登場するいわゆる「雑魚キャラ」扱いのものだったのだが、いかんせんこれがなかなかの強敵。
しっかりキャラクターを育て、戦術を組み立てていないと、押し切られることもあった。
SNSなどでは「メイドさん強すぎて草」「なんで乙女ゲーでレベル上げしなきゃならないんだよ、まぁ、メイドさんだから許す」などと書き込まれていたはずだ。
なんでその「メイドさん」がこんなところに。
思考停止しそうになる頭を平手打ちで再起動させ、ルシアは居住まいを正して咳払いをした。
「エルザルート・ミンガラム男爵様との謁見をご希望、とのこと、承りました。残念ながら、今エルザルート様はお出かけをされています。私は、ルシアという名でして。留守の間、ここを任されているものです。よろしければ、御用件をお伺いしたいのですが」
冷静に見えて、この時のルシアは完全に舞い上がっていた。
自分の外見年齢や実際の境遇と全く合致しない言葉遣いや態度で、このメイドに接していたのだ。
いつもなら適当に「目上の者と接し慣れていない感じ」を出せるのだが、この時は完全に「ブラック企業でこき使われて過労死寸前の社畜」になっていたのである。
メイドはそれに違和感を覚えたのか、わずかに目を細める。
整った顔立ちで、目つきが鋭く、どこか鋭さを感じさせる美人であった。
それが目を細めると、かなり迫力がある。
ルシアは気おされ、表情をひきつらせた。
そこから逃げ出さなかっただけでも、褒めるべきだろう。
「私は、サウズバッハ公爵家、いえ。元サウズバッハ公爵家使用人、エルミリアと申します」
サウズバッハ公爵家。
それは、エルザルートの生家のことである。
ゲームに登場する“悪役令嬢”の名は、「エルザルート・サウズバッハ公爵令嬢」であった。
エルミリアと名乗ったこの女性は、エルザルートの実家の使用人だったのだ。
いや、当人が「元」と言い直しているということは、今はそうではない、ということだろう。
それがここに、何しに来たのか。
サウズバッハ公爵家という単語が出てきた瞬間、叫びそうになったのをぎりぎりで堪えながら、ルシアはエルミリアの目的を推測しようと必死に頭を回転させていた。
だが、答えはすぐに当の本人からもたらされる。
「ミンガラム男爵家に仕官させていただきたく、まかり越しました」
「はい!?」
予想外の言葉に、ルシアは我慢していた大声を張り上げてしまった。
新キャラ登場
メイドさんでございます