六話 「あの土地には、アレが居る。どうにかせぬ限り、領地領民の安定などなしえん」
エルザルート達がタイニーワーウルフの村に来て、三日が経った。
オーク達に破壊されたものも、粗方修復が終了。
食料に関しては、エルザルートの活躍で干し肉が大量に出来上がっている。
おかげで、匂いにつられたモンスターが村に近づいてくるというハプニングがあったものの。
今は備蓄量を抑えることで、落ち着いている。
「これで、ひとまずは安心ですわね」
村の状況についての報告をルシアとアールトンから受け、エルザルートは満足げにうなずいた。
座っているのは、木を皮も剥かずにそのまま使って作った椅子である。
背もたれや肘掛もあるのだが、いかんせん木の素材を生かしすぎているためか、野性味が拭い切れない。
それでもエルザルートがふんぞり返って座っていると、それなりの品に見えてくるから不思議である。
「オークからの妨害も随分あったと聞きましたが、何とかなりましたわね」
「タイニーワーウルフの方々が頑張ってくださいましたから」
「いや。妨害に関しては、ルシアの功が大きい」
ルシアの言葉を否定するように、アールトンが言う。
これに、エルザルートは意外そうな顔をした。
ここ数日で分かったことだが、アールトンはかなり無口な性質である。
必要以外は、ほとんど口を開くことがない。
逆に、必要であると判断すれば、かなり饒舌に話した。
「ルシアの指示で仕掛けた罠が、有効だった。あれがなければ、また襲われていた」
オークの襲撃があったその日から、ルシアは村の周囲に罠を仕掛けまくっていた。
最初に用意したのは、簡単なものばかり。
だが、その翌日からは、人手も割いて本格的なものを用意していた。
最初の夜が明けてすぐに確認したところ、オークが村の様子をうかがっていた痕跡が見つかったからだ。
やはり、オークたちは夜襲を仕掛けようとしていたのである。
だが、罠を発見したことで、警戒してくれたのだろう。
実際に攻め入ってくることはなかった、のだが。
これに気が付いたルシアは、大いに慌てふためいた。
安眠を妨害されるような事態は、何としても避けたい。
ルシアはエルザルートに許可を取り、タイニーワーウルフや元奴隷達まで動員してまで、罠を仕掛けまくった。
いささか警戒しすぎでは。
そう思うものも多かったのだが、すぐにその考えが甘かったことが証明される。
「ルシアの作った罠に、オーク達が引っ掛かった。戦いにもなったが、すぐに追い払えたのは、そのおかげだ」
オーク達の襲撃があったからである。
といっても、嫌がらせ目的だったのだろう。
人数は少なく、被害もほとんどなく追い返すことができた。
それができたのは、ルシアが仕掛けさせていた、罠のおかげだったのである。
「ルシアは俺達が知らない罠を、たくさん知っていた。それの効果的な使い方もだ。それがなければ、おそらくまた家や道具を壊されていた。ルシアは、優れた指揮官だ」
「いや、僕はそんな大したものでは」
アールトンの物言いに、ルシアは苦笑を漏らした。
若干、脂汗を流したりもしている。
ほめてもらえるのはうれしいのだが、あまりこういった方向で持ち上げられるのはルシア的にはうれしくない。
何しろ、そっち方面で「使える」と思われたら、前線に出されてしまうかもしれないのだ。
安全な後方で穏便に生きたいルシアとしては、あまりうれしくない称賛なのである。
「吊り丸太、落とし穴、括り、あれらのおかげで、ずいぶん戦いやすくなった。俺達では、ああいう戦い方は思いつかなかった」
罠にはめたところを、複数人で叩く。
ルシアはタイニーワーウルフ達に、それを徹底させた。
多対一に持ち込めば有利だというのは、タイニーワーウルフ達も重々承知である。
だが、これまでは襲撃を受けている状況的に、それができなかった。
オーク達がそれをできないように立ちまわっていたのだ。
戦いのペースを握られていたのである。
それを奪い返せたのは、的確な罠の配置と。
オーク達が嫌がるであろう戦い方を徹底させた、ルシアの功績だ。
ちなみに、オークによる襲撃は複数回あったのだが、エルザルートが出張ったのは一度だけ。
それ以外は、エルザルートが出張るまでもなく、追い返すことができたのだ。
「極力殺すな、という指示も、なるほどと思った。よく考えている」
オークとの戦いでは、極力相手を殺さないように、と、ルシアは指示を出していた。
もし殺してしまったら、相手は引くに引けなくなる。
犠牲をいとわず、力技でこちらを潰そうとしてくるだろう。
そうなったら、数にも力にも劣るタイニーワーウルフは、終わりだ。
「いえ、あの、弱者の生存戦略ってやつでして」
「当然ですわ。そうでなければこのわたくしが家臣にしようなどとは思わなくってよ」
これはまずい。
ルシアは早々に、話の流れを変えることにした。
やばいと思ったら素早く別の話をしろ。
ルシアが社畜時代に培った、経験則である。
「あ、そうそう。村の様子ですが、だいぶ落ち着いてきました。タイニーワーウルフさん達もですが、うちの村の人達が思ったほど反抗的じゃなくて、助かりました」
「元から、反抗する恐れは少ないと思っていたのでしょう?」
「この状況ですから。僕に逆らってもメリットはない、と判断してくれるだろうと思ってはいました。ですが、人というのは感情の生き物ですから」
「人は感情の生き物。ずいぶん含蓄のある言葉ですわね。誰に教わったのかしら」
「飲んだくれた農家のおっさんが言っていました」
「急速にありがたみが消え去りましたわね」
「こういった言葉というのは、誰が言ったかによって価値が変わりますので。ただ、そこに含まれる意味合いは変わりませんので」
「ですわね。元奴隷連中は、今のところ感情に振り回されず、理性的に振る舞っているということかしら。それが続いてくれれば問題ないのですけれど。こちらの都合のいいようにばかりいかないのが、人の世ですわね」
切り抜けた!
ルシアは内心でガッツポーズをする。
若干教養を疑われそうになったが、それもうまくごまかせたはずだ。
酒飲みのおっさんが言っていた、というのはなかなかに上手い言い訳だろう。
酔っ払いというのは、どこの世界でも適当なことを口走るものなのである。
「アールトン。あなたから見て、あの連中はどうですの? タイニーワーウルフ達とうまくやっていまして?」
「人間達か。特に問題はないな。俺たちを怖がってはいるようだが、そのあたりはお互い様だ」
「相手は女子供ですわよ? まして、ただの人間ですわ。それを、あなた達が怖がるものですの?」
「ルシアが言っていたのだが。人というのは、未知のものを恐れる。俺達も同じだな」
わからないものを怖がるというのは、人間が持つ生物としての本能である。
ルシアも詳しいことは知らないが、テレビか何かでそんなことを言っていた。
どうやらそれは、タイニーワーウルフも同じだったらしい。
「そもそも、俺達は人間のことを知らない。見たことすらないものがほとんどだ」
「だから、女子供と男の違いも判らない。言われてみれば当然ですわね。わたくしもタイニーワーウルフについて、詳しいことは何も知りませんもの」
「だが、今はお互い、怖がってばかりもいられない。オークがいつ来るかわからないからな。だから、俺達も人間達も、少しずつ歩み寄っている」
「よいことですわ。なら、次に進めますわね」
「次、ですか?」
ルシアの疑問に、エルザルートは口元を扇子で隠し、うなずいた。
「襲撃による被害も復旧した。愚民達も落ち着きつつある。ならば、次にすべきことは決まっているのではありませんこと?」
「オーク対策、ですか」
エルザルートは大きくうなずいた。
いわれてみれば、当たり前だ。
原因であるオークをどうにかしない限り、状況は変わらない。
「襲ってくるから叩き潰す。でもよいのですが、あれらもわたくしの領地内に住まうもの。力で屈服させて従えさせたいところですが、それにはいろいろとした準備が必要ですわ」
めちゃくちゃ凶暴だな、と思ったルシアだったが、領地の治め方というのは、割とそういうものであった。
ほかの勢力から民と領土を守るためにも力がいるし、その民に決まりを守らせるのにも力がいるのだ。
安寧を手に入れるためには、力は不可欠なのである。
「それに、いくつか気になることもありますしね」
「気になること、ですか?」
「あの連中、この村の土地がほしいようですけれど、どうにも手段が目的とかみ合っていませんわ」
「まあ、確かに。一番手っ取り早くて確実な方法に出ていない、というのは、思いますが」
なるだけ殺さず追い出すというのも、有効な手ではある。
だがここ数日のやり取りで、オーク達にはもっと手っ取り早い方法がとれることが分かった。
皆殺し。
タイニーワーウルフを一人も残さず殺してしまう、という方法だ。
かなりの戦力差がなければ、取れない方法ではある。
だが、あのオーク達であれば、可能だろうとエルザルートは考えたようだ。
そして、ルシアも。
「最初はそれができないから、ああいった嫌がらせめいた戦い方をしているのかと思ったのだけれど。どうやら違うみたいですわね」
「何か、それができない理由があるんでしょうけども。作戦上のものなのか、はたまた心情的なものなのか」
「そもそも、なんであの連中はこの村を狙うのかがわかりませんわ」
タイニーワーウルフ達の村は、取り立てて特徴がある土地ではない。
広いわけでもなく、何なら人間の領域に近い、危険な場所ですらある。
「それがどうしても、俺達にもわからない」
アールトンは眉間に眉を寄せ、険しい表情で首をかしげる。
「ただ、何度か戦っているうちに、わかったことがある。連中は、何か妙に焦っている」
「焦っている?」
「何にかは、わからない。だが、むしろ連中が追い立てられているような様子だった」
「あいまいですわね。といっても、まぁ、当然かしら。それどころではなかったわけですし」
タイニーワーウルフ達は、襲撃を受けていた側なのだ。
あれこれと考えている余裕などなかったはずである。
「追い立てられているような様子、ですか。なにか、ほかに敵でもいるんですかね? 敵対的な種族とか」
「そういったものは聞いたことがないが。そもそもそれなら、俺達も襲われているだろう」
それもそうだ。
オークを襲うような種族がいるとしたら、タイニーワーウルフが襲われたとしても不思議はない。
「このミンガラム男爵領に、危険な何かがある。ということですかしら。すっきりしませんわね」
エルザルートが機嫌悪げにつぶやく。
それを聞いて、ルシアは強い引っ掛かりを覚えた。
ミンガラム男爵領は、人間の住む領域と、亜人が住む領域の境界にある。
その地域で、あれだけ戦い慣れたオーク達を脅かすような、危険なもの。
何かを、思い出しそうな気がする。
「どうしましたの? 難しそうな顔をして」
「あ、はい。えー、っと。何かこう、引っかかるものがありまして。何か思い出しそうなんですが」
ルシアの表情が、あまりにも鬼気迫るものだったからだろう。
その真剣な様子に、エルザルートもアールトンも思わず黙った。
「ん、そうだ。いや、そうか。あれか!」
思い出せたことですっきりしたのだろう。
ルシアはパッと、表情を輝かせた。
だが、その顔は見る見る青ざめていく。
「やっばい。そうか、アイツか。どうしたもんだろ」
ルシアの百面相に、エルザルートは不思議そうに首を傾げた。
国の中枢である王城の一角。
そこに、数名の貴族が集まっていた。
共通点は、全員が同じ派閥に属していること。
エルザルートを追放した派閥である。
「エルザルート、今はミンガラム男爵か。彼女がかの土地に封ぜられたことで、ずいぶんと軍閥連中が静かになりました」
「この国はあまりにも兵力を持つ貴族の発言力が強すぎる。そういう連中がまっとうならまだいいが。先日の御前会議ではゾッとしたぞ」
「将軍のあの言葉か。なぜ、奪った土地での開墾に支援などせねばならないのか。放っておけば草民と同じように、自然と増えるものだろう。とな。背中に冷たいものが流れたぞ」
「あれで、上から数えたほうが早い大貴族だ。貴族と蛮族をはき違えているのではないか」
「そもそも、ファルニア学園だ。なぜ貴族のための教育機関が、あれほど軍事に傾いていることに、誰も疑問を持たんのだ」
「領地領民を守る力は必要だ。だが、それを栄えさせることに目がいかぬという異常さを、なぜ理解してくれん」
「愚痴はもうよいだろう」
その一言で、場は静まり返った。
言葉を発したのは、大きく見開いたような目が特徴の、老紳士である。
派閥を束ねる、最も大きな力を持った大貴族であった。
「彼の公爵家にあって、エルザルート・ミンガラム男爵は比較的柔軟な考えの持ち主であった。だが、彼女には上の兄弟姉妹がいる。皆、模範的な軍閥派だ」
周知の事実だった。
エルザルートの実家である公爵家は、強大な軍事力を背景に力をふるう大貴族である。
「軍事にも力を入れる。というのならば、よい。だが、模範的な軍閥貴族は、軍事にのみ力を入れ、政を省みない。手元にないならば戦で奪えばいい。戦をする財や食料がないのであれば、戦で奪えばいい。彼らは本気でそう考えている。そして、これまではそれでどうにかなってきた。どうにかなってしまってきていた」
言ってしまえば、この国はそれで大きくなってきた。
それでよしとする貴族が多いのは当然だろう。
今までそれを押し通し、ここまで来たのである。
しかし。
「国土が広がり、民の数が増えれば、それを守り養うことも考えねばならぬ。今のままでは立ち行かなくなるだろう。そうなってからでは遅い。その前に手を打たねばならぬ」
軍閥派を弱体化、あるいは自分達の発言力を強めていくことで、状況を変えなければならない。
そのための一手こそが、エルザルートの事実上の「追放」であった。
軍閥貴族の中にあって、エルザルートは「比較的」草民や領地にも目を向ける柔軟な考え方を持っている。
通常そういった考えを軍閥は嫌うのだが、なぜか高い評価を得ていた。
それは彼女が学生の身でありながら、既にいくつか「功」と呼べるような働きをしていたからである。
力なきものが語る「革新的な意見」など、軍閥貴族は聞く耳など持たない。
だが、それが「功績をあげ、力を示した貴族」が語るのであれば、話は百八十度変わる。
エルザルートは、軍閥派の中で認められる存在になっていた。
であれば、彼らにとっては味方に引き入れられる存在ではなかったのか。
そういった疑問も出てくるかもしれない。
当然彼らもそれを考慮した。
そのうえで出した答えは、「可能ではあるが意味がない」である。
確かにうまくすれば、エルザルートは彼らの考えを理解してくれたかもしれない。
だが、エルザルートには「戦闘力」はあったとしても、「影響力」がなかった。
彼女はあくまで貴族令嬢であり、家を継ぐ立場にないのだ。
家長でないものの影響力など、ないに等しい。
あるいはこれが他国で、「政治」がわずかなりとも成り立つ国であれば、別であったかもしれない。
だが、今現在この国で最も意味と力を持つもの、それはとりもなおさず「軍事力」であり。
それを振るう権限を持つのは、「家長」だけであった。
で、ありながら。
エルザルートは個の武力でもって、多くの軍閥貴族に一目置かれる立場になっていた。
あるいは将来、功によって貴族として爵位を与えられる立場になっていたかもしれない。
だがそうなるころには、ここに集まる者達とは敵対することになるだろう。
そこで、目の大きな老紳士は考えた。
「ミンガラム男爵を、我々が、政治の力で辺境に封じて見せる。一度振るわれた力は実績となり、抑止となり、恐怖となる。多くの軍閥派に、こうした戦いもあるのだと警告することができる」
国内の貴族達に、前例を見せつける。
エルザルートはまさに、そのための犠牲として選ばれたのだ。
実際の影響力は持たぬものの、多くのものに注目される人物。
これほど生贄にしやすい人物もいなかった。
そう、エルザルートが辺境に飛ばされることになったのは、「己の欲望を達成することのみを至上とするもの」の「商売」を潰したから、ではなかったのだ。
確かに、老紳士達が活動資金を得るために行っていた活動を、エルザルートはいくつも潰している。
だがそれは、彼らにとって見れば派閥同士の争いの中で起こる、当然の被害でしかなかった。
老紳士達の派閥がエルザルートを飛ばした、最大の理由。
それは、いわば自分達の力を誇示し、軍閥貴族に見せ付けるための、「見せしめ」だったのである。
「まだまだ、ほんの小さな前進に過ぎぬ。貴族を変えねば、この国は瓦解する。そうなってから。いや、その予兆が見えてからでは遅いのだ」
「しかし、私はどうも。気になってなりません。本当に、エルザルート・ミンガラムは、あれで潰れるのでしょうか。万が一、億万一、亜人を束ね領地を併呑し、戻ってくるようなことには」
「そうだな。そういったこともあるかもしれん」
「その時、我々は恨まれるのではありませんか」
その場にいる貴族達の表情がこわばった。
もしエルザルートが戻ってきたとすれば、それは「領地を持った貴族家の家長として」ということになる。
つまり、本来持っていなかったはずの「影響力」を持って戻ってくるということだ。
そんな人物に、決定的に恨まれる。
危険なことであることは、間違いない。
だが、老紳士はそう考えていないようだった。
「それだけ優秀であるならば。交渉の余地もある。こちらの思惑や状況も飲み込めるであろうからな。こちらを利用しようとも考えるだろう」
「しかし、そう割り切ってくれるでしょうか」
「エルザルート・ミンガラム男爵にそれだけの価値があるのならば。私の首でもお送りすればよい」
全く動かぬ表情で発せられた老紳士の言葉に、ほかの貴族達は息をのんだ。
さも当然のことのように言いきったこの人物が、必要とあらば何のためらいもなくそれをすることを、よく知っているからである。
「尤も、まさに億万一のこととは思うがね」
「と、言いますと?」
「あの土地には、アレが居る。どうにかせぬ限り、領地領民の安定などなしえん」
「確かに。そうでしたな」
あの土地は、亜人の住む領域との境界だから、モンスターが出るから、といったありきたりな理由だけで、今のような状況にあるのではない。
多くの人間が知らないもう一つの理由によって、平定することが不可能な土地になっているのだ。
「アレをどうにかし、領地を平定して王都へ来るようであれば。一時期は、軍閥派も活気づくかもしれぬ。だが、上手く私達が接触を図れるのであれば。あるいはそれが一番良い形なのかもしれん」
大きく見開かれた老紳士の目が、鈍い光を発した。
恋愛ゲームである「ときめき戦略シミュレーション ファルニア学園キラ☆らぶ戦記」だが、戦闘がメインとなるイベントがいくつもあった。
その一つが、「巨大モンスター討伐」である。
内容は名前そのまま、この世界にいる巨大なモンスターを討伐する、というものだ。
強大なモンスターを倒すというのは、主人公にとって大きな功績となる。
その巨大モンスターの一体が、まさにこの近くに生息していた。
「四つの足を持つ、巨大な岩山のようなモンスター。昼間のうちはゆっくりと移動し、夜になると地面に蹲る。問題は、夜にあります。このモンスターは強力なドレイン、吸収系の魔法を周囲全体に放ち、辺り一帯のエネルギーを根こそぎ吸い上げるんです」
「エネルギー? ですの?」
「はい。大地の栄養から、植物や動物の生命エネルギーまで、おおよそ考えられるものすべてを吸い上げます。それも、影響範囲内の生き物がほとんど死滅するぐらい、強烈に」
「そんなモンスターが実在しますの?」
「いや、聞いたことがある」
首を傾げるエルザルートだったが、アールトンは知っているようだった。
ルシアの説明を聞くうちに思い出したのか、険しい表情をしている。
「周辺のエネルギーを食い尽くすことから、常に移動し続ける巨大モンスターだ。毎年少しずつ移動経路が変わるのだが。そうか。今年はついにこの辺りに来るということか」
エルザルートは感心した様子で、うなずいている。
「そんな化け物がいますのね。ということは、オーク達の住処が、それの通り道になっているということですの?」
だから、オーク達は新たな移住地を求めて、タイニーワーウルフ達を追い出そうとしているのではないか。
そう言う推測も成り立つ。
とはいえ、確証はない。
「そうだと断定する材料はありませんけれど、それが原因という恐れはありますわね」
「だとしたら、相当危険ですね。何かの具合でこの村も巻き込まれるかもですし」
「調べてみなければなりませんわね。というかルシアあなた、よくそんなモンスターのこと知っていましたわね」
「辺境地帯に暮らしてましたから。普通の子供とかなら知らないこともあるかもしれませんけど、僕、親もいなくて自分の身は自分で守らなくちゃいけませんでしたからね。いろんなところで盗み聞きしたりして、情報集めてたんですよ」
「たくましいですわね」
さも当然のような顔でいうルシアに、エルザルートは感心したように言う。
もちろん、巨大モンスターの件は、盗み聞きして手に入れた情報などではない。
ゲームをやりこんだがゆえに知りえた、生まれ変わる前から持っていた知識である。
ルシアは顔色一つ変えず、しれっと嘘を吐いたのだ。
こういった腹芸は、社畜時代に磨いたものである。
「まずはその巨大モンスターが、本当に居るのかを確かめる必要がありますわね」
「昔、見かけたことがある。あれは大きい分、足が遅い。体も大きいから、見つけるのは簡単だ」
「では、アールトン。すぐに巨大モンスター探索を始めなさい」
「わかった」
ついで、エルザルートはルシアに向き直る。
「ルシアは、通常の業務をしつつ、必要だと思うことを夜までにまとめておきなさい。時間は足りますかしら?」
「何とか致します」
「では、両名とも取り掛かりなさい! おーっほっほっほっほっほ!!!」
エルザルートは椅子から立ち上がると、体を反らせて笑い声をあげた。
もう慣れたもので、ルシアもアールトンも、特に驚いたりはしない。
ただ、疑問には思ったのだろう。
アールトンはルシアに、小声で尋ねる。
「あの笑いには、何か宗教的な意味でもあるのか」
「個人的な趣味だと思います」
とにかく、こうして、当面の行動方針が決まったのであった。
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よかったらたのしんでいってね!