四話 「日本のブラック企業に比べれば、テーマパークみたいなものですよ」
白い髪を持つモノは、災いを呼ぶ。
ルシアが生まれ育った村に伝わる、迷信の類だ。
この迷信のせいで、ルシアはずっと虐げられてきた。
一体何がどうして白い髪が災いを呼ぶのか。
ゲームである「トキメキ戦略シミュレーション ファルニア学園キラ☆らぶ戦記」であれば、「ああ、ルシアのキャラ付けのための設定なんだろうな」で終わっているところだろう。
だが、いざ自分の身に降りかかるとなれば、話は別だ。
何とか理由を探ろうとしたが、まったく理由はわからなかった。
だれにどう聞いても、「白い髪が災いを呼ぶのは、白い髪が災いを呼ぶから」というような答えが返ってくるばかり。
他の村ならわかるかとも思い、近隣の村などでも探ってみたりもした。
すると、恐ろしいことが判明する。
どうも「白い髪がうんたら」系の迷信があるのは、ルシアが生まれ育った村だけらしいのだ。
その地域は、山に囲まれているわけでも、川などに分断されているわけでもない。
地理的に地続きで、往来が困難というわけでもなかった。
これが、陸の孤島といったような、他の村々から隔離された土地だというのであれば、まだわかる。
ほかの地域との往来がなく、言い伝えなどが伝播しなかったとしても、不自然ではないだろう。
だが、普通に隣村に行くことができる環境で、どうしてそんなことが起きたのか。
一応調べてはみたものの、理由は全く分からなかった。
あるいは民俗学とかの知識が有ったりしたら、推測することもできたのかもしれない。
だが、残念ながらルシアはごく普通の元ブラック企業社畜の転生乙女ゲー攻略キャラである。
生活に追われていることもあり、「まったくわからない」ということが分かっただけで終わってしまっていた。
まあ、転生乙女ゲー攻略キャラというのが「普通」かどうかは定かではないが。
とにかく。
このことは一応、エルザルートにも報告しておかないとまずい。
元奴隷達はルシアと同じ村の出身者達である。
当然、「白い髪は災いを呼ぶ」も知っているし、信じているはずだ。
なんなら、ルシアに石を投げたりしたものも、あの中には居たりする。
状況を考え、大人しくルシアの言うことを聞くなら、問題はない。
だが、それが気に食わないと、反抗してくる恐れもある。
ここに来るまでは、ドタバタでそれどころではなかっただろう。
だが丸一日たって冷静になったら、どう考えるようになるか。
ルシアはエルザルートに、ざっくりとそのあたりの説明をし、意見を求めた。
だが、返ってきたのは予想以上に軽い言葉だったのである。
「随分変わった言い伝えですわね。聞いたことが有りませんわ」
「確かに、うちの村以外では聞かないですね」
「まあ、お励みなさい」
「はい、あ、いえ、あの。そんな事情なのですが、私が元奴隷の人達を指揮する、ということで、よろしいんでしょうか?」
「あなた、わざわざそんな話をわたくしにしたということは、十二分にやり切る自信があるからでしょう? そうでなければ、あなたのようなタイプは自分が不利になるだけのようなことを自分から話したりすることはありませんわ。必ずメリットを用意しておくものですもの」
ルシアは思わず、ぐっと小さく呻いた。
エルザルートの言うとおりだったからだ。
故郷の村でならともかく、この状況である。
言いくるめてしまえる自信はあったし、だからこそエルザルートにそのことを説明したのだ。
どうやらごくわずかの間に、エルザルートはルシアの人となりをおおよそ理解したらしい。
これがお貴族様。
人間を使うのに慣れている、といったところだろうか。
「そんなことよりも、あなたの心情の方が問題なのではなくって?」
半ば呆然とするルシアに対し、エルザルートは真剣な表情で尋ねる。
ルシアは何のことかわからず。
「僕の心情、ですか?」
と、間の抜けた声で聞き返した。
「あなた、村八分にされて虐待されていたのでしょう? 恨みとかあるのではなくって?」
なるほど、たしかに普通ならそうなるだろう。
親兄弟もなく、村人達からも冷遇され、食うや食わずの生活だった。
そのうえ、石を投げられたり、口さがない言葉を叩きつけられたりもしたのだ。
恨みを抱いて当然だろう。
「いえ。別にそういうのは無いですけども」
が、ルシアは割と普通ではなかったのである。
「狭い村でしたしね。権力のあるお年寄りや周りが皆そう言っている同調圧の中でしたから。ましてある程度食うに困らないとはいえ、ギリギリでやっているような村でしたから。ストレスのはけ口が必要なのは当然ですよ」
「そうかもしれませんけれど。あなた、自分がその立場になっているのにそれを言うって凄まじいですわね」
他人がそういっていたら、ルシアも「コイツどういうメンタルしてるんだ」と思っただろう。
だが、ルシアがそういうのであれば、オカシなところなど何一つないといっていい。
何故ならルシアは、ブラック企業に勤めていた元社畜だからだ。
ブラック企業というのは、肉体的精神的に人間を追い込む最新現代拷問の粋を集めた傑作ともいえる装置である。
死なない程度のごくわずかな金を与え、眠らせず労働をし続けることを強いり、四六時中緊張を強いることで、精神を追い詰めていく。
一応家に帰れば自由なのでは?
そう思うモノもいるかもしれないが、それは少々認識が甘い。
あの世界には、ケータイといういつでも呼び出し会話を可能にする道具が存在するのだ。
ケータイ電話という道具が出来て、世の中というのは不便になったと、ルシアは思っている。
特に、ブラック企業に勤める社畜にとっては。
何しろいついかなる時でも会社から電話がかかってくるのである。
普通なら、忙しかったとか、たまたま手元になかった、等の言い訳を駆使して、電話を取らないという選択肢も取れるだろう。
だが、ブラック企業はそれを許してくれない。
どんな時も会社優先。
個人の自由や人権などという些細なものは、欠片も考慮されないのだ。
睡眠を奪われ、寝ている時間以外は常に労働を強いられ、何時呼び出しが来るのかと震え、僅かでもミスをすれば痛罵される。
そんな環境で生きていたルシアにとって、村八分など可愛いもの。
睡眠はしっかりとれるし、プライバシーもあった。
精神的拷問を受けることもなかったし、飢えない程度に食料も与えられる。
雨露を凌ぐ屋根だって、確保できていたのだ。
日本時代に地獄を見ていたルシアからしてみれば、むしろ好待遇。
とても快適な田舎暮らしを満喫していた、と言える位である。
「日本のブラック企業に比べれば、テーマパークみたいなものですよ」
などとは、流石に言えない。
ルシアはあいまいに笑って誤魔化したのだった。
不安そうな顔で居並ぶ元奴隷の女性と子供達を前に、ルシアはため息をつきそうになるのを、ぐっと堪えた。
皆、一晩の間に色々考えたのだろう。
今自分達が置かれている状況や、今後の生活。
ずっと虐げていた相手が、突然自分達の上に立つということ。
はっきり言って、不安要素ばかりしか思い浮かばなかっただろう。
実際、ルシアぐらい図太くないと、彼らの置かれた立場でのほほんと構えていることなどできないはずだ。
それにしても、と、ルシアは改めて皆の表情を見回した。
全員が全員、不安そうな面持ちである。
どうしてこんな奴の言うことを聞かなくちゃいけないんだ、というような反抗的な表情のものは、特に居ないようだ。
少し残念ではある。
多少でも抵抗なり反抗してもらった方が、色々と会話も出来たりするのだが。
一方的に怯えられているだけだと、非常にやりにくい。
まあ、泣かれるよりはましだろう。
気持ちを切り替えるべく、ルシアは大きく息を吸い込んだ。
「皆さん、昨日は眠れましたか? 恐ろしい目にあいましたからなかなか寝付けなかったかもしれません。もし体調がすぐれない方が居たら、遠慮せずに申し出てください」
精一杯の柔和な笑みで、なるべく優しく語り掛ける。
こういう時、顔がいいというのは得なのだろう。
それだけで、元奴隷達の緊張がわずかながら解けたのが分かる。
こんなにわかりやすくていいのか、とも思うが、彼らは元々ド辺境の農民だ。
表情を隠したり偽ったりする必要など、無いのである。
まあ、もちろん多少なりそういったことはするだろうが、こと人の顔色をうかがうことにかけて、日本人。
それもブラック企業の社畜に敵う者はまずいない。
一種特殊能力めいた顔色判別能力を身につけなければ、生き残れない世界なのだ。
「タイニー・ワーウルフのリーダーであるアールトンさんから、食料を分けてもらってきました。皆さんで分けて、食べてください」
朝のうちにアールトンと会い、分けてもらっていたものである。
もちろんエルザルートの指示なのだが、ここではアールトンのことを強調して置く。
一般村人だった元奴隷達が、亜人であるタイニー・ワーウルフに反感を持たないようにするためだ。
こうやってこまめに「彼らのおかげで食糧が手に入るんだよ」などとアピールして好感度を稼いでおくことで、少しでも摩擦や軋轢を避けるのが狙いである。
「うわぁ、お肉だ!」
「こんなに一杯、いいんですか?」
分けてもらったのは、鍋いっぱいのスープである。
心が弱っているときに、温かい食事というのはありがたい。
パンなどの主食になるものはないが、朝食として考えれば十分な量だろう。
「大丈夫ですよ。タイニー・ワーウルフの皆さんも少し大変なことになっていますが、僕達の食料もきちんと確保してくださっています。分けて頂いた御恩は、しっかりと働いてお返ししましょう」
心配そうにしていた元奴隷達の表情が、ほっとしたように緩むのをルシアは見逃さなかった。
ド辺境の農民には、一方的な借りを嫌うものが案外多い。
借りが積もり積もれば、相手に逆らえなくなるなんてことになりかねない。
翻って、協力し合っているという形になれば、少なくとも利益を提供し合えている間は、お互いに信頼することができる。
持ちつ持たれつの相互協力関係であるうちは、「自分は相手にとって必要だから、立場は安泰だ」という安心感を得ることができるのだ。
もちろんルシアはそのことが分かった上で、さっきのような言い回しをしたのである。
「あの、昨日は聞けなかったんですが。なんでこの村はこんなにものが壊れてるんですか?」
「まるで、何かに襲われたようですけど」
昨日からだが、ルシアは元奴隷達に敬語を使われていた。
距離感を測りかねているのだろう。
村八分にされていたし、最近までほとんど接触もなかった。
子供達の一部は、時折ルシアをからかいに来たりして少しは会話もあったが、それ以外は全くである。
村人達と話すときは、大抵の場合大人の男とだけだった。
ルシアは何でもないことの様に、苦笑交じりに口を開く。
「この村と敵対的な、別の種族に攻撃を受けたんです。ただ、こういうことは珍しくないようですね。村の畑を、モンスターに襲われたり、盗賊に襲われたりするようなモノですよ」
それを聞いて、元奴隷達は幾らか安心したようであった。
畑をモンスターに荒されるのは、よくあることだ。
盗賊が出ることも、辺境の村では珍しくない。
割と深刻な状況でも、自分達の慣れ親しんだものと同じと言われると、安心感がある。
もちろん、実際は何一つ安心できることなどないのだが。
この場合ルシアにとって重要なのは、元奴隷達が不安がらず、きちんと仕事に集中できるようにすることなのである。
ちなみに、先ほどのルシアの表情の変化は演技である。
内心は「めんどくさいことに気が付いたな。よし、事前に考えた言い訳を使おう」といったところだった。
「さぁ、まずは食事をとってください。終わったら、今日の作業の割り振りをしますので」
「貴方は、食べないんですか?」
「大丈夫ですよ。あとで頂きますから。僕のことなんか気にしなくて大丈夫ですから、さぁ、頂いて下さい」
いかにも健気なルシアの物言いに、元奴隷達は居た堪れないような顔になりながらも、食事とをり始めた。
きっと元奴隷達は、ルシアが食べることも忘れていて、言われて思い出したように見えただろう。
あるいは、自分が食べる分も元奴隷達に分け与えた、という風に見えたかもしれない。
何にしても、献身的に支えていて、それを悟らせないようにしている、という風に見えたはずである。
もちろん、ルシアがそう見えるように演技したのだ。
実際にはルシアは既に、パンパンになるまで朝食を食べていた。
細身に見える腹には、二人前強ぐらいの肉が収まっている。
エルザルートのところで一緒に食べたのだが、何なら呆れられるぐらいの食いっぷりであった。
他の元奴隷達よりも多く食う。
ルシアは有言実行の男だったのである。
正直なところもっと抵抗されるかも、と思っていたのだが、元奴隷達はすんなりルシアの指示に従ってくれていた。
逆らってもいいことがない、と思っているのかもしれない。
あるいは、逆らう力がないから、逆らっていないだけなのかもしれない。
何にしても、きちんと指示に従ってくれるなら、問題ない。
元奴隷達がそれぞれの作業を始めるのを見届けると、ルシアは自分の仕事にかかることにした。
まずは、タイニー・ワーウルフ達と打ち合わせだ。
話し合っておかなければならないことは五万とある。
もちろん、エルザルートも同席していた。
「まず、馬車とそこに乗っていた荷物ですが、利用できそうなもの以外はすべて素材としてタイニー・ワーウルフの職人さんたちに利用してもらうのがいいと思うんですが。いかがでしょう?」
馬車含む奴隷商人が持っていた物資は、エルザルートの持ち物ということになる、とルシアは認識していた。
何しろ無法地帯である。
奴隷商人から強盗したものは、強盗したやつのものなのだ。
「素材といっても、碌なものはないのではなくって?」
「そんなことないと思いますよ。布の類もありますし、鉄材もありましたから」
「やっぱり碌なものではないじゃぁありませんの」
「確かに街中や流通のある場所ではそうかもしれませんが。ここではお金を出したって、鉄や布は手に入りにくいんですよ。そもそも、商人なんていませんし」
ルシアの言葉に、アールトンをはじめとするタイニー・ワーウルフ達は大きくうなずいた。
そこで、エルザルートもようやく事情を理解する。
言われてみれば当然で、こんな場所にある村ではそもそも物資を手に入れること自体が困難なのだ。
人間の町であれば簡単に手に入るような品物でも、ここではそもそも手に入れる方法すらないのである。
「どうやって生活していますの? 自給自足だけでは手に入らない品もあるでしょう」
「一応、行商人が来ることが有る。数か月に一度で、日にちも決まっていないけどな。ついでの用事があるときなどに、寄ってくれている」
「こんなところにでも来ますのねぇ、行商人って」
エルザルートは目を丸くして驚いた。
ルシアは事前にそのことを聞いていたのだが、やはり驚いたものである。
商人というのは、利益の無いことはしないものだ。
いくら行商人でも、何か利益になることがない限り、こんな場所にある村に近づかないはず。
疑問を覚えたルシアは、あちこち聞き込みをしてみていた。
おかげで、おおよそのところは察することができている。
「どうやら、タイニー・ワーウルフさん達が作る工芸品なんかが目的で、この村に来るようです」
タイニー・ワーウルフは、亜人の中でも器用な部類に入る。
その彼らが作った工芸品は、それなりの価値で取引がされるようなのだ。
とはいっても、数が用意できるわけではない。
場所柄集められる材料も良いものではなく、品質も今一になってしまう。
行商人にとっても旨味が大きいわけではなく、それなりの数が集まったころ。
つまり、数か月に一度だけ、ここに寄っているようなのだ。
「ということは、人の手でしか作れないものというのは本当に貴重なのですわね」
「鉄材や布材は、特にそうだ。材料が手に入らないから、村で作ることもできない」
なので、奴隷商人達の物資はかなりありがたい。
鉄材の加工なども、職人がいるので可能だ。
布も相当量あったし、針と糸などもある。
タイニー・ワーウルフと元奴隷の女性陣が協力すれば、短時間でかなりのものを作ることができるはずだ。
「まず、槍を作りたい。あれは鉄材も少なくて済むし、武器としても優秀だからな」
そういったのは、タイニー・ワーウルフの鍛冶職人だ。
今は半獣半人の姿ではなく、人間と変わらない姿になっている。
見た目の年齢としては、ルシアと同じぐらいだろうか。
「さっきから思っていたのですけれど。ここに居るタイニー・ワーウルフ、みんな若いのではなくって?」
「見た目は若いですが、ここに集まっていらっしゃる方々はそれなりの年齢です。外見が若く見えるのは、タイニー・ワーウルフの特徴なようでして」
エルザルートの疑問に、ルシアは素早く答えた。
ルシア自身疑問に思っていたことだったので、すでに聞き込みしていたのだ。
亜人と人間では、外見年齢が合わないことが多い。
例えばエルフなどは、何百歳でも人間でいう二十代前後の見た目にしかならない場合がほとんどだ。
なので、人間から見るとものすごく若く見える、あるいは歳を取って見えるというのは、亜人の特徴として珍しくないのである。
エルザルートも微妙そうな表情を浮かべつつも、すぐに納得したようにうなずいた。
「確かに武器は必要ですわね。オークが襲ってくるというのなら、撃退方法は必要ですわ。領主であるこのわたくしに反逆することの愚かしさを骨身にしみるまで教えて差し上げる必要がありましてよ」
どうやらエルザルートの認識的に、オーク達は敵というより「言うことを聞かずに暴れている領民」という認識らしい。
「ちなみに、オーク達のことはどうするおつもりで?」
「叩きのめして身の程をわきまえさせた後、生産活動にいそしませますわ。勤労、納税は領民の二大義務でしてよ」
ルシアの質問に、エルザルートはさも当然のように返す。
ちなみに、勤労、納税、ここに教育を加えると、日本国民の三大義務となる。
この世界だと、教育は義務にならないらしい。
「複数の群れを従えるということか」
「そうなりますわね」
「そうか。あれだけの魔法が使えるのなら、それも可能かもしれない」
アールトンをはじめとしたタイニー・ワーウルフ達は、お互いの顔を見合わせて頷き合っている。
オークも従える、というエルザルートの言葉に反発するかも、などと少し考えていたのだが、ルシアの思い過ごしだったようだ。
そもそもタイニー・ワーウルフをはじめとする亜人種には、複数の種族を従える「王」的な立場というのが存在するらしい。
タイニー・ワーウルフはそれを「大親分」と表現するそうだが、他の種族では違う名前になるそうだ。
ややこしい話である。
「で、話は戻りますが、武器以外のところですね。元奴隷の人達も増えたので、食料の確保は必要かと思います」
人が増えれば消費が増える。
今の備蓄では、すぐに底が付いてしまいそうなのだ。
「もちろん、建物の復旧や衣服や小物の補充も必要です」
衣食住、というように、人が生きるには食べ物以外にも必要なものが多い。
家が無ければ不安になって生活がままならなくなるし、衣服が無ければ凍えてしまう。
食器や調理器具が無ければ、食料があっても食事もままならない。
人というのは案外脆弱で、生のものばかり食べていると、身体が参ってしまったりするのだ。
「アレも足りない、コレも足りない。現状はないない尽くしですね。とにかく状況を整えないと、何もできません」
村の防衛力も高めたいし、周辺の情報も得たい。
オーク達のことも出来るだけ早く調べ、何故襲ってくるのかも知らなければならないだろう。
やりたいこと、やらなければならないことはいくらでもあるのだが、如何せん生活基盤もままならない状態では、何もできない。
ルシアの報告に、エルザルートは短く嘆息する。
「まあ、当然ですわね。最低限の復旧には、どのくらいかかりますの?」
「木材などはありますから、そうですね。今日も入れて、二日もあれば何とか」
答えたのは、大工仕事の技能を持っているタイニー・ワーウルフである。
専門職の技能者で、中々の腕前であった。
ルシアも話を聞くとき作業を見学したのだが、驚いたほどだ。
「ほかの作業はどうですの?」
「道具類の修繕も、同じようなものかな」
「衣服の方は、元奴隷の方々にも手伝ってもらえます」
「食料が心もとない。修繕もだが、食料確保もしておかなければ不味い」
報告を聞き、エルザルートはそれらを咀嚼するように目を閉じた。
そして。
カッと目を見開くと、立ち上がってポーズを決める。
突然の激しい動きだったが、ルシアとタイニー・ワーウルフ達には、特に驚いた様子などはない。
もうだいぶエルザルートのすることに慣れてきたのだ。
「各復旧作業は二日後にすべてを終わらせることを目標に行動! その間に、食料の確保も進めますわ! このわたくしが直々に狩りを指揮しましてよ!」
ルシアとタイニー・ワーウルフ達の口から、驚きの声がもれる。
わざわざエルザルートが動くというのが、意外だったからだ。
だが、それが最も効率がいいのは、間違いないだろう。
村の周辺で狩れる食用になるものは、ほとんどがモンスターであった。
普通ならば厄介な相手だが、エルザルートの火力があれば話は別だ。
「狩りには、アールトンも同行なさい! わたくしはまだこの辺りの地理について詳しくございませんし、獲物を見つけるのも苦手でしてよ! 屠るのはわたくしが一撃でして差し上げますから、それ以外のところをサポートなさい!」
「わかった」
「あの、エルザルート様。あまり派手な魔法をお使いになりますと、デカい音がしたり、地形が変わったりして、色々支障がありますので。なるだけ穏当にお願いしますね?」
「言われなくてもわかっていますわ! ルシア! あなたは村に残って、作業の全体指揮を取りなさい! 元奴隷に、タイニー・ワーウルフ! 双方を指揮下にいれられるようにして置きなさい!」
アールトンとエルザルートが離れている場合、指示を出すのはルシアの役目になるだろう。
比較的単純な作業をする今なら、指示を出すのも難しくはない。
指揮するルシアにとっても、それを受けるタイニー・ワーウルフ達や元奴隷達にとっても、今のうちに慣れておくというのは、いい方法だろう。
「わかりました。最善を尽くします」
「期待していますわよ! おーっほっほっほ!」
テンションが上がってきたのだろう、エルザルートは豪快な高笑いを響かせる。
その姿を見て、ルシアはすさまじく嫌な予感を覚えた。
この後、エルザルート達は狩りに出発。
ルシアは村で作業の指示出しをしていたのだが。
森から響く爆音と、高々と上がる火柱に、激しい胃痛を覚えることになるのだった。