三話 「自分で言いますのね、あなた」
奴隷として捕まったけど、なんか知らんうちにお貴族様に助けてもらった。
そのお貴族様が自分の領地に行く途中だというので、今はくっついて行っている。
ルシアと同じ元奴隷達が現在理解している状況は、そんなところだろうか。
そこに、「実はお貴族様のご領地というのは、獣人の村でした」と伝えに行かなければならない。
普通に考えれば貧乏くじだ。
少なくともこの国に住む人間の多くは、獣人を危険視している。
獣人側もそれは同じで、敵対しているといっていい。
なんでそんなところに何で連れて行こうとするのか、という反発は当然予想される。
それでも、ルシアとしては元奴隷達を村に連れて行きたかった。
こんな生き残るのも難しい場所に放り出すのも、目覚めが悪い。
何より、うまく元奴隷達を労働力にできれば、エルザルートの覚えもめでたくなるはず。
上手いこと言いくるめて連れていくしかない。
「獣人の村だったなんてっ!」
「そんな危険な所行けるわけないじゃない!」
「じゃあ、皆さん死にたいんですか!!!」
渾身の力を込めたルシアの声に、元奴隷達は静まり返った。
ステップ1、大声でインパクトのあることを言って黙らせる。
成功だ。
「あの時は皆、こんな状況になると思っていませんでした。確かに、獣人の村だと知っていたらためらったでしょう。僕だってそうです。知っていたら、他のことを言っていましたよ。でも、あの時は誰もこうなると思っていませんでした」
ステップ2、さりげなく自分もみんなと同じ立場だと思わせて、連帯感を作る。
ここで極力優しい声を出すのがポイントだ。
ついでに、穏やかな表情も忘れない。
乙女ゲーのキャラであるところの「ルシア」は、ド肝を抜かれるほどのイケメンである。
イラストレーターさん渾身のキャラ造形に、いかんなく力を発揮してもらうのだ。
「でも、あんな場所に放置されていたら、どうなっていましたか? あのままモンスターに襲われていたかもしれない。奴隷商人達が戻ってきていたかもしれない。殺されていたかもしれない。いいえ、あのままあそこにいてエルザルート様に付いてきていなかったら、きっと死んでいたんです。僕達は自分達で状況を判断し、選ぶことで、生き残ったんです。そして、今ここにいる。皆で生き残ったんです」
ステップ3、皆で考えた結果、最悪の状況を回避したのだということをアピールする。
自分達で選択し、この状況になったと思わせるのが大事なのだ。
人間は自分の選択が間違っていたと思いたくないという性質がある。
連帯感と絡めてその辺を突っついてやれば、皆文句を言いにくくなるし、そうなのだと思い込んだりもしやすい。
「確かに、亜人の村に行くというのは危険かもしれません。ですが、エルザルート様が居れば大丈夫。あのお方の圧倒的な力があれば、亜人も怖くありません。貴族様だけあって、あのお方はとてもお強いんです。亜人達を圧倒するほどに。でも、考えてみてください。もしエルザルート様がいらっしゃらなかったら、どうなると思います? わかりますよね?」
ステップ4、自分達には頼りになる存在がいるが、それが居なかったら恐ろしいことになるのだと認識させる。
安心と恐怖を同時に与えることで、安心を与えてくれる相手に強く依存させるのだ。
まあ、実際こんな危険地帯に放置されたら本当にヤバいので、嘘は言っていない。
「エルザルート様に付き従って、安全に亜人の村で暮らすのか。それとも、いまからいつモンスターに襲われるともしれないこんな辺境で、何時殺されるかもしれないという恐怖に震えながら彷徨うのか。どちらでも、好きな方を選んでください」
ステップ5、安心できて楽な方と、恐ろしくて危険な方、両極端な選択肢を並べて、どちらかしか選べないと思わせる。
これも実際このぐらいしか選べる道はないので、嘘は言っていない。
多分、元奴隷達もしばらく考えたところで、他の方法は思いつかないだろう。
正直なところ、今は大げさに言わなくてもいつ死んでもおかしくないような状況なのだ。
「大丈夫。安心してください。僕はエルザルート様からの指示でここに来たんです。エルザルート様に付き従えば、きっと守ってくださいます。何か要望があれば、僕の方からお伝えすることもできますしね。何も心配いりませんよ」
ステップ6、絶対守ってくれるとは言ってない&さりげなく自分がエルザルートとの窓口であるということを印象付ける。
偉い人との代理人は、偉いのだ。
もちろん立場は流動的だが、立場というのは上手く使えばすさまじい武器になる。
日本の「代議士の秘書」が厚遇されるのと同じだ。
もっとも、何か問題が起きれば速攻でトカゲのしっぽにされるのだが。
そこは立ち回り方次第である。
「そうだよ。ここまで来たんだ、もう行くしかない」
「何とかなるよね。あの貴族様がいらっしゃるんだし」
「奴隷になるよりは、幾らかましなはずだよ」
元奴隷達は、無事に村に行き、エルザルートに従うと決めたようだった。
ルシアはそんな皆の姿を、柔和な笑顔で見守る。
ちなみに、この時ルシアが使った交渉術の参考にしたのは、地球で社畜をしていた時代に見たテレビ番組。
その中でも、知的犯罪などと呼ばれるものを扱っているときのもの。
ルシアはそのときの「犯行」を参考にしていたのだ。
つまるところ詐欺の手口である。
これもある意味、現代知識チート。
と、言えなくもないかもしれない。
元奴隷達を村に連れてくる前。
ルシアはその扱いについて、事前にアールトンと相談をしていた。
いきなり連れてきて手伝わせる、といったところで、かえって邪魔になる。
どこでどんな仕事をした方がいいのか、打ち合わせておいたのだ。
作業としては、瓦礫の整理になる。
とにかくオークに破壊されたものをどけなければ、復興も何もできないからだ。
女子供が力仕事で役に立つのか、とも思ったのだが。
アールトン達の種族である「タイニー・ワーウルフ」は、小柄で、さほど力の強くない種族であった。
物を運ぶといった力仕事だけで見れば、それこそ人間の女性や子供と大差ないのだという。
作業効率的に考えれば、問題ないということだ。
ルシア的にも、元奴隷達に力仕事をしてもらうというのは都合がよかった。
力仕事をしていると、比較的思考力が低下しがちになるからだ。
とりあえず現状を受け入れてもらうには、疲れてもらうほうが良かろう。
「あなた、えげつないことを平気な顔で言いますわね」
そのことをそのまま報告したところ、エルザルートはドン引きした顔をルシアに向けた。
ルシア的には甚だ不本意である。
こういった考え方は、むしろ貴族が得意とするところのはずなのだ。
ルシアが好都合だと考えたのも、日本で社畜をやっていた時代に聞きかじった知識からだった。
今、ルシアとエルザルートがいるのは、アールトンの家だ。
部屋の数は四つ程度で、そのなかで一番広い物を、エルザルートが使うことになっていた。
既に日は沈みかけていて、村の復旧作業は終了。
ルシアは今日一日の作業内容や調べたことなどを、報告しているところであった。
「まず、どこから行きましょう。タイニー・ワーウルフという種族についてからにしましょうか」
タイニー・ワーウルフという種族は、少なくともルシアが知る限り「トキメキ戦略シミュレーション ファルニア学園キラ☆らぶ戦記」本編には登場していない。
なので、とりあえずそこから調べることにした。
付き合って行くうえで、種族的特徴を把握するというのは重要だ。
生物としての根本的な違いを理解しておかなければ、何事も上手く行かない。
人間同士でも、住む土地が違えば文化が違う。
いわんや種族が違えばなおのこと。
「あなた、どうやってそんなこと調べましたの?」
「復旧作業を手伝いがてら、あちこちで世間話風にお話を伺いまして。あとで聞いたことの矛盾点などを洗い出しつつ、情報に仕立てた形ですかね」
「どこぞのスパイみたいなことしますわね。聞いたことをいちいちメモでもしましたの?」
「いえ、全部覚えられましたもので。どうも僕、記憶力は良いらしいんですよ」
流石、乙女ゲーの攻略キャラ性能、といったところだろうか。
ルシアの記憶力は、凄まじいものがあった。
大抵のことであれば、一度見聞きすれば覚えることができる。
生まれ変わる前、日本で社畜をしていたころのルシアも、そう記憶力が悪い方ではなかった。
だが、今の「ルシア」の身体性能は、けた違いにいい。
物覚えなどの頭脳スペックはもちろんのこと、特に鍛えているわけでもないし栄養状態もよろしいとは言えないのに、身体能力まで高いのだ。
DNAデータの優劣というのは恐ろしい。
才能の差というのはこういうことを言うのだろうな、と、ルシアは思っていた。
「自分で言いますのね、あなた」
「いえ、まぁ。売り込める自分の長所は売り込んでおこうかと思いまして。ええっと、タイニー・ワーウルフのことでしたね」
一度確認したことだが、「タイニー・ワーウルフ」はワーウルフの小型種だという。
ワーウルフに力で劣るものの、俊敏性に隠密能力で勝る。
また、指先も器用なのだそうで、「動物系統の亜人種としては」モノづくりなどに適性があるそうだ。
「こんな所なのに案外建物がしっかりしているのは、それが理由かしら?」
「だと思います。っていうか、エルザルートさんから見ればこの建物も犬小屋と変わらないのでは」
「あなた、わたくしのことをなんだと思っていますの。愚民がどんな暮らしをしているか、ある程度は把握していますわ。羊飼いは羊に詳しいものでしてよ」
めちゃくちゃ上から目線だな、と思ったが、ルシアは「なるほど」というにとどめて置いた。
こんなぼろ屋に居られるか、などと我儘を言われるよりは千倍いい。
エルザルートはこの部屋で寝起きすることになっているのだが、そういえばそれについての文句などは一言も言ってなかった。
一応、自分の置かれた状況から、我慢なり妥協なりする分別はあるらしい。
この部屋は壁に大穴が開いていたりするのだが、全く意に介する様子もなかった。
まあ、もしかしたらそういうのが全く気にならないタイプなだけかもしれないが。
「そう、建物のことについてもそうなんですが。この村にいる方々は、職人さんなどが多いようです」
この村のタイニー・ワーウルフ達は他の種族との競争に負け、追われ追われてこの土地に流れ着いたのだという。
その途中、戦いが得意なものの多くが、仲間を守るために犠牲になってしまった。
残ったのは前線に出ないいわゆる「支援職」か、アールトンの様に飛びぬけて実力があるものだけだったらしい。
「群のリーダーだけあって、強いみたいですしね。アールトンさん」
「そうですわねぇ。見る限り、王都の騎士程度の実力はあるのではないかしら」
強者は強者を知る、とでもいえばいいのだろうか。
どうもエルザルートは見ただけで相手のおおよその実力が分かるようだった。
多分、身体からにじみ出てる魔力とかでわかるのだろう。
ゲームの本編でもなんかそんなような会話があったはずだ。
ちなみにルシアの強そうバロメータは、ビジュアルの良さである。
乙女ゲー世界では、見た目の良さは強さなのだ。
「では、オークに襲われていたとかいうあの状況は、かなり危なかったのではなくって?」
「そのようです。襲われないようにわざわざこんな危険地帯に逃げて来たのに、って、首をかしげている人が多かったですね」
この地域は人間にとっての危険地帯であると同時に、亜人にとっても安心できる場所ではないらしい。
人間にとって亜人が恐ろしい存在であるように、亜人にとって人間というのは得体のしれない凶悪な存在な様だ。
「だからこそ余計に、なんでオークがこんな土地を奪おうとやってきたのかわからない、ということのようです」
「そもそも、それも不思議なのですけれど。土地なんていくらでも余っているのですから、いくらでも開墾すればよろしいのではなくって?」
「僕もそう思ったんですけど。どうもそういうものでもないみたいです」
色々と聞いて回って分かったことなのだが、どうもこの辺りの土地では、どこでも好きに暮らせるわけではないらしい。
何しろこの土地は、モンスターが多いのだ。
どこからともなく湧いて来ては、とりあえず手近な生物に襲い掛かる。
この世界のモンスターは、いわゆる生物の規範から外れているものも多かった。
火を怖がったりもしないし、食べるわけでもないのにとりあえず襲ってきたりするものも少なくない。
何だったら地球の物理法則を無視してる系のモンスターだっている。
そんな意味不明で超危険なモンスターがうようよいるのが、この辺りの地域なのだ。
ただ歩いているだけで襲われるのだから、たまったものではない。
人間の手が「獣人の領域」に入っていないのは、そのあたりの理由もあるようだ。
では、どうしてそんな土地に、タイニー・ワーウルフ達は村を作ることができたのか。
実はこの地域には、モンスターが近づかない土地があるらしいのだ。
「どういうわけで避けているのかまではわからないらしいんですが、なぜかモンスターが近づいてこない安全地帯みたいなものがあるそうで。亜人の方々はそういう場所を見つけて、集落をつくるんだそうです」
「近づいてこなくなるまで片っ端から討伐するのではだめですの?」
「それでどうにかなるようでしたら、とっくにこの辺りにも人間が進出しているのではなかろうかと」
「それもそうですわねぇ」
腕力や人海戦術でどうにかなるなら、とっくに人間はやっているはずだ。
それでどうにかならないから、この辺りの地域支配は亜人に後れを取っているのだろう。
モンスターが近づかない土地を見つけるというのは、かなり専門知識の要るものらしい。
確かに、そういったものがあると思って探さなければ、見つけるのは難しいだろう。
「では、この村では食料はどうしていますの? 畑などは作れないでしょう?」
モンスターが避ける安全地帯は有限であり、さして広いものでもなさそうだとエルザルートは判断していた。
となると、その貴重な「安全地帯」を畑として使ってしまうのは、難しいだろうと考えられる。
ほんの少しならともかく、定住に必要な量の作物を作ろうとすれば、かなりの面積が必要になるのだ。
食べ物を作る畑を造ったら、人が住む場所が無くなりました、
では、笑い話にもならない。
「狩猟採集生活をしているようです。幸い、それでも食べるものには困らないそうでして」
木の実やキノコ、食用に適した動物やモンスターなど。
ある程度の実力と知識さえあれば、安定した量の食料が手に入るのだとか。
そんなバカな、と思ったが、実際村の食糧庫には相当量の備蓄があった。
村の人口から考えて、一週間は食べるのに困らないだろう。
食料採集は常に行っているそうだから、極端に備蓄が減ることは無い様だ。
「ただ、これ以上備蓄を増やすと、匂いにつられたモンスターが寄ってきたりするらしいんですよ。モンスターが近づいてこない、とはいっても、一定以上の利益があるなら無理やり入ってくるそうでして」
「入ってこれない、というより、何かを嫌がって近づいてこない。ということなのかしら」
「多分、そうだと思います」
「食糧庫は、被害はなかったのかしら?」
「はい。攻撃を受けなかったそうで。喜んでいいのか悲しんでいいのか、ってところですかね」
「あら。なぜ悲しむ必要があるのかしら?」
「食料があるなら、タイニー・ワーウルフ達がこの村を捨てるにしても、しばらくは食いつなげる。もし食料まで奪われていたら、動くに動けなくなる。オーク達の目的がタイニー・ワーウルフを追い出すことだけならば、的外れではない手だと思います」
色々聞き込んだところ、食料の備蓄があるなら、これをもって逃げるのということも考えられる、という意見もあった。
移動しながら食糧を探すというのは、かなり大変な様だ。
「そんなところでしょうね。それを事前に取り決めて、実働している末端の兵士にまで徹底させる。ノンド、といったかしら。いくら族長が居たとしても、そこまで秩序だった行動がとれるというのは、優秀な兵隊だという証拠ですわ。敵対するとなると、面倒ですわね」
なぜ、等と聞いていたエルザルートだが、実際には答えは頭の中にあったのだ。
そのうえで、ルシアを試したのである。
どうやらルシアの答えは、一応合格点といったところだったらしい。
「ああ、それで思い出しました。勝手なこととは思ったんですが、村の周りにいくつか罠を仕掛けておきました。といっても、草を結んだものとか、浅い落とし穴とかの単純なものですが」
「気が利きますわね。必要な措置であれば、事後報告で構いませんからどんどんやりなさい。何しろ手が足りませんものね」
勝手な行動をとがめられるかと思ったが、どうやらそんなことは無かったようだ。
ちなみにこの罠製作は、エルザルートに気に入られるために作ったモノではない。
故郷の村では村八分を喰らっていたルシアは、村はずれなどの危険な場所で寝泊まりしていた。
そのため、少しでも身の安全を計ろうと、周囲に大量の即席罠を設置していたのだ。
たとえ危険な場所であっても、罠に囲まれていると安心できた。
結構ヤバめなルシアの性癖である。
「確かに、手は足りていませんよね。復興はもちろんですが、武器なんかも用意したいですし」
「武器の用意? 商人でも呼びますの?」
「馬車の残骸や、奴隷商人達が持っていた物資がありますので。それをタイニー・ワーウルフの職人さんに頼んで加工してもらえば、武器になります。当面は復興優先かと思いますが、終わり次第そちらにかかってもらえるよう、話を付けてあります」
「よろしくてよ。手際がいいですわね」
ルシアの本心としては、復興よりも武器を優先させたいところである。
危険が身近にあったルシアは、スコップなどの武器になりそうなものを抱えて寝る習性があった。
もちろんまともに扱えるわけでもないのだが、それでも相手を倒せるアイテムを持っていると安心できるのだ。
「当面は復興をしつつ防衛、ですわね」
「それがよろしいかと。気になるのは、オーク達がなぜこの村を狙ったのか、でしょうかね」
「ですわね。迎撃をし続けるにしても、襲ってくる理由が分かったほうが手の打ちようがありましてよ。後手に回り続けるのは性に合いませんわ」
アグレッシブそうですもんね。
と口に出し掛けたルシアだったが、ぐっと飲みこむ。
ゲームの中のエルザルートは、かなり過激な性格だった。
いや、現実でも村の真ん中にいきなり魔法をぶっ放したりしているので、十分過激なのだが。
「まあ、良いですわ。ルシア、まずは復興を急がせなさい。人族にもタイニー・ワーウルフにも指示を出す権限を差し上げます。文句を言われたら、わたくしの命だとおっしゃいなさい」
「わかりました。何とかやってみます」
「お励みなさい。上手く事を進められたようでしたら、ミンガラム男爵家の家臣にして差し上げますわ」
「あの、ちなみに何ですけども。ミンガラム男爵家の家臣の方ってどちらに?」
「今のところいませんわね。家臣どころか、使用人も。登用をしているような暇もありませんでしたし」
うすうすそうなんだろうな、とは思っていたが、やはり家臣も使用人もいないらしい。
まあ、ゲームでのエルザルートの状況を考えれば、そんなところだろう。
一人も家臣が居ないお貴族様というのはいささかアレだが、マイナスばかりではない。
上手くすれば、ルシアが家臣筆頭となるのも可能ということなのだ。
人間の街に行くことも難しい、危険地帯真っただ中のこの状況では、おそらくそれが一番生存確率が高い。
「お気に召していただける仕事ができますよう、励みます」
「良きにはからいなさい」
良きにはからえって実際に使ってる人始めて見たな、と思ったルシアだったが、口には出さなかった。
きっとお貴族様などは、よく使うのだろう。
いや、たぶんいないんだろうけども。
ルシアがそんなことを考えているときだった。
「食事を持ってきた」
ドアをノックするとともにかけられた声は、アールトンのものだった。
エルザルートはすぐに「お入りなさい」と返事をする。
だが、ドアを開けて入ってきた人物を見て、ルシアは一気に青ざめた。
そこにいたのは、全身毛むくじゃらの二足歩行する狼といった姿の「アールトン」ではなかったからだ。
ルシアと同い年ぐらいの少年だったのである。
それも、ただの少年ではない。
黒髪で少し釣り目気味の、美少年。
そう、美少年だったのだ。
美形は強い。
この世界の絶対法則である。
警戒するルシアを他所に、エルザルートは驚いてこそいるものの、それほど衝撃を受けた様子ではなかった。
「アールトン、あなた姿が変わっていますわね」
「タイニー・ワーウルフだからな」
答えになっていない様だが、エルザルートは納得したようにうなずいた。
ワーウルフという種族は、半獣半人の姿から、全くの人型へ変化する能力を持っている。
タイニー・ワーウルフも、同じ力を持っているのだろうと考えたのだ。
「戦うときは獣の姿になるが、ずっとあの姿でいると疲れる」
「そういうものですのね。で、ルシア、あなたなにをなさっていますの? 人の姿になっているのを見て、驚きまして?」
「あ、いえ。村で聞き込みをしていた時に、そのあたりの話は聞いていたんですが」
「あなたなら、そのあたりは抜かりないでしょうね。では、なんでそんな恰好で驚いていますの」
ルシアは部屋の隅で、壁に張り付いていたのだ。
その恰好は、なんとなくヤモリに似ている。
「ほら、見ると聞くとは大違い、っていうじゃないですか。その、昔から小心者だったもので」
「あなたまだ若いではありませんの」
「それと、なんていうか、昔から美形の方が苦手でして。えーと、劣等感を刺激されるというか」
「その顔で劣等感云々とか言っていたら、ボコボコにされそうですわね」
まさか、イケメンは強いから怖い、というわけにもいかない。
エルザルートとアールトンから向けられる胡乱げな視線に、ルシアはあいまいに笑ってごまかそうとするのであった。
ルシアが壁に張り付いていた、ちょうど同じころ。
タイニー・ワーウルフの村の近くに、数名のオークが潜んでいた。
族長であるノンドの指示で、夜襲を仕掛けに来た者達だ。
もっとも、夜襲といっても、大きな被害を与えるつもりはない。
少々建物などを破壊し、すぐに逃げる予定であった。
夜も眠れぬような状況が続けば、攻めるに易くなるだろうという考えだ。
しかし。
「こちらにもあった」
「やはりか。こうなると、やはり読まれていると見るべきか」
オーク達は手分けして、村への侵入口を探っていた。
村に入る前に見つかっては、効果が薄い。
なるべく見つからずに内部に侵入し、タイニー・ワーウルフ達が混乱しているうちに退避。
その予定だったのだが、どうもそううまくはいかないらしい。
「人目に付かずに入り込めそうな場所には、全て罠が仕掛けてある」
「ここから入ろうか、などと思うような場所には、特に数が多い。まるでこちらの意図を見透かされている様だ」
「実際そうなのだろう。忍び込むに易い場所など、容易く判断が付こう」
「つまり、今夜にでも夜襲があると判断していたわけか」
「あの人族の貴族であろうか」
「アレはこういったことに気が付くような手合いに見えなかったが」
「ならば、知恵を出したものがいるということだろう」
「あの貴族だけであれば、まだ対処はできたであろうが。そう都合よくもいかんか」
「これだけ的確に罠を配置できる者。侮れば痛い目を見るであろうな」
罠を仕掛けたのは、無論ルシアである。
どうやらオーク達が侵入しようとした場所へ、かなり的確に罠を配置していたようだ。
何故そんなことができたかと言えば、ルシアの性癖が関係している。
少しでも身の安全を確保したかったルシアは、村にいた頃から、寝る前に必ず周囲に罠を仕掛けていた。
どんな相手がどんな風に襲ってくるか、それを撃退するにはどんな罠を配置すればいいか。
一種の被害妄想のようにも見えるが、ここはかなり危険なゲームの、あるいはそれに似た世界である。
寝ているときに襲い来る敵というのは、割と多いのだ。
それによって鍛え上げられたルシアの罠設置能力は、どうやらオーク達を警戒させるほどのものになっていたらしい。
「どうする。族長には、無理はするなと言われているが」
「ここで無理に攻めても利は無し、か。厄介な者がいるというのが知れただけでも収穫、ということにするか。戻るぞ」
オーク達は村の襲撃を、諦めたようであった。
人族の貴族には、どうやら優秀な参謀役がいるらしい。
自分の知らないところでかなり高い評価を受けることとなったルシアであったが。
そのことを本人が知るのは、まだ幾分か先の話である。