二章 四話「モンスターです。いや、何しろ連中は厄介でして」
今更な話ではあるが、エルザルート達が所属する国の名は、「ファルニア」という。
ファルニア王国などと称されることもあるのだが、「ファルニア」だけで「強固且つ強靭な国」的な意味合いがあることから、単に「ファルニア」と呼ばれることが多かった。
つまり、エルザルート達が通っている学園は、国の名前を冠したものだったわけである。
言ってみれば「日本大学」とか「東京大学」とか、そういったニュアンスであった。
当然の如く、国の最高学府である。
入園するためには、相当な金とコネと実力が必要であった。
図らずもルシアはそこへ通う権利を手に入れたのではある、が。
「なんで僕、教会の前に居るんですかね」
王都で召し抱えた役人達と、領地から連れて来た元奴隷の少年達。
ルシアも含めて、総勢八名。
全員がそれなりにめかし込んだ格好をしており、手には荷物を抱えている。
本来なら準備をし、いざ学園へ、と言った時刻であるのだが。
「その、ええっと。司祭様と、打ち合わせをするためだって、おっしゃってましたけど」
「そう、そうなんですよね。ええ。いや、分かってるんですよ、うん。ただ、何で結局一度も授業を受けることなく、こんなところで仕事してるんだろう、と思いまして」
恐る恐るといった様子の少年の言葉に、ルシアは脱力した笑いを返す。
そう、せっかく国の最高学府に入学したにもかかわらず、ルシアは一度たりとも授業を受けたことがなかった。
単純に忙しくてそれどころじゃなかったからである。
王都で家臣を雇えば、ルシアの仕事は楽になるはず。
そんな風に考えていた時代が、ルシアにもあった。
だが、実際は全くそんなことはなかったのである。
なにしろ、ミンガラム男爵領は特殊な土地だ。
人類未踏と言われる亜人の領域に食い込み、多くの亜人を従え、国内では見ることも難しいモンスターに囲まれて生活をしている。
国内を、いや、下手をすると周辺諸国を見回しても、人間の領域にそんな土地は一つもなかった。
領地内のことに精通し、それなりに事務仕事が出来て、ある程度人を使うのにも慣れていて、領主であるエルザルートの信頼を得ている。
そんな人物はルシアしかおらず、必然的に、ルシアには大量の仕事が流れ込んでくることになったのであった。
こうして教会に来ているのも、仕事の一環である。
「さっ、皆さんいきますよ。これから我らがミンガラム男爵領に教会を建てて頂くための打ち合わせなんですからね!」
洩れそうになるため息をぐっと我慢して、ルシアは気合を入れるように声を張り上げるのだった。
エルザルートの朝は、一杯の紅茶から始まる。
メイドに用意させた砂糖もミルクも入れない紅茶で、本来の香りと苦味を楽しむ。
その間に、他のメイド達に髪型のセットなどをさせつつ、一日の予定を確認するのだ。
が、それは「公爵令嬢」であった頃の、「エルザルート・サウズバッハ」の朝のルーティーンである。
ミンガラム男爵家当主「エルザルート・ミンガラム」の朝のルーティーンは、全く別のものであった。
「朝ですわっ!!」
朝日が昇るのと同時に、ベッドから起き上がる。
エルザルートはタイニーワーウルフ達と行動を共にするうち、朝日と同時に目が覚める、という特技を会得していたのだ。
目が覚めると、動きやすい服装、すなわちいつも着ているドレスに着替えると、屋敷の庭へと出る。
国王陛下から下賜された王都における邸宅は、それなりの広さのモノであった。
庭も完備されており、本来であればそこは庭園風になっているはず、なのだが。
質実剛健を旨とする「ミンガラム男爵家」の家風にのっとり、練兵場と化していた。
そこでは、既に警備兵として領地から連れてきているタイニーワーウルフやオークの戦士達が、訓練を始めている。
エルザルートはそこに交じり、オークの戦士が使う、人間にはいささか大きすぎる斧を振り回す。
魔法使いであるエルザルートだが、亜人達との交流の中で、腕力の大切さにも目覚めていたのだ。
「魔法使いと言えど、筋肉は大切ですわ。走っただけでばてているようでは、戦場で魔法なんて使えませんもの」
亜人達と一汗流したら、体を清める。
エルミリア達メイドに手伝われて身支度を整えたのち、食事。
その間に、領地運営などに関する報告を受ける。
のだが、エルザルートはそういった方面に全く強くなかった。
よって。
「なるほどわかりましたわ。ルシアに全部投げておきなさい。責任はわたくしがとりますわ」
ほぼすべてに対し、こう答えていた。
別に押し付けているわけではない。
人間には得手不得手があり、こういうのを役割分担というのである。
それに、責任はエルザルートがとると言っているのだ。
ルシアにしても、気が楽だろう。
と、エルザルートは思っているのだが、もちろんそんなことはない。
エルザルートの責任になるからこそ、ルシアは必死に仕事をするのだが。
ルシアは大体いつも必死に仕事をしているので、特に問題はなかった。
「あら? そういえばルシアはどこにいますの?」
「教会建設のための打ち合わせに行っておいでです」
「そういえば今日でしたわね」
エルザルートは基本的に、細かい予定などは記憶しない性質であった。
記憶しない、というよりは、記憶できない、といった感じなのだが。
「多少負担がかかりすぎますけれど。領地の状況を把握していて、細やかな調整が出来る人間は今のところルシアしか居ませんものね。任せるしかありませんわ」
報告を受けつつの食事を終えると、学園へ向かう時間になる。
馬車に乗り込み、今日受ける授業の予習をしながら学園へと向かう。
専属のメイドであるエルミリアに世話をされていたエルザルートが、ふと不思議そうに首を捻った。
「そういえば、よくこんな馬車なんて買いましたわね。歩いて学園へ行けば馬車の維持費もかかりませんのに」
王都での暮らしというのは、とにかく金がかかる。
万事に置いて節約節約と口にするルシアが、馬車に関しては特に何も言わずに用意したのが気にかかったのだ。
エルザルートが知る限り、馬車というのは使っても使わなくても良い品である。
この国の貴族にとって、歩いての移動というのは珍しいことではない。
何事も軍事一辺倒な軍閥貴族派は特にそれが顕著で、「体を鍛えるために」として、わざわざ歩きでの移動を選ぶものまでいるほどだ。
ルシアなら、それに託けて金のかかる馬車なんぞ不要、などというのではないかと、エルザルートは思ったのである。
エルミリアは驚いたというように一瞬目を見開き、すぐに何事もなかったかのように表情を改めた。
「貴族が前を通る際、民は道を譲らなければなりません。それ以外にも、直接姿が見える際などは、相応の礼などを取る必要もあります。ですが、馬車に乗っているならば、それらの必要はほぼありません」
「なるほど。貴族が歩いているだけで、庶民にとっては邪魔、というわけなのですわね。まして、一度や二度ならばともかく、学園へはほとんど毎日通うわけですし」
「そうなれば、周辺経済が滞ることになります。馬車に乗っての登下校は、貴族のためというより庶民への配慮。他にも色々理由はございますが、それがエルザルート様には一番理解が早い答えかと思われます。と、ルシア殿が」
「ルシアが?」
突然出てきたルシアの名前に、エルザルートは目を見張った。
エルミリアは、大きく頷いて見せる。
「今朝早く邸を出る際、私に告げていったのです。そろそろエルザルート様がそのあたりのことを気にされる頃だろうから、もし聞かれたらこう答えて置いてほしい。と」
「わたくしの考えを先読みしていた。ということですの?」
「そうなります」
流石のエルザルートも、これには絶句した。
普段あまり表情を変えないエルミリアも、僅かに驚いているような雰囲気を出している。
二人からすれば、ルシアが魔法のようにエルザルートの考えを読み取ったように見えるだろう。
だが、もちろん実際はそんなことはない。
ルシアは様々なエルザルートに関することを、様々な部署に様々な形で指示していた。
今回はたまたま、その一つが刺さっただけなのである。
とはいえ、エルザルートはそのことを知る由もない。
「やっぱりどこかで何かしらの教育を受けていたのではなくって? そうでなければあの言動や知識は説明が付きませんわ」
「問い詰めてみますか?」
エルミリアにそう聞かれ、エルザルートは考え込むように目を閉じた。
だが、すぐに首を横に振る。
「気にはなりますが、変に突いてテンパって仕事がおろそかになっては困りますわ。放っておきましょう」
「それが原因で、エルザルート様の下を去る。ということもあるかもしれません」
「ルシアの性格的にそれはありませんわ。大体、他に居心地が良くてアレを重用する者がいるなら、とっくにそっちに行ってますわね。ルシアというのはそういう男ですわ」
「忠誠心が薄いようだ、というのは確かに感じますが。よろしいのですか?」
「益がある限り、アレはわたくしの下に居続けますわ。わたくしがこの国の貴族として、相応の働きを見せている限りは。つまり、ルシアに見限られるようであれば、わたくしもその程度ということですわね」
「ずいぶんルシア殿を高く買っているのですね」
「相応の結果を出しているからこそ、ですわ」
エルザルートの言葉に、エルミリアは会釈で返した。
実際、ルシアの功績や能力は、もはや疑い様がないのだ。
そんなことを話していると、馬車は学園に到着するのだった。
この国の国教は、独特のものであった。
大元となる多神教の宗教があり、その中でも特に一柱の神を特に崇める、というものである。
何故その一柱を崇めるのか。
答えは実に簡単で、国王に王権を与えたのが、その一柱だからだ。
「戦神様。何度見ても迫力あるんだよなぁ」
教会内、大聖堂。
そこに祀られた神像を見上げ、ルシアは何とも言えない顔で呟いた。
名もなき戦神、あるいは単に戦神と呼ばれるその神は、戦を好む神である。
戦そのものを愛し、戦に赴く者、戦で大きく活躍したものに祝福を与える神。
そんな神に特別に気に入られ、特別な権利を得られた一族。
つまりそれが、この国の王族なのである。
「戦争の神様にそんなに認められるって、初代王様ってどんな人だったんだよ」
心の中でそうつぶやきながら、改めて神像を眺める。
人の体に、三つの顔面、六本の腕。
外見は、阿修羅像に酷似していた。
ゲーム的な話をすれば、まさに「阿修羅像」がモデルなのだろうが、現実となったこの世界ではどうなのだろう。
「お待たせいたしました。どうぞ、こちらへ」
若いシスターが、ルシア達を呼びに来る。
ルシアはいつも通りの様子だが、他の家臣達は緊張の面持ちだ。
これから会う人物の事を思えば無理もなかろうと、ルシアは内心でため息を漏らした。
その人物は、国教である「戦神教」の神父であった。
大変に敬虔であり、回復魔法の腕もよく、好人物として有名。
教会内外で広く尊敬を集めており、将来は国教の幹部である枢機卿になるだろうと称されている。
「お初にお目にかかります、エドワール神父。ミンガラム男爵家筆頭家臣、ルシアと申します。家名はありません。ただ、ルシアとお呼びください」
「ああ、貴方がルシア殿ですか。お噂は伺っています」
ルシアのあいさつに、神父。
エドワールはにっこりと、いかにも穏やかそうな笑顔を見せた。
穏やかそうな眉目秀麗な青年である。
見た目が好くて優秀。
まあ、つまるところ「乙女ゲー」「トキメキ戦略シミュレーション ファルニア学園キラ☆らぶ戦記」の登場人物、いわゆる「攻略キャラ」である。
本来なら、関わりたくない人種だった。
何しろ彼のゲームの「攻略キャラ」というのは、皆何かしら問題を抱えた人物なのだ。
主人公である「ヒロイン」は、それらを解決する中で、「攻略キャラ」と親しくなっていくのである。
それを「物語」として見せているほどなので、当然「攻略キャラ」の問題というのは簡単なものではない。
性格の方も、一筋縄ではいかなかった。
見た目が好くて優秀で、問題を抱えていて一筋縄ではいかない性格。
どこの誰がそんな人物に好んで近づきたがるのだろうか。
少なくともルシアとしては真っ平ごめんである。
だが、今回はそんなことも言っていられない。
何しろ宰相閣下が紹介してくれたのが、この「エドワール神父」だったのだ。
「噂、ですか。良い噂ならばうれしいのですが」
当たり障りのない会話をしつつ、仕事の話。
ミンガラム男爵領での教会建設についての話を進めていく。
今回の教会建設は、エドワールが教会側の責任者であった。
将来の枢機卿候補と言われるだけあって、エドワールは既に一定以上の地位についているのだ。
今回の訪問は、教会建設の打ち合わせである。
だが、ルシアには別の目的があった。
何ならそちらがメインと言ってもいい。
その目的とは、ずばり「教会建設費の軽減」である。
何とかしてミンガラム男爵家の出費を抑えたい。
今のミンガラム男爵家にとって、硬貨一枚は血の一滴。
どんなことをしてでも出費を減らさなければ、早晩領地が干上がってしまうのだ。
領民のほとんどは、元々狩猟採集生活をしていた亜人達である。
ならばこれからもそれで良い、というわけには、行かなかった。
食料確保も、安全な寝床を見つけることすら難しい土地なのだ。
タイニーワーウルフもオーク族も、生活するだけで手一杯。
もしエルザルートがいなければ、あのままどちらも衰退していくしかなかっただろう。
そんな状況は、現在も大きくは変わっていない。
これを変えるには、金を手に入れ、食料や物資を輸入するしかないのだ。
領地領民が生き残るため、今は少しでも余計なことに金を使いたくない。
教会建設費用など、硬貨一枚だって払いたくない、というのが本音である。
ルシアは何とかその方法を捻り出そうと、考えに考えぬいた。
そして、一つの方策を導き出したのだ。
まず、一つ。
ルシアは「エドワール神父」について、通り一遍の事しか「調べなかった」。
意図的に詳しく調べるのを避けたのである。
本来は、交渉相手のことは徹底的に調べ、その性質を知ることが定石だ。
だが、今回は「突然の教会建設の話で、浮足立っている」という理由を上手く使い、あえて調べなかった。
相手のことを調べるというのは、相手に「調べられている」という情報を与えることになる。
ルシアはそれを嫌ったのだ。
おそらく教会側も、ルシアについて調べ、あるいは見張っていただろう。
その前提で、ルシアはあえて何も調べないことによって「ルシアという少年はエドワール神父の性格や趣味嗜好について詳しくない」という情報を与えたのだ。
だが、実際の所、それは事実とは異なる。
ルシアには転生前の記憶、「ゲームに関する知識」があるのだ。
現実であるこの世界では、細部ではゲームと異なる事情があることはすでにルシアは確認していた。
だが、「大枠ではゲーム通り」であるということも、同じように確認している。
つまり。
エドワールについて詳しくないと思われている今のルシアは、情報的に一つ優位に立っている、はずなのだ。
これを上手く利用すれば、エドワールの不意を突いて交渉して、こちらの思い通りに事を運ぶことも難しくない。
と、思われる。
あまりにも不確かだが、何しろ相手は「優秀な攻略キャラ」だ。
どんなに背伸びしても凡才でしかないと自負しているルシアからして見れば、端から敵わないと思われる相手である。
やるしかないのだから、玉砕覚悟でやるだけやるだけであった。
教会を建設するのは光栄なことで歓迎するのだが、先立つものがない。
なので、もう少し先に延ばしてはいただけないか。
そんな内容を上手くオブラートに包みつつ着飾らせて伝えると、エドワールはすぐに理解を示してくれた。
「なるほど。確かに教会建設費用は膨大ですからね。今はまだ、難しいと」
「誠に情けない話ですが、何分にも我が領地は未だ出来たばかり。その、先立ちますものが、なんとも」
いかにも情けない、申し訳ないという態度で身を縮こまらせながら、ルシアは搾る出すようにそう言う。
教会の神父ではあるが、立場上エドワールも貴族と深くかかわる身である。
御家事情から懐具合についても、色々と察してくれるのだ。
「本当に、申し訳ございません」
「いえ。仕方ないことです」
「何しろ我が領地は、危険地帯に御座いますので。とにかく武器と食料といった物資が必要なのです。特に、武器防具が重要でした。何しろ先日も、戦闘があったばかりでして」
「戦闘、ですか。どのようなものか、お聞きしても?」
「モンスターです。いや、何しろ連中は厄介でして」
エドワールの表情が、一瞬だけ変化した。
意識して観察していなければ気が付かない程度の、本当にごくわずかな変化である。
「厄介、ですか」
「そうなのです。実に、実に厄介でして。いえ、王都の方には信じがたい話かもしれませんが、何しろ連中は徒党を組むのです」
「徒党? つまり、群れを作ると?」
「群れと言ってよいものかどうか。何しろ単一の種族でかたまったものではなく。複数の異なる種類のモンスターが集まり、襲い掛かって来るのです」
「それは、誠ですか」
あまりに真剣な表情と声音で尋ねてくるエドワールに、ルシアはいささかたじろぐ。
様な演技を、して見せた。
内心は、獲物が罠にかかったのを見届けた猟師ような状況である。
モンスターというのは、一般的な生物の常識からは逸脱した能力を発揮し、行動を取ることがあった。
異なる種と群れを作り狩りをする、というのも、その一つなのだ。
ただ、そのことは王都ではほとんど知られていない。
王国内には、モンスターが生息する地域がほぼなかった。
周囲は人間の領域に囲まれており、唯一モンスターが多く生息する場所は亜人の領域。
つまり、ミンガラム男爵領だけだったのだ。
そのため、王国にはモンスターとの交戦経験がなく、情報もほとんど持っていないといった状態だった。
現状はそれで問題ないのだが、それを懸念する者も少なく無い。
敵軍が飼いならしたモンスターを戦場で使用してきた場合。
あるいは、敵国への侵攻の最中、モンスターが住む領域を通らねばならぬ場合。
ほかにも色々なケースが考えられるだろう。
それらに対応するため、少しでもモンスターの情報が欲しい。
エドワールは、まさにそう考えている者の中の一人。
急先鋒と言ってもよい存在だったのだ。
そもそも。
ゲームに置いて学園の生徒でもないエドワールが主人公達の仲間になる理由が、まさにそれ。
モンスターの生態を調べるために、各地を転戦する主人公達と行動を共にしていたのである。
いくら「戦神教」という勇ましい名前の宗教とは言え、神父はあくまで神父。
ゲーム内の主人公達のような特殊部隊然とした者達と行動するなど、本来であればありえないだろう。
にも拘らずそれを押し通したのは、エドワールという人物が凄まじくアグレッシブであったが故であった。
そんな人物だからこそ。
モンスターと戦うことが出来る「ミンガラム男爵領」という土地には必ず興味を持つはず。
上手い事そのあたりを突っついていけば、あるいは教会の建設に必要な費用を、ちょっとぐらい持ってくれたりしないだろうか。
そこまでいかなくても、ちょっと教会のグレードを下げても許してくれたりとか。
あるいは、寄付の額を若干ゆるくしても許してくれたりとか。
とにかく何でもいいから、教会建設とか諸々の所の費用を安くしてほしい。
それが、ルシアの狙いだったのである。
「ええ、本当です。ご興味がおありで?」
エドワールは僅かにためらってから、「ええ」と頷いた。
思わずニンマリとしてしまいそうになるのを堪えながら、ルシアは人好きのしそうな爽やかな笑顔を作る。
「なるほど、なるほど。流石は戦神教の神父様。お察しの通り、モンスターは大変危険な存在でございますから、少しでも多くの情報を得るのは大切なことです。とはいっても、お恥ずかしながら私はミンガラム男爵領で暮らすようになって、初めてそれを実感したのですが」
「この国では、モンスターと接することなどほとんどありませんからね」
「その通りです。王都周辺にいる限りにおいては、その通りでしょう。今のところは、ですが」
「今のところ? ですか?」
「日頃からモンスターの相手をしていると、思うようになるのですよ。ああ、こんなものを飼いならして、戦場で使おうなどと思う連中が現れるのではないか。などと」
ルシアがそういった瞬間のエドワールの反応は、劇的であった。
柔和な微笑みを湛えていた顔が、鋭利な刃物のように鋭くなる。
僅かな間の事ではあったが、普段から人の顔色ばかりうかがって生きているルシアから見れば、如実な変化であった。
「もしよろしければ、少しお聞きいただけませんか? 我が領地にどのようなモンスターがいて。私共がどのようにそれらと戦っているのか」
なんとしても興味を引いて、ミンガラム男爵家が出す金を硬貨一枚でも少なくしなければならない。
今のルシアにとって、笑顔は鎧、言葉は武器であった。
ルシアの戦いは、まさに今始まったのである。
王国の西部に接するのは、モンスターや亜人の領域である森林地帯となっていた。
危険地帯であり、人間は往来することすら困難。
そのため一種の壁のような役割となっており、そちら側には領地を広げることも出来ない代わりに、進行してくる敵も存在しなかった。
おかげで王国は、他の方面に集中することが出来たのである。
近年王国が最も注力しているのは、王国東側。
そちら側には強力な国家と国土を面しており、大規模な戦端こそ開かれていないものの、にらみ合い、小競り合いが続いていた。
つまり、現在の王国における「表舞台」は東側。
西側は全く真逆の方向であり、光の当たる場所ではなかった。
エルザルートの行動により、全く誰の目も向けられない、という状況ではなくなったのだが。
それでもやはり、実際にいつ開戦してもおかしくない隣国と接している土地の方に関心が向くのは、当然と言えるだろう。
おかげで、と言っては何だが、エルザルートは比較的穏やかな学園生活を送ることができていた。
大半の生徒の興味は、新進気鋭のエルザルートにではなく、東側の情勢に向いている。
なので、アレコレと話しかけてくる者もほとんどおらず、落ち着いて授業を受けることが出来たのだ。
学園の授業は、かなり実戦的なものが多い。
何しろ「ゲーム」では、授業を受けるだけでステータスが上がるほどである。
行軍訓練や剣術、体術はもちろん、回復、攻撃魔法の授業などもあった。
もちろん、エルザルートが使うような魔法の道具に関する授業などもある。
学園側が実物を用意しており、実際に使用することも出来るため、エルザルートはこの授業を多くとっていた。
ちなみに、学園の授業は選択制で、自分の好きなものを選んでとるようになっている。
「知らないうちに、新しい魔法道具が出ていますわねぇ。やっぱりある程度買った方が良いかしら。ただ、良い値段するのですわよねぇ」
ルシアが聞いたら卒倒しそうな値段である。
しばらくは、魔法学校で扱いの練習をするだけに留めるしかなさそうだった。
午前中の授業を終えると、昼食の時間である。
本来であれば、カフェテリアや食堂で食べるところなのだが、中には自前で食事を用意する者もいた。
エルザルートも、その口である。
ランチボックスや弁当といった物を持ってきている者がほとんどなのだが、エルザルートが用意させていたものはそれらとも少々違っていた。
「アールトン! 準備は出来ていますかしら?」
「ああ。焼きあがってるぞ」
学園の中庭に設置された仮設コンロの上で焼かれているのは、巨大な肉の塊だった。
焼いているのは、エルザルートの護衛として領地から出てきている、タイニーワーウルフの群れの長、アールトンだ。
素晴らしい色に焼きあがった肉の塊は、周囲に美味そうな匂いを振りまいている。
周囲にいる生徒達が困惑の表情を向けているが、エルザルートもアールトンもお構いなしだ。
エルミリアはといえば、諦めきったような遠い目をしている。
アールトンから骨付き肉を受け取ったエルザルートは、短い祈りを捧げてから、豪快にそれにかぶりついた。
椅子などは用意しておらず、立ったままであった。
いくら軍隊式を取り入れた学園とはいえ、生徒達のほとんどは貴族子女である。
流石に面食らったのか、ほとんどの生徒達が遠巻きに見ていた。
だが。
一人だけ、エルザルートに近づいていく生徒がいた。
「ずいぶん良い匂いだね」
ファルアス・アクス。
アクス公爵家の嫡子にして、エルザルートの元婚約者だ。
「ごきげんよう、エルザルート・ミンガラム男爵」
「ファルアス・アクス殿。お元気そうで何よりですわ」
お互い大袈裟なしぐさで礼をしあい、すぐに破顔して笑いあう。
婚約を解消した者同士ではあるが、二人は気の合う幼馴染であった。
その関係は、今もあまり変わっていない。
一応、ファルアスは公爵家の嫡子とはいえ、未だただの後継者。
現役の男爵家当主であるエルザルートの方が、この国の決まりの上では立場は上なのだが。
どうせ誰も見ていない場であるし、お互いそのことは気にしていなかった。
「食事に誘おうかと思ったんだが」
「残念。もう頂いていますわね」
エルザルートが目配せすると、アールトンは小さくうなずいた
網の上で焼けていた肉の一塊を持ち上げると、ファルアスへと差し出す。
驚いたように目を見開くファルアスだったが、すぐに笑顔を取り戻した。
「ありがとう。頂きます」
肉を受け取ったファルアスは、エルザルートと同じく、豪快に齧りついた。
咀嚼し、飲み下すと、感心したような声を上げる。
「これは。失礼、侮っていたようだ。思っていたよりもずっと美味しい」
「わたくしの領地で捕れた、猪型モンスターの肉ですわ。王都に運んでくるまでの道中で熟成させているから、この味になっているそうですわ。モンスターの肉は腐りにくいから、運ぶのに便利なのだとか」
「扱いを熟知している者が領地にいる、ということかな。君の所では、いつもこんなに良い肉を?」
「食事は狩猟採集で手に入れるしかないうえに、周りはモンスターだらけでしてよ。大人から子供まで、皆がコレですわ」
「なるほど。こんな肉を食べつけていれば、カフェテリアで食事をするのが嫌になるだろうね」
しばらく、二人とも黙って肉を齧り続ける。
最初に切り出したのは、エルザルートだった。
「それで、どんな御用ですの?」
季節やら天気の話などは抜きにして、いきなり本題に入っても、それを失礼だと咎める様な間柄ではなかった。
まして、エルザルートは回りくどいのを嫌う性格である。
ファルアスもそれをよく心得ているようで、余計なことは言わず単刀直入に本題へ入った。
「我が家の領地は飛び地が多くてね。一門衆も、あちこちに飛んでいる。おかげで、君の領地近くにも関係のある土地が少なく無くてね。どんな場所なのか、どんなものがあるのか。色々と興味が出て来てね」
「今までは、一種の壁でしかなかった亜人の領域が、俄かに土地として利用価値が出てきたのですものね。次期当主として興味を持つのは当然ですわね」
「僕は君と違って臆病でね。どちらかというと、どんな危険があるのか。という方を知りたいのだけれど」
「ずいぶん消極的ですわね。貴族たるものの言葉とも思えませんわ。と、領地を持つ前のわたくしなら言っていたでしょうね」
「今は違うのかい?」
「雄たけびを上げて突撃していたら、犬死にさせられていたような文字通りの化け物とやりあったのですわよ? 下準備の必要性は相応に理解させられますわ」
「巨大モンスター、グラトニー。提出された報告書は読んだよ。そんな化け物が存在するモノか、と思ったけれど。あの魔石を見れば否応もないね」
グラトニーとの戦いは、詳細をまとめられ報告書として各所に提出されていた。
無論、ルシアの手配りによるものである。
「君の領地からもたらされたモンスター素材。それを使った工芸品は、ちょっとした噂になっているよ。そして、モンスター素材を使った武器防具も。普段なら色物という扱いで終わりだろうが、数がそろうとなれば完全に話は変わるからね」
画一規格の武器でなければ、集団で使った際に威力を発揮しづらい。
少数精鋭で強力な武器を持ったとしても、多勢に無勢で押しつぶされることなどよくある話なのだ。
いくら性能が良いと言っても、王国内で入手困難であるモンスター素材を使った武器など、軍としては使用しにくいものだったのである。
無論、今までは、の話だ。
ミンガラム男爵領の現在の主要産業は「モンスター素材」と「亜人の領域産の植物素材」であった。
それらの加工も手掛けており、武器の輸出まで行っている。
「実際、僕もこの目で確かめたよ。ミンガラム男爵領で生産される武具は強力だね。それが生産されているということは、つまり君の土地はそれだけ危険な戦いを常日頃から行っているということだ」
「武器防具が発展するのは必要だから。当然ですわね」
「君は、そんな危険地帯である亜人の領域を平定した。前人未踏と言って良い。だが。君にそれが出来たということは、当然、亜人の側にも可能ということになる」
今まで無視されてきた「恐れ」。
亜人による人間の領域への侵攻。
今後はそれも考慮に入れて、行動しなければならない。
まして、ファルアスのような立場ならば、猶更だ。
「わたくしが特別、などというつもりはありませんわ。今までいなかっただけで、今後はわたくしが亜人の領域に“侵攻”したのと同じように、人間の領域に“侵攻”してくる亜人も出てくるかもしれませんわね」
「それだけではなく、交渉が可能な相手である。ということも分かったからね」
ファルアスはアールトンの方へ顔を向けると、にっこりと笑って会釈をした。
アールトンはいつもの無表情のままながら、しっかりと会釈を返す。
「となれば、どうやって付き合っていけばよいのか。まずは先達に教えを乞うのが一番。と、思ってね」
「今の我が国において、もっとも亜人に詳しいのはミンガラム男爵家ですものね。良い判断ですわ」
「正式に申し入れをするのはもう少し先になると思うけどね」
「それなりの謝礼は期待できますわよね?」
「もちろん。ただ、君の口からそういった言葉が出てくるというのは意外だったよ。そう言ったモノに興味がないと思っていたからね」
「筆頭家臣からの影響ですわね」
少々苦い顔をするエルザルートを見て、ファルアスは可笑しそうに笑う。
「ルシア殿か。君の考えまで変えるとなると、彼の才能は相当なモノのようだね」
エルザルートが睨むが、ファルアスは気にした様子もなく肉に齧りつく。
納得いかなそうな顔をしながらも、エルザルートも肉を齧った。
「まあ、良いですわ。そもそも情報を秘匿するつもりはありませんし、こういった事は広く国内に知られた方が有益ですわ。お引き受けいたしますわ」
「ありがとう。助かるよ」
「ただ、そうですわね。本来ならわたくしの領地に来ていただいて話をするのが、一番簡単なのですけれど」
ミンガラム男爵領と王都では、かなりの距離がある。
ワープゲートを使うにした所で、そのワープゲートがある街からミンガラム男爵領までがそれなりに離れていた。
もし領地に来てもらって説明なりをするとするならば、やはりミンガラム男爵エルザルート本人。
あるいは、最低でも筆頭家臣のルシアがいなければならないだろう。
というより、ルシアがいないとその手の説明は不可能だと、エルザルートは判断した。
なにしろ、誰よりも領地、領民について詳しいのがルシアなのだ。
「そうなった場合、君の領地に行くのは僕になるよ。それなりに身軽で、それなりに権限を持ってる。便利な立場だからね」
「そうなると余計に、移動距離が問題ですわね」
ファルアスは学園の生徒であり、ルシアも一応ではあるが同じく学園の生徒であった。
貴族のやんごとなき事情で授業に出られずとも、週に一度ぐらいは学園に顔を出さなければならない。
そうなると、どうしても移動にかかる時間がネックになる。
「何か方法は。ルシアに考えさせようかしら」
「エルザルートさまぁ!」
考える風にしていたエルザルートは、突然の声に鋭く周囲へ視線を走らせた。
見れば、平民らしき子供が、必死の形相でこちらへ走って来る。
ファルアスが、少し驚いたような顔を作った。
「知っている顔かい?」
「ルシアが領地から連れて来た子供の一人ですわ」
ルシアと同じ村にいた、元奴隷である。
機転が利くので、色々と仕込んで便利遣いしてやろうと目論んだルシアが、部下として連れて来たのだ。
その子供は、走りつかれて肩で息をしながら、挨拶もそこそこに一通の手紙をエルザルートに差し出した。
「き、緊急! ルシアさんが、本当に緊急だから、大急ぎで、必死でエルザルート様にこれをお届けしろ、と!」
息も絶え絶えで、ようやくそれだけ絞り出す。
どうやら、のっぴきならない知らせらしい。
エルザルートはファルアスに軽く目礼をする。
ファルアスは「わかっている」というように片手を上げて、頷き返した。
客の前でこういった事をするのは非礼に当たるのだが、緊急の場合はそうもいっていられない。
エルザルートからの「不問にして欲しい」というジェスチャーに対し、ファルアスが「もちろんだ」と返したのである。
「ご苦労でしたわね。エルミリア、休ませて差し上げなさい。それと、水も」
「すぐに」
エルミリアは短く返事をすると、膝から崩れ落ちた少年を介抱し始めた。
それを確認して、エルザルートは早速手紙に目を通す。
内容を流し読みすると、ニヤリと意味深な笑顔を作った。
「流石、我が家の筆頭家臣ですわ」
「闘争! ああ、やはり闘争です! 闘争はすべてを解決する!」
「いや、あっ、はい。そう、ですね。ははは」
完全にドン引きしながら、ルシアは引きつりながらもなんとか笑顔を作る。
エドワールに領地での戦いの事を話したのだが、その効果は劇的であった。
興奮したエドワールは勢いで座っていた椅子を粉砕。
目の前の机を、激しく叩きまくっている。
その行動だけでも恐ろしいのだが、全身から魔力が立ち上っているのがさらに恐ろしい。
威圧感が数倍に跳ね上がっているようだった。
エドワールは敬虔な「戦神教徒」である。
だからこそ、自分が興味を持つ未知なる戦いの話に、異様なほど興奮しているのだ。
「やべぇ。これ、今まで供給がなくって死にそうになってた厄介オタクに突然燃料注いだ感じのヤツだ」
もちろん、口には出さない。
笑顔が引きつっていたのも、瞬きする間だった。
ルシアは文字通り一瞬で表情を取り繕うと、憂い顔で話をつづけた。
「事程左様に、我が領地は常に闘争の中に居ります。ですので、武器防具の消耗も激しく、安全地帯の確保も難しい。誠に、誠に情けなく、恥ずかしいことこの上ないのですが。すぐに教会を建設する余力がないのでございます」
これでもルシアは、「攻略キャラ」の端くれである。
中身はアレだが、見た目は非常に儚げな美少年。
弱ったような表情や仕草は非常に同情心を掻き立てるモノではあったのだ、が。
残念ながらエドワールはそんなルシアのことを、全く見ていなかった。
「こんなこともあろうかと、先に手を打っておいて正解でした!」
「先に手を打っておいた、とは?」
不思議そうな顔をしながらも、ルシアは内心でガッツポーズをとっていた。
どうやら、エドワールはこちらの事情を事前に察知してくれていたようだ。
やっぱり一緒に仕事をするなら、相手は優秀な方が断然いい。
乙女ゲー世界の法則である「イケメンは優秀」は、どうやらエドワールにも当てはまったようだ。
だが。
「はい。事後承諾になりますが、実は既に手のモノをミンガラム男爵領へ派遣してあるのです」
「私共の領地に?」
「ルシア殿。ワープゲートはご存じですね?」
「それは、はい。この度私共の領地に建設させて頂く予定の教会には、その設備を併設させて頂けるということで」
「そのワープゲートがどのような仕組みで動いているか。ご存じですか?」
ルシアの頭の中で、警戒音がガンガンに鳴り響いた。
ワープゲート技術は、教会の秘中の秘。
探ろうとしただけでヤバい代物なのだ。
ルシアもどういうモノなのか興味を持ったのだが、調べる前に第六感が働いた。
それとなく商人達に尋ねてみれば、やはり「無暗に首を突っ込めば、物理的に首が飛ぶ」という答えが返ってくる。
やはり石橋は叩いて渡るものだ、とその時は胸を撫で下ろしたものだったのだが。
なぜ教会の神父がこんなことを、それも今聞いてくるのか。
「御冗談を。私のようなただの平民が、そのようなことを知るわけがございません」
「ワープゲートの製法、作動方法、材料に至るまで。教会が持つ最先端魔法技術であればこそ、それらはすべて機密とされております。しかし。しかし、機密であればこそ。教会はミンガラム男爵家にワープゲートの、その素材について一つだけ。情報を公開せねばなりません」
この時点で、ルシアはほぼ状況を理解した。
秘中の秘である、ワープゲートの材料の一つ。
「ワープゲートの起動には、とある事情から巨大な魔石が必要なのです」
「魔石、魔石が、ですか」
「ご存じでしょうか? 魔石はモンスターの体内から以外にも、手に入れる方法があるのです。地脈の流れが噴き出す場所では、鉱石のように地中から採掘される。同じように、海中の魔力が凝り固まるところから、引き上げられることも」
聞いたことのある情報だった。
興味はあったのだが、今はまだ領地が安定していない。
そういった「趣味の情報収集」に走る時ではないと考え、詳しくは調べていなかった話だ。
「なので、魔石は比較的、我が国でも安定して手に入れることが出来るのです。ですが。巨大なものとなれば、話は全く変わります。地中や海中から手に入る魔石は、さほど大きくないのです。そこで教会は、巨大な魔石を合成する技術を作り上げた。ああ、これも機密でしたね。まあ、どうでもいいことです」
どうでもよろしくない。
これを聞いただけで、ルシアは自分の首と胴体が離れて行く幻影が見えた。
そうだ、と思い立って周りを見回すが、幸いなことに部屋には自分とエドワールしかいない。
いや、考えてみれば、これはエドワールがわざとこうなるように仕向けたのだ。
少し前、何か理由を付けて、全員にそれぞれ用事を言いつけ、部屋から出してしまっていたのである。
コレだから、ルシアは優秀な奴が嫌いなのだ。
顔が良い上にこんな悪辣なことまでしてのけるとは。
二度とイケメンと仕事なんてしねぇ、と心の中で叫ぶルシアだが、後の祭りである。
「合成巨大魔石で作るワープゲートは、いささか性能が落ちるのです。具体的なところは機密ですが、とにかく性能が悪い。やはり一番欲しいのは、天然の巨大魔石。つまり」
「巨大モンスターの体内からとれる魔石。ですか」
「その通りです。今まで我々教会は、死んだ巨大モンスターの体内からしか、それを得ることが出来なかった。相手があまりに強力すぎて、討伐することなど不可能。だと、思っていました。だから、巨大モンスターの位置を把握し、その死を待っていたの、ですが」
この時のルシアは知らない事だが、宰相が「グラトニー」の進路を知っていたのは、まさにこれが理由だった。
巨大モンスター「グラトニー」の「回遊ルート」を、教会は掴んでいたのである。
それが、宰相の所にまで上がってきていたのだ。
「王族、そして宰相閣下は、ワープゲートと巨大魔石の関係についてよくご存じです。だからこそ、国王陛下は献上された巨大魔石を、教会に下げ渡してくださいました。ミンガラム男爵領に設置するワープゲートには、グラトニーの魔石を使います。きっと良いワープゲートになるでしょう」
「その魔石を使うということは、性能の良いワープゲートを、我が領地へ? それは、その、何故?」
聞かなくとも、推測は出来ていた。
幸か不幸か、ルシアはそれを的確に悟ってしまったのだ。
エドワールの口から発せられたのは、ルシアの予想通りのモノだった。
「二度あることは、三度ある。と、申します。貴方方は今後再び、巨大モンスターの討伐に成功するかもしれない。だからです」
遠方へ瞬時に人やモノ、情報などを伝達できる。
戦狂いの国と教会が、そんなものを見逃すはずがない。
それを作るために必要な材料を確保できるかもしれない機会を、見逃すはずがないのだ。
「ですから、ルシア殿。ご安心ください。今すぐには目立ってしまうので出来ないのですが、戦神教は、私共教会は、ミンガラム男爵家にできうる限りの支援をするつもりなのです」
それって巨大モンスターと戦う機会があったら突撃しろってことでしょヤダー!!!
と、叫びたいルシアだったが、ギリギリのところで言葉を飲みこんだ。
十中八九、このことは宰相閣下もご存じなのだろう。
そして、書類には一切そんなことは書いておらず、こんなところで語られたということは。
つまるところ、全て極秘、ということなのだ。
「そう、ですから、ルシア殿。事後承諾になってしまうのですが、既に私共の手のモノをミンガラム男爵領へ送っているのです。そして、準備を進めさせています」
「まさか、その、ま、まさか、ですが」
「取り急ぎ。ワープゲートの施設だけ。仮設のワープゲートをミンガラム男爵領へ設置する準備を、させているのです」
人の領地で何を勝手な、などとは言えない。
もはや確かめる必要もないだろうが、このことは宰相閣下も知っていることなのだろう。
宰相閣下が知っているということはすなわち国王陛下も知っているということで、これは「国王陛下の御意思」ということになる。
ほかの国ではどうか知らないが、少なくともこの国に置いてそれは、絶対的な拘束力を持つのだ。
すなわち、ミンガラム男爵家としてはこれを「ありがとうございます!」と喜んで受け入れるしかないのである。
「なるほど。これは何と名誉な。我が主、ミンガラム男爵に代わりまして、厚く御礼申し上げます」
感極まったような態度で、ルシアは深々と頭を下げた。
心の中のルシアは真っ白な灰になっていたのだが、そんな態度は微塵も外に出していない。
こういう、死にそうなのに全くそれを外に見せないで働き続けちゃうところは、自分の中にある社畜根性の良い所であり、悪い所なんだろうな。
頭の妙に冷静な部分で、そんなことを考えるルシアであった。
いつも感想等頂いて、ありがとうございます
励みになります
ガンガン追い詰められていくルシア君
ちなみにルシア君的追いつめられている状況とは、周囲からの評価が上がっているという意味です!