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二章 一話「ファルアス様は、エルザルート様の元婚約者です」

 ファルニア学園の校舎は、実に見栄えの良い建物であった。

 煌びやかでありながら上品さを兼ね備え、落ち着いた雰囲気を漂わせている。

 まさに学び舎にふさわしい風格であり、国の最高学府にふさわしい佇まいだ。

 そんな校舎を、ルシアは疲れ切った顔で見上げていた。


「はぁ。ほんとにゲームと同じビジュアルなんだなぁ」


 ゲームというのはもちろん、「トキメキ戦略シミュレーション ファルニア学園キラ☆らぶ戦記」の事である。

 大手メーカーが作っただけのことはあり、このゲームは背景イラストなどもかなりしっかりしていた。

 建築物の設定などもきちんと行われていた様で、ファルニア学園の校舎のイラストなども、驚くほどに美麗。

 3Dグラフィックで作り上げられた学び舎を見て、ルシアも感嘆の声を上げたものである。

 そんなファルニア学園の、校舎前。

 噴水などが設置されている広場に、ルシアは立っていた。

 ルシア以外には、タイニーワーウルフのアールトン、オーク族のノンド、他にも何人かのミンガラム領の領民がいる。

 そして、もちろんあの人物。


「ファルニア学園っ! このわたくしが帰ってまいりましてよっ!! おーっほっほっほっほっ!!」


 エルザルート・ミンガラム男爵も居た。

 広場の真ん中で学園をバックに、重力や人体構造を若干無視しているようなポーズを決めている。

 周りにはほかに生徒達も居るのだが、エルザルートの迫力に押されたのだろう。

 遠巻きに眺めているか、そそくさと離れて行っている。

 おかげで人垣のようなものが出来ているのだが、もちろんエルザルートは気にする素振りもない。

 そんなエルザルートを眺めながら、ノンドは何とも言えない表情を作る。


「アレは放っておいていいのか。なんというか、相当悪目立ちしているぞ」


 オーク族であり、人間の社会にあまり明るくないノンドですらそう思うのだ。

 実際、エルザルートは悪い意味で目立ちまくっている。

 しかし、ルシアは特に止めるつもりはなかった。


「僕が何か言って、エルザルート様がアレをやめると思いますか?」


「そうだな。すまん」


 一度ああなったら、エルザルートが満足するまで放っておくしかないのだ。

 ノンドもそのあたりのことはわかっているらしく、苦虫をかみつぶしたような顔をしている。

 とりあえずエルザルートが落ち着くまで、待つしかない。

 ルシアは改めて、ファルニア学園の校舎に目を向けた。


「なんで僕がここに通うことになるかなぁ」


 ファルニア学園の制服に身を包み、ルシアは疲れ切った表情で項垂れた。

 乙女ゲーに登場する制服らしく、日本の学生服に似ていながらも、どこか煌びやかで華々しい。

 ほとんど白といった銀髪に、美少女と見まごう「美貌」と称される種類の顔を併せ持つルシアには、非常によく似合っている。

 が、その表情は苦悶に満ちており、全く穏やかならざるものであった。


「エルザルートの命令だから、だろう」


「それはそうなんですが。こんなことしてる暇ないんですよ、本来なら」


 さらりと言うノンドの言葉に、ルシアはさらに表情を歪めた。

 今のルシアには、悠長に学校に通っている暇など、本来であれば一切ないのだ。

 なにしろ、現在のミンガラム男爵領は、ルシア無しには回らない状況なのである。


「相当に嫌そうだな」


 顔に出ていたのだろうか。

 ルシアは頬を撫でて、ため息交じりに答える。


「嫌と言いますか。気乗りはしませんね。領地に仕事が山ほどあったりするわけですし」


「確かにお前が居ないと、領地の運営が難しいのは間違いないな。今は落ち着いているとはいえ、他種族間の摩擦は拭い難い」


 ミンガラム男爵領には、三つの種族が暮らしている。

 タイニー・ワーウルフ、オーク、それから人間や人族と呼ばれる種族。

 皆、元々はバラバラに暮らしていた種族であり、正直なところ仲はよろしくない。

 そもそもタイニー・ワーウルフとオークは、明確に敵対していた。

 人間はどちらの種族も、敵と認識してきている。

 もちろん、タイニー・ワーウルフやオークも、人間のことはこれまで敵として考えて来ていた。

 エルザルートの指揮の下、巨大モンスターを討伐。

 その一件で随分関係が落ち着いた、とはいえ、長年積もり積もったものというのは簡単にどうにかできるものではない。

 ひとまず敵対関係といった状態は脱したものの、ミンガラム男爵領の領民達はいまだにどこかギクシャクとしていた。

 そんな各種族達の間に立って、仲を取り持つことが出来るのが、他ならぬルシアだったのである。


「奴隷として捕まっていた人間達をエルザルートについていくように説得し。襲撃を受けているタイニー・ワーウルフの村を罠で守り建て直し。オーク族族長である俺を身を挺して庇い。巨大モンスター討伐の筋道をつけた。誰も彼も、お前には一目置いている。問題が起きたとき、多少腑に落ちなくとも、お前が言うならと皆納得する」


「僕はただ必死に駆けずり回ってただけなんですが。なんでそんなことになってるんですかね」


 揉め事があっても、ルシアが顔を出すと比較的すんなりと解決できる。

 これは正直有難い。

 だが、それが「ルシアが顔を出さないと解決しない」になって来てしまっているのだ。

 ルシアは、タイニー・ワーウルフやオークといった亜人達の仲立ちを、元奴隷の人間達に任せようと考えていた。

 人間達には書類仕事や、仲裁役と言った、いわゆる文官のような仕事を負わせることで、その立場を確立させようと考えていたのである。

 女性や子供達も、皆順調に育ってきてはいる、のだが。

 正直なところ、現場に入るにはまだまだ力不足。

 まだまだルシアが居なければ解決しない事は多かった。


「領地内の事だけではなく、外向きのことに関してもお前が居ないと面倒だぞ。近くに領地を持つ貴族家は、皆お前が筆頭家臣だとわかっているからな。大きな話だと、必ずお前が呼ばれるだろう」


「そうなんですよねぇ。なんでこんな子供が筆頭家臣だっていわれて、皆さん受け入れているのか。大人の要人を連れて来いって、そろそろ言われてもいいころだと思うんですが」


「本気で言っているのか?」


 心底困ったというように溜息をつくルシアに、ノンドは胡乱気な視線を向けた。

 周りにいるほかの領民達も、奇怪なものを見るような顔をルシアに向けている。


「近隣の領地と誼を繋げ、方法は任せる、とエルザルートから命令を受けたからと言って。武装したタイニー・ワーウルフとオークを引き連れて、お伺いも立てずに突然近隣の領主邸に乗り込んでいったんだぞ、お前は。そんな奴を子供と見て侮るような無能は早々居らんだろ」


 確かに、ルシアにはそんなことをしたような覚えがある。

 正直かなり仕事が立て込んでいた時期で、記憶があいまいではある、が。

 確かにタイニー・ワーウルフとオークを引きつれ近隣の領主邸に赴き。


「今日からご近所さんですのでよろしくお願いします。よろしくしてくれないと人慣れしてない亜人種の人達が暴れちゃうかもしれないですので、よろしくお願いします」


 と、いうようなことを言ったような覚えはある。


「でもあれはごく普通の挨拶ですし。僕じゃなくてもあの状況ならそうしますよ。外交ってお互いの武力を確認するところから始まるっていうじゃないですか」


「そういう面もあるかもしれんが、あくまで相手は同じ国に所属している貴族だぞ。威圧するにしても限度があるだろ」


「威圧って。そんな大したことしてませんよ? 相手の邸宅の前で、森で捕まえたモンスターを絞めて丸焼きにして食べて見せただけですから」


「何度も聞いたが、悪辣すぎやしないか」


 ノンドが顔をしかめるのも当然だろう。

 人間からしてみれば、モンスターというのは軍や冒険者が出張らなければ倒せないような、明確な脅威なのだ。

 それを生きたまま引きずってきて捌いて食い始めた連中が、今後共ヨロシク、と言ってくるのである。

 オークであるノンドでさえ、人間から見ればそれが相当な蛮行であり、威圧行為であるということは、想像に難くなかった。


「すっかり慣れましたが、初めてモンスターを焼いて食べるの見たときは僕も驚きましたからね。それをやれば、きっと驚いて話ぐらい聞いてくれると思ったんですよ」


 話を聞いてくれるどころか、周辺領地の貴族家は、ルシアを下にも置かないほどに丁重にもてなしてくれた。

 未だに相手方と会うと怯えた視線を向けられるのだが、まあ、その辺はご愛嬌というヤツだろうと、ルシアは思っている。


「貴族家もそうだが、それより如実なのは商人達だな。連中、エルザルートではなくお前のご機嫌伺に来るほどだぞ」


「それに関しては全く覚えがないんですが」


 ミンガラム男爵領には、多くの商人が訪れていた。

 モンスター素材や、森で取れる素材を求めて。

 あるいは、衣服や食料などを売るために。

 何しろ新しい領地であり、これまで入手困難だった品々が豊富にある。

 当然住民達もいるわけだから、商品もそれなりに売れるとなれば、商人があつまらないわけがなかった。

 そんな彼らとのやりとりも、ミンガラム男爵家筆頭家臣であるルシアの仕事である。

 とはいえ、相手は百戦錬磨の商人達。

 ルシア程度、手玉に取られて終わりだろう。

 と、ルシア本人も思っていた、のだが。


「かなりの数の商人が、お前の助言を受けて新規事業を始めてかなり儲かっている。と言って、相当量の謝礼を置いて行っているんだぞ。本当に何か助言などしなかったのか?」


「正直、朦朧としている状態で交渉に臨んでることがほとんどだったので。何を話していたかすら判然としません」


「それはそれで問題だと思うが」


 どういうわけか、ミンガラム領を訪れる商人達は、ルシアのことを酷く丁重に扱うのだ。

 中には名の知れた大商人なども居るのだが、そういった者達も、まだまだ少年といった年齢のルシア相手に、対等以上に接してくれるのである。

 日本でいえば、大企業の社長や重役といったところであり、正直ルシアの方が恐縮するような相手ばかりなのだが。


「商談の時、結構限界で意識トンでたからなぁ。もしかして、うっかり地球の商法の話とかしたのかな?」


 本当に優秀な人物というのは、ちょっとしたきっかけで驚くべきことを発想したり、発見したりすることがある。

 あるいは自分のような凡人には価値がわからなかった情報から、そういったものを掘り起こしたのではないか。

 そう、ルシアは考えた。


「なんだ?」


「ああ、すみません。独り言です。とにかく、領地にはやらなくちゃいけない事が山積みなんですよ。学園に通ってる暇なんてない、はずなんです」


「エルザルートが決めたことだからな。お前の学園行きは」


 ノンドの言葉に、ルシアは思わずといったように呻いた。

 エルザルートが決めたこと。

 ミンガラム男爵家筆頭家臣であるところのルシアにとって、それ以上に重要な事柄など存在しないのだ。


「確かにやらねばならんことは山とある。今まではお前に頼るしかなかったのも事実だ。だからこそ、エルザルートはその状況をまずいと見たんだろう」


 ルシアはこれまで、八面六臂、獅子奮迅の活躍で領地を支えてきた。

 だが、ルシアに頼りっきりでは、この先立ち行かなくなる。

 そうなる前に、仕事を任せられる人材を育てなくてはならない。

 と、エルザルートは考えたのだ。


「王族やら貴族が通うこの学園は、特別な扱いになっているからな。ここに通うという名目があれば、誰もお前が居ないことに公然と文句は言えない」


 それでも、住民も商人も近隣貴族家も、動きを止めるわけにはいかない。

 いろいろと問題は起きるだろうが、無理やりにでも仕事を続けるしかないだろう。

 そうしているうちに、だんだんとルシアが居なくてもどうにかなるようになる。

 はず。


「正直いささか力業が過ぎるとは思うが。実にエルザルートらしいやり方だ」


 千尋の谷に突き落とすようなやり方ではある。

 一つ間違えば、何もかも台無しになるような力技だろう。

 だが、だからこそエルザルート・ミンガラム男爵らしいやり方であった。

 これには、ルシアもうなずくしかない。


「たしかに。その通りではあるんですよね」


「それに、領地に戻れなくなるわけでもないしな。全く行き来が出来なくなるわけでもない。のっぴきならん事態になったり、本当にお前でなければどうしようもないことが起きれば、頼ることになる」


「僕も、どうにかなるだろう。とは思ってるんですよ。優秀な方が多いですし、何より、あっちにはノンドさんが戻るわけですし」


 領地には、ノンドがいる。

 それが、ルシアが渋々ながらも学園行きを受け入れた理由の一つだ。

 正直なところ、ノンドは驚くほど優秀だった。

 ルシアがやってきたことをあっという間に吸収し、引き継いでくれたのである。

 もはやルシアの手は必要ない、と言えるほどだ。

 書類仕事などに関しても、問題なくこなしてくれる。

 人間の文字などもするすると覚え、出入金などの計算も楽々とこなす。

 元々そういう教育を受けているのか、人の上に立つのにも慣れていた。

 能力だけでいえば、自分はノンドに遠く及ばない。

 ルシアはそう判断している。

 だが、そういった「能力」面だけでどうにかならないのが、世の中だ。

 実際に行動し、実績を上げたルシアだからこそ、納得をしてくれる。

 そういった部分は、けして侮ることが出来ない。

 とはいえ。


「実際に回り始めれば、僕じゃなくても仕事は片付いていくと思うんです。でもですね。なんと言いますか、僕自身がもたないと言いますか。忙しく働いてないと、不安になって来るんですよ。意識が飛びそうになるほど仕事をしていると、生を実感できるんです」


「それはある種の病気だぞ」


 ノンドの指摘に、ルシアは呻いた。

 確かに、そんな自覚はある。

 前世でルシアが死んだのは道路の陥没が原因だったのだが、もしあの時仕事で疲れ果てていなかったら、死んでいなかったかもしれない。

 すっかり弱り切っている所に止めを刺されただけ、という気がするのだ。

 多分あれがなかったとしても、遠からず過労死していただろう。

 そんな状態になるまで働いていたのは、もちろん会社のせいもあるのだが。

 ルシア自身に「仕事中毒」的な要素があったからかもしれない、と、最近は思うようになって来ていた。

 そう思うようになったきっかけは、今のようなノンドからの指摘である。


「お前、好き好んで忙しくしていないか?」


 そういわれたときには、心臓が止まりそうになったものである。

 あるいは、自覚があったのかもしれない。

 以降、仕事量を減らそうとあれこれしているのだが。

 あまりうまくは行っていなかった。


「お前なら学園。つまり王都に居るなら居るで、また仕事を見つけそうだしな」


 王都はその名の通り、この国最大の都市だ。

 確かに、そんな場所だからこそできる仕事はごまんとあるだろう。

 それはそれで重要だし、領地を支えることにもつながるはずだ。


「だから、というわけではないが。正直なところ、お前がそこまで学園行きを嫌がる理由がわからん。どうしてなんだ? ほかに訳でもあるのか?」


 直球で聞かれ、ルシアはそっと顔をそむけた。

 何のかんのと理由を付けてグチグチ言っていたが、結局の所それらは「絶対にどうにかしなければならない」というレベルの事ではない。

 心配ではあるが、このまま進めてもおおよそ問題のない話なのだ。

 つまるところ、ルシアが学園に通うことを取りやめるには及ばない程度の事なのである。

 それがわかって居ながら、ルシアはとにかく学園行きを渋っていた。

 何とかして撤回してもらおうと画策もしていた、のだが。

 エルザルートがそう簡単に決めたことを曲げるわけもなく、結局は途中入学することとなったのである。

 ちなみに。

 貴族という様々な立場や状況を持つ生徒が多い場所だけに、途中入学というのは珍しいことではない。


「どうしてって、なんと言いますか。領地の仕事がうまく回るか、心配なだけですよ」


 当然のような顔と声音でいうルシアだったが、嘘だった。

 確かに領地のことも心配だが、それ以上に学園行きを嫌がる理由があるのだ。


「僕、ダウンロードされてないっぽいのに。学園に通って問題ないものなのかな」


 様々理由がある中で、ルシアの最大の懸念材料はそれだった。

 おそらくルシアは、この世界では「ダウンロードされていない」のだ。

 にもかかわらず、ゲームの表舞台に立って良いものだろうか。

 もちろん、今ここは現実なのであり、ゲームなんて気にする必要はない。

 という考え方もあるだろう。

 実際にルシアはエルザルートと出会い、ゲームになかった展開が起こっているわけで。

 正直、もうゲームの展開などはそれほど気にしなくてもよいのでは、という思いもある。

 ここまで問題もなかったわけだし、恐らくこの世界は「ゲームに似て非なる世界」であって、全く同じというわけではないのだろう。

 そう思うのではある、が。

 なんとなく湧き上がってくるそこはかとない不安感が、どうしても拭い切れないのだ。

 どうしてか、と自問し自答してみるが、答えが出ない。

 単なる勘、と言われてしまえば、それまでだろう。

 しかし、村八分生活の中で生き抜いてこれたのは、クソ度胸と転生前にため込んだ知識、そして。

 まさにその「勘」のおかげだったのだ。

 たとえ誰がバカにしたとしても、根拠がなかろうとも、ルシアは自分の勘を蔑ろにはしない。

 まあ、結局エルザルートの圧に屈して、学園に通うことになったのだが。

 エルザルートはあまりにも強すぎたのだ。

 そのエルザルートは、未だに校舎の前で高笑いを響かせていた。

 ルシアにしても亜人達にしても、アレはもうああいう儀式なのだと認識するようになっている。


「おーっほっほっほ!! ん!? ちょっとそこの下級生! なにを不思議そうな顔をしていますの! このわたくし、エルザルート・ミンガラム男爵が学園に帰ってきたのよ! 喜びなさい! たとえ知らない先輩でもとりあえずお祝いを言って置くものですわ! それが世渡りというものでしてよ!!」


「おい、エルザルートがほかの生徒に絡みだしたぞ。放っておいていいのか」


「大丈夫ですよ。別に被害は出ないでしょうし、精々下級生が絡まれるだけです」


「下級生が可哀想だが」


「下級生というのは上級生に理不尽なことをされるものなんです」


 現代の日本ではそういうことをすると問題になるが、ここは乙女ゲー的なファンタジー世界である。

 封建社会でもあるわけで、そういった上下のなんやかんやはむしろあって当然だろう。

 困惑しながらも拍手をさせられている下級生らしい生徒達から目を離し、ルシアはノンドの方へと顔を向けた。


「ノンドさん、この後すぐに領地に向けて出立するんでしたっけ」


「ん? ああ、教会からな」


 領地に向けて出立するのに、教会から。

 会話がつながっていないように聞こえるかもしれないが、正しいやり取りであった。


「便利なんだか恐ろしいんだか。すごいですよねぇ、教会」


 この国にある規模の大きな教会には、必ずある設備があった。

 転送陣、旅人の門、光輪。

 様々な呼び名があるソレは、言ってしまえばワープゲート。

 教会から教会へ、一瞬で移動することが可能な施設だったのだ。


「ゲームにはなかった設定だったんだけどなぁ。いや、あったのか?」


 街から街にショートカットで移動できる。

 そういう機能はあったのだ。

 ゲームとしてプレイしていた頃は気にも留めなかったが、現実となればおかしな話である。

 街から街へ一瞬で移動するなど、奇跡のような話ではないか。

 そして、この世界でそれは、実在する「奇跡」として存在していたのだ。

 ルシアが初めてその存在を知ったのは、エルザルートが王都に来ることになったときの事だった。

 そんな便利なものがあれば、すぐにでも領民を引き連れて王都に行けるのでは。

 であれば、旅費などもかなり切り詰められるはず。

 何しろ人が移動するというのには、とにかく金がかかるのだ。

 だが、ルシアのそんな皮算用は、脆くも崩れ去った。


「制約が多いんですよねぇ、ワープゲート」


 一度にワープできるのは、一人から二人だけという、極々少人数。

 しかも、ワープする者は相当量の魔力を保有していなければならない。

 それがない場合は、教会の神父などに有料で付き添ってもらわなければならなかった。

 もちろん、かなりの寄付金を要求される。


「亜人の方達は皆、魔力的には問題なかったんだけど。荷物もあったしなぁ」


 特に、巨大モンスターグラトニーの魔石が問題だった。

 あまりにも大きすぎたため、ワープできなかったのである。

 それよりなにより。


「ワープ代が高い!」


 一人でもそれなりのお値段である。

 大人数となれば、計算しただけでルシアの腰が抜けそうな金額になっていた。

 時は金なり。

 素早い移動手段は、金で時間を買うのだ、などというが。

 それにしたっていささかお高すぎた。

 結局、領民達はえっちらおっちら徒歩で移動することとなったのだった。

 しかし。

 極少人数であり、大急ぎで移動しなければならない場合に限れば、ミンガラム男爵家などでも利用できなくはなかった。

 王都のある大教会から、ミンガラム男爵領最寄りの大きな街にある教会へ。


「歩きだと十数日かかりますが、これだと都合四日以内で移動できるからなぁ」


 急ぎに急げば、もっと短縮することもできた。

 ノンドは、これを使って領地へ帰る予定になっている。

 ワープゲートに必要な魔力は、ルシアも十分保有していた。

 つまり、何時でも意外なほどの短時間で、ルシアはミンガラム男爵領に戻ることが出来るのだ。

 ルシアが学園に通うのを承諾した理由の一つが、それだったのである。


「学園に通うのはエルザルート様の決定。領地が心配だし仕事もあるからちょくちょく帰らなくちゃいけない。王都で暮らすにもなんだかんだとお金がかかる。そのお金を工面できるのは自分の領地での物の売り買いだけ。何をするにも苦労と金、金、金。うっ! 胃がっ!」


「おい、大丈夫か?」


 胃を押さえて蹲るルシアを、ノンドが心配そうに気遣う。

 敵だった時は恐ろしかったノンドだが、いざ味方になれば、これほど頼もしい存在も少ない。

 なにしろ、美形である。

 乙女ゲー世界に置いて、見た目の良さは能力の高さを表しているのだ。

 もちろん、美形じゃなくとも優秀な人材はいる。

 だが、少なくともルシアが知る限り、美形の優秀率はほぼ100%。

 非常に有用な判別基準なのである。

 敵に回せば厄介だが、味方にすれば頼もしい。

 それが美形なのである。

 ただ、一つ我儘を言わせてもらえるならば。


「僕、美形の人に劣等感があるんですよね。こう、自分が惨めになってくるというか」


「お前、鏡を見てこい」


 生まれ変わる前はともかく、少なくとも今のルシアは乙女ゲーの攻略キャラであり、バッチバチの美形なのだ。


「あの、ノンド様、ルシア殿。エルザルート様の方に、誰かが近づいてきますが」


 言われて、ノンドとルシアは顔を上げる。

 確かに、下級生たちに理不尽に拍手をさせて高笑いしているエルザルートの所へ、人が近づいてきていた。

 なかなかシュールな絵面になっているところだが、まるで気にしていないらしい。

 怪訝そうな顔をするノンドに対し、ルシアの方は露骨に顔をしかめた。


「なんでこんなところに。いや、学園だからか。そりゃいるか。ゲームの舞台なわけだし」


 ルシア思わず頭を抱えると、特大のため息を吐き出したのだった。




 誰かが近づいてくる気配に、エルザルートは笑いを止めた。

 並の相手ならば誰が近づいてきたところで気にしないエルザルートだが、どうやら対応が必要な相手と判断したらしい。

 近づいてくるのは、三人。

 全員が、学園の制服を身にまとっている。

 エルザルートには見知った顔であった。


「エルザルート・ミンガラム男爵。学園へのお戻り、おめでとうございます」


 三人を代表するようにお辞儀をしたのは、金髪青眼の青年である。

 エルザルートは「ありがとう」と祝福を素直に受け取りながらも、苦笑を浮かべた。


「学園では、身分を問わない。という建前のはずですわ」


「確かに。では、言い直そう。おかえり、エルザルート」


「学園に戻っておかえり、と言われるのも不思議な気持ちですけれど。では、ただいま、とお返ししましょうかしら」


 エルザルートが親し気に話し始めたのを見て、ノンドは首を傾げた。


「知り合いらしいな」


「今お話しされているのは、ファルアス様。アクス公爵家のご嫡子ですよ」


 ファルアス・アクス。

「トキメキ戦略シミュレーション ファルニア学園キラ☆らぶ戦記」の、攻略キャラの一人であり、穏やかな好青年といった人物である。

 盾と剣を使った堅実な戦い方で、ルシアも好んで使っていたユニットだった。

 実は、廃嫡されたものの優秀だった兄が居て、劣等感に苛まれていたりする、といった設定、なのだが。

 今のルシアの立場としては、そんなことよりも重要なことがあった。


「ファルアス様は、エルザルート様の元婚約者です」


「元? いや、そうか。公爵家の嫡子。なるほど。家同士が決めた婚約だったが、エルザルートが追放されたことで話がご破算になったわけか」


 ノンドの目を見張るような理解力の高さに、ルシアは改めて感心する。

 本当なら驚いたような表情の一つも出るところなのだろうが、苦い顔のまま変化はなかった。

 何しろ、状況が苦すぎるのだ。


「そういうことです。公爵家同士のよしみを繋ぐための婚約だったそうですが、エルザルート様の追放で婚約破棄になったようでして」


「それにしては、ずいぶん穏やかだな。そんなことがあったのだから、険悪になりそうなものだが」


「どうなんでしょう。その辺の事情は僕もよくわかりませんが」


 よくわからないというより、どれだか判断がつかない、といった感じである。

 エルザルートが追放されるパターンは、いくつかあった。

 その中には元婚約者であるファルアスとは喧嘩別れのような状態になったものもあったのだ、が。

 追放パターンではエルザルートは「脇役」として退場していることが多く、あまり詳しい事情が描写されていなかった。

 なので、この世界における二人の関係がどういったものなのか、正直ルシアにも判断がつかないのである。


「そもそもエルザルート様が追放されるのって、メタ的にいえば登場しなくても不自然じゃないように、なんだよなぁ。そういうキャラの周辺の話掘り下げないだろうし」


 周りに聞こえないような小声でそうつぶやくと、ルシアはほかの二人に目を向けた。

 一人は、見覚えのある人物だ。

 もっとも、見知っているのは実物ではなく、2Dイラストだが。


「後ろにいる男性は、ウィロア・セイヴス。セイヴス子爵家のご長男です」


 鋭利な刃物のような印象の、端正な顔立ちの青年である。

 もちろん、攻略キャラの一人だ。

 セイヴス子爵家は初代が剣で身を立てた家柄であり、以降一族の者は剣技を磨くことを旨としている。

 そんな一家の長男でありながら、ウィロアは魔法を扱う才能も持っていた。

 剣と魔法を併用すれば、さらなる力を得られると分かるのだが。

 ひたすらに剣技を磨くことを良しとしてきた家風を気にしてか、ウィロアは魔法を使うことを自ら封印してしまっている。

 という設定だったはずなのだが、今はどうでもよかった。

 ゲームでならなかなか使いやすい良キャラだったのだが、現実となった以上、付き合いがなければどうでもいい情報である。

 問題は、残る一人の方だ。

 見たことがない顔の女性だが、一つ重要なことがある。

 美形なのだ。

 攻略キャラ二人と一緒にいる、見覚えのない美形の女性。

 そういった人物に、一人だけ心当たりがあった。


「ヒロイン、かな」


 乙女ゲーである「トキメキ戦略シミュレーション ファルニア学園キラ☆らぶ戦記」だったが、主人公の顔は自分で設定することが出来た。

 用意してあるパーツを組み合わせることで、自分好みにカスタマイズすることが出来たのだ。

 もちろん、名前も自由に設定することが可能。

 出自などは固定されていたのだが、「見た目」や「呼び名」などに関しては、かなり自由にできたのである。

 一応、名前に関してはデフォルトの設定があるのだが、いくらでも変更可能なので当てにはならない。

 だからこそ、「この人物がゲームのヒロインだ」と、なかなか断定できないのだ。

 出来るだけヒロインとは関わりたくない。

 ルシアはそう思っていた。

 ここがゲームの世界なのか、その影響を受けた世界なのか、似たような世界なのか。

 そのあたりのことはよくわからないし、今となってはどうでもいい。

 だからこそ、いるだけで周りで事件が起きるような存在、つまり「ヒロイン」とはお近づきになりたくなった。

 ルシアには夢があるのだ。

 エルザルート・ミンガラムという巨大な権力の傘の下、穏やかで、優雅で、のんびりとした、心休まる生活を送る。

 そこには大きな喜びも感動もなく、代わりに深い悲しみも辛さもない。

 まるで植物のような、静かな暮らし。

 であるから、ヒロインのような不安分子からは、出来れば遠ざかりたいのである。


「もう一人の、女の方は何者なんだ?」


「さぁ。誰なんでしょうね。僕もわかりません」


 シレっと言ってのけるルシアを、ノンドは振り返った。

 あまりにまじまじと見られるので、ルシアは少々居心地の悪さを感じる。


「どうしました?」


「いや、お前の反応が意外でな。全く知らない相手とエルザルートが関わるとなると、自分に害が及ぶのではないか。と考えて、嫌そうにするかと思ったのだが」


「僕の事なんだと思ってるんですか」


 口ではそういっていたルシアだったが、内心ヒヤリとしていた。

 確かに、ルシアにはそういう所がある。

 相手がどんな人物で、自分にどんな影響を与えられるのか。

 そういったことを事前に調べて置かないと、不安になって来るのだ。

 ましてここは、次世代の権力者候補が多く在籍する「ファルニア学園」である。

 その生徒で、ましてエルザルートと顔見知りのようだとなれば、ルシアにとっては大きな関心事となってしかるべきだろう。

 にもかかわらずシレっとした顔をしているというのは、確かに不自然だったかもしれない。

 どうやらノンドは、ルシアの性質についてよく理解しているようだ。


「ファルアスやウィロアとかいう二人については、調べていたのだろう?」


 言われて、ルシアはハッとした。

 確かに事前に調べでもしていない限り、ルシアがファルアス、ウィロアについて知っているはずがないのだ。

 まして顔を見ただけでその人物と断定できるというのは、よほどのことである。


「領地に来ていた商人達は、当然ほかの貴族家とも付き合いがあるだろうからな。そこから情報を仕入れていたのだろうと思っていたのだが。違ったのか?」


 ノンドの読みに、ルシアは舌を巻いた。

 実は、似たようなことはしていたのである。

 商人達から聞き込みをし、気になった貴族の情報と似顔絵を買い付けていたのだ。


「ご存じだったので?」


「いや、今の会話でなんとなくそう思っただけなんだが」


 コレだから優秀な人材というのは嫌なのだ。

 ルシアが必死になってやっていることを、軽く飛び越えていく。

 味方なので頼もしくはあるが、これが敵だったらと思うとゾッとしない。


「まあ、そんなところです。流石にエルザルート様の元婚約者様ですしね。ウィロア様の方は、たまたま商人から買ったものに紛れていまして」


 シレっとした顔でそういったルシアだったが、丸っきり嘘だった。

 あの二人の情報は、一切集めていない。

 流石に公爵家ということで、ファルアスの方の実家。

 現当主に事については調べてあるのだが、流石に嫡子の方までは手を回していなかった。

 将来的には調べようというつもりはあったのだが、今は忙しくてそこまで手が回らなかったのである。

 それに、ゲームの知識があるから、まぁいいか、という気持ちもあった。


「相変わらず抜け目のないやつだな」


 呆れたような視線をノンドから向けられ、ルシアは笑ってごまかした。


「ルシア! こちらにいらっしゃい!」


「はい! ただいま!」


 エルザルートの呼び声に、ルシアはこれ幸いと小走りに駆け出す。

 ルシアが近くまで来たことを確認すると、エルザルートはファルアス達の方へ向き直った。


「コレが、我が家の筆頭家臣。ルシアですわ」


「ミンガラム男爵家にお仕えさせて頂いております、ルシアと申します」


 紹介されたルシアは、ほぼ反射的に頭を下げた。

 本来、貴族相手に挨拶をするときはもっと長々とした口上があるのだが、学園ではそういったものは省略するようにと指導されている。

 おそらく、人と会うたびに正式な挨拶をしていると、収拾がつかなくなるからなのだろう。

 あるいはゲーム的にめんどくさいからそういうの省略した、という可能性もある。


「ルシア。こちらは、ファルアス・アクス。ウィロア・セイヴス。そして、エイリス・ライオットですわ」


 内心で「やっぱりかよぉ!!」と叫んだルシアだったが、表情には一切出していなかった。

 サラリーマン時代に培ったポーカーフェイスである。

 エイリス・ライオット。

 ゲームのヒロイン、そのデフォルト設定の名前だ。

 偶然、赤の他人が同じ名前だった、ということもあるだろう。

 とはいえ、流石にこの状況でそれは考えにくい。


「ファルアス、と言います。よろしく」


「ウィロア・セイヴスだ」


「はじめまして、エイリスと言います」


 簡単な挨拶を交わしてから、ファルアスはまじまじとルシアを見据えた。


「君がルシア殿か。噂はいろいろ聞いているよ」


「噂、ですか?」


 首をかしげるエイリスに、ファルアスは楽しそうにうなずいた。


「エルザルートに巨大モンスターの討伐の仕方を教え、タイニーワーウルフとオーク族の信頼を勝ち取り、周辺領地の貴族と商人を手玉に取った傑物。エルザルート・ミンガラムが辺境で手に入れた、最も価値あるもの。そんな風に言われているのが、彼。ルシア殿だよ」


「はっ。過分のご評価を頂いているようでして。全くそのような大したものではないんですが。お恥ずかしい限りです」


 少し困ったように苦笑いしながら、表面上は穏やかに反応しているルシアだったが。

 心の中では盛大にのたうち回っていた。

 確かにそんなようなことはやったような気がするが、もっと言い方というものがあるだろう。

 なだらかで起伏の少ない、凪のように穏やかな生活を夢見るルシアとしては、まるで自分が有能であるかのように評価されるのは、是が非でも避けたいところなのだ。

 ルシアは今でもゲームの流れ通り、どこぞの金満貴族の着せ替え人形的な奴隷として生活したいし。

 それが叶わないなら、年金をもらって静かで優雅な生活をしたいと思っている。

 まあ、そう思っているにもかかわらず、気が付いたらあれやこれやと仕事をしてしまっている訳だが。

 仕事したくないのに、仕事を求めてしまう。

 ルシアは己がそんな矛盾した存在になっていることに薄々気が付きながら、必死で目をそらしているのである。


「聞いたことあります! 大活躍した平民の男の子がいたって! 貴方だったんですねっ!」


 どうやら、エイリスもある程度話を聞いていたらしい。

 キラキラした視線を向けられ、ルシアは困ったように笑う。


 こっち視んな!

 僕は平穏無事に生きたいんだよ!

 君と関わると乙女ゲーみたいなドラマチック面倒なことに巻き込まれるかもしれないだろ!


 内心ではそんな風に思っていたが、外には一切出していない。

 外見を取り繕う能力は、日本時代から培った経験と実績の技である。


「実際に私が行ったことなど、些細なことです。すべて、エルザルート様がいらしたればこそ、ですので」


「だ、そうだよ。エルザルート」


 ファルアスに話を振られ、エルザルートは口の端を吊り上げた。


「ルシア。謙遜も過ぎれば嫌味になりましてよ」


 ルシアが何か言う前に、エルザルートは扇子をルシアの頬に突き立てた。

 驚いて言葉が出なくなったルシアをよそに、エルザルートは楽しげに続ける。


「巨大モンスターの討伐方法を教え、領民を支え、貴族やら商人やらに一発ガツンとぶちかました。確かに、どれもルシアの手柄ですわ。もちろん、わたくしだけでもあの領地は平定できたでしょうけれど。ルシアが居なければ、これほど早く終わりはしなかったですわね」


「いえ、その。それもこれもエルザルート様がいらっしゃればこそでして」


「当然ですわ! わたくしの武力と貴方に自由な裁量を許した器の大きさがあったればこその領地平定でしてよ! 信賞必罰は貴族のよって立つところ! 配下である貴方の手柄は、召し抱えているわたくしの手柄でもありましてよ! もっと誇りなさい! おーっほっほっほ!」


 感情が高ぶってきたのか、エルザルートは決めポーズで高笑いを響かせる。

 エイリスやウィロアはその様子に驚いているようだったが。

 ファルアスは何処か微笑ましいものでも見るかのように目を細めた。


「変わらないな、君は」


「そうでもありませんわ。以前のわたくしなら、愚民であるルシアが優秀だ、というのに大いに違和感を感じていたでしょうし、認めたかどうかわかりませんもの。ずいぶん見識が広がったと思いますわよ」


「そう思うきっかけがあったのかな?」


「領地を戴き、上に立つ立場になったこと。立場が人を作る、という言葉があるそうですわね。やはり国王陛下の判断は間違っていなかったのですわ」


 きっかけはともかくとして、最終的にエルザルートに辺境行きを言い渡したのは、国王である。

 だからこそ、エルザルートは大人しくその決定に従ったのだ。


「それと、良い拾い物をしたことですわね。貴族家当主になった先達として、助言差し上げましてよ。良い部下を手に入れたら、必ず手元に置いておくことですわ。得難い人材というのは、そうそう見つけられるものではありませんもの」


「他ならぬ君の言葉だからね。覚えて置くよ」


 やはり、エルザルートとファルアスは険悪な間柄ではないらしい。

 ファルアスの目には、少なからぬ親愛の情のようなものが見て取れた。

 こうなってくると、ルシアとしては婚約破棄の時にどんなやり取りがあったのか、気になって来る。

 二人の関係性によっては、ファルアスをいざというときの避難先に出来るかもしれない。

 色恋ごとにはまるで関心はないルシアだが、逃げ隠れする先の確保には大変に興味を持っているのだ。


「さて。詳しい話を聞いてみたいところだけど、そうもいっていられないようだね」


「え? あっ! もうこんな時間だったんですね!」


 ファルアスの言葉にいち早く反応したのは、エイリスだった。

 校舎に取り付けられた時計を見やり、慌て始める。

 どうやら、用事があるらしい。


「では、私達はこれで。エルザルート、それからルシア殿。また、いずれ」


 別れの挨拶を交わすと、ファルアス達は校舎の方へと歩いて行く。

 三人の背中が見えなくなったところで、ルシアは深く息を吐いた。

 なんだかドッと疲れたからだ。

 エルザルートの元婚約者のことも気になるが、接触してしまった以上ヒロインのことも調べなければならないだろう。

 いつ何時、どんな形で災難が降りかかるかわからないからだ。

 備えはいくらして置いても、し過ぎるということはないだろう。

 なにしろルシア自身の身の安全がかかっているのだ。


「で、ルシア。わたくし達のこの後の予定は?」


「あ、はい。学園の先生から、今後のことについての説明を受ける予定です」


 エルザルートは復学であり、ルシアは編入という形になる。

 あれやこれやと、聞いて置かなければならないことが多いのだ。


「そうそう、そうでしたわね。全く面倒ですわ。ああ、面倒と言えば。わたくしと貴方が呼び出しを受けているとエルミリアが知らせてきましたわ。夕方には先方の所に行かなくてはいけませんわよ」


「エルミリアさんから。初めて聞く話ですが、緊急なんでしょうか。お相手は?」


「宰相閣下ですわ」


「はっ?」


 突然飛び出した大物に、ルシアは思わず聞き返してしまった。

 慌てて「ああ、いえ、すみません」と謝るルシアだが、エルザルートは特に気にした様子もない。

 この国に置ける宰相とは、国王の補佐役であった。

 強い権限を与えられ、国の実務を司る、最高責任者でもある。

 国王に次ぐ、大物中の大物だ。


「なんで宰相閣下が? 何かありましたか?」


「さぁ。よくわかりませんけれど。ああ、あれは関係あるかしら?」


「なにか、心当たりでも」


「わたくしをミンガラム男爵領に飛ばした勢力のトップが、たしか宰相閣下ですわね」


「ふぁああああああああ!?」


 突然ぶち込まれた爆弾に、ルシアは奇怪な悲鳴を上げるのだった。

随分お待たせして、申し訳ありません


最初は前回同様、全て書き上げてから一挙投稿

と、思っていたのですが

色々と考えたり、事情があったりなんかして、書きあがり毎に投稿する形にすることとしました

一話ごとにお待たせする形になりますが、なにとぞ一つご容赦を戴きまして

お気に入りいただけたようでしたら、ぼちぼちお付き合いいただければと思います

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― 新着の感想 ―
[一言] 真ん中あたりのルシアのセリフで、「実際に〜。なんと言いますか、僕自身が持たないと言いますか。〜」とありました。 持たない→保たない、かと思いますが如何でしょうか。
[良い点] 元婚約者との仲は悪くはないようですね、ヒロインとも敵対してないし…平穏な世界だぁ() [一言] 宰相「こんにちわ^^」さよなら平穏…
[良い点] 元社畜の無駄な根性と乙女ゲー攻略対象のハイスペックさが見事なマリアージュwww [一言] こーいうタイプはネジが飛んでからが本領
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