番外編 ミンガラム男爵家筆頭家臣ルシア 商人達への影響力
巨大モンスター「グラトニー」の討伐が終わった、少し後。
王都でパレードをするまでの間の話である。
グラトニーの死体を中心にした新たな村作りは、順調であった。
タイニーワーウルフ、オーク、人間の間の摩擦は思ったよりも少なく、比較的平和に暮らせている。
ほかの領地との関係も良好であり、領地運営は順調といってよかった。
ある一点を除いては。
「現金がないんですよ」
主だった面子がそろった会議の場で、ルシアは重々しい口調でそう切り出した。
集まっているのは、オーク族からは族長であるノンドと、その補佐である女性オークのネルディガ。
元奴隷の人間達からは、全体のまとめ役である女性と、子供達のリーダー格が一人。
それと、メイドのエルミリアである。
ここには居ないエルザルートとタイニーワーウルフ達は、一緒に狩りに行っていた。
別に、居ない時を狙って会議をしているわけではない。
どちらも自主的に、今回の会議を欠席したのである。
エルザルートは、金銭関係はすべてルシアに任せる、とのこと。
なんで村八分を食らっていた元農民の子供にそんなものを任せるのか、と問い詰めたいところだが、実際にはそんなことできないし。
能力的に出来なくもないので、仕方ないだろう。
タイニーワーウルフ達は、そもそも種族的に金銭や数字などに興味がないらしい。
狩猟や道具作り等では無類の活躍を見せてくれるのだが、そのほかの所ではからっきし。
特に、数字の絡む領地経営の話に関しては、そもそも興味すら示してくれなかった。
必然的に、こういったお金の絡む話に関しての話し合いは、エルザルートとタイニーワーウルフ抜きで行われることが多いのだ。
「まあ、収入元が乏しいからな。仕方ないだろう」
ノンドの言葉に、皆が肯定的な反応を示す。
実際、領民である亜人達も、元奴隷達も、お金を持っていない。
何しろ元々は、自給自足で何もかも賄っていたのである。
お金というもの自体が、必要なかったのだ。
「今までは外との取引もありませんでしたし、それでもよかったんですが。今後はそうもいかないんですよ。何より、国に納める税が払えません」
この国では、領主が国王へ税を納める必要があった。
物は食料や素材などの現物でも良いのだが、出来る限り現金が良いとされている。
「一応、今はまだ領地も安定していないということで税は免除されていますが、今のうちに準備しておかないと不安ですからね。貯えという意味でも、持っていた方が良い訳ですし」
「まあ、余裕があるに越したことはないだろうが。無いものは仕方ないだろう」
「全く収入がない訳でもありませんからね。出費が多いだけで」
エルミリアのいう通りであった。
収入は、ある程度だけなら既にあるのだ。
領地でとれる魔物素材などを、商人に卸しているのである。
これだけでもかなりの金額にはなるのだが、残念ながら貯えは出来ていない。
何しろ、出費が多いのだ。
「現状、領地には何にもない状態ですからね。布一枚、釘一本だって外から買い付けなければいけませんから。とにかく費えがかかるのは仕方ありません」
「金、かね、カネ。何をするにもお金ですか。全く、コレだから貨幣経済ってのは嫌なんですよ。拝金主義は豊かで穏やかな生活の敵ですよ、本当に」
その割にルシアって、金が絡むと目がギラギラするんだよな。
忌々しそうな顔で呟くルシアを見て、その場の全員がそう思ったのだが。
誰も口にはしなかった。
「何しろ、輸送費用が掛かるんですよねぇ。安く買い付けようが何しようが、ここまで持ってくるのが大変なんですよ、本当に」
人件費が一番金がかかる、とはよくいったモノで。
商人に運搬を依頼すれば余計に金がかかるのは当然だが、領民を使って荷物を運ぶのにも、なんだかんだと金がかかるのだ。
品物を買い付ける街まではそれなりの距離があるので、日帰りというわけにはいかない。
向こうに行けば食費や宿泊費がかかり、往復は野宿になるのだが、その間にも食料が必要なためお金がかかる。
領地で作った保存食で食いつなぐにも限界があるし、結局はお金を出してあれこれ購入しなければならない。
輸送コストというのは、本当にバカにならないのだ。
「とにかく、今すぐにとは言いませんが、少しでも早く現金収入を増やしたいのは事実です。それが領地の明るい明日につながるわけですから。皆さんも何かこう、お金を稼ぐ方法を考えて置いてください」
そういうと、ルシアは改めて領地内の状況についての報告を始めた。
集まった他の者達からも報告が上がり、細かな調整をしていく。
会議は特に問題もなく進み、全員が「現金収入を増やす方法を考える」という宿題を持ち帰る形で終わったのであった。
元々タイニーワーウルフの村だった場所は、外部との交易、交流の場として開放されていた。
即興で作られた宿泊施設、荷物を預かるための蔵などもあり、意外に賑わっている。
ひっきりなしに出入りしているのは、商人達だ。
特に多いのは武器商人で、今までめったに手に入らなかった魔獣由来の素材を目当てに集まっている。
その中の一人が、オーロー商会の一番番頭、グェルドであった。
オーロー商会は王国内に多くの支店を持つ大商会である。
その一番番頭となれば、そこらの商会の会頭などとは比べ物にならないような大物だ。
何故そんな人物がここにいるのかと言えば、それだけ「ミンガラム男爵領」を重く見ていたからである。
グェルドはニコニコとした、いかにも商人然とした笑顔を目の前の人物に向けた。
「いや、お久しぶりです。まさか会長自らお出でになっていらっしゃるとは」
「貧乏暇なし、というヤツです。何しろオーロー商会さんほど、うちは大きくありませんから」
そういって苦笑いを作ったのは、ベイリー・ブラザーズ・カンパニーの会長、ベイリーである。
既に三百年は続いている老舗の「道具屋」であり、規模こそ大きくはないものの、扱う品は高品質で高価なものばかり。
多くの腕のいい職人も抱えていて、独自の強力な販路も持っている。
ただ、数年前に代替わりをしたばかりで、今は地盤を固めている所であった。
だからこそ、わざわざ若き会長であるベイリー本人が、こんな辺境まで出張ってきているのだろう。
あれこれと当たり障りのない会話をすること、しばし。
お互いに探り合いというより、この辺りも含めて、商人同士のあいさつのようなものだ。
この場所は、ベイリー・ブラザーズ・カンパニーに貸し出された建物である。
グェルドが話をしたいと、訪ねてきたのだ。
それもあってか、先に本題を切り出したのは、グェルドであった。
「ルシア様のことを、どう見られますか」
オーロー商会の一番番頭がわざわざやってきての、質問である。
通り一遍の事を聞きに来たわけではないだろう。
本心本音を答える必要などない。
だが、「ルシア様」に関しては、ベイリーも興味があった。
自分が母親の腹の中にいた頃から「やり手商人」として名を売っていたグェルドの意見も、是非聞いておきたい。
「初めてお会いしたときは、亜人種の方なのかと思いました。見た目通りの年齢には思えませんでしたから」
「我々のようなものを相手に交渉することに、慣れているように見受けられましたからな。しかし、実際はそうではなかった。農村の、それも村八分を受けていたごく普通の出自の少年だとか」
「あの地方では、何故か白銀髪を忌避する文化があるそうですね。すでにご存じと思いますが」
「はっはっは! ルシア様とお会いした後、必死で調べましたとも。奴隷商が食い荒らした後で、手間取りましたがな」
「それが、今話題のミンガラム男爵家家臣筆頭に登り詰めた。最初はどんな絡繰りが、と思いましたが。お話をさせて頂くうち、納得しましたよ。あの方は、その、なんと言いますか」
「異常、ですかな?」
言葉を探していたベイリーに、グェルドは笑顔のままそういった。
商談相手の「悪口」を他の商会の商人に言うなど、言語道断の失態である。
本来であれば、ありえないことと言えた。
老練な番頭が、思わず口が滑った、などということはありえない。
これはグェルドからの「そういう話をしよう」という合図であり。
ベイリーとしては、全く有難い提案であった。
「その通り。私も全く同じ感想を抱きました。異常、異質。それに尽きます。貴族家に生まれ、そういった教育を施され、隣に優秀な家令が付いているというなら、まだわかる」
「彼の方は護衛であるタイニーワーウルフ方だけを連れて、ニコニコしながらたった一人で交渉をされています。商人を相手に、たった一人で。そして、利益をむしり取って行かれる」
いくら他の貴族家から紹介されたとはいえ、商人は商売をして利益を得る生き物である。
相手と自分の立場や必要なものを考えたうえで、少しでも多くの利益を手にすることを目標に生きているのだ。
にもかかわらず。
ルシアはそんな商売に命を懸けている商人達と互角に、いや、時に互角以上に渡り合い、「利益」を毟り取っていくのだ。
歴戦の商人であるグェルドも。
血筋による才能を、英才教育によって開花させたベイリーも、これには舌を巻いた。
きちんと訓練を受けてきた兵隊が、そこらの村人に良いようにやられたようなものである。
物語や吟遊詩人の語りの中、あるいはどこか遠い国で起こった「事件」などと言われれば、まだ「そういうこともあるだろう」などと笑っていられるが。
いざ自分の身に降りかかったとなれば、それでは済まない。
「あの年齢で、あの経歴で。余りにも交渉ごとに慣れ過ぎているように感じられます。ですが、慣れることが出来る機会などなかったはずです」
「あれは、才能、の括りに入るのでしょうか。だとしたら、私は生まれて初めて本当に才がある人間に出会った思いです」
「全くです。私も長く商人をしてきましたが、今までの経験の狭さを、恥じ入るばかりですとも」
グェルドにしても、初めて見る種類の人間だ、と言うことだろう。
実際、「ルシア様」はそれほど異質に見えたのだ。
まあ、ルシアに言わせれば、「経験、ですかねぇ」という所に尽きる。
何しろ生まれ変わる前は、社畜として様々な仕事をさせられてきたルシアだ。
飛び込み営業から書類整理、突然大企業にプレゼンに行って来いという無茶ぶりをされたこともあった。
言葉の通じない海外企業の担当者と会って仕事をもぎ取ってこい、などと言われたことも、一度や二度ではない。
死んでも契約を取ってこい、などと言われ、本当に必死にやってきた。
と、ルシアは自負しているのだが。
生まれ変わった今となっては、本当に「必死」になっちゃったなぁ、と思い、一人で笑っていたりした。
それを目撃したタイニーワーウルフやオーク達に、至極可哀想なものを見る目を向けられたりするのだが。
ルシアはもう気にしないことにしていた。
そんなこととは知らない商人二人から見て。
ルシアはとにかく、異質な存在であった。
普通の商人ならめったにしたことがないような、「命がけの商売」を潜り抜けてきたような迫力がある。
そんな子供など、埒外の存在であった。
「つい先ほどの話です。先日お渡しした書類を眺めながら、ルシア様はこうおっしゃったんですよ」
そう切り出したグェルドは、僅かに緊張した表情をしていた。
おそらくは「そう見せるため」の表情ではない。
本心から出た、素の表情だろう。
ベイリーはそのことに、僅かならず驚いていた。
「オーロー商会とベイリー・ブラザーズ・カンパニーは、つながりがあるのか、と」
「つながり、ですか」
「ええ。はじめは、私共の歴史をお調べになったのかな。と思ったのです、が。この土地で、ミンガラム男爵家の今の状況で、そこまで調べるとも考えにくい」
実際、オーロー商会とベイリー・ブラザーズ・カンパニーは、関係がある。
と言っても、かなり古い話だ。
オーロー商会の初代は、元々ベイリー・プラザーズ・カンパニーの番頭の一人だった。
許しを得て独立したのだが、古巣を気遣って同じような品には手を出さず、全く別の分野に力を入れ始める。
別のものと言っても、元々商人としてしっかりとした下地があったからだろう。
商売はすぐに軌道に乗り、規模を大きくしていったのだ。
こういった事情は、別に宣伝して回っているわけではないので、あまり有名な話ではない。
とはいえ、別に隠すことでもないので、それなりの手を使って調べれば、わからない事ではなかった。
「知る人ぞ知る話」というヤツだ。
「では、サウズバッハ公爵家から来たという、メイド殿が?」
「私もそう判断しました。ですので、そうお聞きしたのです。エルミリア殿からお聞きになったのですか、と。すると、ルシア殿は驚いた顔をして、こうおっしゃったのです」
ああ、いえ。
別に、誰かから聞いたわけじゃないんですよ。
何ていうか、頂いた書類を見てましたら、書式が似ていたもので。
そうなのかなぁ、と思っただけなんですよ。
へぇ、本当に関係あったんですかぁ。
これには、ベイリーも驚いた。
表情がわずかに崩れるほど、である。
「書式? ですか?」
「私も聞いた時は驚きました。ですが、なるほどと頷きましたよ」
オーロー商会で使っている書類の書き方は、初代から受け継いでいるモノだ。
その初代はベイリー・ブラザーズ・カンパニーの出身であり、書類の書き方はそこで学んだものである。
つまり、オーロー商会の書式は、ベイリー・ブラザーズ・カンパニーが源流となっているのだ。
この国には、「この書類はこう書かなければならない」といった決まりは、存在していない。
商会や貴族家毎に、内部での決め事としてならば、存在している場合もある。
だが、法的に決められていたり、社会通念として「こういう書き方」というものは、全くなかったのである。
そのため、書類を読む能力というのは内務を預かる人間にとって、非常に重要な能力となるのだが。
まあ、それはともかく。
書類に使われている書式というのには、それを発行した場所ごとの「個性」が出る。
ルシアはそれが、オーロー商会とベイリー・ブラザーズ・カンパニーで似通っている、ということに気が付いたのだ。
これを聞いたベイリーは、僅かに呻いた。
「確かに私共は、ルシア様にいくつか書類をお渡ししました、が。ほかの商人からも相当の数が上がっているはずです。その中から、オーロー商会のものと似通っている、と看破したと言う事ですか」
「私も驚いてお聞きしました。すると、ルシア様はこともなげに仰ったのです。貰った書類は全部覚えていますから、と」
「覚えている。内容や数字だけでなく、書式の癖などというものまで、全て丸ごと。ということですか」
「ええ。実際、何も目にすることなく、数日前に私がお渡しした書類の内容を諳んじられたときは、正直肝が冷えました。大体の物は一度見たら忘れない。そういう能力をお持ちなのだそうです」
驚くべき能力を持つ人間が、ごくたまに存在する。
見識の広い者ならば、知っていることだ。
つまり、ルシアはそういった「能力」を持つ一人という事だろう。
もっとも、記憶力だけであれば、さして恐ろしいものではない。
一度見たら忘れない。
そんな能力を持つのが、ルシアであること。
農村で村八分を受けていて、奴隷商人に捕まり。
そこから脱出し、今を時めく新興貴族家の筆頭家臣になった「少年」が、そんな能力を持っている。
「そんな能力があったから、ルシア様は今の地位にいるのだ。などと安直に考えるならば、いくらか気は楽ですね」
「記憶というのは、扱える能力があって初めて役に立つものですからな」
ただ覚えて置くだけなら、情報をまとめた紙などを持っているだけなのと同じなのだ。
それを活用するには、それなりの能力が必要になる。
「オーロー商会の出自を説明すると、さらにこうおっしゃいました」
ああ、だから扱う品を分けてるんですか。
初代っていう人は、ずいぶん律儀だったんですねぇ。
ですが、あー、全く関係ない訳ではないわけですか。
武器に家具、薬と食料に道具類。
あっはっはっは!
いや、まさに酒保商人といった感じですかぁ。
酒保商人。
その単語を聞いて、ベイリーは一瞬考える。
だが、すぐにその意味を思い出し、うなずいた。
酒保商人というのは、軍隊などに随行して、食料や武器などを販売する商人のことだ。
軍が独自に補給を行うようになって久しいこの国では、既に廃れた存在である。
「武器を売って、食料を売って、薬と包帯を売って、死体袋も売って。実に頼もしいですね。そういって、心底楽しそうにお笑いになったのです」
なるほど。
確かにオーロー商会の得意とする商品とベイリー・ブラザーズ・カンパニーが得意とする商品を合わせれば、そういったことが出来る。
戦場で必要なもの一式全て、賄うことが可能だ。
「その時は、それでこの話題は終わりました。商談の話に戻ったわけです。ですが、どうにも気になる。なぜ、ベイリー・ブラザーズ・カンパニーの名を出したのか」
「それで、ここにいらした訳ですか」
「何を妙なことを、と、お思いでしょう。ですが、どうしても。すぐにでも確認せずにはおられなかったのです。あるいは、ベイリーさん。ルシア様は貴方に、何か仰いませんでしたか」
全く真剣な顔で、グェルドはベイリーを見据えた。
ベイリーはやはり真剣な顔でそれを受け、大きく息を吸う。
「通常であれば、苦笑いでも浮かべてやり過ごすところですが。実は私も、ルシア様から言われたことで、気になっていることがあるのです。ええ、どうにも引っかかっていて、どうにかしてそれを解決したかった。ですが、糸口をまだ見つけられていませんでした」
昨日のことだという。
ベイリーが商談に向かうと、ルシアが書類を眺めながら、こんな話を始めたのだという。
ベイリー・ブラザーズ・カンパニーは特殊な販路を持っていらっしゃるそうですねぇ。
回復ポーションなんかは、まぁ、用途が限られますが、需要がなくなるものじゃありませんし。
やっぱり一番多いのは戦場ですか?
一緒に武器なんかも卸せば儲かりそうですけども、やっぱり難しいでしょうね。
だって、ああいうの買って運べばいいってものじゃないでしょう?
扱い方とか管理の仕方とか、かなり難しいっていうじゃないですか。
僕、全然そういうの知らなかったんですが、実際に自分が携わるとなるとこれがなかなか。
やっぱりノウハウを持ってる人が居ないとダメなんですよね。
販路があればいい、ってものじゃないってのが、身に染みて分かりましたよ。
「当たり前の、ごく当たり前のことです。商人なら誰だってわかり切っている話。もちろん、ルシア様ほどの方なら当たり前のこととして認識しているはずです。それを、なんでわざわざしみじみとおっしゃったのか。どうしても気になってならなかったのです」
確かに商人からすれば、当たり前の話なのだ。
例えば回復などに使われるポーションは、振動に弱いものもある。
容器であるガラス瓶が割れやすい、という話ではない。
過度な振動に晒されると、内部が変質して効果がなくなってしまうものがあるのだ。
こういったモノを運ぶには、専用のケースが必要になるのだが。
その扱いや管理にはある程度の知識がなくてはならず、必然的にポーションの輸送には様々なコストやノウハウが必要、ということになる。
「私にされたこのお話、そして、グェルドさんから今しがた聞いたお話。ようやく、ルシア様が何をなさりたかったのか。その一端がわかりました」
「オーロー商会。そして、ベイリー・ブラザーズ・カンパニー。この二つに、手を結べ、と」
グェルドの言葉に、ベイリーは静かにうなずいた。
なるほど、確かにそれが出来れば利点は大きい。
種類の違う得意商品に、それらを扱うノウハウ。
何より。
「オーロー商会とベイリー・ブラザーズ・カンパニーは、本拠地が離れています。ゆえに、商売相手もそれぞれに異なっている」
「お互いに補い合えば、一気に販路を大きくすることが出来るわけですな」
お互いの販路を使って、商売をすることが出来るのだ。
一気に販路が広がる、だけではない。
今まで扱ってこなかった品があれば、取引先の開拓も可能だろう。
グェルドもベイリーも、同じ結論に達したらしい。
「ミンガラム男爵領には、私共が扱う薬の材料があります。そして、オーロー商会が扱う、モンスター由来の武器や防具の生産もされている。協力し始めるには、うってつけの土地ですね」
「確かに。ここを手始めの拠点にして」
そこで、ふとグェルドの動きが止まった。
何事かといぶかしむベイリーの前で、グェルドは何かを考えるように黙り込む。
それも数瞬のことで、すぐに真剣な表情で顔を上げる。
「それだけでは、それだけではない気がします。ベイリーさん。今までルシア様と話しているときに出た言葉を、お互いに出来うる限り思い出してみませんか」
そういわれれば、ベイリーも確かにそんな気になって来ていた。
二つの大きな商会に、自分の土地をきっかけにして販路を伸ばさせる。
それだけでも本来は大きなことのはずなのだが、「それだけ」ではないと思わせるような迫力を、ルシアから感じていたからだ。
そのうち、土地の貸し出しとかでもお金稼ぎたいですよねぇ。
武器とか防具はタイニーワーウルフさんが作れるんですが、薬とかがまだなんですよ。
どっかから薬師さんとか誘致してきたいんですよね。
薬の素材になるものって、すぐにダメになっちゃうのもあるらしいし、新鮮なうちに加工できればなぁ。
森の外の、隣の領地との間ぐらいに村作ってもいいんですよね。
人が住める土地はまだ広げられるんですよ、巨大モンスターの通り道も比較的近い所があいてますし。
人口増やさないとなぁ、とは思うんですよ、人を集めて。
タイニーワーウルフさんもオークさんも戦士として優秀ですから、領地内の警備は楽なんですが。
それだけでは、当たり前の世間話に見える。
だが、ベイリーが、グェルドが言われた話をまとめるうち、二人の商人には一つの「大きな戦略」のようなものが見えてきた。
「ミンガラム男爵領は、現在新拠点を建設中です。モンスター素材や、森でしか手に入らない素材採集の重要拠点になることは、まず間違いない」
「モンスター素材はなかなか手に入らず、オーロー商会が抱える職人でも加工は難しい。しかし、ミンガラム男爵領の領民である亜人の方々ならば、ノウハウを持っています」
「森で採集可能な薬草などを加工する職人は、ミンガラム男爵領には居ません。ですが、そんなもの連れてきさえすればいい。そうすれば、この土地は貴重な薬草を生産し、それを材料にしたポーションなどの一大生産拠点に化けます」
「土地は、今まさに開拓中。領地内での防衛は強力な戦士である亜人方がいる。一番高くつく安全が、比較的安価に手に入るわけですな」
確かにこの土地は、モンスターが多く現れる。
だが、対抗手段があるならば、恐れることはない。
何しろこの世界は物騒なのだ。
モンスターが少ない国中央部でも、「人間」に襲われることも少なく無い。
現にルシアが暮らしていた村などは奴隷商人に襲撃されているわけだが、それとて別に聞かない話ではないのだ。
年に一、二度あるような、ある意味ありふれた出来事なのである。
国内でも旅をしていれば盗賊に襲われるようなことなど、当たり前の出来事と言って良い。
だが。
少なくともこのミンガラム男爵領では、それがない。
襲われることは襲われるが、全てミンガラム男爵から借り受けた「亜人種の戦士」が片付けてくれるからだ。
「そして、森の中にも外にも、広げられる土地がまだある」
「これらを総合すれば、つまり。少々手を加えさえすれば、巨大かつ安全な、一大生産拠点になりうる要素が、ミンガラム男爵領にはある。ということですね」
「まだどこの商会も、本格的に誘致に動き出していないと思われる。というおまけつきです。私達オーロー商会と、ベイリー・ブラザーズ・カンパニーが協力すれば、様々な分野を独占することが可能でしょう」
この国は、軍事国家なのだ。
武器や防具に、薬などの品々は、どこの領地でも引き合いがある。
作れば作るだけ売れる商品なのだ。
そして、オーロー商会とベイリー・ブラザーズ・カンパニーが手を組めば、それらのほとんどすべてを用意することが出来る。
「戦場で必要なものをすべてそろえる酒保商人。なるほど、ルシア様はこれがおっしゃりたかったわけですか」
その言葉の本来の意味通り、物資を抱えて戦場まで届けるのもいいだろう。
この国は周囲と絶えず戦っている。
武器や防具、薬やその他の物は、常に需要があるのだ。
「私達ベイリー・ブラザーズ・カンパニーが薬工房を作り、オーロー商会さんは亜人の職人から武器を買い付ける。森の外に作られる村を拠点に、商売をする」
「お互いの販路を駆使すれば、大商いが出来るでしょうな。まるで夢のような話です。が、今ならば実現可能でしょう」
「確かに。実現可能です。というより、今でなければできないでしょう」
ほかの大きな商会が食い込む前でなければ、こんな大掛かりな手の広げ方は出来ないだろう。
有限である土地の確保も難しいはずだ。
「私とベイリーさん、別々にこの話をしたのは。おそらく試されたのでしょうな」
「商機に気が付く程度の目があるかどうか。ですか。さっそく話をまとめて、概要だけでもルシア様にご提案しましょう。この話は、ミンガラム男爵領に土地をお貸しいただくことが前提です」
ミンガラム男爵領では場所柄、非常に土地が貴重なのだ。
なので、しばらく土地の売買はしない、ということになっている。
建物などを建てるときは、ミンガラム男爵家から土地を借りなければならないのだ。
「土地を借りるにも料金が発生する。商売をすれば、税を払わねばならない。ミンガラム男爵領由来の物の売り買いの量も、飛躍的に増える。商売の手を広げれば広げるほど、ミンガラム男爵家は富を得るわけですか」
もしオーロー商会とベイリー・ブラザーズ・カンパニーが手を組んで商売をすれば、必然的にミンガラム男爵領にも金が転がり込む。
何しろ、どちらもかなりの規模を持つ「大商会」だ。
二つを比べればオーロー商会の方が規模だけは大きいものの、影響力でいえばベイリー・ブラザーズ・カンパニーの手は貴族家にすら及ぶほどである。
「口先一つで二つの商会を唆し、巨大な利益を手に入れる。ですか。恐ろしい。恐ろしいお方ですな、ルシア様というお方は」
「確かに恐ろしい。ですが、味方にすればこれほど頼もしいお方もいらっしゃらないでしょう」
「ご機嫌伺いなどは欠かさないようにしなければなりませんね」
「全くですな。事業内容の概要をまとめて報告しがてら、献上品をお持ちすることにしましょう」
「差し上げて悔いのない献上品を用意するというのは、正直なところ久しぶりです」
「気が合いますな、私もですよ」
こうして、二つの「大商会」を中心とした、ミンガラム男爵領を拠点とした一大商業計画が立ち上がることとなったのである。
オーロー商会、そしてベイリー・ブラザーズ・カンパニーが共同で手掛けることとなったという事業計画書を読みながら、ルシアは只管感心の声を上げていた。
「はぁー。頭のいい人達ってのは、やることが豪快ですよねぇ。こういうの、良く思いつくなぁ」
そもそもこの計画は、ルシアが考え、二つの商会を唆したもの。
グェルドもベイリーも、そう思っていた。
だが、実際の所は全くそんなことはなかったのである。
二人と話していた時、ルシアは仕事の疲れで、結構キマっている状態だったのだ。
思ったことをそのまま口に出してしまっているような状態だったのである。
なんだったら、その時話したことも朦朧としていてあんまり覚えていなかったりするほどだ。
要するに大商人二人は、ルシアの寝言からヒントを得て、今回のことを思いついたわけである。
「なんか、土地を貸してくれっていうのと一緒に色々献上品も貰っちゃいましたけど。こういうのって賄賂になるのかな。どうなんですかね、エルミリアさん」
「献上品は献上品ですので」
要するに賄賂には当たらないということだ。
物資だけではなく、お金も貰っちゃっているが。
領主側の役得というヤツなのだろう。
「なんか色々後が怖いですけど。これで王都への旅費とかパレード費用とかが捻出できる! あ、ついでに、衣装とか宿泊先とかも二つの商会に口利きしてもらいましょうか!」
「ああ、それはいい考えかもしれませんね」
「本当に、オーロー商会とベイリー・ブラザーズ・カンパニー様様ですよねぇ!」
ルシアは機嫌よく笑いながら、依頼書の制作に取り掛かった。
今回のことがきっかけで、商人の間に「ルシア様恐るべし」という認識が広がっていくことになるのだが。
この時のルシアには、知る由もなかったのである。
お久しぶりでございます
新しい話を書く前に、ちょろっとお知らせがてらの番外編でございます
まず、お知らせの一つ目
このエルザルート様大暴れなお話が、書籍化&コミカライズすることになりました
っていうか、もうなってます
小説もマンガも発売中でございますので、よろしければぜひ
それに伴いまして、タイトルが変わることになりました
旧タイトル「悪役令嬢の領地開拓 ~に、巻き込まれた転生者少年の苦悩~」
新タイトル「追放された悪役令嬢が止まらない! 隣で振り回されている追加キャラが僕です」
タイトルは変わりましても、内容は相変わらず変わりません
エルザルートに振り回されて、ルシアが酷い目にあいます
なにとぞ、今後ともご贔屓お引き立てのほど、よろしくお願いいたします