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蒼頡の言霊  作者: 逸見マオ
第8障
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第14話 零落

 金烏の記憶は、そこで途絶えた。

 蒼頡、陸吾、鴣鷲の三人の意識が同時に現実へ舞い戻ると、五色の縄で縛られもがいている巨大な三足烏と、気を失ったまま血塗ちまみれで倒れている白狐の姿が、三人の諸目に飛び込んできた。


 全ての因果を理解した蒼頡は、もがき苦しむ金烏に向かって、声を上げた。



「……金烏様……。なりませぬ。

────半四郎殿を……殺してはなりませぬ!」



 金烏に巻き付く五色の縄が、今にもはち切れんばかりに、みちみちと苦しそうな音を立てる。蒼頡の言葉を聞いた直後、ぴし、という小さな破裂音と共に、縄の一部が小さくほつれた。すると、金烏の周囲に妖しく纏わり付く“怨”の気がじわりじわりと大きさを増してゆき、黒い靄がもうもうと立ち込め始めた。拡大する妖しい気の渦が金烏の全身を覆い尽くし、やがて黒い靄に隠れ、巨大な三足烏の姿が一切見えなくなった。



「────堕ちてはいけない……!! 金烏様‼︎」



 蒼頡がきっぱりとそう切言した直後、ぶるぶると肩を震わせながら、陸吾が蒼頡に向かって、弾けんばかりの怒声を上げた。



「……蒼頡っ!! お前に言われなくたってなあ‼︎ 何もかも承知だぜ、こいつは……! 何もかも承知で! それでも……仇を討たなけりゃあ、報われねえんだ!

 こいつの心も……! 粂吉あいつらの魂も!!」


 大木一本を容易になぎ倒すかというほどの激しい怒号を上げ、陸吾がわなわなと怒りに震えた。


「陸吾様。蒼頡様こそ……、重々承知の上で……仰っているのでござります」


 市女笠の垂衣の隙間越しから陸吾を覗き見た鴣鷲が、重い口を開き、陸吾に向かって諭すように、そう諫言かんげんした。


 瞳をきらりと光らせた蒼頡が、筆を握る。



「────絶対になりませぬ、金烏様。半四郎殿を殺しても、いずれの魂も報われませぬ!

 金烏様と粂吉様たちが救われる方法は、ひとつしかござりません。殺してしまえば、それすら────……もう、取返しがつかなくなってしまいます。

 お救いします。

 “怨”の気を、はがします。

 私が────この陰陽師・土御門蒼頡が────!

 粂吉殿の“怨”の気と、その絡み付く瞋恚しんいの呪縛の渦から……。

────金烏様を……解放いたします!」

 


 蒼頡が、黒く妖しき“怨”の靄の渦中に埋もれる金烏に向かって力強く言い放った、その、刹那であった。



 金烏の吐き出した火の玉によって燃え上がっていた屋根上の炎がみるみるその勢いを増してゆき、がらがらと音を立てながら、端から徐々に崩れ始めた。

 どおん、と轟音を上げ、屋根や二階の壁が、炎と共に屋敷内に次々と崩れ落ちてゆく。

 広間の中には、気絶しているおとくとおかけ、腰を抜かす小助、泡を吹いて倒れている円蔵、そして、両膝をつく半四郎の姿があった。

 奉公人達の上に、火を纏った瓦礫が、今にも降り注ごうとしていた。



「────陸吾!!」


 蒼頡が叫ぶより早く────。



「……ぅらああっ!」


と怒声を上げ、奉公人達が倒れている屋敷内に向かって、陸吾がもの凄まじい勢いで頭から突っ込んでいった。

 同時に鴣鷲も、瓦礫が降り注ぐ屋敷内に躊躇無く飛び込んでゆく。


 屋敷内に飛び込んだ陸吾は、巨大な神獣の姿から人の姿へ瞬時に変化すると、円蔵と小助を両脇に抱え、屋敷の壁に開いている大穴から中庭に向かって猛然と飛び出し、二人の奉公人を助け出した。

 鴣鷲は背中の上に手際よくおとくをおぶり、片腕でおかけを器用に抱え込むと、陸吾と同じく、屋敷内から中庭に向かって驚異の瞬発力で素早く飛び出し、降り注ぐ瓦礫や火の雨から、二人の女中を助け出した。

 広間には、半四郎一人が残った。



“ぶちん”



 縄がはち切れる音が、辺りに響く。




“────ひゅ”




 膝をついたまま微動だにしない半四郎の顔を目掛け、五色の縄から解放された金烏の鋭い嘴が、火の粉が舞い散る屋敷内に向かって一直線に、目にも止まらぬ速さで、矢のように風を切った。

 



────ずぶり……ッ!




 遅かった。蒼頡、陸吾、鴣鷲が息を呑み、半四郎と金烏の方を、同時に見た。

 金烏の鋭い嘴が、瞬く間に半四郎の顔面を一突きに突き刺した────かに思えた。


 金烏が、動きを止めた。





────────巨大な影が、金烏の眼前を塞いでいる。



 生成り色の美しい毛を靡かせた獣の背中に、金烏の嘴が、突き刺さっている。



 美しい白狐の巨大な身体が、金烏の攻撃から、半四郎を守っている。





「────金烏殿……。

 どうか……お鎮まりくださいませ……────」



 白狐が、掠れた声を出した。

 金烏の嘴が突き刺さっている白狐の背中から、大量の血がぼたぼたと滴り落ちる。広間の畳の上は、血溜まりになった。



「────……金烏あなた様を……。奈落の底に……堕とすことなど────……させませぬ」



 小さくそう呟くと、与次郎は巨大な白狐の姿からしゅるしゅると人間の姿に戻り、半四郎の隣に、力尽きるように、どしゃりと倒れた。



「────よじ……」


 陸吾と蒼頡が同時に叫びかけた、その時。


 

 白狐の影に隠れていた半四郎が、腕や歯、足、そして全身をがちがちと大きく震わせながら、自身の喉元に向かって自らの手で打刀を下から突き付けている姿が、三人の目に飛び込んできた。

 半四郎がその手に持つのは、先ほど円蔵と半四郎、小助の間に突如降って湧き、畳に突き刺さっていた、円蔵の本差であった。



「!────おいッやめろ‼」


 陸吾が叫ぶ。

 半四郎は、顎下でどくどくと脈打つ自身の命の糸へ、震える手でゆっくりと刃を這わせると、そのまま思い切り、左前に、刀を引いた。



 蒼頡、陸吾、鴣鷲の三人が、言葉を失った。



 半四郎の首から血しぶきが上がり、気絶する与次郎と目の前にいた金烏に、半四郎の血が降り注いだ。

 両目から涙を流しながら、半四郎は与次郎の真横に、どさりと仰向けに倒れ込んだ。ひゅー、ひゅー、と何度か苦しそうに呼吸を繰り返し、最期に口をぱくぱくと動かすと、半四郎はそのまま、絶命した。




「────!」



 どくん、と、蒼頡の心臓が跳ね上がる。




────次の瞬間であった。



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