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蒼頡の言霊  作者: 逸見マオ
第8障
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第10話 金烏の記憶


 ごう、と突風が巻き起こり、与次郎に攻撃をしかけていたからすの大群が、強風によって一斉に怯んだ。


「与次郎様!」

「与次郎!」


 烏が怯んだ隙に、鴣鷲と蒼頡が血塗ちまみれの白狐に駆け寄りながら、声を上げた。

 耳慣れた声が次々と与次郎の鼓膜を震わせた瞬間、巨大な白狐は身体の力が瞬く間に抜け落ち、その場に力無く、ずしゃりと倒れ込んだ。


 蒼頡は和紙と筆を取り出し、筆でさらさらと『』という字を書いた。蒼頡が口の中でぶつぶつと呪文を唱えると、和紙は淡い光を放った。

 蒼頡が和紙を白狐の身体の上に載せると、和紙の光が、倒れている与次郎の全身を優しく包み込んだ。


「陸吾様。援護します」

 鴣鷲がそう言った矢先、黒い烏の大群が陸吾や鴣鷲、与次郎や蒼頡に向かってまたしても襲い掛かろうと、空中で連なった。

 烏の群の目の前に、白く大きな羽根が竜巻のようにごう、と舞い上がる。そのまま、白い羽根は烏に向かって矢のように次々と飛んでゆき、連なる烏達を順番に射抜いていった。

 射抜かれた烏は続々と地面に落下し、土の上で悶絶した。


 ゆらり……と、金色の巨大な三足烏が起き上がる。


「助かるぜ鴣鷲!」

 陸吾が、金烏を凝視しながら嬉々として声を上げた。

 同時に、金烏の口が大きく開く。その嘴の中に、真っ赤に光る玉が見えた。口の中から、しゅうしゅうと湯気が出ている。

 直後金烏は陸吾に向かって、巨大な火の玉を口の中から鉄砲のように、勢いよく吐き出した。

 その瞬間、陸吾も口を大きく開き、白く光る巨大な玉を“……ぼうんっ!”と吐き出した。それは発光する、巨大な氷の玉であった。


 巨大な赤い火の玉と発光する氷の玉が激しくぶつかり合い、

“────ぱあんッ!”

と凄まじい爆音を立て、弾け散った。弾けたところから、大量の水蒸気が空に向かって飛ぶように“じゅわりっ!”と噴き出した。 


 金烏も陸吾も、互いに一歩も退くこと無く、自身の口から次々に火の玉と氷の玉を鉄砲のように吐き出し合ってゆく。吐き出されたものが互いにぶつかり合い、都度爆音が鳴り、水蒸気が噴き出した。


 やがて陸吾が、氷の玉を口から吹き飛ばしながら、次第に金烏に詰め寄っていく。金烏は口から火の玉を吐き出しながら、ばさりと羽音を立てて宙に浮かび上がり、空に逃げる。

 その時、至近距離で陸吾が氷の玉を吐き出し、金烏も火の玉を吐き出し、破裂音と凄まじい水蒸気によって、金烏の視界が一瞬、悪くなった。

 もうもうと沸き立つ湯気の中から、金烏の目の前に突如、鋭い眼力と二本の大きな牙を持つ虎のような巨大な顔が、ぬうっ……! と姿を現した。

 陸吾は金烏の首元に向かって、自身の大きな顎で思い切り、

“────がぶりッ”

と、咬み付いた。


 咬まれた瞬間、金烏が口から、あらぬ方向に火の玉を吐き出した。火の玉は陸吾から逸れ、屋敷の屋根の一部に“どおうんっ!”という爆音を上げて当たった。屋根は一瞬でその場から消え、無くなった。すると、消え去った後の壊れた屋根の先端部分に、火がついた。徐々に、屋敷の屋根から、ぼっ、と火の手が上がり始めた。

 陸吾は首元に咬み付いたまま、金烏を地面に勢いよく“どおっ!”と押し倒した。太く立派な前足で、金烏の巨大な羽を、両方とも押さえつける。そこで、陸吾は気付いた。金烏の羽と胴体の付け根部分。陸吾の双眸は、そこに、大きな切り傷を見た。


 金烏が一声、

“────があッ!”

と鳴いた。


 蒼頡は、和紙に『ばく』という字を走り書きした。やがて和紙が淡い光を放出すると、緑、赤、黄、白、黒の五色がり集まった縄が、和紙の表面から勢いよく飛び出してきた。樹齢何百年といった、年輪を重ねた太い幹から生まれた、丸太のような縄である。

 五色の縄は金烏の元に瞬く間に飛び掛かり、巨大な三足烏を、ぐるりと羽交い絞めにした。三足烏はその光る縄によってがっちりと抑えつけられ、身動きが取れなくなった。


 蒼頡は懐からもう一枚和紙を取り出すと、和紙に『けん』という字を書いた。そうして何やらぶつぶつと呪文を唱えると、和紙は淡く光り出した。

 蒼頡は、縄に縛られ地面の上で身動きが取れなくなっている巨大な三足烏に素早く近づき、金烏に向かって、


「……すまぬが、あなた様の記憶を、少し見せていただきます」


と言って、『顕』と書かれた光る和紙を、金烏の上に、そっと載せた。



 太陽神の使い、金色に光る巨大な三足烏の過去のとある記憶が、蒼頡、陸吾、鴣鷲、そして気絶している与次郎の頭の中に、水のようにすうーっ……と、流れ込んでいった────。







◆◆◆








 大空を、羽ばたいている。


 空には燃え盛る熱い太陽が燦々と浮かび、眼下には幾重にも連なる壮大な山々と、その先にはどこまでも続く、広大な海が見えていた。


 烏は、扶桑樹と呼ばれる大陸のような巨大な木の枝から出立し、崑崙の丘に向かって、颯爽と飛び進んでいた。崑崙の丘に住む仙女、西王母の元へ、食事を運びに行くためである。


 巨大な羽を悠々と伸ばし、大空を縦横無尽に飛び進んでいると、突如斜め後ろから、しわがれた声がした。



「ちょいとお前さん。ここだけの話をしようじゃないか。

 わしが、良いことを教えてやろう」


 空で声をかけられることなど、今まで一度たりとも経験したことは無い。突然の出来事に驚き、金烏が振り返る。


 そこにいたのは、同じく大空を飛竜のように舞い進んでいる、背に魚のひれのようなものが二つついた、胴体の長い、黄色い大蛇であった。



「────この海を越えた先にある、東にある小さな島に行ってみるといい。

 そこに、織女しょくじょが鳳凰山から天に持ち帰る際に手元から落とし、その種から生まれた、幻の仙草がある」

 


 黄色い大蛇は、金烏に向かって、そう言った。


 金烏は、黙って大蛇の顔を見つめた。



「西王母のところへは、代わりにわしが食事を届けに行ってやろう。なあに、任せておけ。西王母のことは、よう知っておる。

 ここで会ったのも、何かの縁ぞ」


 黄色い大蛇が、にんまりと笑って言った。三足烏の大好物が仙草であるということを、大蛇は知っていた。

 金烏は大蛇の顔をぐ、と見つめると、大きな羽をばさりと翻し、意を決したように、東の海に向かって勢いよく飛び進んでいった。

 大蛇は、東の島に去り行く金烏の圧巻の後ろ姿を、ただただ卑しい笑みを浮かべて、見つめるばかりであった────。




 そうして海を渡った金烏は、大蛇と会ってから半日も経たないうちに、夜闇に差し掛かろうとする江戸郊外の上空に、辿り着いたのである。

 夜になり、三足烏の身体はみるみるうちに黒くなった。


 辺りはあっという間に暗くなり、周りは月明かりの下、ほぼ何も見えない状態である。

 

 仙草を探そうと、金烏が上空から背の高い草木の生い茂る地面に降り立った瞬間、突然、自身の肩のあたりに、鋭く強烈な痛みがずば、と走った。

 

“────があッ!”

 金烏が悲鳴を上げる。


 すると闇の中から、男の声がした。



「……ん? なんだこいつあ……?

 ただの烏かと思ったら────足が三本あるじゃねえか」



 暗闇の中、烏が目の前にいる人間の顔を、ぼんやりと見つめる。

 ぎらり、と、血に染まる刀が、月光を反射する。


 目の前にいたのは、奉公人の姿。


 三足烏は、羽が取れるかと思うほどの深い傷を負った。

 烏にとどめを刺そうと、男は無言のまま、刀を勢いよく振り上げた。


────あわや金烏が刺されるかといった、その刹那である。



 金烏の全身が“ぶわりッ!”と真っ赤に燃え上がり、まるで煙のように、消え去った。


「────な、なっ……!」

 男はぴたりと動きを止め、その場から一瞬にして燃え上がり消え去ってしまった三足烏の姿を、しばらくきょろきょろと探した。

 しかし、やがて探し出すのを諦めた奉公人の男は、刀を持ったまま、静かにその場を去っていった。烏が燃え上がった際に生まれた灰だけが、地面に降り積もって、残っていた。



 一夜が明け、朝日が昇り始めた。

 昨晩、男に斬られた烏が燃え上がった後に地面に残っていた灰の中から、朝日ととともに、美しく輝く、金色の三足烏が現れた。


 灰の中から現れた三足烏は、弱っていた。

 すぐさま、美しい金色の姿から黒い烏の姿に変化する。羽の付け根部分から血を流し、よろよろとよろけながら、道端に向かって歩を進めた。

 人道に出ると、力尽きるようにして、烏は道の真ん中にばたり、と、倒れ込んだ。



 そこに、一人の男が通りかかった。



「……ん? わ! なんだ、烏か!?

 こりゃあ……ひどい怪我をしているじゃねえか!

 手当てしてやらねえと」


 そう言うと、男は布を取り出して、傷付いた烏を優しく包み込んだ。

 三足烏は布に包まれ、温かい腕に、ふわりと抱き上げられた。


 刀傷による激痛をこらえながら、烏が声の主を見上げる。



「ありゃ。こりゃあ〜珍しい!

 この烏……足が三本生えておるぜ!」


 抱き上げた烏を見ながら、男が目を丸くして、声を上げた。



 男の顔を、金烏はその目で、はっきりと見た。


 男は前日に江戸での所要を終え、たまたま慣れ親しんだこの道を通って朝一で自分の村へと帰っていく途中であった、粂吉くめきちという名の、百姓であった。


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