Episode1 空虚
授業終了のチャイムが鳴り、俺は授業中もいじっていたスマホを机の上に出す。
クラスメイトはクリスマス目前で必死に一夜限りのパートナーを探しているが、俺には関係のないことだ。
(はぁ……バカバカしい)
スマホを横に持ち、イヤホンをして万全な態勢で『Kill or Die :Mobile』通称KoDを起動する。
このゲームは現代戦を主題としたFPSのモバイル版で、学校でも手軽にスマホでプレイ出来るので気に入っている。
KoDを俺はそれなりにやりこんでいて一時期やめていた時期があったが、復帰して3か月だというのになかなかに高ランク帯に食い込めている。
画面の中での俺は銃を手にして戦う英雄。
キルログには俺の輝かしい戦績が表示されていく。
研ぎ澄まされる感覚。敵の小さな動きも見逃さない。
(階段登ってったな……芋砂しやがって……)
画面の端に映った情報を頼りにこっそりと階段を登って裏取りする。
(ク~地雷も置かないでスコープ覗きっぱなしで微動だにしないとかnoobか?w)
(ナイフで料理しますかw)
そう思いサブウェポンのナイフに切り替えようとすると、
―――ガタッ
机に振動が伝わり、指が滑ってしまう。
さらに運悪く、射撃ボタンを押してしまう。
ダダダダダダダダダダッ
1弾倉分無駄に撃ち尽くし、その上敵に射撃音で存在が知られてしまう。
案の定、至近距離からSRのヘッドショットでキルを取られた。
(マジかよ……)
そこで意識を現実に戻すと、俺の席のやや前方に派手な格好をしたクラスメイトの女子が取り巻きと共に立っていた。
「あ~もしかして大事なとこだった?」
とてもすまなそうには見えない。
「あっ、いや……大丈夫……ご、ごめん」
「それならいんだけどさ~次から気を付けてくんない?」
「はい…」
(なんで俺謝ってんだ?)
敬語で答える俺の姿を見て彼女は取り巻きと一緒に笑っている。
(いつものことだ……気にしてもしょうがない……)
そう思ったが、とてもKoDを続ける気にはならなかったので、縦に持ち替えて別のアプリを起動した。
* * *
スマホをカイロ代わりに、人はたくさん居るのに何故か外気温と変わらないと感じる教室の中でため息をつく。
何度見ても、何時見ても、その表示は変わらない。
開かれたトークアプリの画面には緑の吹き出しだけが並んでいる。
よほど過去に遡らないと白い吹き出しは見えてこない。
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自分<マジでどこにいるんだ?(11/10)
自分<そろそろ落ち着いたか?返事ぐらいしてくれよ(11/27)
自分<どうして何も教えてくれないんだよ(12/13)
自分<怒ってるのか?たくさんメッセージ送ったのは許してくれ。だけど…
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自分からのメッセージだけが画面に表示される。
しかも、既読すらついていない。その数は100を超えているんじゃないだろうか。
相当長い距離をスクロールしてやっと相手の発言である白い吹き出しが出てくる。
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葉月<今までありがとう(8/31)
葉月<葵にはもう会えない。さようなら(8/31)
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夏休み最終日、ただ転校するとだけトークアプリで言い残して十六夜葉月は俺の前から姿を消した。
深夜に送られてきたそれを初めて見た時は何かの冗談だと思っていた。
その証拠に俺はそのメッセージに対し「あんま面白くなくて草」とだけ返している。
葉月は優しく明るい奴だがあまり冗談などは言わなかったので少し意外に思ったものの、明日学校でいじってやろうぐらいの気持ちで寝てしまった。
しかし翌朝、教室に葉月の姿はなかった。
単純に欠席だと思っていた。いや、そう思いたかったのだろう。
「十六夜は、え~……家庭の事情で自主退学することになった。夏休みの間に連絡がありもう新しい住所だそうだ、先生としても残念だが何かやむを得ない事情があったんだろう。」
担任のその言葉で、俺はようやく本当に退学したらしい、ということを理解した。
あまりにも唐突だった。
夏休み中に何度か会ったが、彼は何も教えてくれなかった。
入学からの一年と数か月の付き合いだったが、葉月とは気が合った。
彼は俺の唯一の友人だった。
コミュ障気味の俺は入学当初、高校での友達作りに見事に失敗していた。
特別いじめられていたとかそういうわけではないが、休み時間誰とも話さないぐらいには孤立していた。
KoDも手持ち無沙汰な休み時間をやり過ごすために始めたようなものだ。
そんな俺に友人が出来たのは2回目の席替えの時だった。
隣の席になった葉月は俺に話しかけてくれた。
「よろしく、僕は十六夜葉月っていうんだ。君は?」
「あっ……か、加賀谷葵っていいます……よ、よろしく」
最初のやり取りはこんなものだったが、次第に話す回数も増えた。
そしていつの間にか仲が良くなっていたのだ。
互いに軍事関係の話が好き(いわゆるミリオタ)だった以上に、彼と話しているととても楽しい気持ちになった。
常に優しく、笑顔の絶えない彼と一緒にいるだけで毎日の学生生活が充実したように感じた。
だが、今となっては彼には会えない。
連絡さえも全くつかない状況なのだ。
1週間ほどすれば落ち着いて連絡をくれるだろうと思ったが音沙汰もなく、3か月が過ぎた。
親友である葉月のことを俺は理解していると思っていた。そして信頼もしていた。
それは彼も同じだろうと思っていた。
しかし、考えてみればそうだったという確証はない。
葉月について知っていることなど多くはないし、互いに信頼しているなんて俺の思い込みに過ぎないかも知れないのだ。
でなければ理由も行先も告げずに姿をくらまし、3か月以上もすべての連絡を無視されたことの説明はつかない。
俺らの関係が目の前のクラスメイト達のような薄っぺらい関係とどう違うのかと問われたら、何も答えられない自分がいた。
次回投稿は7日あたりになります。
よろしくお願いします。