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88話 酒宴の一間

「覚悟はできてんだろうな?若造。つぶすぜ」


「・・・・」




薄暗くだだっ広い空間の中央に置かれた燭台に灯ったロウソクの炎だけが、頼りなく俺の周りを照らす。

炎が揺らめくたび明滅するように、俺を取り囲むユニオンに所属するメンバー達の企み顔を闇の中に映していた。




「『竜殺し』。これほど罪なもんはねぇ・・・・分かってるな?」


「うふふっ。めったにお目にかかれるものじゃないわ・・・・せいぜい楽しませてちょうだい?お兄さん?」


「くっ・・・!やるなら、早くやれ・・・っ!」


「そう急かすなよ・・・・こういうのは順序ってもんがあるんだ。わかるだろう?」




そう言うと、液体の入った二つのグラスが俺の目の前に置かれる。




「さぁ選びな。天国か、地獄か!」


「・・・・っ!」




俺は迷わず右手側に置かれたグラスをつかみ取り口内へと流し込むと。




「―――っう!?」


「「「・・・・『う』?」」」




一同が固唾をのんで俺の反応を待ち。






「うまい!!」


「っかー!ちくしょう!まーた当てられた!」


「おい!お前のチョイスのせいで、幻の銘酒、『竜殺し』まで持っていかれちまうじゃねぇか!こんなまっずい酒との二択じゃ勝負になんねぇよ!」


「知らないわよそんなこと。あたしは、このお兄さんの飲みっぷりが見れれば満足なの。はー・・・強い男が強い酒にあてられた熱い吐息を吐く様・・・・ささっ、どうぞー」


「あ。ども」




がなり立てる男たちをよそに、目の前の妖艶な女性。

美弥子(みやこ)さんは空になったグラスにお酌をしてくれる、もちろん中身は『竜殺し』。




「それに、このお酒の名前。あんたたちにはもったいないでしょ?名前負けっていうか。まさにこのお兄さんが飲むに相応しいじゃない」


「まぁ・・・・そうなんだがな」


「素直に『お礼だ』って言えばいいのに」


「「うるせぇ!」」




俺に利き酒勝負を仕掛けてきた屈強な肉体を持つこの二人は、源蔵(げんぞう)さんと清蔵(せいぞう)さん。

美弥子さん含め、彼らは俺がサラマンダーを倒した現場に聖也とともに駆けつけてきたメンバーの一員だ。




「ふむ。ナナシ君はなかなかいけるクチのようだね」




ギルド『結社・ユニオン』の次席、響さんがそうこぼすと。

室内の照明は灯り、人口の明りが辺りを照らす(酒を注いでいるところを見られないよう消したらしい)。




「ええ、まぁ。お酒は好きな方ですからこれくらいは。以前ソムリエめいたこともしていましたし」

(五感強化で前よりも鼻が利くしな)




酒は好きだ。

別に酔うのが好きなわけじゃない、コーヒーや紅茶が好きな人がいるように、味や香りを楽しんで飲む。

だから内心、幻の銘酒『竜殺し』の出現はかなりテンションが上がっていた。




「なんだそりゃ!最初からそれ知っていればこんな勝負しなかったのに!」

「そうだそうだ!フェアじゃねぇぞ!」


「だからこれはお前たちからのナナシ君への贈り物だろう?お前たちはほんとに素直じゃないな・・・・」




そう言うと、パンッと響さんは手を叩き皆の注目を集める。




「さて!ウチの頑固者筆頭の二人からナナシ君へ和解の品が送られた!この祝宴にもう一度乾杯と行こうじゃないか!!」




その音頭に、場は大いに沸き立つ。

グラスとグラスがぶつかる音がそこら中で上がり、俺が持つグラスへも次々とグラスがぶつかる。




「仮ではあるが、新たにギルドに身を置く事になったナナシ君。そして唯火さん、この両名の歓迎会。引き続き楽しんでくれ!」




―――そう。

意外にもあっさりと俺はユニオンのメンバー達に歓迎されていた。


どうやら響さんとの決闘で俺が勝利を収めたのは、何か汚い手段を使ったものだと思われていたようで。

サラマンダーの出現にいち早く駆け付け、一人で街を守り死傷者の一人も出さなかった事実が彼らの俺へ対するヘイトを緩和させたようで。

あの場で俺が彼らに求めた協力体制に、刃を重ね肯定してくれた。


朱音との一件で彼らのオフィスに突っ込んで滅茶苦茶にしたのはまた別の話だが、それもあまり余って俺の実力を認めてくれたらしい。


その後はもうあれよあれよと、

『ギルドに戻って歓迎の宴だ!』

となり、またモンスターが出てくるかもしれない状況でそんな浮かれてていいのか?と俺が無粋な事を言うと聖也が。


『モンスターの出現は一日に一度しか発生しないんだ。群れであっても単体であってもね』


との事らしい。

思えば廃棄区画でゴブリンを倒してた時もそんな感じだった。

池さん達が籠城してた時は日が暮れると出てくるといっていたが、恐らくモンスターの種族特性なのだろう。

今となっては、池さん達が怯えてたモンスターの種族を知ることもないだろうが、ゴブリンは昼間からも居たしな。


そんなこんなで今。

響さんと決闘した場所に、椅子やらソファー席やらが用意され、祝宴会場と化したこの場で俺と唯火の歓迎会が行われている。


で、そのもう一人の主役の唯火はと言うと―――




「・・・・」




俺の対面のソファー席に座り、目の前の皿に盛りつけられたお菓子を黙々と啄みつつ、何やら不機嫌そうな様子でグラスの中の氷をストローで弄んでいた。

ちなみに未成年なのでちゃんとノンアルだ。


そしてその横ではハルミちゃんが眠りについている。

ギルドマスターであるハルミちゃん(フユミちゃん)が無事帰還したことも含めた祝宴らしく。

それならと一人で寝かせておくのはかわいそうだという事で、今だ眠りに付いたまま宴会の場に居るしだいだ。




「どうした?唯火。具合でも悪いのか?」




顔色は悪くないが、それ以外に原因も思いつかず訪ねてみると。




「いえ、すこぶる調子はいいです。今ならドラゴンだって倒せそうです」


「・・・・?」




いつもより声が低い、やっぱりこれは機嫌が悪いんだろうか。

あれか、一応パーティーという相棒としてやってきた俺たち。

今回のモンスター出現の初陣を、彼女を誘わず俺一人で討伐してしまったから面白くない、とか?


いや、状況が状況だったし、唯火にもそれは説明した。

それで怒る彼女じゃないだろう。




「・・・それにしても、ほんとにもらっていいんですか?こんな希少な物」




全く読めない女心に白旗を上げるように考えるのを中断する。

話を切り替える意味で、何やら不服そうだった『竜殺し』をくれた二人に尋ねてみると。




「「ああ!?一度やったもんをお前さんは突っ返すのか!?」」




どっちなんだよ。




「もらっときなさいよ。てかそれ以上その話題引っ張るとうるさいから、酔っ払い」




そう言いながら俺が体を沈めるベンチソファのひじ掛けへ腰かけたのは響さんの娘、朱音。

すると俺の隣でお酌を続ける美弥子さんがどこか反論するように。




「あら?アーちゃん、お酒を嗜むのも男の甲斐性の一つよ?強くたくましい男が、酔った時に見せる綻び・・・・クラっときちゃわない?」




・・・・距離感が近いなこの美女は。

ソファが柔らかいから、美弥子さんが少しこちらに重心を傾けるだけで枝垂れかかってくるようだ。

正直この色香には妙に緊張してしまう。

なんかいい匂いするしいろいろ柔らか・・・・いやいや、落ち着け邪念を払え。

『精神耐性』仕事しろ。




「わっかんないわねー。少なくとも、吹き付ける殺気にも気づかず、女に鼻の下伸ばしてるような男には何も感じないけど」


「・・・・」




いや、その殺気。

ビッシビシ感じ取ってます。




「あのー美弥子さん?ナナシさん暑がりなので少し離れて差し上げた方が」




その殺気の発生源。

唯火が、俺にもたれかかる美女を諭すように提案する。

別に暑がりでもないんだが・・・・




「大丈夫よ。ここはきちんと電気も来てるから空調も効いてる。それに、火を吐く(ドラゴン)すらも倒すほどの熱い男なんだもの、心配ないわ・・・・それでも火照っちゃうならぁ、それは暑さのせいじゃないんじゃない?」


「ちょ!くすぐったいですって!」




いきなり俺の首筋へと指を這わせてくるので思わず大きい声が出た。

いやほんと近い。




「・・・・っ!」




殺気がさらに膨らむ。


なるほど、ハルミちゃんか。

彼女を妹のようにかわいがっている節がある唯火の事だ。

眠っているとはいえ、俺はそんな子の前で酒を飲みつつ女を侍らせている、教育上よろしくない感じになっているんだろう。

故の不機嫌か。




「美弥子さん、ふざけすぎ」


「あんっ!ちょっ、アーちゃん引っ張らないでよ。あたしは真面目なんだけどなー」


「だからタチが悪いっての」




割り込むように朱音が美弥子さんの腕を引っ張ってどこかへと連れて行ってしまった。

その際、美弥子さんが持っていた『竜殺し』を手放してしまったが、『直感反応』で難なくキャッチし床に飲ませる結末は回避した。




「はぁ・・・・なんなんだ」




美女の酌ははっきり言って美味かったが、落ち着かなかったのも事実。

手酌でも十分『竜殺し』は美味いだろう。




「あっ!ナ、ナナシさん!あ、あの、私が・・・・お注ぎします」


「ん?ああ・・・・」




これは、どうなんだろうか。

飲酒はしないとはいえ、親戚などの血縁でもない未成年の女の子に酒を注がせるのは・・・・

なんか、いけないことをしているような気になる。




「あ、唯火。やっぱ―――」

「お注ぎしますね~」




は、疾い。

一瞬で隣に来ていた、咄嗟の事だから見えてたけどなにも反応できなかった。




「あ、ああ。悪いな。っと」


「・・・・おいしいですか?」




鼻に抜ける香り。

脳をしびれさせるような強さ。

それらを感じながら、聞き馴染んだ唯火の声。

不思議と美弥子さんにお酌してもらった時とは一味違い、どこかホッとする。




「―――うまいな」


「えへへ、そうですか・・・・私も少しだけ――――」


「未成年はダメだ」




基本しっかり者の唯火だ。

本気で言っているわけではないだろうが、ここは大人として毅然とした態度で挑む。




「海外では大丈夫なのに・・・・」


「ここは日本です」




いや、案外本気だったのか?




「もう18なのに。ほとんど大人じゃないですか、もう結婚だってできますし」


「お、おいおい。それとこれとは話が――――」


「もう赤ちゃんらって産める体なんれすよ!?」


「どうした!?」




年頃の娘がなんてこと言ってんだ!?

いや、っていうか・・・・




「唯火、酔ってる、のか!?」


「はぃぃ?一滴たりともノンれないれすよぉ?」




舌回ってないし。




「ほんと、ナナヒはんは、頭固いんれすから~・・・・ぐすっ」


「情緒情緒情緒!」




間違いなく酒入ってるなこれ。

急に涙ぐみ始めて。




「いつも、いつも、ナナシさんには・・・・助けれもらってばかりで、ぐすっ」


「朱音!朱音ーーー!」




女の子の介抱は女の子に任せた方が一番。

唯火と同年代の朱音に助けを求めガラにもなく大声で呼ぶとすぐに駆け付けてきてくれ。

(俺も少し酔っているようだ)




「うっさいわねぇ、バカでかい声で・・・・あんた、なに唯火泣かせてるわけ?」




泣きながら俺の腕にしがみつくように抱き着き、色んな意味で気が気でないこの状況を見ると、彼女は俺をゴミを見るような視線で射貫いてきた。




「俺じゃない!なんか、知らぬ間に酒はいっちゃったみたいで」


「・・・・酒?」




あ。と、何か心当たりでもあるのだろうか。

朱音は唯火が座っていた席に添えられた皿を手に取ると。




「これ、食べてみて」


「なんだ?チョコじゃないか?」




言われるがまま一つ口に放り込んでみると。




「お。ウィスキーボンボンか。本格的だな・・・・え、これで?」




あまり勧められたものではないが、一応お菓子の部類に入るものだから未成年でも口に入れても問題はないはずだが・・・・




「ねぇ、朱音ちゃん。わたひ子供なのかなぁ?」


「ちょ、ちょっと!話の脈絡が無さ過ぎて・・・・あ、さっきの美弥子さんのこと?」




ギロリ、と何故か俺を睨みつける朱音。

だがグイグイ来る唯火にすぐ視線を戻し。




「あれくらいバインバインじゃないとだめなのぉ?」


「おち、落ち着いて!唯火だって十分―――」


「そうでふよ!聞いてくだはいナナシさん!わたひだって、8じゅ――――」

「わわわわ!?ほんとに落ち着いて!そんなこと公にしちゃだめー!」


「「「「・・・・」」」」


「あんたら聞き耳立ててんじゃないわよ!!」




薄情なようだが、俺は『隠密』のままその場に背を向けた。

唯火は心配だが、どうやら俺には手に負えないようだ。

なんやかんや面倒見の良さそうな朱音に任せておけば大丈夫だろう。


ワイワイと騒ぎに騒ぐギルドメンバーの間を縫うように俺はその場を退散した。


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