8話 交渉決裂
静かに怒りを燃やし奴がいるだろう廃工場へ向かった。
『精神耐性LV.2』では静まり切らないほど頭にキテいるらしい。
今足を速めたところで意味はないけど、この怒りをアスファルトにでもぶつけないとどうにも収まらず、ほぼ全力疾走していた。
《熟練度が規定値を超えました》
《平面走行LV.2⇒LV.3》
《立体走行LV.2⇒LV.3》
頭に響く声がスキルのレベルアップを告げる。
(ありがたい、今は少しでも力はあった方がいい……!)
機動力が高ければ高い程生存率は上がる。
昨晩のゴブリン戦で一番学んだことだ。
しかもこの二つの走行スキルは速さや高さだけでなく、どうやらスタミナも上昇するらしい。より長い時間高速移動ができるという事だ。
それと……
(今朝、スキルについて考え込んでいた時獲得した職業もある……)
これさえあればいくらでもやりようはある。
生き残るためにはこの力は必須だろう。
(それにしても、不思議な感覚だ)
このスキルというやつ、変に馴染むというか、体が覚えていたというか。
変な話「なんで今までできなかったんだろう?」という感じだ。
(まぁ、今スキル使って飛んだり跳ねたりしてるっていうより、前にやったパルクールで移動しているようなもんだから懐かしく感じるだけかもしれないけど)
もっとも、速度もキレも高さも常人の物ではない感覚だけど。
(と、考え事は後だ。今はあの男の始末をどうつけるかだ)
思考を振り切り、さらに廃工場への足を速めた。
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「……まだ、帰ってきてねえのか。あのクソゴブリンども」
昨日の夜、ホームレスのジジイから引き渡されたあの間抜けにけしかけてから一晩経つが、一向に廃工場に戻って来やしねぇ。
まさか、スキルの効果が切れやがったのか?
「いや。時間経過で切れるようなもんじゃねえ。有効距離は存在するが……」
せっかく付けた首輪が外れるのも面倒だ、クズどもをエサにするときゃ万が一効果の範囲外にならねえようにこの廃棄区画からは出ねぇようにしてある。
あるとすりゃあ、どこぞでくたばったか……
「ちっ。わかんねぇ……」
あいつらには既に3人分の経験値をくれてやっている、しっかり働いて俺の糧になってくれなきゃ割に合わねぇ。
「あいつは育ちすぎちまって手が付けられねぇしなぁ、これ以上食わせるとこっちがやられちまう」
もしこのままゴブリンどもが帰ってこなきゃぁ……やるしかねえな、もう一度。
「スキルの熟練度も上がるしな。コマも増やせて一石二鳥だ」
今の俺ならさらに効率よくいくだろうよ。
「お前もいることだしなぁ?」
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物陰から廃工場を覗き見る。
昨日は夜で真っ暗だったからよく見えなかったけど、外観は思ったよりきれいだ。
「さて、ここからどうするか。正面から突っ込んで罠があってもつまらない」
昨日のゴブリン以外にもモンスターを囲っているかもしれないんだ、建物に入った瞬間死角からガブリ。
なんてこともありうる。
「奴の姿さえ見えれば……戦略も立てやすいんだが」
いや、それでもある程度距離を詰めなきゃ使えないんだ。
さっき公園で池さんに話しかける前密かに実験していたが、体感で5メートル内に近づかないと発動しない。
「……幸いここらは建物が密集している、周りの建物に身を隠しつつ様子を見るか」
射程範囲内に視認できれば御の字だ。
一番近い建物を見つくろい窓際に陣取って工場側を伺うと。
(……どうやら、運は俺に向いているらしい)
俺が背を預ける壁、仕切りのフェンス、工場のトタンの外壁。
たったその3枚の障害物に隔てられた先の窓越しにあいつの姿が見えた。
こっちは日陰で薄暗いから、向こうからじゃ余程注視しないと見つからないだろう。
(やけに生活感あるな……と、あれは檻?)
なんであんなものが?
いや、そんなことより今は情報だ。
対象の詳細を暴く、新しく獲得した【職業】。
「【鑑定士】スキル『目利きLV.1』……!」
名:?
レベル:5
種族:人間
性別:?
職業:
【魔物使い】
攻撃力:?
防御力:?
素早さ:?
知力:?
精神力:?
器用:?
運:?
状態:ふつう
称号:?
所有スキル:
???
「……LV.1だとこんなものか」
池さんに実験で使った時も思ったけど、まともな情報はレベルと職業だけ。
性別はどう見ても男なのになんで表示されないんだろう?いつか細かいパラメーターや所有スキルも見えるのだろうか?
「けど、十分すぎることが分かった」
こちらの方がレベルは上、これは大きなアドバンテージだろう。
そして奴の職業名から察するに、モンスターを使役して戦うスタイル。
「多分、奴と一対一なら俺に勝算が大きく傾く」
有益な情報を得て、今なら不意を突けると意気込みゴブリンの棍棒を握り込む。
が、窓の向こうのやつは不機嫌そうに何事か喚きながら近くにある檻へと近づくと。
「そこにいんのか?」
「!!」
目が合い、奴の口がそう動いた気がした。
その瞬間。
「ゴアアアアアァアァ!!」
ゴブリンとは比べ物にならない不吉さを孕んだ咆哮が身体を打つ。
嫌な予感がして渾身の力で床を蹴り飛び退くと、轟音を立て壁を破壊しながら、俺がいた場所は人間の胴を掴めそうなほど大きな手に叩き潰された。
「『目利きLV.1』……!」
名:?
レベル:14
種族:オーク
性別:?
攻撃力:?
防御力:?
素早さ:?
知力:?
精神力:?
器用:?
運:?
状態:興奮
称号:?
所有スキル:
???
「レベル14!?」
あいつと一対一なら勝機は濃かったが、迂闊だった。
まさかこんな化け物を飼っていたなんて、圧がゴブリンの比じゃない。
「残念だったなぁ、この豚は鼻が利くんだよ……あ?誰かと思えば、昨日の間抜けじゃねぇか?ゴブリンどものエサにしたはずだぞ?」
圧倒的優位を確信しているのだろう、尊大な態度でオークの横に立つ男。
いやな薄ら笑いを浮かべてこちらを眺めている。
「……その節はどうも」
「けっ、うまく逃げられたのか?まぁいい。オークのエサにしても俺にうま味はねぇ。ゴブリンたちも帰らねぇ、ほかにコマも居ねえ。味気ねぇが俺が直々に経験値にしてやる、よっ!」
懐から折り畳みナイフを取り出し、器用に手の中で回しながらながら襲い掛かってくる、が。
その単調な攻撃を棍棒で弾き、空いた手で顔面に拳をくれてやる。
「ぐっ!?……あぁ?あぁあぁあ”!?てんめっ、俺よりつえぇじゃねえかぁ!」
たたらを踏み鼻血を垂らしながら狂ったように喚き散らす。
「俺の方がレベルが高いらしいからな」
「なんでそんなこと……そうか、てめぇ【鑑定士】か。そうかそうか、お前ゴブリンどもを殺ったんだな?」
打ち所が悪かったのかどこか楽しそうに、そうかそうかと繰り返すと。
「お前、俺と手を組め」
「……なんだと?」
いきなり訳の分からない事を言うとその場に胡坐をかいて座り込み、男はさらに続ける。
「まぁ聞けよ。自覚があるか知らねぇが、お前のそのスキル。相当なレアもんなんだよ。世界がこんなになっちまってから噂は聞いたことあったが見たのは俺も初めてだ。最高じゃねぇか、やりあう前に相手の力量が分かる」
「……」
「お前もそいつで俺を見たんだろ?で、格下と分かったから俺を襲おうとした。な?違うか?」
否定はしないが答えてやる気もない。
「その力がありゃ、俺のレベリング法も格段に効率が上がる。もちろんお前にも分け前はきちんと分配する、こんな世界だ、協力し合おうぜ?」
知性のかけらも無いかと思ってたけど、
中々口が回る。
「……なるほど、一理ある」
男との距離を詰める。
これだけは、面と向かっていってやらないと気が済まない。
「けどそれは俺の理じゃない、お前の理だ。この世界の理だ。だから断る」
「なら死ね」