86話 肩透かし
街中の建物群に反響し低くとどろく爆音。
巻き上げられた破片、火の粉交じりの黒煙が空へと立ち上る。
竜が放った火球が着弾した地面は深くえぐれ、そこにいる生命は一切燃えカスとなり生存を許さない。
そんな光景を――――
「・・・・危なかった」
立ち上る黒煙のすぐそば。
宙高くから見下ろしていた。
(案外うまくいくもんだ)
サラマンダーが俺の着地先へと火球を放った時、ギリギリ地を蹴ることができた。
けどあまりに突然のことで、その跳躍は火球が放ちうる爆炎の範囲から逃れることができないと悟った俺は、咄嗟に外套を翻し帆船の帆のように突っ張らせた。
勿論狙いは――――
(巻きあがる熱風での飛翔。成功だ)
上昇する熱風を受けた外套の帆は俺の体を空へと運び、なんとか炎が身を焼く前に空へと逃れることができた。
少し体が焦げたがダメージはほとんどない。
(けど、この浮遊は長くは続かない)
風に飛ぶ木の葉とそう変わらない状況だ。
外套を掴んでた手を放し、剣の柄に手をかける。
瞬間、身を包むのは重力から解放された浮遊感。
(頭上は取った、サラマンダーはこっちに気付いていない、今の俺ならこの高さでも着地できる!)
竜鱗の硬度がどれほどのものか未知数であろうと。
結局、渾身でダメージが通らないなら勝ち筋もクソも無い。
なら完全に虚を突いたこのシチュエーションに、落下速度と自重を上乗せした全力の一撃を打ち込むだけだ。
(そこだ!)
急速に近づく地面。
俺の視点は『弱点直勘』により、分厚い鱗が覆うサラマンダーの首へとフォーカスされる。
齢を重ねた樹木の様に肉厚な首は、手に握られたショートソードでは切り裂くイメージが結びつかないほど強靭そうなナリをしていた
「ぉおおおあっ!」
「!?」
刃が岩の様な鱗へと衝突する瞬間。
来たる衝撃と、武器破壊という最悪の結末の予感を振り払うように柄を強く握り込み。
「―――――え?」
「グ・・・ガ」
俺の振るった斬撃はまるで刺身でも切るかのような薄い手応えのもと。
あまりに呆気なく。
「・・・・まじで?」
竜種、サラマンダーの首を両断した。
::::::::
「おいおい。まじかよ」
狼煙のように立ち上る黒煙と、爆音に引き寄せられたように男はそこにいた。
その傍らには巨大な猛禽のシルエット。
そして犬歯をむき出しにし、上質な毛皮に包まれた孤狼。
その毛皮を堪能するように孤狼の頭を撫でながらビルの縁に立ち、双眼鏡越しに覗き込んだ眼下の光景に驚きを隠せないでいる。
「街ン中にあんな化け物が湧くのも驚きだが、あれは野郎じゃねぇか。廃棄区画から近いとはいえ、こんな短期間にまた遭遇するかよ。やっぱあいつとは因縁があるな、どうも」
視線の先には、爬虫類を彷彿とさせる物言わぬ巨体と、剣を持つ一人の青年。
「・・・・つうか、ありゃ竜だろ?あれを一人で倒したってのか?」
近くを通っていた男は、先の爆煙になにか吉兆の予感を感じてこの場へと参じた。
その直感は男が求めるものに対して概ね当たっていた、が。
「ちっ。流石に相手が悪いな・・・・欲しいところだが、野郎の目につくのもまだ間がわりぃ・・・・」
男は眼下の青年に本能的な敵対心を持っているが、青年もまた男に対して憎しみを抱いていることを自覚していた。
そんな二人がまみえれば殺し合いに発展するであろうことも。
そして、現時点で自らの敗色が濃厚なことも。
「いや、待てよ?」
だからこそ、自らを弱者と自覚しているからこそできる立ち回りがある。
「ここ数日、あんな化け物が出たなんて噂は聞いてねぇ。だから今野郎が倒したので打ち止めってわけじゃねぇだろう・・・・あの廃棄区画のホームレス連中とどういう関係か知りはしねぇが、他人のために命を張るような野郎だ。しばらくここらで湧いてくるドラゴンを狩り続けるはず」
男は確信する。
この企みが自分を一気に高みへと引き上げることを。
「リスクはでけぇが、シンプルで勝算が高い。悪くねぇ賭けだ・・・・オークの時みてぇにビビる必要もなくなる。モノに出来りゃ、力を使った反動もチャラになるレベルだ」
口の端を歪め、まるで自らも理性を欠いた獣のような凶暴な笑みを浮かべつつ
思考を練り青年を見下ろしていると。
「っ!?と、っぶねぇ」
スキルによる反応なのか、漏れでた殺気に本能的に反応したのか。
とにかく青年は確かに双眼鏡から注がれた視線と目を合わせた。
「ちっ。500メートル近く離れてんのに、気色のわりぃ野郎だ・・・・ん?なんだ?」
物陰越しに肉眼で確認すると、倒れた竜の側に立つ青年の近くに複数台の軽自動車が止まり、中から武装した集団が出てくる。
「あの連中は・・・・」
青年へと視線が行かないよう双眼鏡を覗き込むと。
現れた全員が腕につけた腕章を目にし、その者たちの正体を理解した。
「おいおいおい。ギルドかよ。ますます面白れぇ。ホームレス連中とツルんでたからてっきり・・・・はっ!そっち側なのかい。いいねぇ、あの眼鏡がくたばって取り入る先が無くて困ってたところだ」
利用価値にあふれた新たな事実に企みは加速し、再び確信する。
運は自分へと向いている、と。
「ピュイィィ!」
「ワフッ!」
「ああ、そうだ。一気に力をつけるぞ」
その場に背を向け歩き出すと、猛禽と孤狼、二匹の獣も追従する。
そして先の様な、人としての理性を欠いた獣の様な凶暴な笑みを浮かべ。
「うまく行きゃ野郎も消せるかもなぁ」
そうつぶやくと。
来たるべく時のために、
三匹の獣は姿を消した。
いつも思わせぶりなこと言って消えていきがちなキャラ、
キライじゃない。




