82話 三つの
「三つの、勢力・・・・?」
俺がコーヒーのカップを取り損ねた代わりにといったタイミングで響さんは茶をすする。
「そうだ。三つ巴、三竦みといったところか」
「勢力って言うと、国同士の対立、ってことですか?」
この世界の変化に伴う影響で戦争でも勃発しているのか?
「それも一つだが、事はもっと大雑把に分かれている」
「と、いいますと?」
「まずに一つ。国側の勢力。彼らはモンスター、ダンジョン、異種族。世界の改変と共に出現したそれらの存在を人類を進化へと導く新しい資源として考えている。そして、それらを手にし目的を達成するためには手段を厭わない」
国が、今そんな体制なのか?
新しい資源はそりゃ喉から手が出るほど欲しいのはわかるけど・・・・
この混乱の時代、もっと他にやることがあるんじゃないのか?
「聞けば、出現したダンジョン周辺の住民を避難誘導と称し力ずくで立ち退かせたり。意図的にスキルでの殺傷事件を誘発させモンスターをおびき寄せたり。果ては、我らのマスターの様なハーフエルフなどの希少と属される異種族を攫い、非人道的な実験を行っているだとか」
「「!」」
聞き覚え、身に覚えのある話だ。
「ナナシさん・・・・」
「ああ、あいつらもそうだろうな・・・・大丈夫か?」
解放されたとはいえ彼女にとってはつらい思い出のある組織だ。
が、僅かに顔色は悪いが、その瞳は恐怖に染まってはいなかった。
「なんだ?知っていたのか?」
「いえ。ただ、この街に来る前にそいつららしき組織と一悶着ありまして・・・・ハルミちゃんとも、やつらの悪だくみの中で出会いました」
「なんだって!?」
聖也が驚きを露わに声を上げる。
が、それを響さんはやんわりと制止し。
今は彼らへの説明が先だ、と。
「その勢力の名は、『探求勢』という」
「『探求勢』・・・・」
そうつぶやき膝の上で握りこんだ拳を軋ませるのは唯火。
「・・・・続けても大丈夫かね?」
「ああ―――」
先程の彼女の瞳に映った光を信じ促す。
「次に、民間の勢力。つまり我々のような存在だな。主な対抗勢力は探求勢、奴らは世界改変後、国益となる資源を確保するために必要な人材を徴兵制度で半ば強引に一般人から引き抜きモンスターとの戦闘へとあてがった。だが例えスキルを身に着けようと、死と隣り合わせの戦いに身を投じたことのない者たちばかり。当然犠牲も数えきれないほど出た。そんな暴政に反旗を翻したのが我々民間の勢力」
もう一度コーヒーにて喉を潤すと彼は続ける。
「ギルドという形で義勇軍のようなものを結成し、探求勢が欲するダンジョンなどの資源を率先して確保。交渉材料とし、彼らとの立場を対等にする。その中には有志で、ステータスに目覚めつつも他の勢力に身を置けない弱い者たちを守るために組織されたものもある。だが、なにぶん三勢力の中でも思想と組織が細分化されていてね。自然、ギルドの数も多く同じ勢力の者同士でもいざこざが絶えない・・・・名を『攻略勢』という」
「まさにあたしたちのギルドがどこの勢力にも身を置けない人たちに居場所を提供しているんだけどね。その志に賛同する人間ってのは驚くほど少ない・・・・だから、さっき言ってたように人手不足ってわけ」
なるほど。
そう聞くと、さっき響さんが言っていたギルドの事情もそれとなく読み取れる。
「中でも、僕たちのギルドには高齢の方も多く存在する。自分たちで始めたことなんだが、ある意味そこに縛られてるといってもいいかな」
「聖也。口を慎め」
今の彼の発言は失言の類だったのだろう。
響さんが諫め、聖也は小さく謝罪する。
彼も思わずといった風だった。
「その話はまた後で・・・・最後の勢力が、『回帰勢』」
「回帰勢・・・・」
「彼らは、攻略勢や探求勢のように、明確な対立意識がない。いわばありのままと言うのだろうか・・・・その行動理念は、世界が変わる前の日常を続けること。あるいはその日常を取り戻すこと」
僅かに響さんの挙動に『恐れ』の色が現れる。
手に持ったカップに張る、漆黒の湖面が微かに波立つのがそれを顕著に伝えていた。
「この世界で。スキル、モンスター。様々な異能、異形があふれるこの世界で、変わる前の日常を送ろうと・・・・いや、送り続ける者達。こればかりは、接したことのある者にしかわからないだろうが、彼らがそこに懸ける意思は狂気に等しい・・・・手段を厭わないという点では、探求勢以上だろう。故にほかの勢力もうかつには干渉できない」
「ふむ・・・・回帰勢。いまいちピンとこないな」
国側の勢力、探求勢。
新たな資源と異種族などに国の、人類の発展の道を見出しそれらを追い求める。
対して民間の勢力、攻略勢。
国の暴政に反旗を翻したことをきっかけとし、モンスター討伐、ダンジョン攻略を積極的に行う者達。
今では暴政を振るう国と交渉できるほどの組織力。
「つまるところ、回帰勢ってのはごく普通の『一般人』ってことか?」
変わらない日常を守り続けるのは当然だ。
世界が変わる前、数多の業種を転々としていた俺だってその根底には、生活を続けるという目的に基づいて生きていたと思う。
「・・・・いいや。全然違う」
俺の言葉に反応したのは聖也。
「確かに営みを守り続けるのは生き物の業。けど、彼らは変わることを『変化』として捉えない。変わることは『禁忌』。その認識一つから生まれる思想、行動は・・・・なんというか、酷く破滅的だ」
「・・・・まぁ。そんな彼らが、以前と変わらない生活を送り続ける。つまり、社会が回る歯車の一部として日常を送り続けてくれるからこそ、交通、電気、その他数多のライフラインが、こんな世界でも機能しているんだがね・・・・互いの意思はともかく、そんな彼らの日常を守るのも我らギルドの役目の一部でもある」
なるほど。
以前と変わらず生きる。
つまり、前から当たり前にあったものは回帰勢の手によって守られている、ということか。
(ということは、俺たちが乗ったタクシー、駅で見かけた通勤していく人たち。彼らも、回帰勢に分類されるのか)
ここに来る途中の車内で、聖也が遠くの街並みに見た今も変わらない日常を送り続ける者達。
その時に彼が恐ろしいと言ったのは回帰勢の性質なのだろう。
「彼ら一人一人が自らの変わらない役目をこなすことで、俺たちは今暖かいコーヒーを飲むことができるし、うまい飯も食える、と。確かに、立場としては強そうな感じだな」
自分に認識させるように俺はつぶやき、湯気のを立たせるフレンチトーストにナイフを通しフォークを突き立てほおばる。
「・・・・うまいな」
「ふふん」
「―――うむ。たまには作ってくれてもいいんだぞ?」
そう言い、響さんが父親の顔をのぞかせる。
どうやら三勢力についての大まかな説明は終わりのようだ。
(それにしても・・・・)
「さて。これが今の世界情勢だ。このような状態が日本だけでなく、まさしく世界中で起こっている」
あり得るのか?
「どこか納得いかない、といった顔だね」
俺の微妙な表情に気付いた響さんが言う。
「・・・・はい。半年、ですよね」
たったの半年間だ。
「こんな短い期間で、この国だけでなく世界中が三つの勢力に思想をキレイに分かれて今のようなバランスを成り立たせることなんてあり得るんでしょうか・・・・」
既に根付いた文化だったなら分る。
選挙などはその最たる選択肢だろう。
何十、何百年と積み上げてきた文化の基、不特定多数の人間が志を共鳴させる道だ。
けど、ステータスだレベルだスキルだの。
こんなイカれた世界において、ましてそれが出現してたったの半年で、ここまで人類の意識が三通りに絞られるなんてあり得るのか?
それこそ何十年という年月を経てたどり着く状況じゃないのか?
(もし、異常な短期間でこの情勢を作り出すなら、その行き着くであろう年月と同等、あるいはもっと長い時間をかけて準備や根回しが必要だろ)
つまり―――
「わかるよ。何か大きな意図を感じる、と言いたいのだろう?」
「・・・・」
カップを手に取り、急に乾きだした口内へとコーヒーを流し込む。
「この世界で、日々を必死に生きていると。忘れてしまうが、その疑問は少し勘のいいものであれば皆抱く」
意図。
意思。
こんな言葉を連想するってことは、俺はこう言いたいのか?
「―――何者かが作為的に、この世界を作った。ってことですか・・・・?」
一度も想像しなかったわけではない。
天変地異とも分類できないこの世界の異常。
神のいたずら。
そう呼ぶべき誰かの意思によってもたらされた世界の改変。
「ナナシさん・・・・」
呆けた俺の様子を気遣うような唯火の声を遠くに聞きながら、
(俺が名前を失くしたのも、戦いも、誰かの手のひらの上ってことなのか?)
あるともわからない、得体の知れない巨大な存在に戦慄した。
多忙につき、しばらくさらに更新頻度が不定期なものになります。
少なからずお待ちいただいている方の楽しみを増やすために、
キャラやその他もろもろの設定など、もし何かご質問等あれば
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そんな読者とのコミュニケーションとるなんて百年早いわ!と思ったり、
特にないなら完全スルーで構いません(ドM




