81話 breakfast
「えっ、と。どうしたんです?急に」
「・・・」
俺たちがダンジョンの『王』を倒し攻略を成したことがあることを伝えると、彼らの様子が一変した。
横にいる唯火も俺同様に戸惑い気味だ。
「我々がギルドに身を置いている時点でお察しだろうが、私たちは『攻略勢』だ」
「? ペネ・・・ト?」
「?」
ペネトレイター、ってなんだ?
「この街だけでも複数のギルドがあってね。その中でも我々のギルドは私を含めた戦闘要員が極端に少ないのだ」
「はぁ・・・・」
そう、なのか?
こんな立派なビルをギルドの拠点にしているぐらいだから、規模もでかくメンバーの層も厚いものだと思っていたが。
「それが起因してね。ナワバリ内の『未活動ダンジョン』を確保するので精一杯で、ダンジョン攻略に人員を裂く余裕が全くないのだよ」
「・・・・? 未活動・・・」
鍵となる魔石を使用していないダンジョンの事、か?
「人材を募ろうにも、我らのマスターの力は規格外すぎてあまり公にすることもできない。この情報を知るものは最小限でなければならない」
ハルミちゃん・・・フユミちゃんの事、だよな。
あの子と人が集まらないのがどう関係しているっていうんだ。
「その先に安寧の地と、豊富な財源があったとしても『王』が出現していないとはいえ、未知数のモンスター相手に命を張るのはあまりにリスキー。そんな硬直状態が続いて、私たちのナワバリは『未活動ダンジョン』が複数存在してしまって―――」
「ちょ、ちょっと!待ってもらっていいですか!?」
流石に見知らぬ情報が矢継ぎ早に流れてきて処理が追いつかない。
唯火も当然同じ心境で、今俺が割り込まなければ彼女がそうしていただろう。
「えーっと、ちょっとわからないことだらけと言いますか・・・・まず、お互いに情報交換しません?ハルミちゃんの事も含めて」
「・・・・ああ、すまない。少し話を急ぎすぎたかもしれん。どれ、立ち話もなんだ、場所を移そうか」
ここは来客用の椅子も茶も無いのでね、というと無駄に広い空間にポツンとあるデスク横のドアへと案内される。
いかにも応接室といった部屋だった。
「二人とも、掛けてくれ」
促されるまま響さんと対面のソファに腰かける。
遅れて入ってきた聖也が、眠っているハルミちゃんを空いたソファへと寝かせた。
「朱音。皆のお茶を淹れてくれるか?」
「あたしがそういうの苦手って知ってるでしょ。聖也、あんたがやってよ」
「はいはい」
腕を組みながら響さんの座席の後ろの壁にもたれかかる朱音に浅くため息をつき。
「はぁ・・・・どうにもこの娘は家事の類が苦手でね。女は家庭に入れなどという気はないが、このくらいのことはできないとやはり嫁の貰い手というものがね・・・・」
良い考えだと思ったんだがなぁ、とわざわざ俺に聞こえるように発する一児の父。
「ちょっと。聞こえてるわよ」
「あ、小牧さん、私も手伝います」
「篝さん、客人の君にそんな・・・・」
「こういう時じっとしてられない性質なんです」
「・・・・唯火さんは良い嫁さんになりそうだ」
どうにも含みのある風に響さんは朱音を見ながらいうと。
「な、なによ?別にそんなこと言われても張り合う気なんてないからね」
そんな視線から逃れるようにプイッとそっぽを向くと。
「・・・・でも、まぁ、聖也の淹れるコーヒー苦いのよね、うん。ちょっと聖也どきなさいよ、あたしと唯火さんでやるから」
そう言いながら朱音が給湯室へと消えると、代わりに聖也がやれやれと追い出されたように出てきた。
「むちゃくちゃな・・・・」
「おつかれさん」
彼もなかなか苦労人なようだ。
「珍しいこともあるものだ・・・・これはあるかもしれんな」
なにやら一人納得するように頷き、切り替えるように話題の水を向けてくる。
「それにしても、ナナシ君。君は珍しい名前をしているが、『ワルイガ』という姓は聞いたことが無い。もしかして海外の?」
・・・・ふむ。
そうだな。
女性陣がお茶を淹れてくれてる間に、まずある程度素性を明かしておくか。
ま、明かしたところで謎が深まるだけだとは思うが。
「実はですね――――――」
::::::::
「それはまた、なんとも面妖な話だ」
給湯室での何やら賑やかな話声と、ハルミちゃんの寝息をBGMに俺の身に起きた出来事を話す。
「気味悪いっちゃそうなんですが、まぁ身分証明も今の世界で生きるのには不要かなって。退院した時点でそういうの逆に厄介ごとの種になると思って、警察や役場に行くの避けたぐらいですし」
「なるほど。その判断は正しかったかもしれないね」
「ですね。身元不明とまではいかないものの、名前が消えたような人物。そんな人間をあっち側が利用しないわけがない」
「ん?どういうことだ?」
なにやら二人が、特に響さんが険しい表情をしている。
「・・・・ナナシ君。君は半年前、世界が変わると共に眠りについたとのことだね。今の世界についてどこまで知っている?」
「どこまで、ですか・・・・ステータス、レベル、スキル、それにまつわる異能。そして異種族。モンスターのある程度の性質と、ダンジョンのそれ・・・・ぐらいですかね」
「世の中の情勢、という面では?」
(世の中情勢、か)
正直まったく知らない。
目覚めてすぐ廃棄区画という閉ざされたコミュニティでしばらく生活し、そこで出会った唯火も研究所という外の情報が隔絶された環境にいた。
敵対していたモンスターにも人間にもそのようなことは聞かなかったし、聞くことも無かった。
知っているとすれば、久我の様な手段を選ばないような奴が、国益がどうだの吐いていた事。
お国の意思か、ヤツの独断かは判断しかねるが、そんな暴政をこの国が行っている可能性があることぐらいか。
「ほとんど何も知りませんね。退院後、廃棄区画と呼ばれる場所で生活していたので。唯火も同じだと思います」
「そうか、いろいろ苦労があったようだ。なら無理も――――」
「お茶はいったわよー、ほら聖也どきなさい」
「遅くなりました。お話の途中でしたか?」
どこか張り詰めつつあった空気は、鼻腔をくすぐるコーヒーの香ばしい香りと。
「・・・・朱音。これ、お前が作ったのか?」
甘い香りを立ち込めさせるフレンチトーストの登場により、場の空気は弛緩する。
(時間かかるなと思ってたら、これ作ってたのか。ちょいちょいいい匂いしてたし)
「ちょっと、アホ次席。あたしだってこれくらいできるんですけど・・・・すこし唯火に手伝ってもらったけど」
「卵液に浸して焼くまで、朱音ちゃんがやったんですよ?」
共に一つの料理を作るという共同作業のおかげか二人の互いの呼び方が親密になっている。
流石は唯火、コミュニケーション能力高いな。
公園の皆にもすぐ気に入られてたし。
「あたしら朝食まだだったじゃない、お腹減ったのよ。どう?これでも料理できないとか抜かすわけ?」
「むぅ・・・・すまん」
「篝さんの力が大きすぎるような―――」
「聖也、あんたのにはシナモンの代わりにタバスコかけといたから」
そして朱音は俺の前にもフレンチトーストの皿を強気に配膳すると。
「どう?ワルイガ。あたしだってこれくらいできんのよ」
「いや、俺はお前がどれくらい料理できるかとか知らないわけだが」
「う、うるさいわね!そこの次席が苦手とか言うから、そんなんじゃあんたに舐められるじゃない!」
(随分プライドのお高いことで)
これも唯火のおかげか、俺へ対する恐怖心もやや緩和されている印象だ。
「では、せっかく二人が作ってくれたんだ。唯火さんも戻ってきたなら話を進めるにはちょうどいい」
皆が席に着いたところで、響さんは続け。
「行儀は悪いかもしれないが、気にすることはない。食べながら話そう」
「お願いします」
「世界の情勢について、だったね。聞けば、唯火さんもそれについては明るくないとか」
「あ、はい。外の情報が入らないところにしばらくいたもので」
そう言う彼女に深くは聞かず頷く。
そんな仕草を眺めながら、俺は一息つこうとコーヒーに手を伸ばし。
「一言で言うと。今世界は、三つの勢力のバランスで成り立っている」
その言葉に興味を持っていかれ、俺の手はカップを掴むことはなかった。




