80話 和解と誤解
突き出した拳から腕、肩、体の芯へと合わせ技の余波が巡ってくる。
「・・・ふぅ」
初めて使った時と比べると大分反動はなくなったな。
(万全の体調なら、だが)
ヴェムナス戦の時のように負荷が蓄積すると肩が外れたりどでかい反動が来そうだ。
「げほっ!・・・がはっ!」
「パ・・・っ!次席!」
手加減はしていない、していれば彼ならカウンターを放っていた。
けど、一線は超えていない。
「ぐ・・・『剣術』、だけでなく・・・『体術』、その反応速度、俊敏さ・・・まだほかの気配も臭わせる」
「・・・・もう、これで満足でしょ?」
「―――ああ」
膝をつく響さんと、そばに駆け寄る娘の朱音。
二人のやり取りを見届けていると。
「暮次席!今の物音は!?」
入ってきた扉が勢いよく開かれると、そこには聖也とその背後に多数のギルドメンバーと思しき者たちがいた。
「これは・・・!ナナシ!どういうことだ!?」
「タイミングの悪い・・・」
「あ、小牧さん!これは違うんです、皆さんが思っているようなことじゃ―――」
「囲め!次席を守るんだ!」
唯火の弁解も空しく、鋭く飛んだ聖也の号令に、一糸乱れぬ惚れ惚れするような迅速な動きで陣形を組み俺を包囲する。
彼らを束ねるナンバー2と一戦交えた後だから言える、流石は響さんの部下達だ。
「やめないか!!」
そして一喝でその精鋭たちの動きを止める彼もまた、やはり流石だ。
「彼に負かされたのは事実だが、そもそもこれは私が彼に申し込んだ決闘。早とちりをするな」
「そ、そう、だったんですか・・・」
聖也はその一言で響さんの意思を汲み取り尊重し、俺へ対する敵意を静めてくれた。
だが、ほかの者達は戦闘体勢こそ解いてはいるが、俺への敵意はいまだ冷めずといった様子だ。
無理も無い。
突然現れた部外者に自分が身を寄せる組織のナンバー2が膝をつかされるなんて、心中穏やかなものではないだろう。
この対応だけでも、響さんが部下たちに慕われているのがよくわかる。
「私の私情で申し出た決闘だ。そして敗れた、それだけだ。私の気が済んだ以上、彼らは客人で恩人だ」
「・・・わかりました」
「まだ、話すことが山ほどある。皆席を外してくれ」
聖也が身振りで外へ出るように部下達へ促すと、渋々といった様子で執務室を退場していく。
そして聖也だけが残った。
「ちょっと、暴れすぎたか?」
「いや、焚き付けたのも私だ。むしろ礼を言うよ・・・・強いな、君は」
「どういう経緯か知らないけど、まさか暮次席を負かすとはね」
俺が朱音を斬った件はまだ暮親子二人しか知らないのだろう。
・・・・もし彼らが知ったら、響さん同様に全員で戦いを挑んでくるのだろうか。
「皆にはあらかじめ教えておけばよかったな。血の気の多い奴らでな、頭より体が先に動いてしまうのだ。私から改めて言い含めておこう」
「そうしてくれると、助かります」
その言葉に少し安堵する。
見ると唯火も同じ心配をしていたようで、ホッと胸をなでおろしていた。
「時に、ナナシ君」
「はい?」
ダメージを受けてなお、それをおくびにも出さず姿勢よく俺の前まで歩いてくると。
「君、うちのギルド、『ユニオン』に加入する気は無いかね?」
「ちょっと!パパ!?」
その言葉に余程驚いたのか、先ほど言いかけて言い直した呼び方が朱音の口から飛び出す。
「さっきも言った通り、気が済んだ。もはや私に遺恨はない。君を気に入ってしまった。腕も立つし頭も切れるし男気もある。もとより来るもの拒まずだが、メンバーとして申し分ないものを持っている」
(ふむ・・・・ギルド、か)
正直、入る気は無い。
この先、大きな目的があるわけでもないがこの街にずっと留まる気も無い。
何より、ハルミちゃんの一件を終えた後の俺の行く先は多分、唯火の意思ひとつでそれに追従する。
彼女をしばらく側で見守ると、託されたものもあるし、本人とも約束した。
(となると返事は決まっているな)
「聖也。お前はどう思う?」
「まぁ、彼の実力は僕も承知してます。そして想像以上でした。ですが・・・・」
「ああ。皆の彼への風当たりだろう?もう手は考えてある」
そう言いながら朱音の背後に回り込んで肩に手を置きやり、とんでもないことを言い出す。
「私の娘、朱音と恋仲になれば良い」
「「はぁ!?」」
朱音本人と唯火から驚愕の声が上がる。
「どうだね?ナナシ君。見ての通り、容姿端麗。若いが、もう18だし。気が強いのが玉にキズだが、まさにそこが皆を納得させるキモなのだ」
「ちょちょちょ!なに勝手なこと言ってんの!?ていうか、一度殺された相手とくっつけさせるって、親としてどうなのよ!?」
「私に遺恨はもうないといっただろう?彼が好き好んで殺人を行う人間でないというのはわかっている。それに、お前の彼に対する対応も常軌を逸しているぞ?普通殺された相手と話したりなどしないだろう?もうすでに常識など当てはまらない、そんな男女はいつ恋仲になってもおかしくはないものなのだよ」
「何言ってるか全っ然わかんない・・・・」
「それに強い相手を探していたのではないのか?」
「そっ、それは!そうだけど、別にカレシ探ししてたわけじゃなくて・・・!」
「それに、お前の気の強さはメンバー全員周知のこと。そんなお前の態度を軟化させ認めさせた男。ということになれば皆も『こいつには何かある』と、思うわけだ。そして自然と彼も皆に認められるだろう」
「「それ別に付き合わなくてもいいじゃない!(ですか!)」」
まったくもって至極まっとうな意見が重なり合う。
「娘の彼氏は自分より強い男が良いというのは、お父さん界隈では鉄板なんだよ。ナナシ君が私を負かした時、こうなることは決まっていたのだ。いわゆるお約束だ」
「頭おかしい・・・・」
娘の朱音も手に負えない、といった風に頭を抱える。
気が付けば唯火も、ハルミちゃんを聖也へと預け俺の隣に来ていて、耳打ちするように割って入ってきた。
「ナナシさん!どどどどうするんですか!これ!」
「どうもこうも・・・・」
返答はもう決まっているんだ。
これ以上ややこしいことになる前に収めよう。
「あの、響さん。せっかくのお誘いなんですが、俺はギルドに入る気は無いんで」
「えー・・・・」
えーって。
さっきまで歴戦の戦士って感じで渋かったのに・・・・
「俺、一つの所にずっと居座る気も無いんで・・・・あと、先約もあるので」
ちらと唯火を見ると。
うんうんと頷き満足そうだった。
「そうか?乗り気でないというなら、無理強いはできないが・・・・こんなかわいく若い娘なのに何が気に入らないのだ?」
「いえ、だから、朱音がどうこうでなくてですね」
「ちょっと、アホ次席。それ以上もう何も言わないで。なんかあたしがこいつに振られたみたいになっちゃうじゃない」
「ただ、ですね。お誘いを断っておいて何なんですが、一つ頼みがあるんです」
「む?なんだね?」
唯火にはあらかじめ話してある。
最終確認で彼女を振り返ると、頷いて肯定の意思を示してくれた。
「今回、モンスターが湧いてくるのは俺の責任です。だから、それの決着が着くまで俺を使ってほしいんです」
「・・・・ふーん。自覚あるんだ」
「それは、願っても無い話だな。君ほどの男が手を貸してくれれば、モンスターの討伐も捗るというものだ」
「君も、なかなか律義な男だね」
ユニオンのお三がたは、三者三様に反応し。
「私も微力ながらお手伝いします」
唯火もそう言ってくれる。
「君も?しかし唯火さん、ナナシ君はともかく当事者でない女性を巻き込むわけには―――」
「唯火は俺よりレベル高いんで大丈夫だと思いますよ。2人で共にダンジョンを2箇所攻略した実力があります」
「ダンジョン、攻略・・・!」
俺の言葉に三人が色めき立つと。
「二人!?たった二人であの化け物だらけの迷宮を!?」
「そんな信じられない、本当なのかい?ナナシ」
「あ、ああ。あ、いや、二つ目はハルミちゃんも一緒で、その子にも助けられたんだが」
「マスターがダンジョンに!?どういう事!?それにこの子にそんな力・・・・」
「――――ナナシ君」
先ほどとは打って変わって、神妙な表情をした響さんが低く声を発する。
父親の顔ではなく、ギルドのナンバー2の顔、といったところか。
「ダンジョンを攻略、という事は・・・・上位種、種の統率者・・・・もしくは『王』を倒した、ということかね?」
「俺たちが攻略したダンジョンには、どちらも『王』が出現していたな」
同意を求めるように唯火を見る。
彼らの詰め寄り方に多少面喰いつつ。
「・・・はい。地上へと侵攻し得る、『王』がいました・・・ナナシさんのおかげで何とか勝利を収めましたけど」
「・・・・にわかには信じがたい、がその底知れない強さなら、あるいは・・・・」
考え込むように口元に手を添え、目を閉じしばらくの沈黙の後。
「―――これは巡り合わせかもしれんな」
途端、響さんは神妙な顔になり、脱ぎ捨てたジャケットを拾い身に着ける。
そして綺麗な所作で頭を垂れると。
「ワルイガ=ナナシ殿。篝 唯火殿。君達の力を、我々にお貸し願いたい」
それに聖也はならい――――
「・・・・」
朱音一人だけは、その考えを窺えない微妙な表情で俺たちを見ていた。




