79話 男の会話
「話は聞いているよ。剣を使うようだね」
握りこんだ二対の棒を器用に弄びながら、俺の腰に差した剣へ視線を注ぐ。
(トンファー・・・ってやつか)
握った柄と水平に伸びる黒色の棒。
遠心力で空を裂くと間合いの外にいる俺の耳にまで大気をかき分ける振動が届いてくる。
一見したその圧から見るに、おそらく鉄棍。
「素手では受けられない、か」
見た目のコンパクトさからは想像もできない攻撃力を秘めていそうだ。
そしてあの重心の置き方。
肉体を使った体術も併用してくる『職業』だろう。
棍を放つときは体術を囮に。
体術を放つときは棍を囮に。
(『目利き』でステータスを暴けば、パラメーターの隙をつけるだろうが・・・・どうにも、この場には無粋な気がする)
「・・・・・」
次席・・・響さんの戦力を分析した結果、俺は剣を抜くことにした。
いや、抜かざるを得なかった。
「ちょっ・・・!」
室内灯に照らされ、鈍い輝きを放つ刀身を目にし、それを向けられた者の娘である朱音がわずかに息をのむ。
「随分と目が良いようだ。朱音が後れを取るわけだよ・・・一合も切り結ばずに、手の内を隠すこともままならないとは」
「―――臆病なだけですよ」
俺がそう返したのを合図に。
(・・・速く、低い!)
その巨躯からは想像できないほど速く。
いや、どちらかというとこれは、人間が視認しにくいという動き。
その結果深く沈み、己の必殺の間合いへと一瞬で踏み込んできた。
つまり
(歴戦の猛者、って感じだ)
俺が知ることのない技術。
比べ物にならない場数。
剣を握り死と隣り合わせの戦いに身を投じてひと月足らずの俺とは、戦闘の厚みが違う。
たった一歩の踏み込みで突き付けられた。
「―――だが」
「むっ・・・!?」
視界の外。
つまり死角から俺の側頭部を打ち抜こうとする鉄棍を、剣の腹で滑らせるように受け流す。
遠心力で振りぬき、伸びた左腕側の半身は無防備な隙をさらけ出し―――
「―――シッ!」
「ぬぅ!?」
左腕にまとった魔鉄の拳で肺を突くが、右に持った棍によって防がれ。
「ゥエイ!!」
「――っと」
その姿勢から力ずくで弾かれ互いに間合いの外へと押し出される。
この男は、今までの相手とまた毛色が違う。
純粋に戦闘のプロ、歴戦の戦士。
ゴレイド、久我の兵隊、ヴェムナス。
皆戦いを近くに置いてきた者で戦闘にも慣れたものだったが、今目の前に立っている男はどこか違う。
もっと荒々しく、かつ洗練された、独自の型を持つ雰囲気だ。
(ここで響さんと一戦交えるのは、俺としてもいい経験だったかもな)
この世界で生きていく以上、どうしたって争いごとは避けられない。
その過程の中でこういうタイプの敵と戦う機会だって、今後ごまんとあるだろうことを俺は予感している。
(けど、圧倒的な経験差。それをスキルで十分に補えるのが今の攻防で証明された)
複数のスキルから導き出される『予測』『直観』『実行』。
これまで基本のものとしていた俺の『型』がこんな猛者にも通用する。
それが分かっただけでも大収穫だ。
あとは―――
「何を呆けている!?」
「―――つっ!」
俺が内心で確かな手応えを実感していると、一気に響さんの接近を許し、強烈な拳打を頬に見舞う。
と。
この一発で矛を収めてくれればいいが・・・
「今・・・なぜ受けた」
「・・・・」
まぁ、ばれるか。
「なぜ、先ほどがら空きだった胴を斬らなかった?」
怒りを孕んだ低い声が室内に響く。
「・・・・殺し合いの決闘ではないと、俺は思っているのですが」
今、この場に。
死者を蘇らせるという神業を成し得る者は眠りについてしまって居ない。
死んでも生き返りはしない。
俺には、彼を殺す理由はない。
「わかっている・・・・だが、割り切れるものでもない。私は亡き者の仇討の心境で今、戦いに挑んでいる・・・・わかるだろう?」
彼の目に灯された炎が。
俺の視線をくぎ付けにする。
どうにも、まだ俺はこういうのに疎いみたいだな。
「なっ・・・ちょっと!いい加減熱くなりすぎ!!こんなのもう―――」
「朱音」
彼女のもっともな言及を制止する。
「――悪かった。あんたみたいな男相手に、無粋な真似をした」
目の前の戦士に。
俺はあえて普段の口調を意識し、自分をさらけ出すことにした。
「いや、私が始めたことだ・・・・本来、行き過ぎた苦言だ」
「ここからは、手加減・・・・無しだ」
そう告げると俺は、先ほどまで火花を散らせていた互いの間合いから遠く離れた場所で。
「ふっ!!」
剣を全力で投擲。
切っ先を向けまっすぐ標的へと突き進む。
「!? ぬぐっ!?」
不意打ちに近いタイミングで、超速で投げつけられた剣を辛うじて片方の棍で防ぐが。
全力で投げられたそれは、握りこまれた棍をも弾き飛ばし、得物を一つ無効化にする。
「なんだこの威力は・・・っ!?」
そして投擲とともに床を蹴った俺は、彼の懐へと踏み込み。
「舐めるな!」
それにも辛うじて反応し、頭上から残った棍棒を振り下ろし頭蓋を砕こうとする。
が。
「な、に・・・」
俺もまたその動作を読み、目もくれないまま左腕のガントレットで受け止めた。
鋼同士が打ち合い、甲高い打音を響かせながら。
一連の動作で重ねた、一手を開放する。
『平面走行』
『洞察眼』
『弱点直感』
『弱点特攻』
『体術』
「―――『崩拳』」
残された生身の拳は、分厚い筋肉の層に包まれた腹へと突き刺さり。
「がっ・・・っは!?」
その巨躯を容易く部屋の端まで運んだ。




