78話 ギルドの親と子
「え~・・・いや・・・えぇ~・・・」
「そういう反応も仕方ない」
朱音を斬り捨て、事実上殺傷。
そしてギルド『ユニオン』のマスター、つまりフユミちゃんの手によって蘇生したことを手短に伝える。
たとえ俺がある程度彼女からの信頼を得ているといっても、内容が内容だ。
「俺は当面のリスクを避けるために、朱音を殺すことを選択した」
合理的かつ機械的にそう判断した俺を殺人鬼と軽蔑してもおかしくはない。
どれだけ俺が屁理屈をこねようと殺人は殺人。
他者から見ればそうにしか映らない。
俺自身そう判断しているし、それ以上でも以下でもない。
故に、いま彼女が俺にどんな感情を抱いているかは容易く想像でき―――
「いえ、それは説明されなくてもわかるんですが・・・」
ん?
「人殺し、だぞ?軽蔑・・・しないのか?」
「確かにナナシさんと朱音さんの関係性から、普通に会話しているのも異様に思いますけど、その時のナナシさんの中の天秤に何が乗っていたのかはわかりますし、その結果も納得のいくものです・・・そうじゃなくて・・・その、死者の蘇生だとか・・・いくらゲームみたいな世界だからってデタラメというか」
俺が一度朱音を殺めた事実よりも、生き返った事実の方に驚愕・・・いや、摂理から逸脱した現象に最早呆れているといった様子だ。
「あと何より・・・私の勘違いと言いますか・・・・・わー!もー!はずかしーー!」
珍しく取り乱した風にわーわーと何かを振り払うようにがなりたてると、俺にハルミちゃんを預け、ビルの正面口で待つ朱音のもとに走り去っていく。
「・・・」
拍子抜けと安堵。
俺が思っている以上に、彼女は胆が据わっているというかなんというか。
いい意味でイカれてるのかもしれない。
いい意味でイカれてるってなんだ。
「へ!?そ、そんなわけないじゃない!?」
「いやあの、ほんとにごめんなさい!」
なにやら二人して顔を赤くして大声を出しているが、何かしらの話がまとまったようだ。
そんな二人に合流すべく歩みを再開した。
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「キレイなところですね」
「はー・・・中も普通のビルって感じだな」
「普通のビルなんだから当たり前じゃない」
「そうなんだけどさ」
正面口で二人と合流し自動ドアをくぐると、エントランスを見回した感想が『普通のビル』だった。
ギルドと言えばこう、あれだろ、別に期待とかそういうわけではないが。
薄暗い味のある酒場みたいなのを想像していたのでどうにもイメージに合わない。
なんか、こざっぱりとした普通の企業のビルって感じだ。
「俺たち部外者を連れてるのにすんなり入れたが、いいのか?顔パスで」
特段、社員証的なものをスキャンするだとかそういうセキュリティの様なモノはないらしい。
「いいのよ。そういう照会する機械なんかも、ここらじゃ使えないみたいだし。そこの受付に座っているのヤツがメンバー全員の顔覚えてるから」
とのことだ。
「こっちよ」
そのまま正面ど真ん中を突っ切っていく朱音について行くと、観音開きの扉の前に着き当たり。
「なんだここは?会議室か?」
一応の警戒として聴力を強化しているので、反響する音で扉の向こうがだだっ広い空間なのが分かる。
「ここが次席の執務室よ」
「ここが・・・?」
このビル、一見で数十階はあった。
勝手なイメージかもしれないが、お偉いさんてのは物理的にも高いところに自分の部屋を設けるもんじゃないのか?
というか、俺が見てきた職場は皆そうだった。
「上まで行くのがめんどくさいのと、高いところが苦手なのよ」
「・・・そうか」
心の中の疑問が顔に出ていたのか、朱音がそう補足する。
「次席!入るわよ!」
「おいおい、お偉いさん相手に荒っぽいな・・・」
「ど、どんな方なんでしょう・・・」
マスターであるフユミちゃん相手にはきちんと弁えている印象だったのに、今は随分と無礼講というか・・・多分、次席ってやつはギルドのナンバー2だろ?
舐められてるのか親しみやすいのか。
インターホンも付いていない扉をガンガンと激しくノックすると。
『入りなさい』
大分渋めの声が返ってくると、朱音は扉を押し開け。
「よく来た。客人」
「・・・なんだここ」
無駄に広い。
なのに置いてあるのは扉から真正面の壁際にあるデスクと棚だけ。
実質使いそうなスペースは10畳程度。
「新手のミニマリストか?」
「変わった部屋ですね・・・」
「次席。連れてきたわよ」
デスクに腰かける人物の元へと歩を進める朱音にならい俺たちもついて行く。
てか遠いな、扉から。
よくあの渋めの声のトーンでドアの外に届かせたな。
デスクの前に着くと、朱音、唯火、俺の順に並ぶ。
「この二人が、マスターを保護してくれた。この女の子は、篝 唯火さん。で、この男は・・・・・あんた名前何だっけ?」
そりゃ、俺だけまだ名乗ってないもんな。
聖也の気回しを少しは見習ってもらいたい。
「ワルイガ=ナナシ」
「・・・変な名前ね」
付いた経緯の方がもっと変だけどな。
「そうか。唯火さんに――――」
「ナナシで構わない」
「ナナシ君。私は暮 響というものだ。ここ―――ギルド、結社『ユニオン』の次席をさせてもらっている」
そう言い俺、いや。
俺が抱えるハルミちゃんへ視線を移すと安堵したように一息つく。
・・・ん?暮?
「君達はマスターの恩人だ、改めて礼を言わせてくれ」
椅子に腰かけていた彼が立ち上がると遠目からでも巨躯だと分かっていたが、その全容が見えると想像以上のガタイをしていた。
身なりは小奇麗スーツスタイルで、髪型はきっちりと七三分け。
ビジネスマンといった風だが、そのガタイのせいか秘めた凶暴性がどことなく漏れている印象だ。
(ゴレイドに近い威圧感を感じるな)
モンスターと比べるなんて甚だ失礼だが、その巨体からかつての強敵を連想してしまった。
「どうもありがとう。感謝する」
「・・・ん」
これまたきっちりした所作で頭を下げてくる次席、とそれにならった朱音。
「い、いえ・・・実はハルミちゃんには俺たちも助けてもらっているので。な?」
「あ、はい。お互いさまと言いますか」
「・・・そうか」
そう言うと元の姿勢に戻り、デスクを回り込み俺たちを横切って歩いていく。
「・・・ちょっと、次席?」
「そこまでの経緯を色々とお聞きしたいところだが、まずは―――」
広い部屋の真ん中あたりで止まると、おもむろにジャケットを脱ぎすてる。
ジャケットに隠されていた、腰に刺さった二対の棒を取り出し握り込んだ。
「え、ちょちょっと!何してんのよ!」
「決まっているだろう・・・・ナナシ君」
「・・・・」
この人の人となりは全く知らないが、何度も体感したこの張り詰めた空気。
突拍子もない展開ではあるが、彼が何を望んでいるのかはわかる。
「・・・・戦うと、モンスターが嗅ぎつけて湧いてきますよ」
「構わん。既に血は流れている」
なるほど、ね。
これは理屈じゃ避けられないみたいだ。
「わかっているさ、ナナシ君。だがお察しの通り理屈ではないんだよ。嫁入り前の娘に刃を突き立てられ、あまつさえ命を奪われたのだから」
「だから!マスターが『反魂再生』で治してくれたって言ってるじゃん!傷なんか残ってないしあたしだって生きてるから!」
やっぱり親子か。
「ワルイガ!あんたもこんなの付き合わなくて――――」
「いえ、わかります。剣を振り抜いた時、こういう状況も覚悟していましたから」
「君は話が分かるね・・・・変わった男だ。憎いと思う反面、君という人間を知りたい、と思わされる」
「なら、戦いの中で」
「気遣い感謝するよ」
ハルミちゃんを唯火に預け。
「あまり無茶しないでくださいね」
「ん。わかってる」
「~~~っもう!ほんと男ってバカ!!」
こうして、娘の仇を討たんとする父親との戦いの幕が切って落とされた。