68話 路端の石
「ありがとうございました~」
食事を終え食後のコーヒーも飲み終えると、俺たちは店を出た。
ちなみにハルミちゃんにはMVP賞としてやっぱり食後のパフェも付けてあげた。
それにしても襲い掛かってこない他人というのはホッとするな。
爽やかなスマイルで挨拶もしてくれる。
世の中って、優しかったんだな。
いや、廃棄区画から先が世紀末過ぎたんだろうけど。
「はー、お腹いっぱいです・・・ナナシさんごちそうになっちゃってすみません」
「ごちそうさまでしたー」
「気にするな。貯えは結構ある方だから」
二人の幸せそうな顔を見ると、この程度の出費どうという事も無い。
「さて、腹ごしらえも済んだし、今日の泊まる所を探そう」
「・・・いいんでしょうか?こんなに甘えてしまって」
俺が提案すると、遠慮がちに唯火が声を上げる。
「俺もいっぱしの大人だ。未成年の女の子二人をこのまま置いてはいさようなら、なんて無責任なことできないって」
しばらく唯火と行動を共にする、みたいな約束もしたしな。
・・・というか、なんとなくずっと聞きそびれていたが唯火の方は家族とかどうしているんだろう?
「なんか、子ども扱いされてます・・・?」
「なぁ、唯火。家ぞ―――」
「ちょっと、お話いいかなぁ?」
俺が唯火へと質問を飛ばそうとすると、見知らぬ男の声がいきなり話に割って入ってくる。
「・・・なにか?」
「・・・」
「?」
その声に振り返ると、五人のガラの悪い連中が薄ら笑いを浮かべ立っていた。
(店の中でこっちを見てた連中か)
実は店の中でこいつらが俺たちの席に敵意を飛ばしているのに気づいていた。
けどただのチンピラだろうと、二人の食事の邪魔をするのも悪いのでスルーしていたんだが。
どう見ても厄介ごとの匂いしかしない。
唯火もそれをわかって、冷めた目で連中を見ている。
「いやね?『ハーフエルフ』って知ってるかと思ってね・・・心当たり無いかなぁ?」
こいつら・・・
「お前たち、久我の手先か?」
「あ?くが?なんだそりゃ?」
『洞察眼』の上位互換、『洞観視』で見ても特に肯定の色も否定の色も見当たらない。
奴らとは関係なさそうだ。
「・・・いえ。ハーフエルフ、でしたっけ?ちょっと、わかりませんね。力になれなくてすみません」
唯火に放たれた追手でもないのなら捨て置いてもいいだろう。
それだけ言うと、唯火とハルミちゃんに『行こう』と促しその場を去ろうとすると。
「とぼけんなよぉ」
なにかが爆ぜるような乾いた音が辺りに響き渡り、地面を見てみると、舗装されたアスファルトは焦げ煙を上げている。
僅かに稲妻が揺蕩っている。
連中の一人が俺の足下に電撃を放ったようだ。
「?? なになにー?」
「なんでもないよー」
その攻撃の予兆を唯火はいち早く察知しハルミちゃんの耳をふさいでいた。
流石。
(郊外とはいえこんな人通りのある場所でスキルの力を使ってくるとは・・・)
数分前まで治安の良さを噛みしめていたのに。
「いきなり、なんのつもりです?」
「知ってんだよ。てめぇらが『ハーフエルフ』について何か知ってんのはよぉ・・・いや、そのガキと女がそうなんだろ?」
・・・ファミレスでの会話か。
あの会話だけでそこまで断定するのは短絡的な頭なのか、意外と鋭いのか微妙なところだな。
「・・・あ?よく見りゃ、そのガキ俺がタレこんだやつじゃねぇか」
―――なるほど。
ここにきて正解だったな。
「あんた、この子を知ってるのか?」
「あ?あー、『ハーフエルフ』は情報だけでも高いからな・・・って。てめえに関係ねだろが」
ハルミちゃんは母親と出かけた先で迷子になり、久我たちの組織に攫われたと聞いている。
どうやってハルミちゃんをハーフエルフだと見分けたか知らないが、この男がハルミちゃんを見かけあの組織にその情報を売ったという事だろうか?
もしそうなら、その時見かけたという場所が彼女の生活圏である可能性が高い。
「この子を見かけた時の事、詳しく教えてくれないか?」
「は?何質問してんの?展開読めねぇのか?いいから、ガキと女を渡せ」
連中はポケットナイフを取り出しチャカチャカと器用に操ると敵意が膨れ上がる。
いやほんとこの世界はどうなってしまったんだ?
まだそんな夜も更けてないぞ?
治安が悪いとかそんなレベルじゃないだろ、善良な一般の方は暮らしていけるのかコレ。
「安心しな。バケモンに湧かれてもめんどくせぇ、殺すほどのスキルは使わねぇよ。まぁ、ナイフが刺さったら死ぬだろうけどな?」
「あ、唯火。ハルミちゃん連れて宿探しといてもらっていいか?」
「はーい」
ハルミちゃんに暴力シーンを見せるのはあまりよろしくない。
二人には先に行ってもらうと。
「おい!なに勝手に逃がしてんだよ!」
一人が俺の横を回り込むように抜け二人を追おうとする。
「はぁ・・・骨が折れそうだな」
「ばぁーか。折るだけじゃ済まねぇんだよ」
「お前たちのほうがだよ」
手始めにすり抜けようとした奴へ接近し左腕でボディーブローを叩きこみ、宣言通りあばらを数本折る。
ちなみにガントレットは外してある。
他の装備も同様に街中では目立つだろうから、荷物に詰め込んだ。
「ごはっ!?」
「な、なんだ!?消えた!?」
「この野郎!こんな街中でそんなスキル使いやがって、イカれてんのか!?」
・・・え?
もしかして、目に映りもしなかったのか?
というかお前らが言うな。
「別にスキルなんか使ってない。用があるのはあの子の目撃情報を売ったとかいうそいつだけだ。ほかはケガしたくなければどっか行け」
久我たちは多分、山さんの勢力に全滅させられたからな。
もう情報を売る相手も居なければ、ハーフエルフを攫うやつらもいないだろう。
「ちっ!住み場所かえりゃ不自由はねぇ!かまわねぇ!スキルでやるぞ!」
「それは止めてくれ」
スキルを発動しようとする一瞬に、残りの連中を一人づつ丁寧に意識を落とす。
そして最後に情報を持つ男の両腕を拘束し、地に押さえつける。
目の前で仲間が一瞬で倒れ、気が付けば成すすべもなく地面を舐めている男の心境を考えるとほんの少しだけ気の毒な気持ちになった。
(こいつら、大体あの魔物使いより少し上って感じか)
既に全員『目利き』は済んでいる。
平均レベル8。
(もっとも、ここまで力の差があると『目利き』を掛けなくても大体わかるが)
だからこそ唯火も特に干渉せず先に行ってくれたのだろう。
(けど、魔物使いのほうがよっぽど脅威を感じた・・・腹のくくり具合が違うというか)
俺もそれなりに強くなりはしたが、いかにレベルで上回られていようと立ち回り様で勝利を収めることができるのは俺自身がよくわかっている。
(戦闘に挑むある種の覚悟と、スキルの活用。こいつが生死を分ける・・・)
この連中はそれが全く感じられなかった。
所詮チンピラの延長線。
苦戦こそしなかったが、久我が率いる兵隊たちや、ダンジョンのモンスターとは比較にならない。
この再認識は重要だな。
「・・・さて、と。素直に教えてくれればこんな乱暴しないで済んだんだぞ?お前の悲鳴なんて聞きたくないから早くさっきの質問に答えてくれ」
「わかっ、た!言うから!殺さないでくれ!」
そんな大声で命乞いするな。
他の誰かが見たら俺が悪者みたいになるじゃないか。
「あの子をどこで見たんだ?」
「こ、こっから三駅先降りたとこにある駅ビルだよ!そこで見たんだ!」
三駅先って・・・さっきまでいた都市部じゃないか。
なるほど、久我たちの研究所から近いわけか。
「なぜあの子がハーフエルフだと分かった?」
「一緒に居た女と話していたのをたまたま聞いたんだよ、あのガキが思わず口走ったって感じだった」
ハルミちゃんの母親だろうか。
心配しているだろうな・・・
「どんなルートで情報を流した?」
「そ、それは・・・言えねぇ、勘弁してくれ」
「―――そうか」
「・・・?な、なんだ?何の音―――」
荷物の中の剣を抜き男の首元にあてる。
「ひ!?な、なに・・・か、刀!?」
「安心しろ。これならお前のうるさい悲鳴を聞く前に終わらせられる」
「~~~!?わかった!言うから!」
「続けて」
「情報屋がいるんだよ!なんでも、ある組織のお抱えだって!居場所はコロコロ変えるから今は知らねぇ!」
その時たまたま居場所を知っていた情報屋にその情報を売った、と。
「そうか。ありがとう」
剣先を男から離すと目の前のアスファルトへと突き立てる。
「ひっ・・・!?」
「脅しとくぞ。俺のこともあの二人の事も、誰にも言うな。もし仕返しにでも来るようなら、その時は殺す」
やるべきことを終え、
早速意外なところから幸先よく有力な手掛かりを得た俺は、
剣を引き抜き鞘に納め荷物に隠しながら二人の後を追った。
「・・・ふ~ん」
その一連の立ち回りを、建物の陰に身を潜め観察する者がいた。




