67話 噛みしめるひと時
「はむっ・・・んくっ・・・ん~~っ!こんなちゃんとした食事、久しぶりですっ!」
「そ、そうか」
「はいっ。公園で食べたすいとんもおいしかったですけど」
「ハルもおなかへってたから、すごくおいしー!」
「ね~」
黒装束から預かったという手紙を吉田さんから受け取り、その内容の指示通り、一帯の廃棄区画から抜け出すために公園を出発した後。
道中、謎の勢力からの攻撃を警戒しながら慎重に歩みを進めた。
ちらほらと人通りのある街並みが見え、その頃には日は傾き夕日と街灯に照らされたビル街を目にした時。
ようやく無事に廃棄区画から出ることができたと確信した。
警戒を解き唯火と今後のことについて話すと、当面の目的としてはハルミちゃんを家族の元へ送り届けることが最優先事項と言う事で意見は一致した。
まずそこで、当のハルミちゃんに住居を訪ねてみると、
『人がいっぱいいる所』
と、かなり心もとない手掛かりしか得られなかった。
行先に困った俺はとりあえずの目的地として、土地勘があり、俺が眠りから覚めた病院のある都市部郊外に向かうことにした。
この都市部では、宿泊施設をしばらくの拠点にしようにも宿代が高くて資金切れを起こすと思ったからだ。
使う暇も無くアホみたいに働いてたから貯えはあるけど、節制しておかないと何があるか分からないからな。
場所は近いが彼女たちの疲労度も考えタクシーを利用することにした。
病院から出た直後は何とも思わなかったけど、この数週間の経験を経た後だと。
『こんな世界になっても、日常を送れてるところはあるんだな』
などと、浮世離れしたことをつぶやいてしまう。
悪党にハメられモンスターのエサにされ殺されそうになった俺。
人を人とも思わない、実験対象としてしか見ない組織に捕らわれ友人を亡くした唯火。
その手段を選ばない組織に誘拐され、幼いながら人質としてダンジョンに放り込まれたハルミちゃん。
凶暴なモンスターと、人間の悪意。
廃棄区画と言う隔たりを一枚超えるだけで、これほどまで過酷で残酷な世界が広がっていた。
車窓から見える夕日に浸食された街並みが、ひどく遠くのもののように感じながら。
三人とも口を開かず、外を眺めて車に揺られていた。
そして都市部から離れた駅前に到着し、どこかセンチメンタルな気持ちでタクシーを降りると。
くきゅぅ・・・と、三人を包み込んだ沈黙を打ち破るように。
『・・・なんか、ごめんなさい』
唯火の腹の虫が主張を始めたので
夕日よりも赤く顔を染め上げる唯火をフォローしながら、すぐ近くのファミレスで腹ごしらえをすることとなった。
「はー・・・研究所にいた時はもう、ほんと精進料理みたいなご飯しか出てこなくて。あむ・・・ハーフエルフは燃費悪いんですから、全然あんなのじゃ足りませんでしたよ。もぐ」
「・・・」
確かに、唯火の職業とハーフエルフという種族との相性は良いのか悪いのか微妙なラインで、行動全てにMP消費が付きまとうのは確かに燃費が悪いと言えるだろう。
けど・・・
「ハーフエルフにとってMPが生命力に近いものだってのは聞いたけど・・・食べて治るものなのか?」
『屍人迷宮』から出る直前、ハーフエルフとしてのMP消費の心得をハルミちゃんに説明していた時に。
『お腹が減った時みたいに体に力が入らなくなる』
と説明してたし、ハーフエルフの特性としてMPを消費すると空腹になったりするのだろうか?
長い髪が料理に付かないように後ろで一つにまとめる気合の入りようで、失われたものを食で埋めるような良い食べっぷりを披露しているものだから、ついそんな事を聞いてしまう。
サラダにオムライスにハンバーグ、なぜか白いライスも別盛りであり、果てはパスタにスープ。
それでいて行儀作法はきちんとしていて食べ方もきれいなので見ていて気持ちがいい。
まぁ、ヴェムナスに食らった『失血』の状態異常のせいもあるんだろうが。
「ナナシさんはMP切れしたことないからわからないんですよ。まぁ、『人間』がその状態になってもスキルが使えなくなるだけですけど・・・というか」
食事の手を止め俺に向き直る。
ハルミちゃんはその横で、ナポリタンを頬張り口元を赤く汚している。
子供らしい元気な食べっぷりだ。
「なんでナナシさん、MP切れにならないんですか?そんなにスキル使ってるのに」
「・・・なんでだろうな?まぁ、俺の持ってるスキルは唯火のと違って一つ一つがそんなに目覚ましい性能じゃないからな」
俺の持つスキルは、なんというか一つ一つが決定打に欠ける補助的な物ばかりな気がする。
「だから、MPの消費も少ないのかもな」
目利きでスキルを見ても消費MPは教えてくれないし、魔力が発現していない俺には自分のMP残量を認識できないから気にして戦ったことも無い。
でも、先の久我との対峙で獲得した【精神観測者】。
この職業の性能は折り紙付きだ。
他者の思念を聴き取る、なんて大層な力、その代償もそれなりだろう。
今後、使いどころはよく見極めなきゃな。
今までの強敵との戦いはスキルの力ありきで勝利してきた。
いざというとき知らない間にMPが底を尽きてました、じゃ目も当てられない。
「そう、なんですか?あんなに強いのに・・・?」
「でもまぁ、今後はMP残量にも気を使ってみるよ」
そう返すと、彼女の食べっぷりにあてられたのか俺の腹も減ってきたので、すでに配膳されていたピザをひと切れ頬張る。
んむ。
退院した時もジャンクフードをキメこんでいたが、やはり久しぶりの濃い味は身に染みるな。
「そういえば、ハルミちゃんは大丈夫なのか?」
「むぐむぐ・・・んー?」
少し大きくて食べにくかったので、もう一度トマトソースとチーズの絨毯にピザカッターを滑らせながらハルミちゃんへと話を振る。
ヴェムナス戦でも、その後の包囲網突破でも大活躍だったからな。
デザートにパフェも付けてあげたいくらいだ。
実行していたのは精霊のキラリだったとは言え、それは【精霊使い】としてのハルミちゃんの力。
当然、MPも消費しているだろう。
特に包囲を破ったあの『小天体』。
ものすごい光量で、その効果は絶大だった。
「体がだるくなったり、お腹が減ったりしたのか?」
「んーん。すこしつかれたーってなったけど、おなかへったりしてないよ。今はごはんの時間だからおなかへっただけ」
「・・・そうなのか」
俺が微妙な反応を取ると、ハルミちゃんの口周りをナプキンで拭きながら苦し紛れと言った様子で。
「・・・わ、私は、『失血』の状態異常なので・・・」
そう言えば、ゴブリンジェネラルからMP切れの唯火を助けた後も、お腹鳴らしてたっけな。
「うん。そうだな・・・うん」
「な、なんですか!?私はMPを使うとお腹が減るんですっ!食いしん坊でいけませんか!?」
「いいと思うぞ。俺は、うん」
開き直りまくしたてる唯火に気の利いた言葉も思いつかず。
アツアツのうちにと、ピザを食べ進める手を早める。
「あ。一口ください」
「・・・」
俺の中で唯火の食いしん坊キャラとしての地位が確立されつつあるのを感じつつ。
「おにいちゃん、おねぇちゃん。おいしいねー」
「ねー」
「―――ああ、そうだな」
辛い目にあった彼女たちがこうして笑顔でいられるのを嬉しく思い。
ダンジョンに駆け付けるのが間に合ったことに改めて心から安堵しつつ。
楽しく、温かい食事の時間は過ぎていった。
ほっこりしたい回なので、
どうでもいい情報。
主人公は割と偏食家。
唯火は何でも好き。強いて言うなら、ふやけたり伸びたりしけったりしたものが苦手。
ハルミちゃんは豆腐がキライ、でも納豆はスキ。




