61話 拗ねる幼女。翻弄される少女
「す、すみません・・・・みっともなく泣いたりして・・・」
俯き赤面しながら俺とハルミちゃんに頭を下げる唯火。
ずいぶんと申し訳なさそうにしているが、先ほどまでの沈んだ雰囲気はなくどこか肩の力が抜けているような印象だった。
「???」
「気にするな。泣きたいときに泣きそびれると後に残る」
ハルミちゃんは唯火の一転して吹っ切れたような雰囲気を察し、その感情の起伏に理解が追いついていないのか不思議そうに首をかしげている。
「―――もう、大丈夫か?」
何か大事なものをそこにしまい込むように、胸に手を当て目を閉じると。
「はいっ!」
これまでの付き合いで見たことのない類の輝かしい笑顔を見せ力強く頷いて見せた。
「―――」
「おにいちゃん?」
・・・数秒、柄にもなく見惚れていたようだ。
固まった俺を怪訝に思ったのか、袖を引き正気に戻してくれるハルミちゃん。
「あ、あぁ。悪い・・・じゃあ、帰るか。地上に」
小さい頭に手を置きやり、軽く撫でそう宣言すると。
「うんっ!」
「帰りましょう」
「♪」
ハルミちゃん。
唯火。
光の精霊。
それぞれ三者三様に俺の言葉に応じると、
ダンジョンの主を倒したことにより出現した帰還用の転移陣を探して歩みを進めた。
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目を泣き腫らしながらも体力とMPは少しずつ回復していたのか、一人で歩けるくらいには唯火は調子を取り戻していた。
もっとも、状態異常の『失血』はまだ残っているため時々多少ふらつくような足取りだが。
そして厄介なことに、この『失血』状態は自然治癒がされなく、血肉となる栄養素を取り入れないと直らないらしい。
なにも不思議なことはない、生き物だから当然と言えば当然だな。
あいにく食料の類は持ってきていないので、ダンジョン内に長居しても彼女が衰弱していってしまう恐れがある。
早く対処するべく、負ぶろうかと提案すると。
『いえ、ハルミちゃんの前でそれでは格好がつきません。歩かせてください』
とのことで、心配ではあるが彼女の意思を尊重し、転移陣を探して今は歩いている。
「あの、ナナシさん。このダンジョンに入る前に見張りの隊員を倒してきたんですか?」
「ん?ああ・・・殺してはいないが、多分しばらくは起きないと思う」
ダンジョン内の情報を聞き出した奴も、中に入る前に落としたしな。
血なまぐさい内容なのでハルミちゃんには聞こえないように小さな声で話す。
「何人位いました?」
「五人、だったかな」
そうですか・・・と思案顔になると。
「私がここに入る前には指揮者率いる部隊と一緒に居ました。恐らくナナシさんと入れ違いになったんでしょう。今頃ダンジョンの入り口、転移陣の転移先は組織の部隊に包囲されているかもしれませんね」
「入れ違い・・・じゃあ、そいつらは近くの施設みたいなところに一度戻ったのかもな」
なるほど。
今のあそこの状態を見れば警戒は強まり、タイミング的に唯火との関連を疑ってすぐさまダンジョンの入り口で待ち構えているかもしれない。
(となると厄介だな・・・歩けるまでには回復したけどまだ戦う事の出来ない唯火。そして何より非戦闘員のハルミちゃん・・・こんな小さい子を人質代わりにダンジョンに同行させるような連中だ。子供相手でも容赦なく攻撃してくるに決まっている)
一難去ってまた一難。
今の俺のステータスなら、女の子二人を担いでいても連中を巻くことはできるかもしれない。
だが今の唯火とハルミちゃんを守りながら包囲された陣形を突破するとなると、かなりリスクの大きい賭けになりそうだ・・・
「あれ?施設、って・・・ナナシさん『研究所』に行ったんですか!?」
俺がそれを知っているのが意外そうな反応をする。
「ああ。唯火を探すのに、ちょっとな。道を尋ねた」
「道を尋ねた、って・・・」
「おねぇちゃんとおにいちゃん、なんのお話してるの?」
ダンジョンの主が死に、危険が無くなったため俺たちの少し先を光の精霊と歩いていたハルミちゃんが、こちらのひそひそ話に興味を持ち始める。
「ん?いや、なんでもないよ。お腹空いたな、って話してたんだ」
地上に部隊が待ち構えているなんて、そんなこと伝えても彼女を怖がらせるだけだ。
適当に誤魔化そうとすると。
「ハルにはないしょなんだ・・・」
「あ、いや」
「ナ、ナナシさん、もうちょっとうまい言い訳を・・・」
俺のいい加減な誤魔化しなど一瞬でハルミちゃんは看破し、頬を膨らませて心外そうにする。
精霊も怒ったように激しく彼女の頭上を飛び回り、俺に対し異議を申し立てているようだ。
・・・って
「光の精霊、なんか大きくないか?」
飛び回る精霊を見ると明らかに大きい。
というか大きくなったり小さくなったり意思表示のバリエーションが増えてる?
輝きも増しているみたいだった。
「こいつじゃないもん、『キラリ』だもん」
「な、名前があったのか?」
「『ないしょ』だもん」
また失態を重ねてしまったらしい、ハルミちゃんはそっぽを向いてしまった。
「ま、まいったな・・・」
子供の扱いは、前にやった孤児院や幼稚園の研修で多少は心得ているつもりだったが。
世界が変わる前こんな血なまぐさい隠し事をしなきゃならないなんて想定していなかったから、今の状況じゃ経験が役に立たん。
助けを求めるように、俺よりハルミちゃんと付き合いの長い唯火をみると。
「えー・・・っと」
彼女としても、ハルミちゃんがへそを曲げたのが意外だったのか、対処に困っているようだ。
(・・・仕方ない、もうここまで巻き込まれているんだ。話しておこう)
外に出られたと思ったら、敵に囲まれていました、じゃハルミちゃんもパニックに陥って不測の事態が起こるかもしれない。
それこそ虚を突かれて人質にとられかねない。
膝をつき目線の高さを合わせる。
「ごめん、ハルミちゃん。ほんとは外に出た後の事を話してたんだ」
「・・・おそと?」
俺の声色から何かを察したのか、目線だけはこっちを向いてくれる。
勘のいい子だ。
「ああ。今、外では『悪い人たち』が俺たちが出てくるのを待っているかもしれないんだ。だから―――」
「ハル、こわくないよ?」
思ったリアクションと違い一瞬面喰ってしまう。
ようやくこちらを真っ直ぐに見てくれた表情や仕草から察するに、本当に恐怖や不安を抱いていないようだ。
「だって、おねえちゃんもいっしょだもん」
「ハルミちゃん・・・」
そういって唯火へと駆けよる。
まるで本当の姉妹のようだ。
「それにね、おねえちゃんいってたもん。おねえちゃんより強くて、すっごくかっこいいって!ほんとうだった!」
「ん?何の話―――」
「ぁ、あー!のー!あのっ!ハ、ハルミちゃん!?嘘ついちゃったのゆるしてくれるかな!?」
突然遮るように話し始める唯火。
そんな彼女の様子にハルミちゃんは小首をかしげ不思議そうにすると。
「ちがうの?」
「えっ?いや、あの・・・ね?」
唯火と俺。
交互に首ごと視線を行き来させると、考えがまとまったのかかわいらしい笑みを浮かべ今度は俺へと駆けよってくると。
「じゃあ、ハルがおにいちゃんのお嫁さんになるー!」
「!!?」
「・・・どゆこと?」
一体何が『じゃあ』でそうなるんだ。
「あー・・・もう怒ってない、のか?」
「うん!ハル、おによめにはならないよ!」
鬼嫁・・・妙な言葉を知っているな。
「は、はは、はるっ、ハル、ミちゃ、ん?」
「だからー、おにいちゃんにも『キラリ』のことおしえてあげる」
どもりにどもる唯火を端に置きハルミちゃんは言葉を続ける。
いや、というか落ち着け?
ハルミちゃんの心配をしているんだろうが、小さい子に手を出すような犯罪者じゃないぞ、俺は。
どんだけ信用無いんだ。
・・・悪い気はしないけど。
「あ、ああ。精霊の名前の話か、ハルミちゃんが付けたのか?」
「えへへ、そうだよー」
またへそを曲げられてもかなわないので、色々なツッコミはこの際諦め好きなようにさせておこう。
「さっきね、女の人のこえがきこえてね?この子に名前をつけて、って」
「ついさっき名付けたのか?」
女の人の声・・・天の声だろうな。
そう言えば、ハルミちゃんの使役する精霊もヴェムナスを倒すのに大いに力になってくれた。
ということは、術者であるハルミちゃんもあの戦闘に参加したということになる。
「お名前をつけてあげたら、また女の人のこえがきこえてきて、なんか・・・『キラリ』が元気になった!」
「元気に・・・?」
もしかして、この子に討伐報酬が入って『精霊使い』のスキルが成長したのか?
「は、ハルミちゃん?そんなにくっつかれて、おにいちゃん困ってるよー?ね?」
「・・・そうなの?」
・・・そんな目で見られたら困ってるなんて言えないだろ。
「そんなことないさ」
「よかったー」
「・・・・・・」
なんだろう。
『威圧』のスキルは使ってないと思うんだけど、妙な圧を唯火から感じる。
・・・あれ、何の話だったか・・・
(って、そうだ。ハルミちゃんの変化を確認だ)
圧を飛ばしてくる唯火を尻目に、気を取り直して『目利き』を発動すると―――
(これは―――)
「唯火。ハルミちゃん」
「なぁに?」
「・・・なんですか」
トゲが抜けたハルミちゃんに反して、今度は唯火がつんつんしているが、とにかく今は目の前のことに専念しよう。
「これならいけるぞ。みんなで逃げられる」




