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60話 涙枯れるまで

ハルミちゃん達の協力で『下等(レッサー)吸血鬼(ヴァンパイア)』を下し、俺は彼女たちの元へ戻ると。




「・・・っと!?」




近くでハルミちゃんが精霊と元気に戯れているのを横目に、唯火は突然飛び掛かるように抱き着いてくる。

MPの消耗と『失血』の状態異常で震える脚に鞭打った行動だったのか、全身を俺に投げ出してきた。




「ナナシさんッ・・・・!」


「ゆ、唯火?・・・どうした?大丈夫か?」





なんとかそれを受け止めるが、いきなり唯火のような美少女に抱き着かれるとさすがに照れるものがある。


眼下の彼女を見てみると肩は震え微かに嗚咽を漏らしているようで。




(無理もないか、これだけ追い込まれた状況だったんだ)




逃げ出した組織に再び捕らわれ、幼い命を人質に取られたような状況で、その息のかかった者とダンジョン攻略。

そして、変異したダンジョンの主との死闘。




(この子も、まだ18そこらの女の子)




置かれた境遇に耐え切れず感情があふれ出してしまうのも無理もない。




「・・・」




どこか諭すように優しく背中を叩き、体を離させる。


顔を見ると頬は上気し目は潤んで、どこか心ここにあらずと言った様子だ。




(感情の整理が追いつくかわからないが、これだけはどうしても早くに伝えておきたい・・・)




「唯火。話があるんだ」


「・・・は、はい?ぁ、え」




瞳を潤ませたままワタワタと慌てだす。

・・・どうしたというんだろうか。




「そんな、急に・・・?ぁでも」


「唯火、聞いてくれ」




どうにも視線に落ち着きがないので、彼女の肩を掴みこちらを向かせる。

これから大事な話をしないといけない。

これはきっと伝えないといけない大事なことだ。




「は、ひゃい!?」


「落ち着いてきいてくれ」




固唾をのむ唯火。




「は、い・・・大丈夫です、私も・・・」











「エルフの女性が、ここまでの道を開けてくれたんだ」


「・・・え?」




それを聞くと頬の赤みが引いていき、呆けたような顔になると。




「唯火には伝えとかないといけない気がするんだ。俺が一人でこのダンジョンに入ってこれた理由」


「ぁ、あ~・・・そういう・・・」




力なくそう言うと今度は頭を抱えしゃがみ込んでしまう。




「ど、どうした?そういえば『失血』状態だったか・・・すまん、この話は後にしよう」


「イエ・・・ダイジョウブデス、ハナシテクダサイ」


「そ、そうか・・・?」




なぜカタコト。


身体も精神状態も心配だが、本人の了承があるなら今話してしまおう。

俺も体を休めるために地べたに座り込む。





「手短に話すよ。なぜ魔力が発現していない俺が単騎でダンジョンに入ることができたか。それは、ダンジョンの扉の・・・いや、扉に『術式』を施した『術者』が開けてくれたんだ」


「!」




それだけ聞くと唯火の肩がぴくッと反応する。




「スキルの力で扉・・・『術式』そのものの『意思』とコンタクトを取った。その時に断片的ながら術者の記憶が俺に流れ込んできたんだ」


「・・・そんな、事が・・・」




俯いた顔を上げると、困惑に満ちた表情をしていた。




「俺もにわかには信じがたいけど、術式に内包された魔力に『意思』のようなものが組み込まれているのかもしれない」




もっとも、魔力を感じることができない俺が読み取ったのは『意思』そのものだったんだろうが。

何故そんなことができたのかと問われると『スキルの力』としか言いようがない。




「その術者は、『エルフ』の女性で流れ込んだ記憶の中には術式の事、その前後の触り。そして、ある『ハーフエルフ』のイメージがあった」


「・・・」


「心当たり、あるんだよな?」


「・・・そう、ですね。きっとその『ハーフエルフ』は私の事だと思います」




瞳を閉じて俯くと、ぽつぽつと語り始めた。




「私、このダンジョンに入るのは2回目なんです。戦闘実験の一環と、ダンジョンの攻略のために」


「ああ。地上の見張りから聞いた」


「そうだったんですね・・・『王』の討伐に失敗した私は命からがらダンジョンを脱出して、組織はモンスターが地上へ進出する前に、ダンジョンの入り口を封印する作戦に出ました」




一人のエルフの命と引き換えに




「友人、だったのか?」


「・・・いえ。同じ施設にいたとは思うんですが、彼女がダンジョンの入り口に術式を張る時初めてお互いに姿を見ただけですし・・・ただ、彼女の存在は端端に聞いていたので、私は会ったことも無かった彼女に一方的な仲間意識を持っていましたね」




そう言って自嘲気味な笑みを薄く浮かべると。




「けど、彼女は私を恨んでいるんでしょうね。私があの時、『屍人迷宮(グールダンジョン)』の王を倒してダンジョン攻略を成していれば、あの人は封印の術式なんてもののために命を落とすことも無かった。見たこともないハーフエルフなんかのせいで・・・」




私が弱かったのがいけないんです、と。




「・・・一つ、違うな」


「え?」


「自分に感じた弱さと向き合う気持ちは、それは唯火のものだ。だから、それを無理に否定しようとはしない」


「・・・」




本音を言えばそんな望まない戦いを強いた組織とやらの連中がすべて悪いに決まっているが。




「彼女は、唯火を恨んでなんかいないさ」


「・・・なんでそんなこと言えるんですか?」


「彼女の『意思』が、俺をここに運んだからだ」


「『意思』・・・」




俺は改まって座りなおすと、言葉を続ける。




「扉が開くとき確かに聞いたんだ、『あの子を助けてあげて』って」




驚愕。

とも何とも取れない複雑な表情を向けられ。




「そん、な」


「俺がここにいるのが何よりの証拠なんだよ。術式に残存した唯火を助けたいっていう強い意志が、俺の想い(それ)と共鳴したのかもな」




先のヴェムナスを倒した後の報酬の違和感。

ダンジョンのルールがそれから逸脱した方法で中へと入った俺を正規な攻略者と認めなかったのだろう。


そんなダンジョンの仕様(ルール)を捻じ曲げ、『(イレギュラー)』を導く程の強い想い。




「きっと彼女も唯火の存在を知っていて、同じようにシンパシーを感じていたんだ。恨んでいる相手を、そこまで救いたいって思えるもんじゃないだろ?」




話を聞き終えると。




「私は、死なせてしまったあの人に助けられたんですね・・・」




こんな私を、と自らを蔑む彼女に。




「彼女は最期にこういったはずだろ?『あなたは、生きて』・・・唯火。望まなくても、どんなに重たくても、君はもう背負ってるんだ」


「・・・なにを、ですか?」


「彼女の分まで、術式と言う『意思』になり果てても、君を救おうと願ったその人のように。強く、誇り高く、生を全うする義務」


「・・・こんな弱い私に、できるでしょうか?」


「ああ」




出来るさ。




「言っただろ?『もう大丈夫だ』って」


「―――え?」




彼女の意思を受け取ったのは、唯火だけじゃない。

俺も託された。




「俺も一緒だ。唯火が胸を張って生きていける自信がつくその時まで。俺も手伝う。力になると、約束してきた」


「・・・」




顔を上げると呆けたような表情でこちらを見つめる。




「ぇ・・・それ・・・でも、私―――」


「おねえちゃんはよわい人なんかじゃないよ?」




精霊と戯れていたハルミちゃんが話の輪に入ってくる。




「ハルのこと、ずっと助けてくれた。おねえちゃんは、つよくって。かっこよくって。すごくやさしいんだよ」


「ハルミ、ちゃん・・・」




俺にも言い聞かせるように一生懸命伝えてくれる。

唯火を慕う想いと、憧れが伝わってくる。




「あ!おにいちゃんもだよ?」


「そうか、ありがとな・・・まぁ、少なくとも既に()()の人間が、唯火は弱くなんかないと思っているわけだ」




言い終えると、彼女は天を仰ぎ。




「うぅっ・・・ぐすっ・・ぁ・・ぁぁ」




安堵か。

歓喜か。

きっと、そうマイナスな感情ではないと思う。


緊張していた糸が切れ、崩れるように大声を上げ泣き出した。




俺はそれを見てどこかホッとし、ハルミちゃんは心配そうに唯火の目の前に座り込み膝に手を添える。




死者の居なくなった迷宮(ダンジョン)の中に、少女の泣き声がこだまし。





悲しみはここに埋め。


後悔の鎖が断ち切れるまで、


涙が枯れるまでただ、俺たちは彼女を見守っていた。


唯火のヒロインとしてのキャラを位置づけするための一連のストーリーだったのですが、なかなか女の子を描写するのは難しいですね。(男が得意とは言っていない


ある程度彼女の過去が明らかになったことで、少しでも親しみを持ってもらえたら幸いです。


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