6話 群れる者と逃げる者
「うわあぁあーーーー!?」
初めて対峙した4体のゴブリンを前に、俺は完全に委縮し背を向け走り出していた。
(逃げなきゃ、殺されるっ、殺される!)
夜の闇にも目が慣れてきて月明りも味方し何とか視界を確保できている。
身体も小さいし足も短いから、この曲がりくねる細い路地を全力で走れば逃げ切れる、はずだ。
土地勘さえあれば。
「ゲギャッギャッギ―!」
背後からゴブリンの会話するような奇声が耳に届くと同時に。
《熟練度が規定値を超えました 職業:逃亡者 獲得》
《平面走行LV.1 獲得》
《立体走行LV.1 獲得》
《走破製図LV.1 獲得》
(職業?スキル!?このタイミングで!?)
「はぁっ!うるっせえ!いちいち煽ってくんな!仕様が全然さっぱりなんだよ!」
どういうことだ?半年前授かるはずだった職業が今になって授かったってことか?
いや、あの男が言った情報はもう確度のかけらもない。
「ゲキャキャキャキャッ!!」
「!?」
前方からも後方からもゴブリンの奇声が聞こえる。
どうやら袋のネズミらしい。
「はーーっ!はーーーっ!……っ!」
終わるのか?
ここで?あんな奴に利用されて?
モンスターどものエサにされて?
恐怖に足を竦ませ立ち止まったまま?
立ち向かうこともせずに?
「っざけんな!」
こんなの器用貧乏体質だの、神のいたずらでも何でもない。
今折れるのは俺の弱さだ!
「わかってんだろ!錯覚なんだよ!そんなもの!」
生き延びたいなら足を動かせ!
立ち向かうのなら拳を握れ!
自分の道を運命にゆだねるな!流されるな!
うつろう自分を置いていけ!
目を覚ませ!覚悟を決めろ!
「うぉああぁぁあぁあぁっ!!」
《熟練度が規定値を超えました 職業:精神掌握者 獲得》
《洞察眼LV.1 獲得》
《読心術LV.1 獲得》
《精神耐性LV.1 獲得》
自分を奮い立たせる咆哮と共に駆け出す。
声と共に口から負の感情が出てしまったかのように心は落ち着いていた。
地を蹴る脚もさっきより数段力強い。
「ゲキャァーーーーー!」
飛び出してきたゴブリンは手にした棍棒を振りかぶる。
「足元への投擲」
駆けながら跳躍すると投げつけられた棍棒が足元をすり抜けていく。
「ゲッ……!?」
驚きの感情を見せるゴブリンの後ろからもう2体が追い付いてくる。
「首元へ噛みつき」
さっき駆け出した時に拾っておいた空き瓶をたたき割りながら体勢を低く落とすと、間抜けにも飛び込んできたゴブリンは俺の眼前に隙だらけに腹を見せる形になり。
「グギャ!?」
その無防備な喉元に鋭利な刃となった空き瓶を突き立てる。
肉をかき分ける嫌な感触と、蛇口をひねったようにあふれる血を前にしても不思議と心は乱れなかった。
次に後続の2体が狙いをつけ襲い掛かってくる。
助走をつけるようにゴブリンへ駆けていくと。
「棍棒の横薙ぎ」
「グギ?」
小さい段差を利用し狭い路地の壁面を蹴り頭上を飛び越え奴らの背後に躍り出ると、頃合いよく落ちている空き瓶を後頭部へ叩きつけ。
「ギャッ!?」
返す腕で形成された鋭利な刃を首根っこに突き刺した。
「あと2匹」
突き刺した瓶を念入りにえぐり込むと、その背中をゴブリンに見せつけるように蹴り飛ばす。
更に追ってきていた1体が追い付き、最後の2体が合流すると。
「ギギ……」
同胞を2体失った今、最初の頃とは違い、動作に警戒の色が濃く出でていた。
その様子を見た武器を持たない俺は迷うことなく再び背を向け駆けだす。
「さっきと違うのはこっちも同じだ」
先ほどまで逃げ回っていた経路が頭の中に浮かんでいる。
「お前らの慣れ親しんだ狩場で、今度はこちらが誘い込む」
更に足を早め、障害を立体的に避けつつ自分の体とは思えない速度で駆けると、先ほど立ち回った場所で死んだゴブリンの棍棒を拾い一際狭い通路で待ち伏せた。
息を潜め、時を待つと2体の疲弊した息遣いが近づいてくるのが聞こえてくる。
良い位置に来るのを、見計らい。
「上だ」
「ゲッ!?」
狭い路地の間に足を突っ張らせ遥か頭上で待ち伏せていた俺はゴブリンを下敷きに着地し、もう1体の頭部へ棍棒をめり込ませる。
絶命したと確信できる手ごたえを感じ、足元に横たわる最後の1体に向き直ると。
「これで、終わりだ」
渾身の力で頭部を破壊した。
《ゴブリンの群れを殲滅 経験値取得》
《----のレベルが1⇒7に上昇しました》
《特定討伐ボーナス スキル熟練度アップ》
《平面走行LV.1⇒LV.2》
《立体走行LV.1⇒LV.2》
《洞察眼LV.1⇒LV.2》
《精神耐性LV.1⇒LV.2》
・・・
「っはぁっ!はぁっ……はっ……勝てた、のか?」
頭の中に響く声は『ゴブリンの群れを殲滅』と言っていた。
何者かがテレパシーみたいなスキルで嘘言ってるとかないよな?さすがにこの天の声は信じても、いいよな……?
「そういえば、逃げ出した時からちょいちょい声が聞こえていたな」
生き残るのに必死で把握しようとはしなかったけど、何かステータスに変化があったのは間違いないだろう。
そう思い確認すると。
名:----
レベル:7
種族:人間
性別:男
職業:
【逃亡者】
【精神掌握者】
武器:粗悪な棍棒
攻撃力:10⇒46
防御力:12⇒67
素早さ:8⇒83
知力:8⇒49
精神力:9⇒88
器用:172⇒210
運:5⇒10
状態:疲労(小)
称号:無し
所有スキル:
平面走行LV.2
立体走行LV.2
走破製図LV.1
洞察眼LV.2
読心術LV.1
精神耐性LV.2
ユニークスキル:《器用貧乏》
「本当に、職業とスキルを獲得してる……」
さっきの土壇場で、あんだけ急に動けたのは間違いなくコレの恩恵だろう。
「なんとか、命拾いしたな……」
ギリギリだったんだと自覚すると急にヒザの力が抜け、壁に背を預けてへたりこむ。
「ははっ……緊張が解けたってか?……それにしても」
やっぱりあの男が言っていたのはウソだったんだ、職業は複数持ち出来るんじゃないか。
「あいつ、今頃俺が死んでいると思っているだろうな」
これからどうする?あの男は憎いけど、わざわざ報復するのもしょうがない気がするし、事が事だけに会えば殺し合いになるだろう。
自分から人間を殺しに行くほど腹が決まっているわけじゃないし。
何より相手の強さ……レベルもわからない以上リスクが高い。
レベルが上がったことで俺のパラメータはかなり上昇したみたいだけど、比較対象がないからどの程度なのか測りかねる。
「……でも、池さんはこのことを知らなかったのか?」
あの男が客を私益のためにモンスターの経験値にしていること。
もし知らずにあの男を使っているのなら、危険だと忠告しなければ。
・・・けどもし、あの二人が結託しているというなら。
「……もう一度会うしかないな」
公園に戻って池さんと話す。
けどその前に、考えたくはないけど池さんがあの男と結託していた場合、危険な橋を渡ることになるかもしれない。
「結局、ステータスを理解しなきゃ、ままならないよな」
まず持っている手札が分からなきゃ勝負にも出れやしない。
期待した情報の当てが外れた以上、自分で検証して理解するしかないんだ。
「けど、今はとりあえず寝よう……」
状態に疲労(小)って出てたしな。
手近な建屋に入り段ボールやら新聞紙を物色すると、案外寝心地が良く、初めての殺生に悩まされることなく俺は一瞬で眠りに付いた。