56話 VSレッサー・ヴァンパイア 骸の支配者。手繰る勝ち筋
鮮血をまき散らしながら宙を舞う吸血鬼の腕。
「ふっ!」
腕を切り捨てた『瞬動必斬』の反動で返す刃を追撃に振るう。
「ちっ・・・!」
よほどの心外だったのか、舌打ちをしつつ己が腕と同じ軌道に飛び、腕
を空中で回収しながら回避する。
今の攻撃だけで倒せるとも思っていないが、出来れば相手が俺を舐め切っている時点でもっとダメージを与えておきたかった。
「腕にそこまで愛着があるのか?」
「貴様ぁ・・・!」
腕を回収すると、どういうつもりか切断部を合わせ。
「・・・おい、まさか」
完全に両断された傷口は完全に結合し、感覚を確かめるように腕をぶらつかせる。
「どうした?随分と驚いた様子だな?断裂した四肢などまたつなげればよい・・・貴様ら下等生物には到底できない芸当か」
「斬っても回復するのか」
不死身ってやつなのか?
いや、こいつがダンジョンにいるモンスターならこの現象には絶対にスキルが関係しているはずだ。
(さっき見たスキルの中には『血蝕再生』ってやつがあった)
『目利き』で狙い打つと。
《『血蝕再生』:自らの血液とMPを代償に、瞬時に体の傷を再生する》
(これだ。MPも唯火から奪った補正値がさっきより減っている)
血液も唯火から奪った血を使用しているのだろう、パラメーターの補正値も全部減少している。
もしかしたら、腕を切り落とした時の出血も関係しているのかもしれない。
「早くもカラクリが割れたな」
「何・・・?」
「要はお前の再生力、力は全部『血』によって支えられてるってことだろ」
ならやることは決まっている。
不死身じゃないなら、結局倒しきるまで攻撃を与え続けるしかない。
「お前が力尽きるまで、付き合ってやる」
そう宣言し、ヴェムナスへ向かい歩を進めると。
「―――あまり我を苛つかせるな、人間」
「!」
ヤツの怒気を孕んだ声を聞くと同時に、階層、いやダンジョン全体から乾いたざわめきのような音が反響してくる。
「・・・何だ?」
身体を揺らすほど一際大きく騒音が鳴り出すと、一瞬、音がピタリと止まる。
すると―――
「―――下!?」
突如として、ダンジョンの地中から白い塊。
否おびただしい量の『骨』が寄せ集まった巨大な柱が突き出す。
「なんだっ、これは!?」
いや、ヤツのスキル。
これが『操骨』か。
「我が喰らった同胞たちの骸よ・・・我が『力尽きるまで』、と言ったな?人間」
逆だ、と。
「貴様だ。その命続く限り我に蹂躙されるのみ」
骨の柱を指揮するようにその腕を振り上げると、濁流のような勢いで渦を巻き。
「これだけ不愉快にさせたのだ。せいぜい惨たらしく死んで楽しませろ」
タクトを振るうように指先を俺に向けると流動し、まるで大蛇のようにこちらへと襲い掛かる。
(この圧・・・避けるしかない!)
「ナ、ナナシさん!!」
「唯火!少しでも動けたらその子を連れて離れてろ!」
すぐさま横っ飛び、軌道から外れると地面を大きくえぐりながら、骨の大蛇は体をくねらせる。
「くっ!当たったらやばいな」
躱したあとも『直感反応』は警鐘を鳴らし。
「つっ・・・!」
長い胴体から来る後続の尾が鞭のようにしなり迫りくるのを背面飛びで躱す。
「クハハハ!いいぞ!なかなか踊るじゃないか!」
ヴェムナスと骨の大蛇。
二つの脅威に挟まれる形となり。
(骨を操るあいつを叩かないとじり貧だ・・・けど、攻撃に転じれば逆に骨の攻撃を食らう・・・)
『瞬動必斬』なら一撃を入れることができるだろう。
だが、単発じゃ意味がない。
攻略法が分かったといっても一発で倒せるわけではない。
やつの血による回復力を徐々に削ぎ取っていく長期戦なんだ。
一か八かで斬撃を入れてもその後の反撃のリスクが圧倒的に大きい。
「どうする・・・?」
渦を巻きこちらを挑発するように滞空する大蛇を観察する。
(生き物みたいに動くけど、あれはただの骨の集合体・・・ガントレットで放つ『崩拳』なら・・・)
【拳王】スキル『崩拳』。
ゴレイドの巨体をも吹き飛ばしたあの破壊力なら、この状況を打破できるかもしれない。
(―――来る!)
大蛇は一直線に俺を圧殺するために迫る。
『平面走行』
『洞察眼』
『弱点直感』
『弱点特攻』
『体術』
「―――え?」
スキルを発動していくも、まるで『合わせ技』の発動の予兆が無い。
「くそっ!」
『崩拳』の発動を断念し突進を飛び退いて躱す。
(そうか、相手は生き物じゃないんだ、意思を持たない無機物に対しては『洞察眼』も『弱点直感』使えないってことか)
合わせるスキルが発動できないなら、当然その先の結果も失敗に終わる。
(くそっ!この骨、邪魔すぎる!)
「どうした?さっきよりも鈍いぞ?」
行動を直前で変えたからか、回避の見切りが甘く片腕が通り過ぎる骨に絡めとられる。
「しまっ・・!?」
そのまま体全体が内部に取り込まれてしまい、一方向へ勢いよく移動する感覚を感じ。
「ぐっ!」
階層の天井へ散り散りとなった骨ごと叩きつけられる。
そして宙で無防備なところに骨で形成された巨大な拳の追撃が迫り。
「くぅっ!」
なんとかガントレットでガードするが、踏ん張りの無い俺の体は遥か後方へと勢いよく飛ばされた。
「クハハハ!よく飛んだな!」
身体を叩きつけられ舞い上がる砂ぼこりの向こうから耳障りな笑い声が聞こえる。
「くそっ。あの吸血鬼遊んでんのか?」
体のところどころに刺さった鋭利な骨を抜きながら悪態をつく。
「ぐっ・・・!ガードが間に合わなかったら致命打になってたかもな・・・」
とはいえ依然あの骨は厄介だ。
「どうするか・・・・ん?」
何気なく辺りを見回すと。
「こいつら・・・唯火とダンジョンに同行した奴らか」
恐らくヴェムナスに無残に引き裂かれた複数の死体が転がっている。
「ん?これは・・・」
見覚えのある球体が落ちているので拾ってみると、公園で俺の聴覚と視覚を一時的に奪ったアイテムだった。
「おい。まだ死んではいないだろう?死ぬなら我の近くで無様な顔を晒して死ね」
「!!」
何かに片足を取られると勢いよく持ち上げられ。
「いい様だな、人間」
天地が逆転したそこには、流動する骨の上に立ちこちらを見下ろすヤツの姿があった。
(馬鹿か俺は!アイテムに気を取られて不意を突かれるなんて!)
「ちょうどいい、その恰好なら血抜きもしやすかろう。存分に垂れ流すといい」
そう言うと骨たちは巨大な槍を形成し、俺の体に狙いをつける。
「安心しろ。死なないように急所は外してやる、失血し衰弱していく様を見せてくれ」
「っざっけるな!」
苦し紛れの目くらましくらいにはなるかと思い咄嗟に握り込んだアイテムをヤツの眼前に投げ込む。
「クハッ!なんだそれは!この期に及んで球遊びか?」
「目つぶしだよ!」
「なにを―――」
次の瞬間、球体は爆散。
まばゆい光と、耳をつんざくような爆音を奏でる。
「――――――!!?」
(よし!拘束が緩んだ!)
視界を閉じながらも掴まれた足が解放されるのを感じ、体を反転し何とか着地する。
「ぎゃあああああああ!!」
「・・・あいつの悲鳴、だよな?」
光が引いていき、そこにいたはずの虚空にヴェムナスの姿はなく、ばらけた骨たちと共に地へ落ちていた。
(なんだ?何か様子が・・・)
「お、おのれぇ、何故ひがりがぁぁあ・・・!!」
その姿を見ると、明らかにまぶしがっているというか、弱っている。
皮膚がただれて見えるし、体のあちこちから赤い蒸気のようなものも立ち上っている。
「これって・・・」
やつが動けないでいるうちに俺は、今攻撃するよりもより高い勝算を拾うために光る球が落ちていたところを見渡す。
「・・・さっきのやつだけか」
ヤツの明確な弱点が分かった。
だが、それを突いた今のアイテムはもうない・・・
「何か・・・何か手は無いか?」
今の俺に切れる手、その中から何か・・・
けど、魔力の発現していない俺にはそんな芸当―――
「―――『手』?『魔力』?」
目の前の視界に映るものへ『目利き』をかけると。
「・・・これだ。これならいける」
さっきのアイテムだけであの苦しみ様。
あと一回弱点を突いてやれば、その一手で完全に形勢は変わる。
あの『操骨』を掻い潜っての先の見えない長期戦よりよほど勝算がある、
「そしてそれには・・・」
「殺してやる!人間ン゛!!」
傷を完全に再生し、吠えるヴェムナスと向き合う。
「こいつを倒すにはあの子の力が必要だ」




