55話 血戦開始
うずくまる唯火に振るわれた刃をすんでのところで弾くと、乾いた音をたてながらモンスターの持つ剣はその手を離れ宙を舞う。
「なにっ!?」
望外の乱入者に動揺したといったところだろう。
その場を飛び退く人型のモンスター。
「ナナシ、さん・・・なんで・・ここに・・・?」
声を掛けられ敵前にも関わらず振り返ると。
半日も経っていないのに久しく感じる唯火の姿。
(よかった・・・ギリギリで間に合った・・・)
ここまでの道中、唯火と同行していた奴らが倒したモンスターの死体が目印になってくれたから一直線に最短距離でここまで来れた。
どうやら『小鬼迷宮』とは違い、倒してすぐダンジョンに溶け込むように消滅するわけではないらしい。
ちらほらと湧いてきていたモンスターもいたが、高速移動も兼ねた『瞬動必斬』の格好の餌食となり短時間でここまで来れた大きな要因となった。
それでも、この階層に着いて刃を振り上げるあのモンスターの前に、唯火がうずくまる光景を見た時は正直生きた心地がしなかったが。
「どうして・・・どうやって、ここに?」
余程俺がここにいるのが信じられないのだろう。
幽霊でも見るような表情だ。
地上で唯火が攫われた状況から、俺が殺されたと思っていたのだろうか。
または、魔力が発現していない俺が単騎でダンジョン内にいるのが不思議なのか。
恐らくどちらもか。
まぁ、俺自身もダンジョンの扉の前で起きたことをきちんと説明できる自信が無い。
「助けにきた」
「・・・ぁ」
(随分と顔色が悪いな・・・)
彼女の異変に気付きステータスをのぞいてみると。
名:篝 唯火
レベル:67
種族:ハーフエルフ
性別:女
職業:
上級
【宝玉使い】
【魔導拳闘士】
武器:なし
防具(飾):伝心の指輪
MP:50/7600
攻撃力:594(+327)
防御力:620(+341)
素早さ:860(+473)
知力:1160(+638)
精神力:1003(+552)
器用:180
運:40
状態:失血(中+)
称号:無し
所有スキル:
『操玉LV.10』
『魔添・剛力LV.7』
『魔添・駆動LV.6』
『魔添・体術LV.6』
『魔添・威圧LV.3⇒LV.4』
ユニークスキル:???
固有スキル:『同類吸命』
(パラメーターに・・・補正?がかかっている、のか?いや、それよりも)
謎の補正値と見えるようになった『固有スキル』は気になるが―――
「失血・・・大丈夫なのか?」
MPは残りわずかだがMP切れにはなっていない、それも一因ではあるだろうが、どうも失血の状態異常が気になる。
見たところ首筋の小さな傷以外に大きな外傷は見られないが。
「それに、その子は?」
守るように抱きしめられ唯火の腕の中で震える小さな女の子。
「この、子は・・・私と同じ『ハーフエルフ』で」
「・・・」
その子も『目利き』で見てみると、確かに『ハーフエルフ』。
なるほど、大方予想がつく。
「・・・大変、だったな」
ストールに魔石戻し外套にすると、彼女たちを包むようにかぶせる。
「あとは俺に任せろ」
「・・・っ!」
唯火はうつむくように頷くと、肩を震わせ目の端に光るものをため込み。
「はい・・・!」
思ったより元気そうな声色に背中を押され立ち上がり、対峙する。
「お前がここのダンジョンの主か?」
「・・・いかにも」
「『王』ってやつはどいつも余裕だな、こっちの話が終わるのを待ってくれる」
「ぬかせ。貴様ら人間ごとき、いつでも殺せるが、油断ならぬ殺気をこちらに飛ばしておいてよく言う。誘っていたとしか思えんわ」
「・・・随分と流暢にしゃべるな、お前」
勘も良いし頭も切れるな。
俺の手札の『索敵』と『直感反応』、『五感強化』を漠然と嗅ぎつけてたのか。
「まったく。その女の甘露な血の味に酔いしれていたというのに、そこの小娘といい、貴様といい・・・」
「血・・・?」
嘆くように天を仰ぐ『王』へ『目利き』をかける。
名:ヴェムナス
レベル:82
種族:下等・吸血鬼
性別:男
武器:なし
防具:なし
MP:3000(+3450)
攻撃力:1620(+438)
防御力:1140(+248)
素早さ:1318(+444)
知力:1363(+564)
精神力:1098(+501)
器用:97
運:26
状態:吸血強化
称号:堕王
所有スキル:
『操骨』
『魔血喰らい』
『血蝕再生』
「―――吸血鬼、か」
「ほぅ?」
どういうことだ?ここは、『屍人迷宮』のはずだよな。
ここまで来る道中で見かけたモンスターは全部『グール』だったし。
だったら『王』もグールの上位存在かとも思ったが。
「妙だな?貴様なぞに我が高貴な存在。『吸血鬼』であると名乗った覚えはないのだが・・・なかなか面白い。貴様の血の味も確かめてみたくなったぞ」
血・・・吸血・・・こいつ、ヴェムナスのパラメーターの補正。
導かれる答えは一つ。
「女の血を奪って『王』を名乗る、か」
吐き捨てるように言うと。
「―――どうも、人間というのは、高貴な者への礼節を知らぬようだな」
どうやら俺の言動は、かの者に憤慨を抱かせたらしい。
だったら不敬ついでに宣戦布告でもしておくか。
「悪いな。俺はお前さんらみたいな誇るような自前の名も持ち合わせていない下等な存在なもんでな・・・謝罪するよ、『下等』・吸血鬼」
「―――」
階層を飲み込むプレッシャー、つまるところの殺気。
・・・これだけ、敵意を集めれば十分だろう。
「クククっ・・・なるほど。言葉では貴様らに分があるようだな?人間」
「そうだな。けど、お前みたいなケダモノに合わせて話すのはそろそろ飽きてきた」
ヴェムナスの手に白い粉塵が集まり剣を創造する。
膨れ上がる殺意。
向けられる敵意。
迫りくる刃。
―――傲慢なやつだ。
その攻撃力なら、渾身を俺に一発入れれば殺せるだろうに。
先ほど割って入った俺の速力から、全力を出す必要もないと踏んだのだろう。
そして激情を悟られないように、初撃で全霊を振るうのを嫌った。
そんな緩慢な動きだ。
「―――あ?」
人が捉えうる限界を超えたモンスターの初速。
同じく人知を置き去りにせし超速は―――
「手短に頼むよ、ヴェムナス・・・!」
「下等生物めがぁあ・・・っ!!」
剣を握る腕を両断し、
吹き出す吸血鬼の鮮血が開戦の合図となる。




