54話 私の英雄
屍人の『王』の五指を握り込んだ動作に呼応するように包囲する数百もの骨刃が一斉に襲い掛かる。
私はそれをたった一つ魔石、単発による超速乱射で迎え撃つ。
(MPの消費が尋常じゃない・・・っ!)
ひとつの魔石で何十もの弾丸の代わりをしないといけない、操る速力も相応に超速。
持っていかれるMPももちろん比例していく。
どうやらこの固有スキル、MPの上限値を引き上げるような効果はないみたいだ。
(見る見るうちに力が失われていく・・・)
残像も残らぬ速度で飛び交う魔石が、次々に骨刃を粉砕していく中。
そこで私はようやく違和感の正体に気づく。
(いくら何でも、消耗が・・・激しい・・・!?)
原因まではわからないけれど、いくら今みたいな無茶な力の使い方をしたって、MPは半分以上残すことができるはず。
けれど―――
(この脱力感、もう既に半分どころじゃ・・・)
だが、そうであったとしても、今『技』の勢いを止めるわけにはいかない。
一瞬でも緩めれば私だけでなく、ハルミちゃんまでが・・・
「っくぅ、ぁあぁああああ!」
今の私にできることはこの攻勢を全力でしのぐことだけだった。
――――――
「あぁ・・・なんと美しい・・・」
「はぁっ!はぁっ!くっ・・・はぁっ!」
数百の骨刃は全て砕かれ、辺りには砂塵のように骨粉が舞っていた。
全霊の技で、なんとか全ての骨刃を防ぎきることができたようだ。
だが――――――
「くっ!?」
突然の眩暈と虚脱感が身体を襲い、膝をつく。
「な、に?まだ動けなくなるほどのMP残量じゃ・・・」
思わずステータスを確認すると1000近くは残っている。
あまりに著しい消耗ではあるが、まだ十分に動ける残量のはずだ。
(頭が、くらくらする・・・っ)
MP切れじゃないとしたらこの不調は一体・・・
まるで貧血になったみたいな――――
「貧、血・・・?」
一瞬ハッとし、首筋に触れてみると、鋭利な針で出来たような傷跡からわずかに出血していた。
(最初に接近されたとき感じた痛み・・・あの時に何かされた?)
「気づいたか?美しき女」
声に顔を上げ目を凝らすと傷跡からヤツの元へ、細い魔力を帯びた赤い糸状のようなものが複数伸びている。
「な、にを、したの!?」
「『魔血喰らい』。お前の魔力と血を食わせてもらった。その刻印から、な」
「魔力と、血・・・っ!?」
屍人にそんな能力が?
このモンスターは・・・
「あな、たは・・・一体っ」
私の問いに愉快そうに肩を揺らすと、
「甘美な血の礼だ」
仰々しく手を広げ芝居がかったように名乗りを上げる。
「我が名は『ヴェムナス』。数多の同胞の血肉を食らい、『吸血鬼』へと進化せし高貴なる存在よ」
グールから・・・ヴァンパイア?
「そんな、ことが・・・」
まずい。
吸血鬼というモンスターとは戦ったことはないけど、明らかに屍人よりも位の高い異形。
魔力は残りわずかで、血液を大量に失い体が満足に動かせない。
「ハル、ミちゃ・・・にげ・・・」
逃がしてどうなる?
ダンジョンの入り口は、特殊な封印の術式でモンスターたちが地上に出ないように内側からは開かない。
私が死ねば次は・・・
「っく!ぅぅうううっ・・・!」
「・・・まだ立てるのか。存外と血の気の多い」
「おねえ、ちゃん・・・」
今ここで死んで、この子もそうさせてしまったら。
私に『生きて』と託したあの人の思いも。
2度も私の命を救ってくれ、巻き込んでしまったナナシさんにも。
何一つ応えることができない。
せめて生き永らえたこの命は、今ここで―――
(刺し違えてでも、この子は守るために使う・・・)
―――なのに。
拳を握って、立ち向かわなきゃいけないのに。
闘志を燃やすほど、魔力の密度を高める程、力は失われていき膝は嗤う。
「無駄な決起だ。その刻印はお前が魔力を使えば使うほど、傷口を広げるように私へと流れる」
「ヴェ、ム・・・ナス・・・」
もう、腕も上がらない。
ゆっくりとこちらに迫るモンスターに、もはや私は何も対抗する手段を持っていない―――
「おねぇちゃんにさわるなーーー!」
「!!」
ハルミちゃんの挙げた声と共に淡い山吹色の輝くを放つ光玉がふわふわと視界の端を横切り、ヴェムナスにぶつかりそうになると。
「ちぃっ!」
忌々し気に舌打つと、その身を大きく飛びのかせる回避行動をとる。
「ハルミちゃんっ・・・!?」
今の・・・光は?
ハルミちゃんが、出したの?
いや、今はそんなことよりも。
「だ、め!ハルミちゃん・・・」
「や!」
どこか、あの人と重なるような、小さな背中が私の前に立つ。
けどその表情は恐怖に怯え切り、涙でぐしゃぐしゃに濡れていた。
「お願い・・・逃げてよ・・・」
「やぁ・・・やだぁ!」
今にも崩れそうな、小さく細い背中。
震える肩。
握られた拳。
「我が領域で、忌々しい灯を垂れ流しおって・・・興が削がれる」
周囲を漂う骨粉がヴェムナス手元へ収束し、剣の形を成す。
「その矮小な肉体を両断してくれる・・・人の子」
「ぅっ・・・ひぐっ・・・」
嗚咽を上げながら、吸血鬼から私を遮るように両の手を広げる、
幼い命。
「―――!!」
力を振り絞り、その背中を抱きしめ、覆いかぶさり庇うようにうずくまる。
「ご、めん・・・ごめんなさい・・・」
今、私にできることは。
コンマ数秒でも、迫りくる『終わり』から、彼女を遠ざける事だけだった。
「それが望みならば―――諸共、」
あきらめにも似た境地の中、私はどこかで願っていた。
『この子だけでもいい』
心の底から懇願した。
『助けて―――』
名も無き、名無しの。
得体の知れない私の英雄。
「死ね!人間ども!!」
事ここにおいて、焦がれた気持ちが焼き切れるように、
蓋をした器からあふれるように。
それは言葉に乗って虚空を揺らす。
「助けて・・・っ! ナナシさん!!!」
最初に耳が聞いたのは、体を裂く音ではなく、鐘を打つような打音。
階層内に響き渡るそれを何が意味するのか。
すぐには理解できなかった。
けど、来る死の苦痛を。
喪失を。
待てども訪れない終焉―――
「もう、大丈夫だ」
いつか聞いたようなその言葉一つと。
聞き覚えのある声色。
聞きたかった声。
聞くことのできないはずの声
「・・・うそ」
滲んだ世界に立つ彼が。
想い焦がれた大きな背中が、最悪の未来を覆した。




