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53話 少女の戦い

~『屍人迷宮(グールダンジョン)』内部~




「がぁぁぁぁあああ!!?」




肩を震わせたハルミちゃんと階下から響いてきた突然の叫び声を聞くと―――




《パーティーメンバー『種族:人間 /田岸(たぎし) (こう)』の死亡を確認。固有スキル:『同類吸命(ブロスドレイン)』が発動。同ダンジョン内に滞在中は効果が持続します》




(今のは・・・?)




聞こえてきた断末魔のような叫びもそうだが、頭の中に突如鳴り響く声の内容も同様も気になっていた。




「おねえちゃん・・・今のおっきな声、なに?」




先ほどまで目を輝かせていたのがすっかり鳴りを潜め怯え切った様子のハルミちゃん。


私はそこでいったん思考切って、彼女の手をとり。




「わからない。けど大丈夫。何があっても私の側にいれば大丈夫だから、ね?」




言い聞かせるように屈んで小さな手を握る。


コクコクと泣き出しそうなのを懸命に抑えて何度も頷く。




「ハル・・・泣かない、もん」


「・・・ハルミちゃんは強い子だね」




どこかの『ハーフエルフ』にも見習わせてあげたい。


・・・私だけど。




彼女の勇敢さに、爪の垢を飲むような心情でいると。




『ォォォォオオオオオオオ―――』




ダンジョンそのものを包むように、背筋が凍るような不吉さを孕む唸り声のような、呼吸音のような、聞いているだけで後ずさりたくなる声が聞こえてくる。





(・・・何かが、階段を上ってくる・・・!)




スキルでもなく、ナナシさんとともに『小鬼迷宮(ゴブリンダンジョン)』に潜った時の経験で身についた耳を澄ませる癖が活きた。


私の聴覚は敏感に、こちらへと近づく足音に敏感に反応する。




(落ち着いて・・・足音の数からして同行している隊員たちのはず)




問題は階層を隔てる階段を遡ってまでなぜこちらに引き返して来ているか。




「―――ハルミちゃん。しばらくおねえちゃんが抱っこしてるから、しっかりつかまっててね」


「・・・う、うん!」




賢い子だ。

私が漏らしたわずかな緊張と焦りを感じ取ったのだろう。

取り乱さず言うとおりにしてくれる。


彼女をかばうように抱きしめながら身構えていると。






「おい!『ハーフエルフ』!どこだ!どこにいる!?」




このダンジョン内に『ハーフエルフ』と言えば私とハルミちゃんしかいない、彼らが呼んでいるのは十中八九私の事だろう。


不躾なその呼び方に抵抗があったのは否めないが、仕方なく応答する。




「こっち!まだ8階層の階段の入口よ!」




あわただしいような気配だけを醸しださせて徐々にこちらへ駆けあがってくる気配。




「ハルミちゃん。目。つぶっててくれるかな?」


「・・・んっ!」|




『威圧』を除き、全ての『魔添』スキルを発動し身構えると―――




「ぜぇっ・・・ぜぇっ・・・」




息も絶え絶えに何とか呼吸を整えるように肩を上下する久我(くが)の隊員たち。


おそらく先の声の内容にあった隊員の一人を失ったであろう乱れた隊列があらわになる。




「・・・なにがあったの?」




彼らのためではない。

自身と、何よりハルミちゃんのために状況を聞き出すと。




「―――『王』」


「!」




その一言で現状考えられる最悪の状況なのだと理解した。




「ダンジョンの主・・・! 『王』がこの低階層まで―――」




そう言う最後尾の隊員が言い終わる前に、()()は途切れた。


シルエットだけが見える、その引き裂かれた胴体とともに。




先程と同じような内容の声が淡々と頭に響く。


パーティーメンバーの一人が死亡した、と。




そしてその周辺で、突然の強襲と逃亡で息を切らした彼らは一気にパニックへと陥り。


私たちを通り過ぎて背後の闇へと逃げこんでいく。




けれど、私―――

そして、おそらく腕の中に抱えた幼い彼女も悟っていたことだろう。




『逃げても無駄』




と。




自分の体の細胞、本能、そのすべてが一つの結末を淡々と告げる。






『死』






絶対的な『個』の終わり。




私は、その本能的な予感を受け入れる―――






独り(ひとり)

だったなら。












腕の中に抱えたハルミちゃんを背後に下ろし。




「おねぇ・・・ちゃん?」




本当に賢い子。


私が今、何をしようとしているのか、一瞬で察したような表情を浮かべる。





「すぐ後ろにいてね、必ず守ってあげるから」




まずの牽制に『魔添・威圧』を飛ばすと。




(意にも介しない、か)




私にはナナシさんのように鑑定士のスキルはない。


けれど、この『魔添・威圧』のスキルを受けた相手の様子でその大体の強さは把握できる。


それを抜きしても、本能が迫りくる脅威の大きさを感じ取っていた。






(ナナシさんが倒したゴブリンキング(ダンジョンの主)と同等・・・いや、それ以上)




以前このダンジョンで戦った時の『王』とはまるで違う。

いったい何があったのか分からないけど、とにかく入口を封印されている間に急激に力を増したんだ。




気を抜けば足元が崩れてしまいそうな得体のしれないプレッシャーの中、私は『魔添』すべてのスキルを全開にし、それだけはずっとポケットに入れておいた愛用の『魔石(武器)』に魔力を通わせる。




ほんの数秒、そんな備える時間が続いたと思う。

すると―――






「ホゥ・・・?」






首元に吐息を感じ、一瞬だけ鋭い痛みを感じ反射的に攻撃を放つが―――




「・・・っ・・っは・・・ぁ!?」




気付いたころには壁面へと叩きつけられていた。


その瞬間、私の胸中を支配していたのは―――




(ハルミちゃん・・・っ!!)




内臓の一部がダメージを受けたのだろう、口内に普段感じることのない鉄の味が広がる。


血の味だ。




「美シイ・・・」




『王』が放ったその言葉とともに、モンスター()の影は得体の知れないその凶刃を伸ばし。




「「「ごはっ!?」」」

「「「ぎゃぁぁあああぁ!!」」」



私の後方に隠れた、久我(くが)の精鋭たる隊員の命を確実に刈り取っていく。


そして三度。

頭の中に響く声は同じような内容とともに、私とハルミちゃんを除くパーティーメンバーの隊員たち11名すべての死亡を告げた。






「おねえちゃん・・・お母さんっ」




その姿をロクにとらえないまま、冷たく光る双眸が。


ハルミちゃんを次の標的に選んだのを示すように、わずかに細まる。




「―――!」




痛み、苦しみ。

それを感じつづける五感は、自衛の本能、その他余分な思考を捨て。


彼女を救う未来へと最短の距離を貫くように体は動く―――





「その子に・・・っ!」





身に覚えのない膂力が体を伝う。




「・・・ム?」




その影()のもとへと私の体を一瞬で運び―――





「触るな!」





渾身の拳打を身体とともに滑り込ませ、壁面へと沈める。






「・・・え?」






その一連の動作が成し得た目の前の現実に何より驚いたのは自分自身だった。




ほんの数秒前、戦慄を感じ、勝てないと本能的に悟るほどの力量差。


それを確かに私は感じた。

今も感じている。




けれど、目の前の光景はそれを覆したものだった。






(まさか・・・『固有スキル』の?)




思い当たる節は、ナナシさんの代わりに与えられた『固有スキル』。




思えば直前に、


同行の久我の隊員が・・・()()()()()()()()()()()()()()と、今まで聞いたことのない報せ。


以前のここに入った時、他のメンバーが命を落としてもそんな知らせは一切流れなかった。




(そして、この固有スキルの所有者だったゴブリンキング(ゴレイド)。同じ仲間であるダンジョン内で倒されたゴブリン達の『死』を自らの進化の『(にえ)』にする、って確か言ってた)




その特殊な性質が、『固有スキル』がもたらすものだったのだとしたら―――




「ダンジョン内でパーティーメンバーを失った今の私にも、それと同じような現象が起きているってこと・・・?」




憶測が確信へと至る前に。




「覚エテイルゾ、女」


「!」




間合いを一瞬で詰められ生気を一切感じない顔と瞳が眼前にあった。

それは以前対峙したグールの『王』の腐りただれていた顔とは全くの別物だった。


そして顔色と同じく血色の悪い手を私の頬に添えようと伸ばしてくる。




「触らないでっ!」




固有スキルの恩恵か、普段よりも数段速い初動で迫る手を払いながらその関節を外し筋を断ち切る。

ボロ切れのように力を失った手首をつかみ、引き寄せながらあばらへと肘鉄を突き刺した後に回し蹴りで側頭部を薙ぎ蹴り飛ばす。




「っはぁ・・・はっ」




なにか体に妙な違和感を感じる。

恐らく固有スキルの効果で、私のステータスにはプラスの変化が起きたはず。

今の攻撃がそれを物語っている。


スピード、パワー。

脳が思い描いた通りに、敵の体を打ち抜くその肉体の再現度。

普段の私では到達できないことを今、成した。


僅かながら勝算も見えてきた―――




「はぁっ!はぁっ・・・っく」




なのに何故、私は今膝をつこうとしているのか。




「おねえちゃん・・・?」


「素晴ラシイ・・・蕩ケソウナホドノ()()




瓦礫の中から声が聞こえ、戦いが激化する予感にハルミちゃんを下がらせるか決めあぐねていると。




「同族ノ血肉トハ比ベ物にならん・・・()()()()()




気のせいか、操る言葉が流暢になって―――




「もっと、踊って見せてくれ」


「!?」




途端、どこから現れたのか恐らく何百にも上るであろう、白刃が切っ先を向けて四方八方から私たちを囲んでいた。




「これは・・・骨?」




よく見るとどれも不揃いで不格好。

だがその切っ先は肉を割くには十分な鋭利さを備えている。


さっき隊員たちを仕留めたのも、この骨を使った攻撃か。




「ハルミちゃん!私の足につかまってて!」


「う、うん!」




たった一つの『魔石』を取り出すと、魔力を高める。




(あの時と違って弾数はこれ一つだけ・・・!)



求められる魔力も消耗も大きい。

それでも、やる。

今の状態ならできるはず。




「このくらいのピンチ、あの人なら絶対あきらめずに跳ね返す」




瓦礫から起き上がった『王』はどういうカラクリか、糸が切れたようにぶら下がる腕を一瞬で再生し。


その腕を上げ手のひらをこちらに向ける。




「『操骨(そうこつ)』―――」




来る猛攻を。




「『暴風(テンペスト)』―――」




天へと手を突きだし。






「『骨串(ほねぐし)』」


「『乱射(ショット)』!!」






渾身をもって、迎え撃つ。

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