52話 門前払い
「ここか。『屍人迷宮』」
連中の施設を潰してからわずか数分走ったところにそのダンジョンの入り口はあった。
相変わらず森続きだが、入口の周りだけは開けていてる。
さっき倒してきた奴らの仲間だろう、そこを守るか見張るようにして5人が陣形を組んでいる。
「見たところ、唯火の姿は見当たらないな・・・」
『隠密』を発動しつつ茂みから様子を窺うと、彼女の姿がどこにも見えない。
恐らくダンジョン攻略が始まって、今は中に入っているんだろう。
となると話は少し厄介なことになる。
「俺、あの扉開けられないんだよな・・・」
魔力が発現している者しか単騎でダンジョンの中に入ることはできないと、小鬼迷宮に挑む時に唯火が教えてくれた。
改めて意地の悪い仕様だ。
「となると、取る選択肢は二つだな」
唯火がダンジョンを攻略し地上へ無事転移されるのを信じて待ち、その時を狙って救出。
もう一つは、
外を守っている連中の中から魔力を持っている奴を見繕い脅して門を開かせ俺をパーティーに加入させる。
そうすれば、唯火がそうしてくれたように魔力を持たない俺でもすぐにダンジョンへ入れるだろう。
「急ぐなら後者だけど・・・」
どうするべきか。
彼女を救う確実な方法は―――
『ォォォォオオオオオオオ―――』
その時、俺の逡巡を一気に吹き飛ばすようにダンジョンからおよそ人のものとは思えないうめき声のようなものが森の木々を揺らす。
「なんだ?今の声・・・ダンジョンの中から聞こえてきたよな?」
外界とは隔絶されたダンジョン内から地上の木々を揺らすほどの声。
この現象だけでも、声の主がどれほどの脅威を持つのか、その一端を窺い知ることができる。
(まさか、このダンジョンにもゴブリンキングみたいな存在が居るのか?)
確か、ダンジョンの主、『王』だったか。
そう思えるほどの不吉さが、先の声にはあった。
(だとしたら、いくら唯火でもどうなるか・・・)
時間が過ぎれば過ぎる程リスクは高まるだけだ。
一刻も早くダンジョン内に入り、彼女と合流して地上へ引き返すんだ。
監視を含めた兵隊の同行者がいたとしても二人で協力すればきっと制圧できる。
俺は『隠密』を解き入口に陣取る連中へ強行に出る。
「なんだ!?」
戦闘と呼べるものではなく気づかれながらもすれ違いざまに剣撃を入れて、あっという間に5人中4人を眠らせ、残る一人は地面へ投げつけ組み伏せる。
残した一人が魔法使い職なのは『目利き』で確認済みだ。
「これから質問と命令をする。手短に応じろ。じゃなきゃ死ぬことになる。いいな?」
「わ、わかった・・・」
脅すとあっさり折れてくれた。
こいつら組織めいていて動きもプロっぽいけど、口は軽いな。
手間が省けて楽だから良いけど。
「今このダンジョンに唯・・・『ハーフエルフ』の女の子は居るのか?」
「な、なぜそれを・・・あの娘の父親か?」
俺はそんなに老けて見えるのだろうか・・・
なんかむかついたから少し拘束を強め骨を軋ませる。
「入ってどれくらいだ?」
「ぐっ!そ、そろそろ、一時間位だと思う」
このダンジョンの深さがどれほどかは知らないけど、一時間ならそれほど進んではいないだろう。
知りたいことを確認し終えると、男を立たせ扉の前へと連れていく。
「開けろ」
「は?」
「俺の目的はダンジョンに入る事だ。開けろ」
いちいち魔力うんぬん説明するのも面倒だ。
二度は言わない、と言う意思を込めて剣を握ると。
「ま、まま待ってくれ!それはできないんだ!クールタイム以前に、今『ハーフエルフ』を入れたパーティーは最大の人数13人で攻略に向かったんだ!入りたくても入れねぇ!」
「・・・どういうことだ?」
し、知らないのか?と戸惑いながら。
「まず基本的にダンジョン内に一度に入れる人数は13人って決まってんだよ。それ以上の人数が入ろうとしてもどうしたって扉は開かない」
「なんだと?」
そんな仕様が?
試しに男を無理やり扉に押し付けると。
すんなりと扉は半開きになる。
「・・・開くじゃないか」
「う、嘘は言ってねぇ!多分パーティーの誰かが脱落したんだよ!恐らく残り12人で余った枠が1人だから今開いたんだ!」
「脱落?」
「死んだってことだ」
「・・・その話、証明できるのか?」
「これっ、これを見てくれ」
男が扉の前でステータス画面のようなものを開いているので覗き込むと。
「なんだこれは?」
「ダンジョンに挑戦する前にこの扉の前でだけ開けるモンだ、今潜っている人数とパーティーが表示されているのさ」
「13人から12人・・・なるほど確かにそうみたいだな」
そこには名前といった情報は記されてなく、現在の人数とその履歴だけが記されている。
それによると、1分前に一人・・・ってつい今さっきじゃないか。
「な、何だこりゃぁ・・・」
「・・・」
画面上の数字がみるみる減っていく。
淡々と目の前で失われるものに焦りを感じ始めていた。
(このタイミング、どう考えてもさっきの声と関係しているよな)
嫌な予感しかしない。
「馬鹿な・・・前回よりも精鋭で固めたパーティーだぞ?まだ『王』の居る最下層には到底たどり着ける時間でもねぇのに・・・」
「・・・前回?『王』?お前、何言ってるんだ?」
焦りと苛立ちを隠さず男の胸ぐらを締めあげると。
「ぁ・・・ぐ、今回が初めてじゃねぇんだっ、あの『ハーフエルフ』の女がこのダンジョンに入るのはっ・・・」
男の口から話された内容は、俺の神経を大きく逆撫でるには十分で。
それ以上に、今起きている事態の緊急性を改めて俺に自覚させた。
「おい!説明はもういい!さっさと中に入って俺をお前のパーティーに入れろ!」
「む、無理だ!まだ!」
「なにを、もうパーティーの人数は半分を切ってるぞ!?」
締めあげる腕にさらに力が入る。
気を付けないと首を折ってしまいそうなほどに。
「く、クールタイムってのがあるんだ。一度最大人数が入った後は一時間置きに一人ずつしか後続の人間は入れねぇんだよ!」
「な、なんだと!?」
「最初にパーティーがダンジョンに入ってから1時間経過したところだから、今すぐ入れるのは一人だけだ・・・俺は入れたとしてもあんたは入れない」
13あった数字は、数分足らずで
半数を切り。
今すぐにでも突入したいこの状況で、あと一時間も待てと。
男の絶望的な宣告を聞くと同時に
生き残りは、たったの―――
2人となった。
この短時間でのパーティーメンバーの減り様、一方的な虐殺だったに違いない。
こいつの言う精鋭がどれほどのものかは知らないが、それを一瞬で下す存在、『王』がいるのは既に聞いた通り確定している。
今、もし。
唯火がそいつと遭遇して交戦中だったら―――
「っざけんな・・・」
男を後ろに放り投げ、くだらない仕様で俺の行く先を邪魔するダンジョンの扉と対峙する。
まるで、ゲーム感覚で命の光が明滅するこの理不尽な世界そのものだ。
「何なんだ!お前らは!」
俺は気でも狂ったのか、自分でもそう思わざるを得ない。
物言わぬ、無機物に、扉に怒鳴りつけると同時に『目利き』と『洞察眼』、『読心術』を発動する。
(何やってんだ?俺は・・・歩み寄ろうと、理解しようとしているのか?この理不尽を)
荒らげる声とは裏腹に、思考は加速すると共に深度を増しどんどん冷えていく。
《『迷宮封印の術式』:エルフの純粋な魔力を持ってして成し得ることのできる、高次元な封印術》
―――なぁ
《熟練度が規定値を超えました》
《目利きLV.9⇒LV.10》
教えてくれよ―――
《熟練度が規定値を超えました》
《読心術LV.10⇒LV.10(MAX)》
《【精神掌握者】すべてのスキルが最大値に達しました、クラスアップが可能です。クラスアップ先を選択しますか?》
聞かせてくれよ―――
その声。
《選択は保留にします》
確かに宿るその命、意思を。
俺に示してくれ
『目利き』
『洞察眼』
『読心術』
そしてどうか、道を開けてくれ・・・!
《【大賢者】スキル:『万物対話』》
「・・・」
《――ノ子―――ケテ―――テ》
聞こえる。
《ア―人―――タエ――》
―――――ああ。
わかった。
確かに聞き届けたよ――――




