5話 再会と悪意
日はすっかり沈みかけ、持ってきた土産で酒盛りをし大いにはしゃぐ生命力に満ちた彼らを眺めながら、俺は池さんにこれまでの経緯を打ち明けた。
死のうと思ってたことは見透かされているだろうけどあえて触れず。
世界が一変したあの日から半年間意識がなかったこと。名前を失うという奇怪な現象のことを話した。
「そうか、半年間も眠っておったのか。道理で音沙汰無くなったわけじゃ」
「ごめん。……って、そんな仲でもないけど、俺が最後に来てから何か変わりはあった?」
いきなり本題の情報収集に入るのも無粋かと思い、池さん側の近況を切り出してみると、わずかに眉をしかめ熱燗にしたワンカップを煽る。
「……4人、逝っちまったよ。殺された」
「!? 殺された!?なんで!?」
ホームレス狩りってやつか?
彼らは金銭的利用価値は薄いはず、強盗目的ではないとすれば……
「件のステータスってやつが出てきてからのことじゃ。ガラの悪いガキが数人来ての……スキルってやつの試し打ちだとかのたまっておったわ」
「……なんだよそれ」
気分が悪くなる話だ。
おもちゃを与えられた子供みたいな理屈じゃないか。
「まぁ、数はこっちのが多かったしワシらも同じくスキルを持っとったし、何とか追い返せたんだがな」
二人も失っちまったよ、と言い酒を飲み干す。
「その後しばらく、日が暮れると化け物がこの公園付近をうろつくようになってな。なんでもああいう力を使った場所に引かれてくるらしい。だが、不思議とここにある吹けば飛ぶようなボロ家でも中には入ってこんかった。それぞれが息をひそめ籠城し、すっかり化け物がいなくなるころにはもう二人、家ん中でくたばっちまったよ」
「……なぁ、池さん。今、この世界はどうなっちまってんだ?」
良い具合になった熱燗を渡し、情報収集に移る。
これ以上、池さんの悲しい面のシワを見てられなかった。
「ヌシはワシを仙人とでも思っておるのか?……まぁ、そうさのぉ……なぁんも変わっとらんよ。弱者は食われ、強者は腐る。ヌシの知る以前となんも変わっとらん」
確かに。
今聞いた話もひどいものだったが、それを聞いたとき俺の頭をよぎったのは世界が変わる以前にはびこおっていた類の犯罪だ。
手段が目新しいだけでそいつを行使する人間の動機は等しく腐ってる。
……何を、傍観者ぶっているんだ俺は。
「池さん、教えてくれ。この半年眠りこけて名を失った俺は、生まれたてのガキ同然だ……俺は、この世界で生きたい」
わずかに纏わりつく未知への恐怖を、池さんと同じ酒を一気にあおることによってあいまいに溶かすと俺はさらに続ける。
「ステータス。レベル。職業。スキル。その子細、知っている範囲で教えてくれ。土産の酒で足りなけりゃこいつも持って行ってくれ」
有り金預貯金。
すべてが入った財布を座っているベンチにたたきつける。
何も惜しくはない。
「……」
思い切りのいい池さんにしては珍しく長考しているようだ。
静かに返答を待つと。
「……現ナマなんざいらねぇよ。……おい、後は任せた」
池さんはそういうと、いつの間にか俺の背後に控えていた、俺とそう変わらなさそうな歳の男に指示を出す。
風体からするに彼も池さんたち同様、ここで寝食を共にするホームレス仲間なのだろう。
「どうも。あなたが望む情報に関して、後は僕が提供します。少し歩きますが、ついてきてください……」
そう言い背を向け歩き出す男の背中を追いかける。
「池さん。ありがとう。お互い、生きてたらまた会おう」
背中越しにひらひらと手振りで答えてくれた。
「次なんてありゃしねぇんだ、名無しの坊主」
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街灯が薄く照らす夜道を歩きながら、男は口を開く。
「ステータスについて知りたい、という事でしたね。ステータス画面を開いたことは?」
「ありますよ」
「そうですか。なら、知りたいことというのは先ほど言われていた通り、レベルやスキル、職業の仕様ですね。といってもそんな複雑なものではありません」
少しでもテレビゲームを嗜んだ人間なら簡単です、と言い簡潔に説明していってくれた。
「なるほど。本当にゲームみたいな話なんですね」
異形の怪物を倒したり修練をすればレベルが上がるし、ステータスのパラメーターも上昇する。
職業は戦士やら魔法使いやら、かなりの種類があるようだ。基本的に授かりものらしく、複数の職業に就くことはできず、一つの職業の熟練度を上げて上位のランクに昇華していく仕様らしい。
スキルは、パラメーターを補助するものや特殊能力を有した力の総称。職業や個人で獲得するものが大分違うらしい。
大体が想像した通りの内容だった。
(問題は、俺のステータスだ……)
彼に見えないようにステータス画面を開く。
名:----
種族:人間
性別:男
職業:無職
攻撃力:10
防御力:12
素早さ:8
知力:8
精神力:9
器用:172
運:5
状態:酒気帯び
称号:無し
所有スキル:無し
ユニークスキル:《器用貧乏》
職業は無職、スキルも無い……あるのは一番下のユニークスキルってやつの項目にある器用貧乏。
俺の内心の苦悩を知ってか知らずか、男は補足するように説明を付け足す。
「ちなみに職業は半年前声を聞いた時、ステータスの出現と共にすべての人類が職業を取得していると言われています。その時思い描いた事柄に関連する職業を授かっているみたいですよ」
「そ、そうなんですか」
え?もしかして無職なの俺だけ?人類で?
(まさか、事故直後で意識を失っていたから?何も思い浮かべることが出来なかったのか?)
いやいや。病院で寝たきりの人や普通に眠っていた人も世界中いくらでもいるだろう。
俺だけじゃないはずだ、うん。
「なんでも、意識が混濁している人や眠っていた人は、その声を聞いた時皆夢を見てその内容が職業に反映されたらしいですよ」
「……あ、あの。ユニークスキルっていうのはなんでしょう?」
自分のステータスに絶望しながらなんとか光明を見つけようと、藁にも縋る思いで聞く。
「ユニークスキル……?まさか、お持ちで?」
「あ、いや。街中で、耳にしたもので。いったいなんのことかなーと。自分のステータスには表記されていないので」
得体が知れない以上隠しておいた方が余計な火種にはならないだろう。
「そうですか。ユニークスキル……獲得している事例は極めて少なく、その効果の内容は往々にして希少で強力なもの、と聞いています」
《器用貧乏》が?
おかしな書体と時々消えいるように波打つ文字がこっちを煽っているように感じられて忌々しいだけなんだが……
そうこう話しているうちに目的地に付いたようで、廃工場のような建物の前で男は足を止める。
(気づかないうちに随分と人気のないとこに来たな)
辺りを照らすのは彼が持ったLEDランタンのみ。
ふと。彼の持つ光源が消える。
「! あの、どうしました!? 電池切れですか?」
突然の暗闇に目が慣れず、俺は声を上げて問いかけることしかできない。
(どうなってる?あの男はどこに行ったんだ?)
暗闇の中何もできずにいると、突然強烈な光源に照らされる。
「なんだ!?」
どうやら目の前の廃工場、その2階から投光器をあてられているらしい。
「ここら一帯は少し前に異形の怪物が出て以来、隔離された区画なんです。迷路みたいな路地に、打ち捨てられた建物群。秘密の取引にはもってこいの場所です」
目もくらむ光の先に男の声が聞こえる。
「特に―――」
廃工場の重々しい扉が錆できしみながら開く。
「あんたみたいな世間知らずを食らうエサ場には最高だぁ!!」
「「「ギャっギャギャギャー!」」」
聞いたこともない生き物の奇声が複数。
「な、これはどういうことだ!?」
「言っただろ?エサだって。バケモン殺しゃぁレベルが上がる。それはこいつらも同じ。それを俺がぶっ殺す。相手のレベルが高い程経験値にうまみがあるからなぁ。つまり……」
投光器の明りでよく見える。
毒々しい緑色の肌。
爬虫類みたいな目玉。
小さく身軽そうな体躯のわりに筋肉質な肉。
これが……
「お前がエサだぁ!しっかり喰らってきやがれゴブリンども!!」
「ゲギャアアアーーー!!」
「異形の怪物……っ!!」
こうして立ち向かう術を知らない俺の、命を懸けた逃走劇が始まった。