45話 少女を追う者
前話の唯火視点になります
「そうだろ?そこの木の陰に隠れてるヤツ」
ナナシさんが声を上げた方に視線を向けると。
見知ったおじいさんが姿を現した。
(山さん・・・?)
この公園で過ごしている数日、とても良くしてくれてる優しいお爺さん。
特製のすいとんレシピなんかも教えてくれたりした。
(そんな・・・どうしてこのタイミングで山さんがここに)
受け入れたくない結論から逃れるように。
そして縋るようにナナシさんを見ると、その表情は明らかな警戒の色を孕んでいた。
それだけで疑念は確信となってしまう。
『ほっほ!これでも精鋭をぶつけたつもりなんだが・・・さすがに全く歯が立たんの』
(この追手・・・山さんが率いているような口ぶりだった・・・)
という事は彼はあそこに属している人間ということになる。
私を生かして連れ去ろうとし、邪魔になりそうなナナシさんを殺そうとした。
(でも・・・この襲ってきた人たち・・・私の知っている彼らとはどこか違う)
ナナシさんのいう通り、山さん達が私を狙っているのは確か。
(でも、なにか・・・)
ナナシさんと山さんが言葉を交わすさなか、思考に溺れていると。
「!」
どこからか飛んできた見覚えのある球体が複数、足元を転がり。
(これは・・・っ!)
実験で使用しているのを見たことがある。
特殊な職業のみが生成可能。
まばゆい閃光と、けたたましい爆音を放つ対モンスターのアイテム。
「っ! ナナシさん!目と耳を守って!」
目と耳を塞ぎつつ彼に叫ぶ。
それでもなお瞼越しに眩むような光と、鼓膜をひっかくような耳鳴りを感じる。
目を開けると、防御が間に合わず視覚と聴覚を封じられたのだろう。
辺りを見渡しながら私の名を呼ぶナナシさん。
「ナナシさん!私はここに・・・」
彼へ駆け寄ろうとすると、一瞬手首に重みを感じ。
「あ・・・れ?」
全身を襲う虚脱感に膝を折りへたり込んでしまう。
(これはッ!?)
『MP切れ』にも似た感覚。
そして何より忘れもしない、かつて毎日味わった脱力感。
「『抗魔錠』・・・!?」
やられた。
閃光、爆音、そこから生まれた隙に付け入られた。
「ようやく見つけたぞ」
へたり込む私の傍らに、その男は立っていた。
聞き覚えのある声、そして見覚えのある姿。
抑揚に乏しいしゃべり方も、政治家のようにスーツを身にまとう姿も。
私にはどれも忌々しい。
「連れていけ・・・それと、あの男もだ」
「!?」
潜んでいるであろう部隊に短く指示を出す。
あの男・・・ナナシさんの事?
「まって!私を追ってきたんでしょ!?あの人は関係ないじゃない!」
「・・・驚いたな。抗魔錠を装着された状態の『ハーフエルフ』が、そんな気迫で声を上げられるなど・・・数日見ない間に、ステータスが向上したとみえる」
「・・・」
抗魔錠を着けられた今、スキルを使う事もできない。
それでも、ありったけの怒気を振り絞るように男を睨みつける。
その視線に気づいたのか、怒声を上げた私をよそに何事かを手帳にメモし終えると。
「関係など知らん。あの男も利用価値がある。お前と同じようにな」
「なにを・・・」
「がはぁ!?」
苦悶の声が上がると、
一人の隊員がナナシさんに腹部を蹴り飛ばされこちらに転がってきた。
「・・・何をしている?視覚も聴覚も封じたのだろう?早く抗魔錠で無力化しろ」
足下に転がり意識を失った部下を呆れたように見下ろしながら、別の隊員へそう言うと。
「そ、それが、既に抗魔錠を装着したのですが・・・」
「何?」
見ると確かに、片方の手首には私を無力化している物と同じ物が着けられている。
けど、それが彼に通じないのも当然。
「あの人はただの『人間』なの!あなた達が望むような存在じゃない!」
「・・・ふむ。妙だな・・・先ほどの連中との戦闘を『視て』いたが、明らかに異なる職業のスキルを行使していた。その特性からお前と同じ『ハーフエルフ』かと思い、抗魔錠で無力化できるかと想定していたが・・・」
頭の中で済ませればいいような分析をわざわざ声にして言う。
思考に没頭しているのか、長考している最中にも次々とナナシさんに隊員たちは襲い掛かり。
また、次々と宙を舞い沈んでいく。
「・・・視覚、聴覚を封じられて尚この戦闘力。この部隊の隊員は全員レベル30を超える精鋭で構成されているのだが・・・」
だが、まぁ。
と続け。
「ただの強者など興味はない。あの男がただの『人間』でこちらに利が無い以上ただの危険分子。2人は私と共に来い、『希少検体』の運搬と帰還の先導をしろ」
「や、やめて!あの人を殺さないで!私なら大人しくついていくから!」
ダンジョンの時とはまた勝手が違う。
知性も戦略も、モンスターのそれとは別の枠。
その練度はまさに軍隊。
ダンジョンの主を下し、いまだ底知れぬあの人と言えど、視覚と聴覚を封じられた今の状態では―――
「お願い・・・あの人は何も関係ないの」
四角ばったメガネ越しに、つまらなさそうな目で私を一瞥すると。
「どのみちお前は動けん。なんの交換条件にもならん・・・残った全員で総力を挙げてその危険分子を始末しろ。確実に、だ。それが済んだら迷宮の捜索隊を結成し待機。魔力要員の人材を30分後に派遣する」
全ては国益のために―――
耳にタコができる程繰り返し聞いてきたセリフ。
積み上げた憎しみと、自身の無力感。
湧き上がるそれらを吐き出さないと、憎悪でおかしくなってしまいそうで―――
「久我・・・宗明ぃっ・・・!!」
憎き男の名を呪うように言霊にして吐く。
「―――連れていけ」
「ナナシさん!ナナシさん!!」
遠ざかる彼の背中に向かって、
見えなくなっても、私はその名を呼び続けた。




