44話 見えない目的。重なる襲撃
黒装束を締めあげている唯火と合流する直前、居場所を探るのに『五感強化』を使用していた。
聴力を強化し、耳を澄ませそれにより彼女のもとへ一直線に向かう事が出来のだ。
だが、それと同時に。
『索敵』には反応しない、第三者の呼吸音を俺の耳は拾っていた。
索敵に引っ掛からないという事は敵意を向けていないか、『隠密』を使用しているか。
しばらく唯火の締めあげた黒装束を問い詰めながら、出方を窺っていたが―――
「山、さん」
「え?どういう・・・?」
戸惑いを隠せない俺と唯火をよそに、
いつもと変わらない様子で、穏やかに笑いながら言う。
「ほっほ!これでも精鋭をぶつけたつもりなんだが・・・さすがに全く歯が立たんの」
言動、タイミング。
俺の思考は今、山さんの立ち位置は俺たちの敵だと手短に告げる。
「・・・どうやって『索敵』を抜けてきたんだ?」
山さんは生産職のはず。
『隠密』のスキルなんて持っていない。
「スキルを持っていなくても、それと同等の効果を得られる道具が存在するんじゃよ。ワシはそれを作れる」
年の功か、こちらの発言の意図を汲んで言葉を選ぶ。
『敵意』が無いからだ、と言ってほしかったが。
【精神掌握者】の力がその願望を否定し現実を突きつけてくる。
「余計な問答はしたくない。なぜ俺を・・・唯火を狙ったんだ?」
問いながら。
俺は山さんの挙動に違和感を感じる。
(これは・・・警戒?)
今。
急に?
「そうじゃな。わしも命は惜しい・・・答えよう―――」
この急場を兄さんが凌いだらな。
その言葉と共に、強化された聴力がコルクの栓が抜けたような音が遠くで鳴るのを聴きとる。
「何―――」
足下を転がってきた複数の球体。
「っ! ナナシさん!目と耳を守って!」
「!?」
突如。
視界は白く塗られ、目が潰れる程の閃光と、耳をつんざく爆音が鳴り響いた。
「―――っ」
唯火の忠告もむなしく、
一時的なものだろうが俺は視覚、そして聴覚を失う。
そして、こちらに敵意を向ける気配が一つこの場を離れていくのを感知。
(距離的にさっき唯火が締め上げていた奴・・・!)
おそらくこの騒動に乗じて山さんも一緒に逃げただろう。
それと共に。
(・・・新手か?)
新たな気配が『索敵』範囲内に侵入してきた。
(目はみえない、耳も聞こえない・・・! 唯火・・・唯火はどうしたんだ!?)
声を出しても自分の声も聞こえない、もちろん彼女の声も聞こえはしない。
強化した聴力が仇になった。
感じるのは迫りくる数十の敵意だけ。
(っ! 手枷!?)
一瞬片腕を取られ手首に何かがはめられる感触。
(邪魔だ・・・!)
拘束しようとする気配を力任せに振り払い、見えないままに蹴りを放ち吹き飛ばす。
姿も見えず、声も聞こえない。
安否不明の彼女へ募る焦燥と、湧き上がる義憤。
そんなこちらの暴れ狂い始める心情を知ってか知らずか。
急接近し襲い掛かる気配を『直感反応』と『体術』のみで迎え撃つ。
五感の二つを封じられた戦闘は、体の軋みを忘れさせ。
「―――!」
ただの咆哮か。
彼女の名を叫んだか。
自分でもわからない声にならぬ声。
そんなものをまき散らしながら、苛立ちをぶつけるように迫りくる気配へ次々に拳打を叩き込んでいった。
そして、失われた視覚と聴覚が戻るよりも先に。
「・・・どこだ?」
周囲から一切の敵意。
気配は消え。
「おい・・・っ」
遅れて。
色が蘇る視界。
鮮明さを取り戻す聴覚。
「――――」
それらすべての情報が。
俺が失ったものを克明に告げる。
「――――――くそぉっ!!」
周囲に広がるは数十に及ぶ意識を絶たれた襲撃者。
ぶつけ処のない怒りを抑えるように腕を振るい、手近な樹木がそれを受け止めると。
「・・・・・待ってろ」
亀裂が走る乾いた音を立てながら、
一帯に倒木が地を打つ鈍い音が鳴り響いた。
俺の怒りを代弁するように。




