42話 襲撃
「川の向こうで池さんが手を振っとったよ」
じじいを迎えに来るのがじじいでは救いが無いのぉ。
と、実に干からびた事を言う山さんに。
「本当にごめんなさい……」
唯火はひたすら平謝りだった。
「はっは。いいんだよ、お嬢ちゃん。話を聞けば、こりゃ兄さんが悪いわ」
「いやなんで?」
「朴念仁だのぉ」
「や、山さんっ!」
微笑ましいものを見るような目で眺め終えると。
「それじゃ、ワシは炊き出しの準備でもしようかね」
「あ。じゃあ私も―――」
「お嬢ちゃんと兄さんはゆっくりしててくれ。これは、お前さん達への礼。と、無事に帰ってきてくれた祝いみたいなもんだ」
そう言い残し去っていった。
「まぁ、ああいっているんだ。ていうか俺から見ても正直唯火が受けた恩はもう清算されていると思うぞ?釣りが返ってくるくらいだ」
「そう言う事でもないんですが……お言葉に甘えるとします」
そういえば、何かと義理堅い彼女は借りを清算したなら、もうここには未練はないはず。
その背後にある事情については根掘り葉掘り聞くつもりはないが……
ベンチに座りなおす唯火に少し改まった雰囲気で切り出す。
「これから、どうするんだ?」
「? ナナシさんとダンジョン攻略時の情報交換意外に予定はありませんが」
「あー、いや。そうでなくて……今後のことだ。ずっと公園にいるわけじゃないんだろ?」
「……そっち、ですか」
うつむくと、垂れる長い髪の毛先をくるくるともてあそぶ。
ややあって。
「実は、今日にでも発とうと思っています」
「……随分急だな」
「いえ、少し長居しすぎてしまったくらいです……問題を解決した今、私はすぐにでも公園から離れるべきなんです」
「そうか―――」
唯火をゴブリンジェネラルから救って、眠りに落ち丸一日。
その後、目を覚まして襲い掛かられて誤解を解いて。
ダンジョンが発生し二日後に死闘の末、攻略。
そして一夜明け今。
彼女と会ってからおよそ四日間での出来事とは思えない密度だ。
挑む資格すらなかった俺をダンジョンに導いてくれ、
背中を預け合い、共に死線を潜り抜けた相棒。
(流石に名残惜しいな……)
そんな胸中を悟らせないように勢いよく立ち上がると。
「なら、居る間に色々聞いておかないとな。バタバタしてたから色々と聞きそびれてることが沢山あるんだ。情報交換、頼んだぞ」
世界の事、ステータスのこと、スキルの事、ダンジョンでの事。
そう色々知らなきゃいけないことがある。
けど、なんとなくどれも違う気がして。
でも、情報交換しか言葉が見つからないからそう言うしかなかった。
「はい、もちろん。私の知る限りで」
「……なぁ」
なぜか儚げに見える彼女の薄い笑みに、俺は何か言葉を発そうとし―――
「?」
「―――」
それが言葉となる事は無かった。
何故なら―――
「……囲まれてるな」
「え?」
脳に直接、警鐘のような直感が走る。
恐らく『索敵』が何者かの『敵意』に反応したんだろう。
ダンジョン内でさんざん使ったから仕様はわかっている、意識せずとも常に効果範囲内に入った『敵意』を感知する。
(にしても妙だな・・・)
現時点で『索敵』はLV.8。
レベル×15メートルで、今の有効範囲はおよそ120メートル。
(この感覚、感知したときにはもうすでに100メートルを切っている)
『索敵』の能力に穴があったのか?
いや、それを掻い潜るに足るスキルを俺は知っている。
(『隠密』・・・)
俺も【斥候】の職業で獲得した『隠密』スキル。
これならば恐らく『索敵』に引っ掛からないで済む。
(そして、今、俺たちを囲んでいる奴らは『隠密』を解いた)
何故か?
隠れる必要は無くなった。
もしくはその距離からこちらに害をなす手筈が整ったか。
「唯火!」
状況から生まれた予測と、『直感反応』の発動で反射的に体は動く。
「えっ? きゃっ……!?」
彼女を引き寄せ抱え、『立体走行』の脚力で宙へと飛びのくと。
「矢の狙撃か……!」
俺たちが、いや正確には俺がいた場所を複数の矢が公差し飛び交う。
「ナナシさん、これは!?」
「わからない。明確な敵意がある事だけは確かだが」
着地しながらお互いに背を合わせ戦闘体勢に入る。
「モンスター……ではないですよね」
「気配ではわからないが、出てくる状況ではないよな」
「……ですよね」
最も可能性が高いのは悪意をもって、殺意をもって俺か唯火。
はたまた両方を狙う、同じ人間の仕業という線だろう。
まったく。
こっちは全身がガタガタだというのに……
さっきの回避動作もかなりやせ我慢したんだぞ?
「一日くらいゆっくりさせてくれないのかね、この世界は」
「……」
剣は置いてきてしまったので、悪いとは思いつつも近場の木製ベンチの一部を力任せに剥ぎ取り即席の木刀にする。
脆そうだが無いよりましだろう。
「唯火。いけそうか?」
見たところ彼女も素手だ。
返答はわかっているけど一応聞くと。
「はい、問題ありません」
だよな。
「矢は俺が叩く。背中は気にするな」
「―――はい」
どこか様子がいつもと違うのを感じながら。
謎の襲撃者との戦闘が始まった。
『固有スキル』に付いて疑問の声を頂きましたので。
個人の特殊スキルとしての『ユニークスキル』。
種としての特殊スキルとしての『固有スキル』。
というように分類し、『固有スキル』をモンスターから獲得した時は、
ステータスに『固有スキル』が追加されます。
(なお、主人公は原因不明のエラーで獲得できなかった模様)
本編34・35話のゴブリンキングの『ユニークスキル』に触れる部分を、
『固有スキル』に変更しました。




