41話 迫る影と平穏
~地上 『小鬼迷宮』入口周辺の廃棄区画境界線~
「―――痕跡は見つかったか?」
「……この『廃棄区画』に逃げ込んだのは間違いないものと思われますが、何せここに踏み込むまで数日経過してしまっているので、辿るのは困難かと」
「術者の元を離れれば『魔力』など気体の様なモノ。霧散したそれの痕跡など残っていない、か」
「いえ。それ以前に、ここにはモンスターの気配が一切ありません。索敵班からの報告なので間違いないかと」
「何?」
報告では、数日前からこの廃棄区画にはモンスターが発生していると聞いている。
それはすなわち、この近辺で何者かがスキルなどの異能を高出力で使用したという事実に他ならない。
「妙だな……」
スキル使用によるモンスターの発生、そして一週間足らずで消えたモンスター。
先日付近で観測された地鳴りも気になる。
「……まさか、『迷宮』が出現したか?」
「! それは……」
そうであれば説明がつく。
だとしたら、多少のリスクは払ってでも『あちら』へ干渉する価値はある。
逃げ出した希少検体も連れ戻さなくてはならない。
それに、最近タレコミがあった別個体の希少特性を持つ存在。
それの目撃場所もこの廃棄区画だったはずだ。
「上へ連絡しろ、もうしばらく『回帰勢』の指定廃棄区画に滞在すると」
邪魔な物は壊してでも排除する。
有益なものは奪ってでも糧とする。
そのためなら幾重の屍でも積み上げよう。
「すべては国益のために」
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「―――~~~くぁ~」
降り注ぐ日差し。
頬を撫でる風。
「いやー。やっぱ地上はいいなー」
転移陣をくぐり、無事再び地上へと戻ることができた俺たちは、帰ってくるなり皆の歓声に応えるのもそこそこに泥のように眠りに付いた。
体感では何日もダンジョンに潜っていたような気分だけど、実際には半日くらいしか経っていなかったようで地上に転移されたときは、日が沈み辺りも暗かったため、半日と言えど浦島太郎気分だった。
そして今、一日ぶりの清々しい朝日に身をさらしているわけだ。
一晩ぐっすり眠ると体の疲労はすっかり飛び、傷もほぼほぼ癒えている。
ゲームで宿屋に一泊すると回復するのを体感する日が来るとは思わなかった。
「あれ?ナナシさん。随分早いんですね」
「おう。おはよう。そう言う唯火こそ」
おはようございます。
と応えると穏やかな笑みを浮かべる。
昨日帰還した時には味わえなかった、ダンジョン戻りのこの空気のうまさと、陽光の気持ちよさを彼女もかみしめているようだった。
「まだ約束の時間には早いですよね?」
「ん?ああ、体が動くようになったら居てもたってもいられなくてな」
そう言いつつ体を伸ばすと――
「ぁいっっっつぅ~……!?」
「ど、どうしたんですか?」
まぁこのように、実をいうと完全に全快したわけではない。
体力も戻ったし、傷もふさがったっちゃふさがったが、節々に負荷をかけすぎると筋肉痛みたいなものが襲ってくる。
痛みはそれとは比較にはならないが。
原因はわかっている。
「あたた……いや、実は最下層での戦いでかなり体に負荷がかかる『技』?みたいなの連発して、多分その跳ねっかえりみたいなものだ」
「……」
それを聞くと彼女は思案顔になる。
こういう時は大体なにか言いたいことがあるんだろうが……
「ま。この筋肉痛みたいなのもすぐ引くだろ。それより唯火の方はどうだ?」
さっき彼女が言っていた「約束の時間」、とは唯火との約束だ。
昨日、ダンジョンを攻略した際に天の声が羅列した様々な報酬の文言やそれにまつわる情報交換といったところだ。
この物騒な世界、力についてはきちんと理解しておきたい。
俺の代わりに唯火に与えられた『固有スキル』とかいうのも何なのか気になるしな
言い淀んでいることはその時にでも言ってくるだろう。
「私はMPも完全に回復して、調子がいいです」
疲れもすっかり取れました。
そう言う彼女の体調を確かめる意味合いで『目利き』を発動してみると。
名:篝 唯火
レベル:67
種族:ハーフエルフ
性別:女
職業:
上級
【宝玉使い】
【魔導拳闘士】
武器:なし
防具(飾):伝心の指輪
MP:7600
攻撃力:594
防御力:620
素早さ:860
知力:1160
精神力:1003
器用:180
運:40
状態:ふつう
称号:無し
所有スキル:
『操玉LV.8⇒LV.10』
『魔添・剛力LV.7』
『魔添・駆動LV.6』
『魔添・体術LV.6』
『魔添・威圧LV.3』
ユニークスキル:???
固有スキル:???
ダンジョン攻略で唯火もレベルが大きく上昇したとはいえ、俺のレベルも一気に近づいたからほとんど閲覧できるようになっている。
(……しかし、強いな)
俺が目利きで見たことある人間は、
池さん、魔物使い、唯火。
3人しか居ないから比較として足りないかもしれないが、4桁のパラメータもあるし。
(これだけ明け透けに見えると色んな分析ができるな)
最も高い数値が『知力』、ほぼ同率で『精神力』。
これは『ハーフエルフ』という彼女の種族の特性と思っていいだろう。
あるいは職業の影響か。
いずれにせよ、ハーフエルフという大きな特性がある以上この二つのパラメーターは『魔法』の攻防に関係している可能性が高い。
そして意外にも低いのが『攻撃力』。
決して低くはないが今まで目にしてきた唯火の怪力からは結び付かない数値だ。
恐らく近接戦闘において職業の【魔導拳闘士】が大きな役目を果たしているのだろう。
『目利き』をさらに集中すると。
《『魔添・剛力LV.7』:MPを消費し最大1.4倍まで攻撃力を跳ね上げる。発動時は常にMPを消費する。強化率で消費量も変動する。》
(破格のスキルだな、他の『魔添』系統のスキルも同じくそれぞれのパラメーターを跳ね上げる……)
んで、『ユニークスキル』と新しく増えてる『固有スキル』は閲覧不可ってわけか。
なんか二つとも同じような意味合いにも感じるけど、表記が違うのはモンスター経由の授かりものだから扱いが違うのかな。
唯火の『ユニークスキル』について聞かないのは、一応の配慮。
多分自分自身しか持たないモノのはず、それを人に明かすのは一定のリスクが伴う。
俺のはなんだかよくわからんから別に見せても構わないけど。
(なるほど、これだけステータスを暴くと色々対策も立てやすい)
唯火の強さはMPに支えられているといって過言じゃないな。
種族的に相性が良いんだか悪いんだか……
(しかし、今更だがよくよく有能だな。【鑑定士】)
『目利き』のスキルしか持っていないが、なるほど。
魔物使いが俺を引き入れようとするわけだ。
「あ、あの。どうしたんですか?じっと見つめて……」
おっと。
今まで見えなかった情報が見えたからつい没頭してしまった。
「ナナシさん?」
「いや悪い。唯火じゃなくて『目利き』でステータスを見てたんだ。本当にちゃんとMPも回復しているみたいだな」
「……」
すると、以前殴り掛かられる直前のように彼女から圧が放たれる。
あの時は大きなレベル差もあり命の危機を感じる程だったが、今はひりつくような怒気を感じるくらいだ。
って―――
「ど、どうしたんだ?いくらもうここら一帯、モンスターが湧かなくなったとはいえ、いきなりスキルを使うなんて」
「……別に怒ってないですけど」
いや、そんなことは一言も言っていないんだが。
すると背後で何かが倒れる音がし。
「ん?なんだ?」
振り返ると。
「ぶくぶく……」
公園の皆のまとめ役、山さんが泡を吹いて倒れていた。
「や、山さん!?」
「え?きゃ!?」
どうやら唯火の『魔添・威圧』の射程に偶然入って、その気に中てられてしまったらしい。
「唯火しまって!その『ゴゴゴゴ』みたいな感じのしまって!」
「ご、ごめんなさーい!」
そんな感じで、血なまぐさいダンジョン攻略を終えて。
付き合いの短い俺たちなりの、日常的な感覚を取り戻しつつあった。
そんなやりとりを、
離れた物陰から監視する視線に。
二人はきづかなかった。
本編14話 追い詰められた唯火が攻撃に転じようとする描写を1行変更
本編34話 唯火のステータス、職業欄に追記




