40話 戦いの報酬
「もういいんですか?まだ休んでいた方がいいんじゃ……」
「いや、もう大丈夫だ。歩くぐらいは出来る」
ゴレイドとの死闘を制し。
ダンジョンを制圧した俺たちは、文字通り互いに一歩も動けない有様だったためとにもかくにも休息が必要だった。
レベルアップでは体力もMPも回復しないのだ。
『ナナシさんの方がボロボロなので、このまま膝をお貸しします』
MPが戻っていない彼女は自分の事もいとわず俺にそのまま眠れと提案してきた。
うしろめたさはあったが疲労感と極上の寝心地には逆らえず。
議論する間もなく唯火に見守られる中、俺の意識は眠りに落ちた。
そして目が覚め今に至る。
体感30分の睡眠といったところだろう。
立ち上がり歩けるくらいには回復していた。
睡眠大事。
この自分でも驚くほどの回復力というか、生命力というか。
これはレベルアップによるステータスの大幅な上昇の恩恵だろうか。
「ありがとな。おかげで少しマシになった」
「いえ。私も少し眠れましたし、動けます」
「確かに、眠れてたみたいだったな」
目が覚め唯火の整った顔立ちの寝顔を間近で見上げた光景が飛び込んできた時は、さすがに俺も胸の鼓動に変化を感じた。
おかげで即座に目は覚めたが。
「わ、私の寝顔見たのは……忘れて下さい……」
確かに、公園で寝起きの顔がどうとか言ってたくらいだ。
無防備な寝顔ならなおさらだろう。
「そうだな。善処するよ」
しばらくはムリそうだが。
「さて、と」
ダンジョンを制圧した今、ゴレイドに突き立てた武器を回収して、あとは転移陣で地上に帰るのみ。
(ダンジョンに入る前、急ピッチでガントレットと一緒に拵えてもらったあのナイフが無ければ……)
間違いなく俺は死体としてここに転がっていたことだろう。
今だもたれかかるような倦怠感を感じる膝を鼓舞するように叩き立ち上がる。
ナイフのもとへ行き回収。
「―――と、これ。『魔石』だよな?」
ナイフを回収する前から、というか気づかざるを得ない。
「そう、ですね……こんなに大きいものは私も初めて見ました」
拳大以上のサイズ、間違いなくゴレイドからドロップされた物だろう。
モンスターとしての位、強さで魔石の大小や質が変動するという事か。
並のゴブリンのものとは比べ物にならない大きさだ。
……俗っぽい話、さすがにこれだけ巨大なものだとその秘めた価値に気後れしてしまう。
あの粒みたいなゴブリンの魔石でウン十万らしいし。
(……そう考えると、唯火の大群を殲滅した『技』、めちゃくちゃ大盤振る舞いだよな)
元から持っていたピンポン玉くらいの魔石以外手元に戻っている様子もないし。
それに見合う結果はついてきたわけだが。
「どうしたんですか?」
「……唯火、この魔石いるか?」
そう提案すると、わたわたと手と首を振り、概ね想像通りの反応を見せてくれる。
「けけけっけ、結構です!ナナシさんが持っててください!そんな大きな魔石、いったいどれほどの……考えるだけで動悸が……」
うむ。
丁寧な言葉遣いからなんとなく育ちの良さを感じるが、こういう庶民派なリアクションはホッとする。
「というか、『魔力』持ちの私は触れない方が良いと思うので」
「だよなぁ……」
ジェネラルの魔石の時は不用意に唯火に渡して、今に至るわけだ。
このいやらしい仕様ばかりの世界の事だ。
魔力が発現した彼女が魔石に触れた瞬間新たな敵が出てくるとか容赦のないことしかねない。
かといって、この場に置いていくのも、見えないところで想定外の何かが起きそうで怖い。
公園の皆の生活圏にそんな危険なものを置いておけない。
まぁ、ここは地下だが。
「とりあえず俺が持っているしかないよな」
持ってきたバックパックは激しい戦闘のさなか、もはやどこに行ってしまったかもわからないのでむき出しのまま持って帰ることにした。
「よし。帰るか」
「はい。きっとあの扉が転移陣のある部屋のはずです」
恐らくこの最下層に入ってきた時は存在しなかっただろう扉の前に立つ。
天の声のタイミングで発生したんだろう。
天の声と言えば、
「そういえばさっき、『隠し部屋』とかなんとか言ってなかったか?」
「あー……そう言えば言っていましたね」
唯火に聞こえた天の声も同じ内容を話していたようだ。
「……まさか、この扉がそうじゃないよな?」
「……ないとも言い切れませんね。隠れてないですけど」
だとしたら正直勘弁してほしい。
ゲームとかだとそういうのって強い敵とか中にいたりするし。
もう今の状態ではゴブリン一匹とも戦いたくないってのに。
だが、辺りを見回しても他に道は残されていないようだった
「ま、いくしかないな」
ここで完全回復まで待っているわけにもいかない、そこまでのんびりしてたらどうせ空腹で力が出ない。
意を決して扉を押し開けると。
《隠し部屋への入室を確認。入室者の思念から報酬を選択》
「……だから隠れてないだろ」
まぁ、条件を満たしたから出現したってことでそれまでは隠れてたってことか。
《ダンジョン攻略パーティーに『伝心の指輪』が与えられます》
「お?」
天の声が言い終えると目の前に一つの指輪が現れる。
「これは……指輪?」
見ると唯火の前にも同じものが現れたようだ。
報酬とか言っていたから装備品なのは間違いないだろうが。
「ナナシさん。『目利き』で鑑定してもらっていいですか?」
「……え?」
「?」
『目利き』で……あ。
「え。できるのか?物に対して」
「私の知識では、できると記憶してますけど……」
(か、考えもしなかった)
いや、『目利き』って名称を考えれば対物の方がしっくりくるか。
魔物使いとの戦いの前に【鑑定士】を獲得した時は、自身の戦う力を分析することに集中していたから、初めて『目利き』が発動した時は自分自身のステータスを暴いた。
(それに引っ張られて今まで生物に対してしか使っていなかったな・・・)
我ながら頭が固い。
発想力の乏しさに嘆きながら報酬である指輪に『目利き』を発動。
すると
《『伝心の指輪』:地上・ダンジョン内、あらゆる空間・距離を問わず所持者間での念話が可能。魔力に応じて通信可能》
「ふむ……スマホでよくないか?」
これだけ小型なのは便利かもしれないが、文明の利器で充分というか……
まぁ、事故でスマホも壊れ、かつての名前も消えたことで契約やらなにやら面倒だから俺は持っていないけど。
「どんなアイテムだったんですか?」
目利きで暴いた効果を唯火に伝えると。
「ナナシさん。これはすごいアイテムですよ」
指輪を手に取り興味深げに眺める唯火。
「そうなのか?」
「はい。世界が変わってからどういうわけか、世界中で通信機器が使用できる地域が限定されているんです。なので、今やどこでも電話ひとつで繋がれるわけではないんです。そしてダンジョン内に至っては、そう言った類のものは一切使用不可になります」
そうだったのか。
となると確かに、『伝心の指輪』は便利だな。
けど……
「ナナシさん、なにか聞こえますか?」
「……いや、なにも」
互いに指輪を装着して、魔力が発現している唯火に試してもらったが反応は無し。
やっぱり双方に魔力と言うやつが発現していないと成立しないみたいだな。
何より――
「唯火」
「はい?」
このアイテム。
「使用推奨レベル、100。ってなってる」
「……」
死ぬ思いで倒したゴレイドも優に超えるその数字に、俺たちはなんとも言えない表情で固まってしまった。
「……宝の持ち腐れだな、コレ」
気持ちを切り替え指輪を引っこ抜く。
「あ。は、外しちゃうんですか?」
「ん?ああ、着けてても使えないしな」
せっかくの死闘の報酬だけど使えないんなら仕方ない。
そう思ってポケットにしまおうとするが。
「あ、着けてた方が、いいんじゃないですか? ナナシさんもいつ魔力が発現するか分からないし。あとこんな貴重なもの、ポケットに入れてたりしたら失くしちゃいますし。あとデザインも結構オシャレです」
「そ、そうか?まぁ、小さいから無くすかもだな」
随分と早口で勧められた勢いに押され結局、装備しておくことにした。
俺の魔力以前に、二人とも推奨レベルまでほど遠いわけなんだが……
「さて。これでもう小鬼迷宮には用はないよな?」
「そうですね。今度こそ帰りましょう、地上へ」
頂くものを頂き終わると、
隠し部屋の奥にある扉へと進み。
その先にあった転移陣で、俺たち二人は地上への生還を果たした。




