39話 少女の畏怖。勝利の余韻
(なにが……起きてるの……?)
私は今、信じられない光景を目の当たりにしている。
今。
ダンジョンの主、ゴブリンキングを追い詰め。
目にも映らぬ高次元の戦闘を繰り広げているのは、
世界の改変と共に眠りにつき、数週間ほど前までレベル1だった青年。
その動きは視覚の認識を置いてけぼりにし、目に映るのは閃く剣閃と、咲き誇る血しぶきだけ。
縦横無尽に振るわれるその剣はゴブリンの『王』と対等以上に斬り結び。
階層を破壊してしまうかと思われる程戦いは苛烈さを増す。
人知を超えた命の凌ぎあいがそこには生じていた。
(ナナシさん……)
小鬼迷宮に入ってすぐの2階層でのことを思い出す。
不利的状況をその実力に見合わぬ程の戦い方で切り伏せる彼の姿を見て抱いた感情。
(今なら、はっきりとわかる)
畏怖。
底も、上限も、何一つうかがい知れない未知の存在。
(ナナシさん、あなたは一体……)
今までぶつからないように蓋をしてきた言葉。
(何者なんですか……?)
決着の剣を振り抜き、
異形の生物、ゴブリンの『王』をもってして、
見事と言わせしめた彼の背中に。
きっと届くことはない、問いを投げかけた。
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「はぁっ……!はぁっ……!」
分断された巨体の上半身と下半身は鈍い音を立てて床に崩れ落ちる。
「はっ……はっ……」
地に落ちてなお、その眼光は凶暴さを失うことなく俺を捉え。
身に覚えのあるその散り際に、俺の口をついて出た言葉は。
「―――強かったよ……ゴレイド」
「――――」
牙がのぞく口の端が僅かに吊り上げられたその表情に、どんな感情が含まれていたのか。
「……今度はもう、おとなしく眠っててくれ」
そのすべてが散り散りとなって大気へと溶けた今、それはゴレイドにしか知りえない。
《小鬼迷宮の主。『ゴブリンキング』の討伐、及び率いる『大群』の討伐を確認。ダンジョンを制圧しました。転移陣が出現します》
《特定討伐ボーナス 『大群』討伐時の経験値の1.5倍がパーティー全員に分配されます》
《特定討伐ボーナス 『ゴブリンキング』にとどめを刺した者に該当モンスターの固有スキルが与えられます・・・エラー発生。獲得者を再検索・・・同パーティー、篝 唯火に与えられます》
《特定討伐ボーナス 『ゴブリンキング』にとどめを刺した者に、称号『小鬼殺し』が与えられます》
《2名以下でのパーティーで攻略を確認。特定討伐ボーナス 隠し部屋出現》
《ダンジョン発生から三日以内の攻略を確認。 特定討伐ボーナス 該当戦闘時のスキル熟練度4.0倍がパーティー全体に与えられます》
二度目となる同じ強敵の散り様の感傷もそこそこに、天の声は続々と告げる。
《経験値を取得。ワルイガ=ナナシのレベルが43⇒48に上昇しました》
《経験値を取得。ワルイガ=ナナシのレベルが48⇒61に上昇しました》
《熟練度が規定値を超えました》
《平面走行LV.10⇒LV.10(MAX)》
《立体走行LV.10⇒LV.10(MAX)》
《走破製図LV.5⇒LV.7》
《洞察眼LV.10⇒LV.10(MAX)》
《読心術LV.7⇒8》
《精神耐性LV.10⇒LV.10(MAX)》
《目利きLV.7⇒8》
《弱点直勘LV.10⇒LV.10(MAX)》
《弱点特攻LV.10⇒LV.10(MAX)》
《ドロップ率上昇LV.5⇒LV.6》
《近距離剣術LV.10⇒LV.10(MAX)》
《体術LV.10⇒LV.10(MAX)》
《直感反応LV.10⇒LV.10(MAX)》
《武具投擲LV.8⇒LV.8》
《索敵LV.5⇒LV.8》
《隠密LV.3⇒LV.5》
《五感強化LV.5⇒LV.8》
《超過した熟練度はクラスアップ時に持ち越されます》
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「……終わった、のか」
酷使した身体を襲う疲労感と鈍い痛みは今なお感じるも。
勝利の実感。
達成感の悦はいまだに伝わってこない。
比喩でもなく、手足を動かす力も残っていない体をすべて床へ投げ出し大の字になり、重い瞼が閉じかけると。
「……ナナシさん」
「唯火。もう、動けるのか?」
気づけば傍らにMP切れで動けないはずの彼女が座っていた。
「はい。と言っても、這いずるようになんとか、ですけど」
俺の体もボロボロだが、見ると彼女の身なりも随分と汚れていた。
「勝ち、ましたね」
「ああ。お互い、死にかけたけどな」
ふと。
頭が持ち上げられ、後頭部には床の固い感触ではない柔らかいものが触れる。
「……唯火?」
「おつかれさまです。ってことで」
床よりよほど心地よくてありがたいが……
「これで、モンスターの地上進出を止められましたね」
「―――ああ」
そう言えば、生き残るのに必死で本来の目的を忘れていた。
ダンジョンの制圧が成った今、地上の公園の皆はもうモンスターに怯えないで済むんだ。
「そう。そうだ、全部守れた」
遅れて、ようやくこみ上げるものがある。
ゴレイドとの戦闘のさなか、俺の胸中には死への恐怖と同等に、戦いの高揚感を感じていた。
その生と死、隣り合わせの極限たるひと時が幕を閉じ、わずかな喪失感を抱いていた。
でも、その先にも得難いものはあったんだ。
こうなると全身を包む疲労感も、体を軋ませる痛みも、どこか誇らしく思えてきた。
「はい。公園の皆さんも……私も、ナナシさんに救われました。ナナシさんの完全勝利です」
そう言う彼女を見上げ、疲労感でほぼ感覚を失った震える拳を、なんとか掲げるように持っていく。
「俺たちの、だろ」
言葉を紡ぐのも気だるいというのもあるが、相棒にはきっとこの一言で全部伝わるだろう。
大きな瞳を僅かに見開き、ややあって。
「―――はい!」
互いの拳を合わせ、
勝利の余韻に浸るのだった。




