4話 外の世界へ
評価頂きましてありがとうございます。
ほそぼそとやっていきますのでよろしくお願いいたします。
「はぁっ!はぁっ!……くそっ!」
曲がりくねる薄暗い路地を、ゴミ箱やらなにやらひっくり返しながら、全力で走り抜ける。
前に職場のやつにそそのかされて、少しの間通ってたパルクール教室を思い出す。
「なんでっ、こんなことに……!」
迂闊だった。
この一変した世界をよく理解するまでは、リスクは避けると心掛けていたつもりだったのに。
「ちくしょう、ちくしょう!」
また俺は途中で終わっちまうのか?
《熟練度が規定値を超えました 職業:逃亡者 獲得》
《平面走行LV.1 獲得》
《立体走行LV.1 獲得》
《走破製図LV.1 獲得》
「はぁっ!うるっせえ!いちいち煽ってくんな!仕様が全然さっぱりなんだよ!」
「ゲキャキャキャキャッ!!」
「!?」
頭に響く耳障りな声に、逃亡者と煽られ悪態をついていると、目の前の曲がり角から複数の奇声が聞こえてくる。
「回り込まれた!?」
それ以上進むのを本能が拒み立ち止まってしまう、が。
「後ろからも……!」
誘いこまれたか、運が悪いのか。
どうやら袋のネズミらしい。
「はーーっ!はーーーっ!……っ!」
生まれて初めて感じる明確な死の恐怖。
足は震え、手もあがらない。
どうしてこんなことに……
◇◇◇◇◇
時は少し遡る。
早速退院手続きを済ませると(名前が自分の記憶からだけでなく、この世から消滅してしまったので多少、記名の部分でトラブルはあったが割愛しよう)病院の外に出てシャバの空気を肺いっぱいに吸い込む。
「~~~~っ!大安吉日、日本晴れ。いい退院びよりだ」
事故直前の俺では考えられないくらい、素晴らしく清々しい気持ちだった。
はねられた衝撃で、自分でも人格が変わってしまったのではないかと思うほどだ。
思いっきり全身を伸ばし、背骨をバキバキ言わせていると。病院のエントランスから、お世話になった中川先生が俺の後を追いかけてきた。
「ああ、よかった。まだ近くにいたんだね」
「先生。お世話になりました」
見送りにでも来てくれたんだろうか?
「いえいえ。と、実は伝え忘れていてね。警察の方から一度名前が消えてしまった事情を聴きたいそうで、退院したら真っ先に警察署を訪ねてくれないかい?」
「……わかりました。早速行ってみます」
「そうしてくれると助かる。では、お大事に」
今度こそ病院から出ると、まず俺はファストフード店で飯を食っていた。
ステータスの恩恵か、長らく意識を失っていたにもかかわらず、特別な検査も無く経過観察の入院も必要無いくらい体は好調だが、一食だけ食べた病院食では腹は膨れなかった。
ちなみに、財布は事故後俺のポケットに入っていたものを病院が保管してくれていた。自棄になってかなりの額を下ろしてから徘徊してる途中だったので、中身はウン十万ある。
「すきっ腹にジャンクは効くな」
久しぶりの塩分と糖分で胃袋をねぎらってやると、一心地着いたのでこれからのことを考えてみる。
「……はっきり言って面倒だなぁ」
今しがた中川先生に、警察署を訪ねる様に言われた件だ。
名前が消えた事情なんてそんなの俺が知るわけもないし。
(先生には悪いけど、スルーだな)
世話になった人の頼みを反故にするのは気が引けるが、どうしても今の俺には必要なこととは思えない。間違ってなんかの嫌疑がかけられて、身柄を拘束なんてこともあるかもしれないし。
俺はいわば一変した世界に生まれたばかりの無知な赤子だ。
既にステータスをはじめとする、超常が浸透したこの世界の常識を全く知らない。だから何かを他人にゆだねるリスクは犯せない、何より。
「せっかく見つかりそうなんだ。命を懸けてもいい程の執着先」
確かな予感がある。この変わってしまったらしい世界なら、俺はそれを見つけられる。
「まずは情報収集だ」
この店に来るまで歩いてみたが、街中は以前と何も変わらないように見える。
多数の警官や、目つきの鋭い明らかにカタギじゃなさそうなやつらを多く見かけたくらいだ。
「まずステータスについての情報が知りたいよな……」
ちなみに、「ステータス」って言葉だけで勝手に画面が出てくる仕様ではないらしい。こっちに出す気がないなら出てこない。
いわばまさに個人情報だからな、人目には気を付けよう。
「んー……市役所、とかか?」
病院で先生に聞いたところによると、どうにもステータスをはじめとした超常の力に関する情報というのは法的にデリケートらしく、専門外の人間がそれらの取り扱いなどを公衆に情報譲渡するのはかなり黒に近いグレーゾーンらしい。(目の前で火の玉出してたくせに)
専門家がいるような口ぶりだったが、警察関係の機関か?
でも警察署はもとより行く気は無いし、ほかに市民の味方をしてくれそうなのはそれくらいしかなさそうだけど……
「いや、ダメそうだな。面倒なことにしかならなさそうな気がする」
なにせ名前が消えてしまったんだ、住んでたアパートもどうなってるか分からないし、住所不定、無職、名無し。こんな怪しさの三拍子そろった人間が役所で偽名でも使ってみろ。
それこそ警察沙汰だ。
「……住所不定、無職?」
いや、あったな。
今の俺みたいなやつでもいておかしくない、それも情報収集に適した場所が。
「幸いあの公園はここから近い、今すぐいこう」
少しだけ手土産をもって、な。
::::::::
「うん。やっぱりいるな。こんな世界になっても」
最寄りの公園に付いた俺は、ところどころに違法滞在するビニールシートやらなんやらの建造物を見渡していた。
そう、俺が頼ろうとしているのはいわゆるホームレスと言われる人たちだ。
実は、以前から彼らには浅からず尊敬の念を抱いている。
定職に留まらず、各所を転々とする彼らは、俺の器用貧乏体質と少しシンパシーを感じる。
が、俺と彼らには明確に違いがある、それは明日を見ようと生きているのだ。日々を目の前の仕事を消化するだけの俺なんかとは違う、ホームレスはその日ぐらしなどと言われることが多いが本質は違うと俺は思う。
彼らのような生き方にこそ、俺は『人間』を強く感じるのだ。
「おっ。いたいた、おーい!池さーん!」
味のあるドラム缶の焚火にたむろする人影の中に、知り合いを見つける。
「む?……おお。なんじゃ、生きとったんかヌシ。こんな時代、最近めっきり顔を見せんから死んだかと思ってたわ」
「っはは。相変わらず、キレキレだな。あいにくすこぶる調子はいいよ」
半年前、死のうとしたのがなんとなく負い目で、笑ってごまかす
「そうか?ワシから見れば、最後に見た主はいつ死んでもおかしくないように見えたもんでな」
「……かなわねぇな。池さんには」
「積もる話でもあるんじゃろう?」
俺が両手いっぱいにぶら下げた土産の酒に目を移す。
「ああ。まぁとにかく、こいつで派手にやってくれ」
やっぱりこの間合いは心地いい。
名前を無くす以前から、名無しの俺を知っている。
彼らが知るのは、名もなき『俺』という一個人。
とにもかくにも、情報収集と行こうか。