38話 VSゴブリンキング 限界の先
ゴレイドの埋もれた壁面は爆散し瓦礫をあたりに散らす。
己が質量を示すように床を砕きながら着地すると。
「『地走り』」
「……? なにを―――」
互いの間合いから距離の空けた位置で剣を振り床をえぐるように、『重撃』を放つ。
「!?」
床をめくりながら目には見えない、『重撃』同等の圧が轟音を上げつつこちらに向かってくる。
一瞬の虚を突かれ遅れる回避行動。
ガントレットを装備した左腕が射線上に取り残され。
「ぐあっ!?」
ほんの少し掠めただけで鋼鉄のガントレットが半壊した。
「こんな高威力の遠距離攻撃まで持っているのか……!」
生身のどこかに食らえば間違いなく行動不能になる。
(唯火を射線上に入れるわけにはいかない)
「ヌゥン!」
唯火への射線を切るためと。
間合いを詰めるため俺が駆け出すと同時に、一度に二撃の『地走り』を放つ。
「ここなら……!」
速力を充分につけ、駆ける足を床から離し壁面を疾走する。
(壁伝いに回避しながら斬りこむ!)
だが、放たれたソレは予想外の動きを見せる。
まるで俺を追尾するかのように壁にぶつかるとそのまま壁面をえぐりながら走り出した。
(壁も登るのか!)
二撃中、一撃目は後方に外れたが二撃目は俺の進行方向ドンピシャに迫っていた。
(かといって今速度を緩めて宙に浮いた状態になれば、その一瞬を狙い撃ちにされる……)
ヤツがそんな機を見逃すわけがない。
(だったら……)
その時天井付近の高さにまで達していた俺は、その先の『地走り』との衝突地点にさらに速度を上げ突っ込んでいく。
(サア。足ヲ止メルカ、我ガ攻撃ヲミマウカ。ドチラニセヨソノ直後ニ追撃ヲ叩キ込ンデヤロウ)
コンマ数秒、『地走り』が到達するよりも速くその位置に到達すると。
『立体走行』
『体術』
『洞察眼』
『弱点直感』
『近距離剣術』
《『瞬動必斬・空ノ式』》
壁を蹴り弾丸のように宙に飛び出すと、背後では遅れて『地走り』が天井に衝突し、轟音と衝撃波に背を押され俺の体はさらに加速する。
「! 消エタ―――」
経験したことない速度の中。
景色は瞬きのような一瞬で変わるも、何とかヤツの脇腹をすり抜けざまに深く切り裂く。
(限界を超えた加速で、狙いがずれたか……)
けど、攻守をひっくり返し確実に大ダメージを与えた。
このまま押し切れ―――
「ぐっぁ!?」
想定を超えた速度で斬り抜けたからだろう。
一際デカい負荷が、戦いの傷口を深くする。
だが。
ここで間を空ければ、膝を折れば。
それはすなわち敗けだ。
これまでの死闘の経験が、機はここしかないと告げている。
「っぅぉおおあああ!」
「グオオ!」
致命傷に近いいくつもの斬撃を浴びながら、先に動いたのはゴレイド。
斬り抜けた俺に対し、振り向きざまに剣を振り下ろす。
(浅い……!この剣撃なら……)
蓄積したダメージが枷になっているのか、その攻撃には今までのキレも圧も無く。
「ぁぁああああっ!」
『洞察眼』と『近距離剣術』、個々の力のみで刃を受け流し床を砕く。
(叩き込め!即座に!)
『平面走行』
『洞察眼』
『弱点直感』
『弱点特攻』
『体術』
《【拳王】スキル:『崩拳』》
鋼鉄の拳をがら空きの鳩尾に深く沈ませ。
「っっだぁっ!!」
振り抜き、巨体を殴り飛ばすと、磔のように壁を砕きながらめり込む。
「グ…ガハァッ!」
「…っ!?」
ガントレットを装備しているとはいえ、剣撃と違い直に体の芯へ負荷が押し寄せる。
肉体が弾けてしまいそうな衝撃に歯を食いしばり耐えながら。
「あと…一発…っ!」
恐らく、渾身で放てる最後の三発目。
「くらえ!!」
最後の『瞬動必斬』を右切り上げに放つ。
一瞬でヤツとの距離をゼロにし、刃先は体に突き立てられあとは振り切るのみ。
そのはずなのに、
「なっ!?」
俺の手に伝わるのは、肉を切り裂く手応えではなく、鋼同士が衝突し合う鈍い襲撃だった。
(こいつ、肉を切らせる覚悟で、間に剣を突き立て自らの肉体を囮に俺の剣撃を止めた!?)
「…トラ、エタゾ」
「がっ…!」
分厚い手に首元を掴まれ、剣をヤツの体に残したまま捻り上げられる。
「ヤハリ、貴様ハ大シタ人間ダ……満チ足リタ時ダッタ。礼ヲイウゾ、ワルイガ」
「…ぅ」
ギリギリと、呼吸を遮り首を折ろうと締めあげてくる武骨な手。
「が……ぁ」
酸素が失われる苦しみと、骨が軋むほどの握力に耐えながら。
半壊したガントレットでその手を掴む。
「……サラバダ。好敵手、ワルイガ=ナナシ」
その瞬間。
ガントレットの手甲部分を展開し柄が飛び出す。
スロット装備。
いざという時の保険の隠し武器。
「…ッ!」
俺はそれを掴み取り抜き放つと、驚きに見開かれた眼球へと突き立てた。
「グゥゥ!?」
首への圧力が弱まると、膝で蹴り上げながら拘束を抜け出し。
「すぅーーーはぁーー……」
失われた酸素を取り戻しながら、ゴレイドの体に残した剣を払いながら引き抜き。
必殺の間合いを取る。
余力のない、限界を超えた、一撃。
「ワルイガ……ナナシィィィイイ!!」
「これで最後だぁぁぁああああ!!」
風を切り唸るような音を上げながら迫りくる拳。
「―――っ」
躱さず前へ前へと踏み込み、ひたすら速度を高め。
達したその超速は、俺の顔面を砕く未来を置き去りにし。
「「ぅおオおォオおおあアアぁああああああ!!!」」
渾身の斬撃とともに、ヤツをすり抜け。
正真正銘限界を超えた俺は膝をつき、剣は手の中から零れ落ちた。
「……」
遅れて。
全霊の剣撃の余波だろうか、まっすぐな剣閃に倣うように壁面には大きな裂傷が走る。
駆け抜けた死闘を見届けるため肩越しにダンジョンの主、ゴブリンキングを振り返ると。
「……見事ダ……ニンゲン」
その背中は滑るように斜めに分断され、
塵のように消滅を始めた。




